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第15話 暗殺の依頼者 2

 小等部に通っていると思われる子供の集団とすれ違った。

 鞄を持っているところを見ると、学校帰りなのかもしれないと思った。


 メインストリートを横断し、荷馬車と荷馬車、人と人の間を避けながら歩いた。バー「ダブルショット」の看板が視界に入った。


「いらっしゃい!」

 ドアを開けるとボルスの景気の良い声が聞こえた。明朗活発な声を聞けば、この酒場に長居したくなる、そう思わせてくれる。


「よお、ラーセン。待ってたぜ」

「待ってた? ボルスが俺を?」

 カウンター内にいるボルスは、ある一点の場所を気にしつつ、俺の方に振り向いた途端に手招きをした。その手招きをしている指が上下に早く動く。口の代わりに指が急いで来いと言っている。


「何だよ」

 俺はカウンターに肘をついて少し前のめりになった。

「調べ物が終わったらさっさとここへ来いよ」

「用事はちゃんと済ませてここへ来た。どこも寄り道はしていない」

「それなら良いけど」そう言って手招きした手でコップを持った「何を飲むんだ?」


「水割りをくれ」

「了解。じゃあテーブル席に座って待っててくれ」

「テーブル席?」

「おい、すっとぼけてんじゃねぇよ。お前が来るまで世間話の相手をしていたんだぞ」

 俺はボルスが気にしてチラチラ見ていた方に視線を向けた。


 店の一番奥にあるテーブル席にいるリオナは、無表情でこちらを見つめていた。空のコップがいかにも待っていたと語っている。


「何を飲んでいるんだ?」

「酒だ。でもアルコール度数は一番低い」

「あいつ酒飲めるのか? 未成年者は飲酒禁止だろう」

「いや、酒は飲んでも良い年齢だぜ。そうじゃないと計算合わないだろう。魔法専門学校を卒業して予備校の講師をやってるんだから」

「何歳なんだ?」

「本人に聞け。ほらよ、水割り。テーブル席に持って行こうと思ったけど、出来上がったから自分で持ってけ」

 

 俺は水割りを受け取り、リオナがいるテーブル席へと向かった。


「遅い!」

「どこも寄り道はしてな――いや、シュマールの所へ寄ったか」

「寄り道してるじゃない!」

「サラの件を報告しに行ったんだ。シュマールは雇用者であり、診療所に来たサラを自宅へ送ったのだから、報告する義務はあるだろう」

「それはそうだけど」

 リオナは膨れ面になった。明らかに納得していない表情だった。するとテーブルに手をついて俺の方へ顔を寄せた。


「サラちゃんの家で何か手掛かりは見つかった?」

 態度がコロコロ変わる。ついて行くのがやっとで疲れると思ったが、話が脇道に逸れなかっただけ助かったと感じた。

 

 水割りの入ったコップを持って一口含んだ。

「これが見つかった」

 俺はポケットから髑髏の指輪(スカルリング)を取り出してリオナに見せた。髑髏の形状や色使いを見たリオナの率直な感想は「気持ち悪い」だった。

 

 ファンション向けのアクセサリではないことは確かだ。だから指輪としての価値はなく、誰が見ても気持ち悪いと言うだろう。

 この指輪の価値が分かる者はリオナを暗殺しようとしている仲間、またはこの指輪を造った張本人に限られる。


「リオナはどこか別の場所でこの指輪の髑髏を見たことがあるか? 剣の柄、鞘、魔法書、鎧、兜などの装備品、もしくは工芸品や装飾品、ないしは鑑賞展示物」

「うーん。記憶にないわ」

「思い出せ。お前の命が関わってる」

「言われなくても分かってるわ!」

 リオナは両手でテーブルを叩くようについて大声を出した。俺は慌てて自分の口元に人差し指を添えた。静まったリオナは背中を丸めて姿勢を戻した。俺は周囲の客の様子を窺うために椅子に座りながら振り向いた。冷たい視線をいくつも浴びた。

 近くにいた客の独り言が聞こえた。

 彼女にあそこまで言わせてしまう彼氏はダメだな。

 

 彼氏じゃねぇ!


「ラーセン」

「何だ」

「これからどうするの?」

「そうだな。とりあえずこの髑髏の指輪(スカルリング)に心当たりがある人物を片っ端から捜すしかない」

「父の件は当然その後でしょ?」

「当然だ。二つの事を同時に調べるのは辞めた方がいい。どちらかが(おろそ)かになる」

「ラーセンの言うとおり長期戦になりそうね」

「そうだな。なるべく早くこっちの指輪の件は片付けるようにする」

「ありがとう。ラーセン」

 

 リオナが真っ直ぐ俺を見つめているのが分かった。その瞳からもさらに「ありがとう」と言っているような気がした。不純物が一切無い、まるで子供のような純粋で愛しさが溢れている眼差し。その眼差しの純度は限りなく百パーセントに近いだろう。示す数値はテンナインだ。


「ラーセン。今夜はうちの客室に泊まってくれるでしょ?」

「あ? ああ、そうだな」

「ちょっと何よ、今の返事の間と態度は!?」

「実はシュマール回復診療所の隣の小屋が空いているから使えとシュマールに言われたんだ」


「先に紹介したのはうちの客室の方でしょ!」

「それは百も承知だが、一つだけ聞いても良いか?」

「何よ」

「お袋さんに俺を客室に泊めることを話したか?」

「いやまだよ。本当なら昨夜説明しようと思ったけど」

「ちょっと待てよ。深夜に娘が連れてきた見ず知らずの男を部屋に上げて安心する親がどこにいるんだ!?」

「あ、いや、それは」

「どういう神経をしているんだ?」

「ねぇ、ラーセン今何時?」

 急に話の腰を折ったことをに苛立ちが倍増した。


 俺は自分の懐中時計を見て時刻を確認した。

「三時五分前だ」

「いけない! 三時に新入してくる生徒の面談があるから戻らないと」

 こいつ。いい加減にしろよ。


「ラーセン。今日はうちの客室に泊まりなさいよ」

「お袋さんに話して許可を得ろ。そうしない限り行かんぞ、俺は」

「分かったわよ! 許可を得たら絶対に来なさいよ!」

 リオナは駆け足でカウンターに向かい、カウンター内にいるアルバイトに金を手渡し「おつりはいらないから」と言って、その勢いでダブルショットを後にした。

「リオナさん。足りませんよ――って、もう聞こえないか」

 俺は払わんぞ。


「なあ、ラーセン」

 いつの間にか真横にボルスが突っ立っていた。神妙な面持ちだったから思わず身体が反応して椅子から転げ落ちそうになった。

「驚かすな、ボルス!」

「悪い。ちょっと来てくれるか」

 ボルスは店内の奥にあるドアを指差した。


 俺はボルスの後に続いた。ドアの向こう側にあったのは大きな机と椅子がいくつか無造作に置かれていた。壁際には木製の棚が設置されている。ロッカーか。そうだとするとここは休憩室兼更衣室と言ったところか。

 

 ボルスが腕を組みながら俺を凝視している。

「何だ?」

「さっきリオナちゃんに見せた指輪を俺にも見せてくれ」

「これか?」

 ポケットから髑髏の指輪(スカルリング)を取り出してボルスに見せた。

 ボルスは指輪を隅々まで入念に観察した。


「リオナちゃんからは調べ物としか聞かなかった。詮索しすぎて気分悪くさせたくなかったから、俺は何も聞かなかった」

「そうか」

「でもこの指輪を見たらそうは言ってられねぇ。誰が誰を暗殺しようと企んでいる?」

 先にボルスへ見せるべきだったか。


「犯人は今捜している最中だ」

「本当だろうな、ラーセン!? 犯人を匿ってるってことはねぇよな?」

 ボルスは俺の胸倉を掴んだ。ボルスと知り合ってまだ一日しか経っていないが、ボルスがここまで鬼気迫る言い方をしたことに違和感を覚えた。

 こいつ。間違いなく何か知っている。


 俺はボルスの手を強引に引き離した。

「俺が犯人を匿っていたら、わざわざリオナにこの指輪を見せて意見を聞くわけがないだろう」

「ああ、そうか」

「興奮するのは分かるが落ち着け」

「わ、悪い」

「一から話した方が良いな」


 俺はリオナが毒ヘビを送って来た荷物の送付状を頼りに、その荷主の家へリオナが単身乗り込んで行ったことを、リオナから聞いたまま伝えた。

 

 俺がシュマールの名を出すと、ボルスもシュマール先生かと知っている風な口調で言った。

 

 亡くなったヘビを蘇生させて欲しいと診療所に訪れてきた子供を送るついでに、その子供の親御さんから子供へ蘇生は無理だと説得してもらおうと家に行った時にリオナと遭遇したことをありのまま伝えた。

 

 リオナを襲った蛇女を殺し、その蛇女が持っていたのが髑髏の指輪(スカルリング)だと言い、以上だと告げた。


「ってことは、殺し屋に命を狙われているのはリオナちゃんってことか?」

「そういうことだ」

「嘘だろ」

 ボルスは前を向きながら後退して壁に寄り掛かった。


「なあ、ボルス」

「何だ」

「お前はこの指輪をどこで見た?」

「初めて見たのは数年前だったな」

「数年前? 数年前からこの指輪はあるのか?」


「そうだ。その指輪を持つ者は決して誰とも組まない一匹狼の殺し屋で、必ずターゲットのみを狙うプロの殺し屋であることを示している。暗殺組織を作った首謀者から暗殺の力を認められた者のみが受け取れる指輪だ」

「大層な指輪だな」

「最近じゃ見かけることはなかった。例え見なくなってもその指輪の意味は絶対に忘れねぇ」

 忘れることはできないだろうな。


「だが、その指輪を所持している殺し屋がいるってことは、他にも殺し屋がいて、暗殺組織の首謀者は死んでねぇってことになる」

「それは確かか? そんな組織に憧れている馬鹿が一人ぐらいいてもおかしくないと思うが。模倣犯ってことはないか?」

「それは無い。恐ろしくて誰も模倣なんてしねぇよ」

「何故そう言い切れる? 根拠は?」

「暗殺組織に国王軍が関わっている可能性があるからだ」

「何だと!! ふざけたことを言うなよ!」


「ふざけてはいない! でも可能性があるって話だから、俺もこれ以上は何とも言えねぇ」

「じゃあ聞くが、何でその可能性の話を今俺にした? 数年前に初めて見て、数回見た程度だけのことなら『可能性がある』レベルの話をすれば憶測が生まれる確率は高いと考えつくだろ。可能性があるってレベルの話に、具体的根拠がないまま信憑性があると感じる方がおかしい!」

「国王軍が関わっていると疑問に感じたのはリオナちゃんの親父さんだ」


「リオナの父親?」

「そうだ」

「リオナの父親がここに客として来たとき、指輪の話をボルスに話したのか?」

「違う」

 自分で言っておきながらも、よくよく考えれば違うと分かった。いくら第二剣正団の団長とは言え、単なる酒場のマスターに髑髏の指輪(スカルリング)の話をする方が不自然だ。


「なら、ボルスはいつリオナの父親から聞いた?」

 ボルスは急に黙り込んだ。するとボルスは、その質問に答える前に確認させてくれと言ってきた。

「俺が王都の役所で働いていたって言ったよな?」

「ああ、聞いている」

「実は異動辞令を受けて役所で働くことになったんだ」

「異動辞令? ってことは、別の役所で働いていたのか?」

「別の役所じゃない。でも公務員を辞めた訳じゃないぜ」

「茶化すな。こっちは真面目な話をしているんだ。要件をさっさと言え」

「国王軍の給料は税金で賄われているって当然知ってるよな?」

「当たり前だ」

「給料を税金で賄われている奴等を何て言う?」

 俺はハッとした。


「ボルス、お前も――そうなのか?」

「お前も? ああ、シュマールさんもガルディバ国王軍第二魔術団の元団長って自ら言ったのか」

 国王軍も公務員だ。役所で事務手続き処理をしている人間も公務員だ。役所から国王軍への異動はないが、国王軍から役所への異動はある。

 つまりボルスは。

「俺はガルディバ国王軍第二剣正団の元副団長だ」


「今さら誰が元国王軍だって聞かされても驚きは――何だって? 第二剣正団?」

「そう。リオナちゃんの親父さんと俺は同じ部隊に所属していて、俺の上司がデュワーズ・グレングラッサさんだ」

 それなら指輪のことを知っていてもおかしくはない。


「ボルス」

「何だ」

「リオナの父親から暗殺部隊と国王軍が関わっているという証拠を含めた具体的な話を聞いていないのか? 可能性がある話ってどういうことだ?」

「俺だって知りたかったさ。でも、教えてもらう前に――」

 おそらくリオナの父親が調査した結果を、ボルスが彼から聞く前に『運命の一週間(ディスティニーウィーク)』を迎えてしまったと分かった。


「ボルス。一つ聞いて良いか? お前は招集されなかったのか?」

「そりゃあ、されたさ」

「で、無事に生き残れたのか」

「まあな。まっ、その話は今度サシで飲みながら話してやるよ」

「ぜひ聞かせてくれ」

「そんなことより。リオナちゃんの命を狙ってる野郎を見つけるのが先決だな」

「当然だ」

 

 俺は腕を組んでボルスに聞いた。

「リオナの父親の遺品は調べたか? 組織と国王軍が関わっている証拠があるかもしれない」

「あったらここに出してるぜ」

「そうだったな」

「俺もリオナちゃんにお願いして遺品を見させてもらったんだが、何一つ証拠らしきものはない。全くと言って良いほどなかった」

「それは逆に証拠があったと思っても不思議ではない」

「ラーセン。俺の証言だけで動くのは危険すぎるぜ。暗殺組織の人間と接触したら、何も知らなかった風に装って首謀者を捜せ。国王軍が絡んでる可能性があることを知ってるのは俺とお前だけの秘密だ」

「そのつもりだ」


「リオナちゃんのことは俺に任せろ。誰か用心棒を見つけてくる。誰も居なかったから俺がやるしかねぇな」

「大丈夫か?」

「大丈夫だ!」

「それなら頼む」

「OK! でも本当にお前と喋ってると、ついつい余計なことまで喋っちまう気がするぜ。闇魔法使いのくせにな! しかも昨日会ったばかりだぜ」

「人を助けたからだろうな。人を助けた奴に心を開くのは何ら不思議じゃない」

「一理あるな!」


 休憩室兼更衣室のドアが開き、アルバイトが顔を覗かせた。

「マスター。客同士が口喧嘩してます。たぶん殴り合いになりそうです」

「すぐ行く。俺が解決するから心配するな」

 頼もしい言い方だ。これならアルバイト達はボルスに信頼を置くだろう。


「ラーセンはこれからどうするんだ?」

「ちょっと不動産屋に行く」

「部屋を借りるのか?」

「いや、野暮用だ」

「そうか。それならさっきの水割りの代金をくれ。三千ガルディバだ」

「おい、メニューの価格より高いぞ!」

「リオナちゃんの不足分を加算してる」

 あの女。利子つけて請求してやる。

ご覧頂きありがとうございます。

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