第13話 毒を送った荷主 4
子供との対応が苦手なことをリオナに伝えると、リオナは私が相手してあげると言ってくれた。
「悪いな」
「本当に悪いって思ってる?」
「なっ、思ってるに決まってるだろ!」
「ちょっと大声出さないでよ! 子供が怯えるでしょ!」
大声を出させたのは誰だと言いたかったが、俺は吐き出さずに飲み込んだ。
リオナは子供と同じ視線の位置になるよう中腰になった。
「もう大丈夫だからね」
「ありがとう」
「お礼が言えるなんて偉いね」
リオナが俺の方へ振り向いた。
「ラーセン。この娘の名前は何て言うの?」
「知らん」
「はあ!? 名前も知らずにここへ一緒に来たの? どういう経緯でここへ来たの?」
「依頼相談管理所で仕事を探していたらシュマールって言うじいさんが経営している回復診療所を紹介してくれたんだ。そこで働いていたらその娘が診療所に来たんだ。初めてじゃなくて何度も来てたらしい。シュマールや受付の女もまた来たかって言うぐらいだからな」
「シュマール先生のところへ行ったの?」
「ああ。あのじいさんのことを知っているのか?」
「この都市じゃ有名な先生よ」
「そうだったのか」
「それでラーセンは診療所に来たこの娘を自宅へ送って来たの?」
「ああ。亡くなったペットのヘビを蘇生させて欲しいって診療所に来たからな。しかもそのヘビは母親に買ってもらったらしいから、母親にビシッと説教、いやこの娘に診療所へ来てもペットは蘇生できないことを説得してもらおうと思って来たんだ」
「ペットにヘビって変わってるわね」
「まあ、この娘にヘビを買ってあげたのは、本物の母親じゃないと思うけどな」
「どういう意味?」
「この娘の母親は生きている。さっきの化物、殺し屋ネヴィスは暗殺のプロと自負していた。つまりターゲット以外は殺さない。おそらくこの家のどこかに母親を隠しているはずだ」
「ママはどこ!? ママに会わせて!」
女の子がママという単語に反応した。
「大丈夫よ、必ず会わせるから。ねえ、お名前をお姉さんに教えてくれる?」
女の子は黙ったままだった。お礼は言ったものの警戒しているのかもしれない。
「名前を言わないとくすぐっちゃうぞ、ほれほれ~」
「あははは! やめて、くすぐったい! あははは」
リオナが女の子とじゃれ合い始めた。俺には到底真似できない技だと感じた。じゃれ合う以前に、女の子と同じ目線に腰を下ろすことすら考えられなかった。
リオナが手を止めると、女の子に対して名前を教えてと言った表情を向けた。
「サラ・ヴィヴィアン」
「サラちゃんね。いくつ?」
「九歳」
リオナは教えてくれてありがとうと言いながらサラの頭を撫でた。
心を開かせてくれただけでも助かったと俺もリオナにお礼を言わなければならない立場だと感じた。
懐かしき光景が頭の中でフラッシュバックした。
幼き頃、黒舟京子、レイリア・ブラックシップから、俺もあのように頭を撫でられた。
(光司、男の子は強くないとダメよ。さあ自分で起き上がりなさい)
(ラーセン。男子なら誰にも負けない心を持ちなさい)
厳しくも優しかった二人の母。
女性は母親面しても、いつの間にか母親になる時がくる。
男より精神年齢が上だと言われても何ら不思議ではない。
「―セン」
「ラーセン!」
「な、何だ?」
「何ってこっちの台詞よ。ボーッと突っ立ってないで、早くサラちゃんのお母さんを探してよ」
「分かった」
俺はリオナとサラを居間で待機させて、一人寝室へと向かった。
ネヴィスが仕掛けた罠があるかもしれない。用心するに越したことはない。
寝室は綺麗に整頓されていた。布製のクローゼット、小さなベッドが二つ。おそらくここでサラとサラの母親が寝ているのだろうと思った。
そう考えた時、父親の存在が気になった。だが改めてサラに聞くのは野暮だと感じた。開口一番に二年前と言われたら「そうか」と言うしかない。
『運命の一週間』は多くの犠牲を生んだ。いや、犠牲云々を言う以前に、何故戦わなければならなかったのか? その原因さえ生まれなければ犠牲者はゼロだったはずだ。
あの戦いは国民全員が望まなかったもの。
犠牲者は平和を願った国民。亡くなった国民は運命に翻弄された挙げ句に殺されたのだ。
残酷な現実という不条理な遊びによって殺されたのだ。
王国が公表する継承問題、領土問題、雇用問題、課税、福利保障などの対策に不平不満を募らせた結果、いわゆる反乱軍が誕生した。
反乱軍を誕生させた王国が悪者なのか。
王国に対して不平不満を募らせること自体が悪者。即ち反乱軍全てが悪者なのか。
知りたくもない。
俺は両親の敵討ちの旅をしている。
その相手が国王軍なら国王軍、反乱軍なら反乱軍と戦う。
ただそれだけのことだ。
「どう、ラーセン?」
ドアの向こうからリオナの声が聞こえた。
「あ、ああ。まだ探している途中だ」
俺は慌ててサラの母親探しを再開した。
ベッド、ベッドと床の隙間を見た。人一人分の隙間はあるが異変は感じられなかった。
俺は布製のクローゼットを開けた。大人用と子供用の洋服だけが掛けられている。人間は入っていない。
どこだ。どこに隠した。
苛立ちから思わずクローゼットを叩いた。少しだけクローゼットが動いてしまったので元に戻した。
その時クローゼットの後ろの壁が目に入った。
よく見なければ分からないほど縦に亀裂が入っていた。俺はクローゼットを動かした。
亀裂は縦に二本、横に一本入っていた。辿って見るとやや長方形で、その大きさはクローゼットより一回り小さい印象だった。
身体を丸めれば人一人分隠せるほどの大きさだ。
壁を叩いた。しっかりと固められている。工具用の鶴嘴か登山用ピッケルがあれば壁を壊せるが、それを探して持ってくる時間がない。
この壁の向こうにサラの母親がいるならば、どんな状況になっているか見当もつかない上に容体が心配だ。一刻も早く救出しなければならない。
かなり強引な手段だけど仕方ない。
俺は暗闇へ招く長剣を詠唱した。
亀裂に沿って浅く切れ目を入れる! 手前数センチなら大丈夫だろ。大丈夫だって言ってくれよな!
俺はソードを突き刺し、亀裂に沿って切れ目を入れた。絶対に深く突き刺さないよう細心の注意をしながら、かつ素早く手を動かした。
壁に切れ目を入れる音が響く。ドアが開いた音が聞こえた。
「ラーセン何やってるの!?」
「この壁の中に母親がいるはずだ! 悪いけど集中したいから話しかけないでくれ!」
リオナは分かったわと言って一旦引っ込んだ。
俺は気合いを叫ばずにはいられず、うおおおと声を出しながら手を動かした。
亀裂全てに切れ目を入れ終えた。
ソードを消し、肘で壁を思いきり叩いた。壁が一気に半分崩落した。さらに肘で壁を壊した。
崩れた壁を手でかき分けていると、中に人がいるのが見えた。さらに急いで崩れた壁をかき分けると、白い布のワンピースを着ている女性がいることを、はっきりと確認することができた。
その瞬間ゾッとした。
顔がネヴィスそっくりだ。
考えられることは一つ。ネヴィスがサラの母親の顔を模写したこと。そうすればすり替わったことにサラは気づかない。家族が気づかなければ、他人が不審に思ってもそれは思っただけで終わる。調べようとはしないだろう。
俺は女性を抱きかかえて寝室へと運んで意識を確認した。
胸は上下に動いている。呼吸はしているから死んではいない。眠っているだけだ。だが起きる気配がしない。
俺はもう一度女性が隠されていた壁の中を見た。奥の方に灰の塊があったのが見えた。
お香か。
おそらくネヴィスに狙われた時に即効性のある睡眠技を受けて眠らされて、その状態のまま壁の中へ入れられたのだろう。起きないよう深い眠りに落ちる睡眠香をずっと嗅がされていたのかもしれない。
それなら話は早い。
俺は女性に向かって両手を広げた。
「状態回復魔法」
青い光が女性を包む。光が消えた直後、女性が意識を取り戻した。
「リオナ、サラ。来てくれ!」
「ラーセン! えっ、その人がママ!?」
「おそらくネヴィスはママの顔を模写したのだろう。サラがネヴィスを本当のママと誤認していた理由に結びつく」
「ちょっと待って。それじゃネヴィスって殺し屋はずっと前からここに潜伏していたってこと?」
「そうだろうな。だからサラがネヴィスにペットを買ってとねだった時、ヘビを買ってあげたのだろう。自分自身がヘビだからな」
「あっ、ママ! ママーっ!」
サラが女性の胸に勢いよく飛び込んだ。
サラの母親は頭の上に疑問符を浮かべたままサラの頭をなで続けた。
俺とリオナはサラの母親に事情を説明した。憲兵団に被害届を出すか出さないかは任せると言った。サラの母親が出した決断は、この都市から引っ越すことだった。
前々から引っ越しは決めていたらしい。サラの母親は自分の父親と母親、サラから見ればおじいちゃんとおばあちゃんの家がある村で一緒に暮らすことを決めていた。
サラの母親は引っ越しの準備で慌てていたので、訪問してきたネヴィスを引っ越し業者の見積りと勘違いして対応したら、口を塞がれ何か嗅がされたと思った瞬間から記憶がないと言った。
だから憲兵団へ被害届を出すことはしないと言われた。それに事件に巻き込まれるのは嫌ですからとも言われた。
俺とリオナはサラの家を後にした。
「ねぇ、ラーセン」
「何だ?」
「ネヴィスに私を暗殺するよう依頼した人物ってカラフェかな?」
「違うだろ」
「どうして?」
「カラフェはグレングラッサ魔法予備校の土地を欲しがっている。失礼な言い方だけどリオナが死んだら、あの土地を継ぐのはお袋さんだ。カラフェはお袋さんと立退交渉をしなければならない。だからカラフェがネヴィスに暗殺の依頼をするとは考えにくい」
「そっか。そうだよね」
「何故ネヴィスの雇い主の話をするんだ?」
「ネヴィスが私に言ったから。私を暗殺するよう依頼されたからって」
俺は自分をバカだと罵った。
ネヴィスはプロの殺し屋。ターゲット以外は殺さない殺し屋だ。現にサラの母親は生きていた。つまり誰かに依頼されてリオナを暗殺しようとしたのは事実であり、よく考えれば分かることだ。
一体誰がリオナを殺そうと企んでいるんだ?
そいつがある意味で毒を送った荷主だな。
「ラーセン」
「何だ」
「あなたは元処刑魔術師でしょ」
「それは」
「違うって言っても無駄よ。あの時、意識は朦朧としていたけど、私を襲った化物と誰かが戦っているってことは分かったの。その誰かが処刑魔術師だったって言ったのは聞こえたのよ」
「そうか。聞こえたのか」
「それじゃあなたは本当に」
「ああ、俺は元処刑魔術師だ。だから何だ? それでも俺に父親の死の真相を調べて欲しいって言うつもりか」
「言うわよ」
「呆れるな」
「それよりも聞きたいことがある」
「何だ」
「ラーセンの旅の目的は何? 元処刑魔術師が回復魔法を使って旅をするなんて不自然だわ。あなたの旅の目的は何?」
もう言わなければならないか。
会ってそんなに日が経ってない元団長のお嬢様に、俺の目的を言うなんて考えもしなかった。
「俺は両親を殺した犯人を捜している」
「えっ!?」
「ただ犯人は国王軍か反乱軍かは分からない」
「ラーセン。あなたも」
「そうだ。俺もリオナと同じで親を殺された。だが俺とお前と違うところは一つ。俺は犯人を捜すためなら、親の敵が討てるなら人の死を望むこと決意した。そして限界突破を見いだした。結果、闇魔法を手に入れ、処刑魔術師となった」
「そんな」
俺とリオナの間に亀裂を生むような無神経な風が吹いた。
「これで分かっただろ。俺のそばにいない方がいい」
「嫌よ。むしろそばに居て」
「何だと!?」
「親を殺された子なら、私の気持ちが分かるでしょ。しかも犯人が分からないなら尚更」
俺は黙ったままリオナから目を逸らした。
ふと悪魔が囁いた。
闇魔法を使っているから悪魔の存在に怯えるわけがない。
でもその囁きは恐ろしかった。
リオナを利用すれば、俺の両親を殺した犯人が分かるかもしれない。
「ねぇ、ラーセン。お願いだから手伝って欲しい」
俺は答えた。
「分かった協力してやるよ。但し、俺は俺のやり方で捜す。それに異論を唱えるな」
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