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第1話 グレングラッサ魔法予備校 1

 闇の中から声が聞こえる。

 暖かみが溢れている声だ。

 でも聞き取れない。


 もしかするとここは病室か? それなら医者と看護士が専門用語を話している可能性がある。


 俺は車に轢かれて死んだ。間違いなく即死レベルの交通事故だ。

 それなのに俺に問いかける者がいることに不思議な気持ちを抱いた。


 素直に助かったと思えば楽なのに、人生に飽きたことも事実だから死んでも良かった。


 問いかけている者は男が一人、女が一人。


「―セン」


 もう少しはっきりと喋ってくれ。


「ラーセン」


 ラーセン?


「あなた、ラーセンが起きたわよ」


 この女、俺に向かってラーセンと言ったのか? その後に起きたわよと言ったからおそらくラーセンは名前と考えて間違いなさそうだ。でも俺の名は黒舟光司だ。看護士さん、間違えないでくれよ。


「おお、起きたか。どうやら目元は君にそっくりだな。口元は僕にそっくりだ」


 男がそう言うと俺を抱いて持ち上げた。大人を軽々と持ち上げることに信じられなかったが、さらに信じられなかった光景が目に飛び込んできた。


 手が小さい。

 足も小さい。

 しかも身体が全く動かない。金縛りでも受けているようだ。


 一体何が起きたのだ。誰か説明してくれ。そこのお二人。ラーセンなんて意味不明なことを言わずにちゃんと説明してくれ。


「ラーセンも見るか? 姿見のところへ行こうか」


 男に抱きかかえられたまま姿見に映った自分を見た。

 信じられない出来事が連鎖して発生すると免疫が出来るかもしれないと感じた。極めつけの出来事に対して、俺は驚くこと無く全てを受け入れることが出来た。


 姿見に映ったのは赤子の自分だった。


 俺、マジで転生したのか。


「あなた、ふざけ過ぎてラーセンを床に落とさないでね」

「君は相当心配性だな。僕がそんなことするわけないだろ」


 この二人――俺の新しい両親は誰にも恨みを買いそうもなく、むしろ人の世話を好んでしそうなほど優しい性格だった。


 ラーセン・ブラックシップ。それがこの世界で生きるために与えられた名前だ。





「―さん、―さん」


 誰だ。俺の身体を揺するのは。


「お客さん! ちょっと悪いけど、寝るなら出て行ってくれるか」

「んっ?」

 テーブルに突っ伏して休んでいたところまでは覚えているが、その先は記憶に無い。いつの間にか寝ていたのかも知れない。

「悪い。寝ていたようだ」

「全くよぉ『運命の一週間(ディスティニーウィーク)』が終わったのに暢気に寝られるなんて、余程安定した職業に就いているんだね。ましてこんな真っ昼間から酒場に来るなんてさぁ。それとも就職活動に失敗したからやけ酒かい?」

 酒場のマスターがそう言うと、周囲にいるみすぼらしい服装の客達が大声で笑った。下品な笑い声は店中に響いた。


 まさか二十二年前の時の夢を見るなんて思わなかった。

 そう言えば今日は俺の誕生日だ。当時の夢を見ても不思議ではないかもしれないな。


 俺は椅子から立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで財布を取り出した。


「邪魔したようだな」

「就職先が決まったらまた来いよ」と、マスター。

「働き口なら決まってるよ」

「決まってる!?」

 俺は椅子にかけたマントの端を掴んで首に巻いた。落ちないようにブローチで留めた。

 マスターがブローチに施された魔法陣の刻印に気づいたのが分かった。


「兄ちゃんは魔術師だったのか。何系なんだ?」

 マスターの問いかけに答えようとしたが、店のドアを勢いよく開けて、けたたましく来店してきた客によって拒まれた。

「おい、静かに入ってきてくれないか。そんな頑丈な店じゃないんだからさ! リオナちゃんのところに請求書を送っていいなら、遠慮無くぶち壊しても構わないけどな」

「す、すまねぇマスター。そんなことより大至急回復系の魔術師を紹介してもらいたいんだが」

「どうしたんだよ。まさかリオナちゃんが怪我したのか?」

「そうなんだよ」

「そうなんだじゃねぇよバカ野郎! 病院に連れて行けよ!」

「病院じゃ間に合わないんだよ!」

「どういうことだよ?」

「リオナさん宛に届いた荷物の中に毒ヘビが入っていたんだ。その毒ヘビは倒したんだけど」

「噛まれたのか!?」

 男は黙って頷いた。

「ふざけんなよ! どこのどいつだよ、そんなことした野郎は! きっとグレングラッサ魔法予備校を潰そうとしてる奴等だな。間違いねぇ!」

「マスター、そんなことより回復系の魔術師を紹介してくれ。一刻を争うんだ」

「そんなこと言われなくたって分かってる! でも生憎知り合いに回復系はいねぇ」

「そんな」


 マスターはハッとした表情を浮かべて俺の方へ視線を向けた。

「そう言えば兄ちゃんは何系の魔術師なんだ?」

「回復系だよ」

「助かった! なあ兄ちゃん、話は聞いてただろ。リオナちゃんを助けてやってくれ」

「誰が治療費を払ってくれるんだ?」

「へっ? 治療費?」

「そのリオナって娘が払ってくれるのか?」

「おい、この一大事に金の話は後にしろよ!」

「申し訳ないがこれで金を稼いでいる。ボランティアはご免だ」

「この野郎ぉ。分かった、分かったよ! リオナちゃんが払わなかったら俺のところに来い! 俺が払う!」

「交渉成立だな。おい、そこのアンタ」

 俺は来店してきた男を指差した。

「早くグレングラッサ魔法予備校へ案内してくれ」

ご覧頂きありがとうございます。

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