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第12話 毒を送った荷主 3

 化物はゆっくりと横へ動き、尻尾でテーブルを弾き飛ばした。キッチンにぶつかったテーブルは大きな音を立てて脚が砕けた。

「きゃあ!」

 女の子が悲鳴を上げた。子供には大人の破壊行動全てに恐怖を感じるはずだから無理もない。


「リオナ・グレングラッサの死を見届ければすぐに去る。それまで待てば貴様もそのガキも殺しはしない」

「そんなこと言われても信じられねぇよ」

「暗殺のプロはターゲット以外の者を絶対に殺さない。余計な者まで殺して足がついたらプロ失格だからな」

「そうか。もし俺がてめぇの邪魔をしたらどうするつもりだ?」

「貴様を殺す」

「やれるものならやってみろ!」

「殺し屋ネヴィスに刃向かったことを後悔するんだな!」


 化物は尻尾を自分の後方へ引っ込めると、勢いを付けて振ってきた。まるで鞭のようなしなやかさだ。

 俺は左手で右手首を掴みながら力を込めて魔法を唱えた。

嘆きの黒い風(ブラック・ウィンド)

 目に見える黒い色の覇気が右手を包み込んだ。化物の尻尾に向かって右手を振り払う。その軌道に沿って黒い風が発生し、ウオオオと亡霊が発する低い唸り声に近い音が居間を支配した。


「これは闇魔法か! ぬおっ!」

 化物の身体が黒い風に巻き込まれ、キッチンの方へ吹っ飛んだ。調理器具や食器が割れる音がした。


 とりあえず奴を倒す前にリオナを助けなければ。

 吹っ飛ばした化物が再度身構える前に、俺はリオナの元へ駆け寄った。リオナの顔は青ざめていて呼吸が乱れていた。その呼吸も弱い。

「リオナ!」

 力強く呼んでも反応しない。目を閉じたままだ。


(正確に言えばもうすぐ死ぬ)


 あの化物はリオナに何かしたのは間違いない。

 考えろ。

 落ち着いて、かつ早急に考えて答えを出すんだ!

 奴がリオナにしたことを!


 俺は自分自身を奮い起こす。

 リネンキュラッサの一部が破壊されていることに気づいた。鎖骨の辺りに二つの穴が空いている。


 これは牙によって噛まれた跡。

 化物に噛まれて毒に冒されたかもしれない。


 相変わらず毒に愛されている女だな。


 リオナの患部に両手を添えて解毒魔法(アンチドーテ)を詠唱した。まばゆいほどの白い光がリオナを優しく包んだ。

 診療所の時より、リオナが毒ヘビに噛まれた時より、魔力を強めに注いだ。誰にも負ける気がしないと自負している魔力だ。これなら強力な毒でも一秒で目が覚める。


 白い光が消えた。


 リオナは目が覚まさなかった。

 それどころかリオナの顔色は青いままだった。呼吸はさらに弱くなっている。


「何故だ!!」

 俺はもう一度解毒魔法(アンチドーテ)を詠唱した。

 結果は同じだった。


「貴様、回復魔術も使えるのか」

 化物の声が背後から聞こえる。

「化物、リオナに与えた毒の種類はなんだ?」

 俺はゆっくりと立ち上がって化物を睨んだ。

「ほほぅ、まるで鬼のような顔つきだ。回復魔法と闇魔法が使えるとは素晴らしい。ぜひ我が組織の仲間に入らないか? ケッケッ」

「ふざけるのもいい加減にしろ。どんな毒なのか教えろ!」

「荷物で送った毒ヘビの毒と一緒だ」


 荷物で送った毒ヘビだと!?


「ああ、そうだったのか。お前が魔法予備校へ毒ヘビを送った犯人なのか」

「んっ? ということは、貴様がリオナ・グレングラッサを助けた回復魔術師か。世間は狭いと耳にするが本当だな」

「その時と同じ毒なら解毒魔法(アンチドーテ)で治るはずだ」

 化物が口を開いて牙を見せた。

「この牙の毒は特殊だ。そう、お前と一緒だ」

「俺と一緒? どういう意味だ」

「さっき見せてくれただろう。黒い風を」

「お前まさか、闇魔法が使えるのか!?」

「違う。私は実験台だ。闇魔法は使えないが生きる闇魔法と言われている」

「実験台? 生きる闇魔法?」

「私の体内には闇魔法と同等の魔力が流れている。つまり私の毒には闇魔法の力を自然に付加することができるのだ。闇魔法使いなら知っているだろう。闇底に沈む毒(ダークサイド・ポイズン)を」


 最悪だ。

 話の途中から薄々感づいていたが、想像通りの答えに思わず舌打ちをした。

闇底に沈む毒(ダークサイド・ポイズン)を浴びた者は、詠唱した魔術師が死なない限り完治しない。いくら解毒魔法(アンチドーテ)をかけても全て無効化する。


 要はこの化物をぶっ殺さない限りリオナは助からない。

 しかも早くぶっ殺さなければリオナは死ぬ。


「ようやく分かったようだな」

「でも簡単なことだ。お前をぶっ殺せば解決する」

「殺し屋ネヴィスに刃向かって生き残った者は誰一人いない!」


 化物は俺に向かって突進してきた。

 想像以上の速さだった。防御体勢が出来ない状態のまま接近を許した。

「フン、だから言っただろ。貴様は死ぬ運命なのだ」

 化物は長い舌を出して自分の口元を舐め、大きく振りかぶった手を勢いよく下ろした。長い爪によって首元のマントは引き裂かれ、服も引き裂かれ、そして胸の大部分を抉られた。

「きゃああ!!!」

 女の子は悲鳴を上げた。さっきよりも大きな声の悲鳴だ。部屋の隅に身を縮こまっていた。


 化物の爪に大量の血が付着した。床に滴り落ちている。

「うるさいガキだ。ターゲット以外は殺さない予定だったが、このガキとガキの親も殺すしかないか」

「あの娘の親は生きているのか」

「ああ、生かしてい・・・・・・何っ!」

 化物が俺の方を振り向いた。

「何だよ、まるで俺が死んだような顔をしているじゃないか」

「貴様! 何故生きている! じゃあ、さっき切り裂いたのは!?」

 化物が再び振り向いた。その先には人型に黒ずんだ模様があった。

影の生け贄(シャドウ・スケープゴート)か。身代わりの闇魔法が使えるとは、貴様只者ではないな? もしや元処刑魔術師(エクスキューショナー)か!?」

 否定するのも面倒だったが、冥土の土産にくれてやると思った俺は答えることにした。


「そうだ。俺は元処刑魔術師(エクスキューショナー)だ」

「そうか、そうだったのか! それなら本気で考えぬか? 殺し屋として生きるには十分すぎるほどの素質だ。良い返事を聞かせてもらえればリオナ・グレングラッサの毒を治す解毒剤を用意しよう」

「良い返事を言わなかったら?」

「元処刑魔術師(エクスキューショナー)を殺した私の名が全世界に轟く! 私は最強の殺し屋になれるのだ!」

「やれるものならやってみろ!」


 化物が尻尾を使って俺を巻き付こうとしてきた。この尻尾も思ったより速いが避けきれない訳ではなかった。

 近づいてきた尻尾を蹴り飛ばし、隙を見て化物の尻尾を踏み台にしてジャンプした。空中で暗闇へ招く長剣(ダークネスソード)を詠唱した。

「食らいやがれ化物!」

 右手で掴んだソードを化物の首元に目掛けて突いた。化物のキョトンとした顔がはっきりと見える。

 これで終わりだ。


 化物がニヤリと笑ったのが見えた。

 不敵な余裕に一瞬引けをとってしまうところだったが突きのスピードを緩めることはしなかった。だが首元まであと数センチと言ったところでソードが止まった。

 身体に冷たい何かが絡みついている感触が伝わった。


 俺の身体に化物の尻尾が巻き付いていた。蹴り飛ばしている隙に突き刺してやろうとしたが、相手のスピードは思ったより速かった。

 徐々に尻尾が巻き付いてくる。ミシミシと骨が軋む。

「うぐっ、ぐあああ!」

「このまま骨を砕くか」

 俺は暗闇へ招く長剣(ダークネスソード)を消した。

「んっ? もしや魔力が底を尽きたか? レベルが高い闇魔法が詠唱できても魔力が低ければ魔法学校を卒業したガキと変わらんな」

「く、くそったれ!」

「それじゃ貴様もリオナと同じ方法で殺してやろう」

 化物が俺の身体を引き寄せた。

「化物よ。わざわざ確実に射抜ける射程距離に入ってくれてありがとう」

「何だと!?」

 おそらく化物はケロッとした俺の表情を見て驚きを隠せなかったのだろう。


「ソードを消したのは弾丸系の闇魔法を使用するため。わざと尻尾に巻かれたのは弾丸を回避できない距離に近づくためだ。回避されてリオナや女の子に当たったら大変だからな」

 手が黒い炎に包まれたのを確認してから銃のように構えた。

「おのれーっ!」

「もう遅いぜ。味わいなよ影を焦がす灼熱の弾丸(シャドウフレイム・バレット)を!」

 人差し指を弾いた。黒い炎が腕から指先へ駆け巡った。猛々しく燃える炎が指先から放たれた。炎は弾丸へと姿を変えて化物の首元にめり込んだ。

「ぬおおおぉぉぉ!」

 尻尾から力が抜けていくのが分かった。俺は尻尾を蹴り飛ばして化物から離れた。

「ネヴィス。それが俺からの最後通牒だ」

「最後通牒だと!?」

「リオナの毒を治す解毒剤をよこしてくれたら助けてやる」

「ふざけるな。腐っても殺し屋だ。命乞いなどせぬわ! まだ首元に弾丸を射貫かれただけ。こんな炎など消すのは容易い!」

「それなら死ね」

「な、なに!?」


 俺は指を鳴らした。

 ズガオォォォォン!

「ぶはあああああ! こ、こ、んな、バカ、な・・・・・・なあああああああ!」

 ネヴィスの身体は爆音の衝撃と共に黒い炎に包まれた。

「早めに死んで欲しいから炎の量はいつもより多めにさせてもらったぜ。リオナを助けたいからな」


 ドサッと倒れたネヴィスの身体はあっという間に影も焼いた。気がついた時にはネヴィスの炭すらも隙間風に揺られて消え去った。


 俺はリオナの元へ駆け寄り解毒魔法(アンチドーテ)をかけた。白い光が消えた直後、リオナは眉間にしわを寄せた。

「リオナ!」

「んっ・・・・・・そ、その声は」

「ラーセンだ! 分かるか!?」

「ラーセン・・・・・・ラーセン!」

 リオナは飛び起きた。

「私、蛇の化物に噛まれたはず」

「ああ噛まれてたぜ。しかも厄介な毒が仕込まれた」

「じゃあ、ラーセンが助けてくれたの?」

「偶然にもここへ来る用事があったからな」

 リオナは突然俺に抱きついてきた。

「お、おい!」

「ありがとう。ラーセン」

「ちょっと悪い」

 俺はリオナの肩を掴んで引き離した。

「また引き離された」

「悪い。子供が見てるんだ」

「へっ?」

 女の子はキョトンとした表情を浮かべて俺達を見つめていた。

ご覧頂きありがとうございます。

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