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第18話 暗殺の依頼者 5

 結局、三日間手伝わされた。

 

 一日中拘束された日が三日も続いたので、廃れた村に行くどころか情報収集すら出来なかった。


 予想外のタイムロスに苛立ちを隠せなかった俺は、朝一で診療所をカラフェから教えてもらった村へと向かった。


 インヴィターレから村に通じる道は迷わなかった。ただひたすら平坦な道を歩く。それだけだった。


 道の途中で木製の看板を見つけた。地面に刺さっている木の根の部分が腐っていた。看板に書かれている村の名前も鋭利な刃物でズタズタに裂かれていて判読できなかった。


 ここで間違いないだろう。


 村は森の中に入っている。しばらく歩くと、村を囲む柵が見えた。人の気配は感じられない。

 俺は木の幹に身を隠し、少しだけ顔を出して村の中を遠くから眺めた。まだここからでは何も判断できない。もう少し近づくことに決めた。

 

 音を出さないよう足元を警戒しながら、村の柵に沿って、村の入り口の反対側へ回った。不気味なほど本当に人の気配がしなかった。

 騙されたか。それともギルドにエントリーする際に書いた住所は偽りだったのかと思った。

 

 村の柵の一部が壊れていて、人一人分通れそうな幅が出来ているのを見つけた。俺は身を低くしながら村の中へと侵入した。

 

 決して裕福とは言えない。家造りの材料から見ても生活するだけで精一杯だった様子が感じ取れる。

 家の物陰に身を隠しながら周囲を観察し、移動する度に別の物陰に隠れた。俺はその時、勘違いしていたことに気づいた。

 精一杯だったのではない。生活するだけで精一杯なのだ。


 この村に人間はいる。家の中から物音が聞こえた。火が薪を焼く音がした。


 何故だ。何故この村の住民は誰一人外へ出ない。

 すると前方の家のドアが開き、人影が見えた。俺は物陰にさらに身を隠し、そっと顔を出して人影を確認した。


 帯刀している長髪の男。

 ベイリーズだ。

 だが奴から殺気が感じられなかった。


「おい、そこにいるのは分かっているぞ。強盗野郎。この村を狙ったって何もないぜ」

 ベイリーズが俺に向かって叫んだ。

 強盗。奴は俺の存在を認識していないのだろうと思った。


「俺は強盗じゃないぜ」

「闇魔法使い! どうしてお前がここへ?」

「親切な人が教えてくれたのさ」

「カラフェか」

 俺は答えなかった。


「どうして俺の存在が分かった」

「この村以外の人間がここへ来ると分かるんだよ。風が揺れ、空気が濁り、木と葉が――そう、鳴くんだよ。だから誰かが来るのは家の中に居ても分かる」

「なるほどね。で、この村にはお前以外の人間はいるのか?」

「もちろん。誰一人外へ出ないけどな」


「何故だ」

「何故だと? 闇魔法使いに答える義務など無い・・・・・・いや、お前が王都ガルディバへ行くというなら話してやっても良い」


「どういう意味だ?」

「どういう意味だという質問に答える前に、お前がこの村へ来た理由を教えてもらおう。その理由って言うのは」

 ベイリーズがズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「この指輪の事か? 違うならこの村から出て行け」

 俺はポケットから髑髏の指輪(スカルリング)を取り出してベイリーズに見せた。


「やっぱりな。お前を殺そうとした私にわざわざ会いに来るなんて、私を殺したいほど私の熱烈なファンなのか、それとも事情があるのか、どちらかだと思っていたが、予想通り指輪の件か」

「さあ答えてくれ。俺が王都ガルディバへ行くならこの村の住民について話すというのはどういう意味だ?」

「私の質問はまだ終わってないぞ、闇魔法使い。お前、王都へ行くか?」

 俺はどう答えるか迷った。

 だが全ての鍵を握っているのは王都ガルディバだ。いつか行かなければならないとは思っていたが、ベイリーズに言われて行くと言うのは癪に障った。


「お前に言われる前から行くことは決めている」

「そうか」

「さあ、教えろ。ベイリーズ」

 ベイリーズは腕を組み、思案顔を浮かべながら地面を見つめた。

「この村の住民は『運命の一週間(ディスティニーウィーク)』の犠牲者や遺族が暮らしている」

「犠牲者、遺族――」


「平和を望んだ者達が集まる村だ。お互いに明日の朝陽を拝むために今を生きている。ここの住民が敵対視しているのは国だ」

「つまり、ここの住民は部外者全て敵だと思っているのか?」

「そうとは思ってない。当然ながら住民を知る人間、すなわち知人や友人は味方だ。でもそのような人間は少ない。だからこの村へ近づく者のほぼ全ての人間は部外者になる。お前も当然部外者だ」

 ベイリーズは口角を上げて不気味に微笑んだ。


「この村に集まる人間達と俺がガルディバで行くことに、どこが関係しているんだ?」

「お前、この指輪の、要は暗殺組織の首謀者を見つけたいんだろ?」

「ああ」

「首謀者は王都ガルディバにいる」


(暗殺組織に国王軍が関わっている可能性があるからだ)


 ボルスから聞いたリオナの父親が抱いた疑念に真実味が帯びた。


「首謀者を殺してくれ。この村の住民はそれを願っている」

「待て。何でこの村の住民が首謀者の死を望む? 暗殺組織に国王軍が関わっているだけじゃないのか?」

 俺は言った後でハッとした。手で口を塞いだが遅かった。


「闇魔法使い。何か知っているな」

「知っている。だから何だ?」

「まあ、いい。私にとって暗殺組織に国王軍が関わっていることぐらいで動じはしない」

「何だと!?」

「暗殺組織の首謀者だと考えられるのはその上だからな」

「その上?」

「国王軍の最高指揮官と代理の二人だ」

「お前、自分で何を言っているのか分かっているのか?」

「分かっている。分かっているから話しているんだ。お前に話しているのは事実だ」

 

 暗殺組織の首謀者が国王軍を管轄する最高指揮官。その最高指揮官は一人のみ。

 

 ガルディバ国王陛下

 

 そして最高指揮官代理が二人。それはガルディバ王の息子。


 オスロスク・ジ・ガルディバ


 ダルモア・ジ・ガルディバ

 

 国王陛下が何らかの理由で指揮を執ることが出来なくなった場合、やむを得ない状況下の時に代理人が権限を行使する。


「闇魔法使い。この国がどれだけ腐っているか分かったか?」

「分からん」

「知りたいか?」

「知りたくはない」

「そうか。まあ、暗殺組織の首謀者と対峙する時に全てが分かるだろう」

「ベイリーズは知らないのか? その指輪を受け取った時に相手の顔を見ただろう」

「私は首謀者と会ってはない。首謀者の右腕とされている殺し屋から受け取った。そいつはおそらく首謀者に全幅の信頼を置いているだろう。向こうも言うことを聞く部下の一人ぐらいは居た方が安心するだろうからな」


「殺し屋は全員で何人いるんだ?」

「その右腕の野郎を含めて五人と聞いたことがある。その内二人は死んだらしい。殺し屋は全員が個人活動だ。その人間の真偽のほどは不明だ。仮にその人間が正しければ、俺と右腕野郎以外の残りの一人は死んだことになる。お前が指輪を持っているということはお前が殺したんだろ?」

「ああ」

「この犯罪者が」

 ベイリーズが唇を噛んだ。


「待て。俺が殺した殺し屋ネヴィスは蛇女だ。化物だったんだぞ」

「だからどうした? 殺したことに変わりはない」

 俺は言葉に詰まった。

「この指輪に魂を売った時、契約した人間は身体に魔法の力が流れる。その蛇女はおそらく闇魔法の力を身体に流し込んだのだろう」

「お前は違うのか?」


「私は風魔法だ。闇魔法に縋りたくない。家族が泣く」

「お前の家族はもしかして」

「家族は反乱軍の人質となった。国王軍は救出するどころか人質の犠牲はやむを得ないと判断した。そのせいで家族を失った。その国王軍の中に二つの属性魔術師(バイリンガル・ウィザード)がいた。そいつよりも闇魔法を使う魔術師が許せない。あの野郎の顔は今でも忘れない」


(この世の犯罪者を全て皆殺しにするのが俺の役目)


 あの時の光景と台詞が同時を思い出した。


「闇魔法使い。お前は殺し屋の俺の言うことを信じるのか?」

「信じられると思ったところを信じるだけだ。家族を失い、国を怨んでいるのは確かだろう」

「それすら嘘かも知れないぜ。仮に本当だとしても、私が嘘をついてお前が国王軍の最高指揮官とその代理を狙おうと仕向けた可能性もある。初めから私がお前をガルディバへ行くよう仕向ければ、お前は必ずガルディバへ向かう」

「何故必ずと言い切れる?」

「リオナ・グレングラッサが狙われているからだろう」

「お前もリオナの命を狙っているのか!?」

 俺は腰を低くして戦闘態勢になった。両手に闇魔法の力を込めた。黒い光の輪が手を囲む。


「違う。私が暗殺の依頼を受けたのはデュワーズ・グレングラッサだ」

「リオナの父親!?」

「だが私は失敗した。完全に敗北した。殺されると覚悟したが、デュワーズ・グレングラッサは私の目の前で鞘に剣を収めた。彼から首謀者が誰かと尋ねられたが私は答えぬままその場から逃げた。言っても言わなくてもいずれ死ぬと悟っていたからな。仕事が失敗したら身内に殺される可能性は九十九パーセント」

 

 デュワーズ・グレングラッサと対峙したと言うことは少なくとも運命の一週間(ディスティニーウィーク)が勃発する前だ。いつ対峙したのかが気になったが、そんなことよりリオナの父親の意志に感銘した。


(彼は最後まで話術で相手を説得しようと試みる。相手が一切の交渉に応じない場合、その時彼は初めて剣を抜く)


(惜しい男を亡くしたと思っている)


 シュマールの言葉を思い出した。

 リオナの父親は自分自身の命が狙われていると分かっていても、ベイリーズが反撃不能と判断した時、鞘に剣を納めたのだろう。最後まで話術で相手を説得しようと試みるということを裏付ける証拠だ。

 

 指輪、国王軍、暗殺組織、三つの要素が絡んでいることに強い確信を抱いていたはずのリオナの父親は、首謀者さえ分かればそれ以外の連中は殺さないと決めていたのだろう。ベイリーズもリオナの父親が持っている意志に勘付いたかもしれない。

 だからベイリーズがリオナの父親のことを彼と言った。

 単に敵を彼と表現する人間を知らないだけかもしれないと俺は思った。


「九十九パーセントなのに、お前は生きているなぁ」

「逃げ回っているからな。何度か奇襲を受けたが、どいつもこいつも弱かった」

「何故カラフェと手を組んだ」

「あれは金が欲しかったからな。ワケありの雇い主を探していたからちょうど良かった。でも金は得られなかった。お前が抵抗したせいでな」


「あれは憲兵団のせいだろう」

「犯罪者は人のせいにするのが得意だな」

「何とでも言え」

「ならばあの時の戦いの続きをするか」

「こっちはそのつもりだったぜ」

「私を倒せぬなら、王都へ行っても無駄だ」

「やってみないと分からないだろう」

「この村の住民は関係無いから場所を移すぞ」

ご覧頂きありがとうございます。

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