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第14話 暗殺の依頼者 1

 俺が真相解明に協力することを聞いたリオナは、俺の右手を両手で掴み、ありがとうと言った。

 小さな手から想像できないほど暖かく、そして微かに震えていた。その震えは俺に対して恐怖を抱いているのか、それとも何か別の震えなのか。

 例えば父の死が戦死ではなく、仮に陰謀に巻き込まれて殺されたとして、その真相を知る恐怖に震えているのだろうか。


 ガルディバ国王軍第二剣正団の元団長デュワーズ・グレングラッサ。

 有名人なら調査をすればいくらでも情報は得られるだろう。でも真実に辿りつく情報がどれくらいあるかは全く想像できない。

 数多くの証言を(ふる)いにかけて、有力な証言を見極めるには膨大な時間が必要だ。


「なあ、リオナ」

「何かしら?」

「時間がかかることだけは覚悟しろよ」

「分かってるわよ」


 ふと思いついた。

 依頼相談管理所(クライアントギルド)へ行って俺の名前で情報を求めればいくつか集まるだろう。

 いや、ダメだ。

 俺とグレングラッサ家の関係、つまり裏付けを確認する輩が必ずいる。そうなるとリオナの交友関係に闇魔法使いがいることを露呈することになる。

 協力すると言った手前、迷惑をかけるのは避けるべきだと思った。

 

 リオナを利用するなら慎重に行動しなければいけない。それだけは常に覚えておこうと決めた。


 俺は手掛かりを得るためにもう一度だけサラの母親に会うことにした。リオナも同行すると言ってきたがダメだと言って突っ返した。


「ラーセン」

「何だよ」

「私、命を狙われてるんだよ。一人にしないでよ」

「お前、炎言術士だろ。少しぐらいは戦う姿勢を見せろ」

「無理よ。私の力は生徒達を指導する程度しかないわ」


(それはやってみないと分からないじゃない。私だって魔法は扱えるのよ!)


 路地でカラフェとベイリーズに襲われる前に見せた戦闘態勢は何だと言ってやりたかったが、そこまで言ってしまうと泣いてしまいそうな気がしたのでやめた。


 俺が協力するって言った途端に甘えがやって。


「リオナ」

「何?」

「お前が信用信頼出来る人間はいるか?」

「ブリザールさん」

「ボルスか。それならダブルショットへ行って匿ってもらえ」

 リオナは返事をせず、何か言いたそうな表情を浮かべていた。


「何か言いたそうだな。言いたいことがあるなら言えよ」

「ラーセンはダブルショットに来てくれるんでしょ?」

「ああ、用事が済んだら行くよ」

「本当に?」

「本当だ」

「あなたは前科があるんだからね!」

「前科!? どういう―」

 ダブルショットに忘れ物があるから取りに行くと嘘をついたことを思い出した。


「そうだったな、すまん」

「ダブルショットに来るって約束してくれる?」

「ああ、約束する」

「そうだ。もう一人信用信頼出来る人がいる」

「誰だ?」

「ラーセン」

「お前本当にお嬢様育ちだな。俺を信用信頼できる根拠を教えてくれ」

「私を助けてくれたから」

 俺は黙った。こういう時に黙るのは卑怯と言われても、俺は率先して沈黙の殻に籠もり、卑怯という衣を着てやる。それぐらいの気持ちはあった。


「何で答えないの? 私を助けた理由は無いの?」

「あるよ」

「教えて!」

「寝床の確保のためだ」

「なっ!?」

「冗談、ではない」

「ひどい! ほら、さっさと用事があるなら行きなさい!」

 リオナは手で追っ払う仕草をした。

 俺は両手を広げてリオナを宥めた。


 リオナを助けた理由。ネヴィスの毒を受けてリオナを助けた時にはなかったが、今なら言えると感じている。

 建前はリオナの父親の死の真相を確かめるため。

 本音はリオナを利用して俺の両親を殺した犯人を捜すため。


 リオナがダブルショットの方へ歩くのを見届けてから、俺はサラの母親に会うためサラ親子がいる家へ向かった。



「何かご用ですか?」

 サラの母親は怪訝な表情を露骨に浮かべていた。もう俺達に関わりたくないと顔に書かれている。


 別に命の恩人だと言い張るつもりはないが、少しぐらい感謝の気持ちを顔に出してもいいのではないかと思った。

 それともそんな余裕すらないほど困窮した生活を送っているのだろうか。


「一つ聞きたいんだが、部屋の中に自分達の持ち物ではない何か、もしくは見慣れない言葉の落書きなどはなかったか?」

「急にそんなこと言われても」

 サラの母親は非協力的な姿勢しか見せなかった。苛立ちが募ってきた。俺に部屋の中を見せろと、喉元で出たり引っ込んだりの攻防戦が繰り広げられていた。


「お兄ちゃん。私持ってるよ」

 母親の背後からサラが顔を出した。

「サラ。出てきちゃダメって言ったでしょ」

「だってお兄ちゃんはママを助けてくれたんだよ」

「そうだけど」

 子供は思ったことそのまま口にする。時には残酷なことも。だが子供は自身が発した言葉の残酷さを理解できない。理解できるわけがない。だから口にした言葉に対して親は手を挙げてはいけない。言葉には言葉で教育しなければならない。


「これだよ、お兄ちゃん」

 サラが渡してくれたのは指輪だった。指輪のセンターストーンは髑髏(どくろ)の形をしていた。黒色の髑髏(どくろ)の目は赤く染まっていた。

「気味悪い指輪だな」

 俺は指輪を隅々まで見た。他に気になるところはなかったが、細部まで拘ってるところから察するに技術屋泣かせの造りだと感じた。


 言えることは一つ。この髑髏の指輪(スカルリング)はネヴィスの所持していた物と考えて間違いはなさそうだ。


「サラ。お兄ちゃんがこの指輪を預かっても良いか?」

「いいよ。だって気持ち悪いもん」

「ありがとう」

「もう用事は済みましたか?」

「えっ? ああ、えっと。いや、まだもう一つある」


「何でしょうか?」

「どうしてそんな不機嫌なんだ?」

「えっ? それはその――」

「何かしら事件に巻き込まれたら誰だって嫌な思いはする。でも少しぐらいは明るく接してくれたって良いんじゃないか?」

「私だってそう思いたいですし、そもそも私が不機嫌な理由はあなたに関係ありません」

「俺に関係ないのは分かったが、不機嫌なことは確かだろ?」

「ええ、まあ」

「言いたくなかったが、俺はあんたの命を助けた。それだけ言えば分かるだろ?」

 サラの母親は俺から目を逸らして唇を噛んだ。


「ここを退去するのに百万ガルディバが必要なんです」

「何故だ?」

「原状回復費用よ」

 入居者が賃貸借契約を交わしている物件を退去する場合、その物件の内部を元の状態に戻さなければならない。それが原状回復。

 だが大体は入居前の契約で、いわゆる敷金という名目で入居者は大家に払うのが一般的。原状回復費用が発生した場合は敷金から充当される。まれに入居前に敷金を請求しないパターンがある。その場合、原状回復費用は全額請求される。


 この民家の家賃はおそらく五万ガルディバぐらいだろう。それなのに百万ガルディバとはいくらなんでも不当請求だ。


 しかし大家はいつ、この家の中を見たのだ?

「一つ教えてくれ」

「何でしょうか?」

「俺とリオナはついさっき家を出た。大家はいつ中を見たんだ? 中を見ないと費用は請求できないだろう」

「費用は契約の時に決まっているんです」

「おい、費用が百万ガルディバって分かっていながら契約をしたのか!? いくらなんでもおかしいぜ。弱みでも握られているのか?」

「いえ、費用が発生する条件は色々とあります。その中で二番目に高いのが壁の損傷です」


「それが百万ガルディバか」

「はい。契約するときに壁なんて壊さないと思ったので」

 その通りだ。常識的に考えれば壁は壊さない。非常識なのはその契約だ。もっと非常識なのはこの民家の大家だ。

「一番高いのはどういう時だ?」

「居住できないと判断し、工事が必要となった場合です。費用は見積り額の全てと書かれています」

 ふざけた内容だ。


 いくらサラの母親を助けるためとは言え、壁を壊したのは俺だ。全額は厳しいかもしれないが、ある程度は払うことを約束した。

「大家の名前だけ教えてくれるか? 時間があったら話してみる」

「この家の大家は不動産屋です」

「それなら不動産屋の名称を教えてくれ」

「カラフェ不動産」

「そうか、カラフェ不動産か。そこの責任者なら知ってる。あんたらが退去するまでには話し合いをしてみる」

 俺はそう言って髑髏の指輪(スカルリング)をポケットの中に入れた。




 ダブルショットへ行こうとした時、シュマール回復診療所で臨時雇用されていたことを思い出した。

 サラの件も報告しなければいけないと思った俺は、駆け足で診療所へ向かった。


「遅かったな、ラーセン」

 シュマールは診察室の椅子に座りながら、眼鏡の中央部分を指でクイッと押した。待機室に患者はいなかったので中休みと言ったところだろう。

「あの娘のママとの話し合いが長引いたんだ」

 俺も診察室の椅子に腰を下ろした。

「闇魔法を使った話し合いなんて珍しいことをするもんだな」


 俺はシュマールを凝視した。

「何で俺が闇魔法を使ったと分かる?」

「ワシは魔法に関する知識なら、まだ誰にも負けない自信がある。お前のような若造の魔力があとどれくらい残っているか大雑把だが感覚で分かる。お前があの子と一緒に出て行った時と今を比べると、かなり魔力を消費しているのが分かる」


 シュマールは俺の方に身体を向けた。

「短時間で魔力を大幅に消費する魔法はある。だが火、水、風、土、四つの属性そして回復系の中で魔力を大幅に消費する魔法は全てハイレベルのものだ。火ならこの周囲は火の海と化している。水なら洪水が起き、風なら竜巻が生まれ、土なら地面に亀裂が走る。しかしこの短時間で何も異常現象は起きていない。それにあの子の家へ行って大幅に魔力を消費する回復魔法を使ったとは考えにくい。そう思った時、闇魔法を使ったと考えるのが一番自然じゃ」

 一番自然――か。


「じいさん」

「シュマールじゃ」

「シュマール。あんた何者だ?」

「ワシか? さっきも言ったとおり魔法ならまだ誰にも負けない自信がある魔法オタクじゃ」

「ごまかすな。昔は何をしていた?」

「ガルディバ国王軍第二魔術団、元団長じゃ。得意魔法は火だった」

 火?


 強い能力を持つ奴等は全員元国王軍の部隊に所属しているのか。まあ、王都ガルディバに近い街に住んでいてもおかしくはないと感じた。


「シュマール。今、得意魔法は火だったって聞こえたが」

「お主の耳は間違いではない」

「それで今は回復系に転向したってことか?」

「そうじゃ。わりとスムーズに回復系の魔法は使えるようになったぞ。しかし歳を重ねると物忘れもひどくなる。火属性の魔法の(ほとん)どを忘れてしまった」

「忘れたなんてどうでもいいが、シュマール、あんたは二つの属性魔術師(バイリンガル・ウィザード)か?」

「そうじゃ。今ではあまり珍しくないかもしれないがな」

「そうか?」

「ラーセンも二つの属性魔術師(バイリンガル・ウィザード)だろう」

「俺は回復系と闇魔法だ。二つの属性魔術師(バイリンガル・ウィザード)の定義は、火、水、風、土、回復の中から二つだろ。まさか忘れたのか!?」

 シュマールは「ほっほっほっ」と笑い、それ以上は何も言わなかった。


「ところでラーセン。これからどうするんだ?」

 シュマールが依頼した契約の労働時間は四時間だからすでに終わっている。

「ちょっと酒を飲みに行く」

「そうか。寝床は決まっているのか? この都市の宿屋はあっという間に満室になるぞ」

「寝床か――」

「決まっていないなら、うちの隣にある小屋で良ければ寝ていいぞ。本当に小屋だから何もない。雨風はしのげる程度じゃ。ああ、毛布は貸すから安心しろ」

 今度は俺が黙りこんだ。


 寝床は二ヶ所確保できた。

 どちらにするかはダブルショットへ行ってから決めることにした。


 とりあえず目下でやるべきことは髑髏の指輪(スカルリング)に関係がある人間を捜すこと。そうすればリオナを暗殺しようと企んでいる人間と会えるはずだ。

 親父さんの死の真相はこの後にしようと決めた。

ご覧頂きありがとうございます。

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