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第11話 毒を送った荷主 2

 酒場の仕事が天職だと豪語しているボルスは、午前十一時の開店準備の際に、今日も一日お客様の無事を願ってと大きな声で叫び、両手をパンパンと二度叩いた。

 この行為をすれば精が出て、この都市から旅立つ人が無事に目的地へ到着する気がしているので、父親から店を継いだ時から欠かさずに行っている。

 連勤しているとアルバイトから休んだ方が良いですと心配されるが、今まで一度も弱音を吐いたことがなかった。

 

 ダブルショットのドアが開いた。入ってくるお客に素晴らしい店だったと思ってもらうためにはこの瞬間から気を抜いてはいけない。ボルスは自分の接客が全てが正しいとは思っていないが、アルバイト達には自分の成功例と失敗例を話している。

「いらっしゃい!」

「どうも」

「ど、どうした、リオナちゃん?」


 リオナの険しい表情を見て、ボルスは持っていたコップを落としそうになった。

「ここにラーセンは来てないかしら?」

「ラーセン? おいおい、ラーセンは昨晩リオナちゃんと一緒だっただろ。確か空いている客室に泊めるって記憶してるぜ」

「その予定だったのよ。でも私の家に着いた途端、ここに忘れ物したから取りに行くって行ったきり戻って来ないの」

「本当か!? あいつ昨晩は出て行ってから戻ってきてないぜ」

「そう、ありがとう。お邪魔したわね」


 リオナは首を傾げ、ゆっくりと振り返り、ダブルショットのドアを開けて出て行った。

 アルバイトの一人がボルスに話をかけた。

「マスター。店に入ってきた時のリオナさんの表情、もの凄い怖かったですね」

「そうだな。リオナちゃんの親父さんが怒った時の雰囲気に似ていたから、さすがの俺もビビったな」

「リオナさんの親父さんを知ってるんですか?」

「デュワーズ・グレングラッサは有名人だ。まあ、店に飲みに来てくれたこともあるからな」





 ダブルショットを後にしたリオナは家路についた。

「どうしようかな」

 ふと立ち止まり、手に握りしめていた一枚の紙を見つめた。

「私宛に毒ヘビを送ってきた荷物の送り状。この住所の家に犯人はいる」

 昨晩ラーセンが客室に泊まってくれていれば、今朝この送り状の住所地へ一緒に行く予定だった。ラーセンが断ってもリオナは強引に連れて行くつもりだった。

 

 リオナは自分宛に毒ヘビを送った犯人の意図が読み取れなかった。黒幕はおそらくカラフェ。そうなると殴り込みに来た理由が分からない。

 もしかして毒ヘビに噛まれて苦しみもがいている姿を見たかったのかも知れない。リオナはそう感じた。

 

 カラフェの粘着質な行動と口調は有名だ。きっと人を苦しめて蔑むことに快感を得ているはずだ。そう考えればカラフェの性癖は変質者そのものだ。

 そう考えただけでリオナは身震いした。


 毒ヘビを送ってきた目的は相手先の人間を殺すこと。

 ラーセンと一緒ではなく、一人で送り状の住所へ行く場合のことを想定し、リネンキュラッサを身に纏った。

 本当ならもう少し装備を整えたかったが時間がなかった。時間が経過すればするほど犯人は証拠隠滅を図って逃亡する恐れがある。それだけは避けたかった。


 謎がもう一つ。

 この毒ヘビを送った犯人の住所がこのインヴィターレ、しかも歩いて行ける場所にあることが謎だった。リオナはいくら考えてもその謎を払拭することができなかった。

 憲兵団を通じて鑑識団にこの送り状を調査してもらえば犯人の指紋などが分かるはずだ。後は憲兵団や鑑識団に犯人逮捕を任せることもできる。


 言いたいのはあまりにも杜撰(ずさん)な犯行だということ。

 そんな犯人の顔を拝もうと家路とは別の方へ歩き始めた。



 メインストリートを歩き、都市の外れに辿り着いた。

 ここまで来ると住人の気配は薄れる。

 昼間は太陽の日差しがあるからいいが、周囲はガス燈が少ないので夜はメインストリートと比べて格段に暗くなる。


 もう一度ラーセンを探しに行こうか迷ったが、ここまで来たら引き返すわけにはいかないとリオナは覚悟を決めた。


 送り状の住所を何度も眺めながら歩き続けた。

 とある民家の前でリオナは足を止めた。

「ここね」

 目的の民家に到着した。周囲を見渡しても人の気配はない。静かな一画だった。


 民家は両隣に建っている民家と比べても至って普通。壊れていたり寂れていたりと、近寄りがたい雰囲気ではなかった。

 ただあまりにも静かなのが不気味だった。もう逃げた後かも知れないと下唇を噛んだ。

 ここまで来たらとりあえず家の中を調べてみようと足を一歩踏み出した。

「あのぅ」

 突然声をかけられたリオナは思わず身体を退かせた。


「何かご用でしょうか?」

 布袋を抱えてた一人の女性が立っていた。

「ああ、申し訳ありません。失礼ですがこの家の方ですか?」

「そうです」

「お名前は?」

「ネヴィスと言いますが」

 リオナは送り状を見た。荷主はネヴィス。


「申し遅れました、私はリオナ・グレングラッサと言います」

「リオナ・グレングラッサ・・・・・・さんが、私に何かご用ですか?」

「実は昨日私宛に荷物が届きまして、そのご住所がこちらだったので」

「はぁ」

 ネヴィスは腑に落ちない表情を浮かべている。

 名前を言っても反応がないのが不思議だとリオナは感じて首を傾げそうになった。

 くすんでいる布の服にロングスカートを履いている。正直貧しい生活を余儀なくしている女性だとリオナは感じた。

 こんな女性が私宛に毒ヘビを? その疑問が同時に脳裏を過ぎった。


 思案顔のネヴィスがハッとして顔を上げた。

「グレングラッサさんってあの有名な魔法予備校の?」

「そうです」

「そんな高名な方がどうして私のような人間に会われるのですか? 娘を入学させる余裕なんてありませんが」

「いえ、勧誘とかではなくて、さっきも申し上げた通り、私宛に届いた荷物の荷主がネヴィスさんになっていたので」

「私ですか?」

 リオナは送り状をネヴィスに見せた。

「これは私の字ではありませんね」

「そうなんですか!?」

「でもこれがグレングラッサさん宛に届いたということは、私の名前と住所を悪用した誰かがいるということですね」

「そんな!」

「何か込み入ったご事情がありそうですね。もし良かったら立ち話もあれなので中へどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 リオナは居間に招かれた。ネヴィスにどうぞ楽にしてくださいと言われたので、テーブル椅子に腰を下ろした。

 家の中を見渡す。奥の方にドアがある。おそらく寝室だろう。それよりもネヴィス親子がかなり質素な暮らしをしているのが分かった。

 ガルディバ国が大分前に開発した冷蔵庫がない。大きな氷を使用して長期間食料品を保存備蓄できる家財がなかった。貧困層にはまだ手が出せない代物なのかもしれない。でもそれは貧困を脱出するための生活環境になっていないことを証明している。

 そのためネヴィス家では出来るだけ品質を長持ちさせようと、湿気が最も少ない場所に食材をまとめているのが分かった。


 衣服は寝室にあるとしても、テーブルと椅子、食材以外には何もなかった。ペットの餌らしきものを入れる器があるが、どこを見てもペットは見当たらない。それよりも娯楽に関する遊具は一つもないことにリオナは貧困層の現実を目の当たりにした。

 生きていくだけで精一杯だと感じた。

 

「どうぞ」

 ネヴィスにお茶を出された。

「お構いなく」

「それでグレングラッサさん。私の名前宛で届いた荷物には何が入っていたのですか?」

 リオナは迷った。正直に言うか、それとも嘘をつくか。名前と住所を悪用された人に毒ヘビが入っていたと言うのは、精神的に追い詰めるようで胸が苦しかった。

「大したものではありませんよ」

「本当ですか? 荷物として届くことがないものだから、わざわざ私の元へ来られたのではないですか?」

 普通に考えれば思いつくことだ。ごまかしたことをリオナは後悔した。

 

 ごまかしたせいで喉が渇いたのでお茶を一口飲んだ。

「ネヴィスさん。言わせてもらいますが」

「どうぞ」

 入っていたのは毒ヘビですよと、リオナは言えなかった。口が動かなかった。それどころか手も足も動かなくなり、やがて身体が動かなくなった。

 ネヴィスが口角を上げて不敵な笑みを浮かべたのが見えた。

「リオナ・グレングラッサ。入っていたのは毒ヘビだろう?」

「な・・・・・・ぜ」

「私は殺し屋のネヴィス。依頼者からお前を殺すように頼まれたのさ。そのお茶に入っていた即効性の毒の効果について感想を聞かせてもらおうか。ああ、すまん。もう口も痺れて利けるわけがないか」

 リオナは椅子から転げ落ちた。


「お茶に入れた毒は単に痺れるだけだ。さて、どうやってお前を殺すとしようか」

 リオナは自分の愚かさに悔しさが募ったが床に突っ伏したまま手に力を込めるしか出来なかった。

「送った毒ヘビで死んでいれば良かったのにバカな娘だ。誰かに解毒魔法(アンチドーテ)をかけてもらって助かった命を、わざわざ私の家に来てまで捨てるとは、本当にバカな娘だ。おかしすぎて涙が出るほど笑えるな!」


 ネヴィスはリオナを仰向けにした。

「刮目せよ。これが私の本当の姿だ」

 ネヴィスは両足を広げて身を屈ませ、身体から放出された紫色の光に身を包ませた。光が消えて姿を見せたネヴィスの身体は人間ではなかった。

 上半身は人間と同じだが、下半身は堅そうな鱗に身を守っている蛇。まさに大蛇だ。リオナは微かに動く口を震わせた。

 

「怖いか? でもすぐにお前は死ぬ。安心しろ」

 ネヴィスが大きく口を開いた。恐怖を植え付けるには申し分ない牙を露わにした。

「この牙に含まれている毒は少し特殊だ。これから死ぬ者にわざわざ説明しても意味は無いから省かせてもらうぞ。クックック」

 尻尾でリオナを巻き付けて持ち上げたネヴィスは、自分の近くへ引き寄せた。

「生意気にリネンキュラッサなど装備しおって。だが私の牙の前ではそんな装備は無意味。肌を晒しているのと同じ! さあ、この世とお別れだ。リオナ・グレングラッサよ」

 ネヴィスは口を大きく開き、リオナの鎖骨辺りに二本の牙を当てた。





「なあ、お嬢ちゃん。どこまで歩かせるんだよ」

 普段なら大したことのない距離だが、診療後なので思ったより疲れた。

「ここだよ」

「ああ、ここか」

「あれっ、ママがいる」

「何で分かるんだ?」

「ドアが少し開いてる」

「本当だ」

 子供にペットとして蛇を買ってあげる親だから、これぐらいの事で驚きはしなかった。普通なら不用心だと思うだろう。


「ただいま。ママーっ、マ」

「どうしたお嬢ちゃん?」

 目の前で突然座り込む女の子を見て嫌な予感がした。

「マ、ママ?」

「だからママがどうし――」


 俺は女の子の肩に手を添えながら居間を見つめた。

 一目で人間ではない、上半身が人間で下半身が蛇の化物がいた。


 何だ、この化物は!


 化物が人間を抱いている。抱かれている人間の両手両足がだらりと下がっている。力が入っているように思えない。おそらく意識がないのだろう。

 それにしてもあの後ろ姿、あのリネンキュラッサ、どこかで見覚えがある。


 化物が抱えていた人間を床に放り投げてからこちらを見つめた。

「我が娘よ。新しい餌を持ってきてくれたのか? クックック」

 俺は化物が言ったことよりも、まるでゴミを捨てるかのように投げられた人間の顔を見た。

 信じたくなかったが、その名を叫んだ。



「リオナーっ!」



「何じゃ、この娘を知っているのか?」

「てめぇ、リオナに何しやがった!」

「暗殺の依頼を受けたターゲットだから殺した。正確に言えばもうすぐ死ぬ」

 暗殺のターゲットだと!?


「おい、お嬢ちゃん。あの化物はママかい?」

「ママじゃない!! ママはどこ!? ママ!!」

 その言葉を聞きたかった。

「お嬢ちゃん。俺の後ろに居ろ。絶対に前へ出るな」

 女の子は恐怖のせいか、身を小さくして黙ったまま首を縦に振った。


 ママじゃないなら容赦はしねぇ!

ご覧頂きありがとうございます。

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