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第9話 依頼相談管理所(クライアントギルド)

(慈しみ深い神よ。永遠の命の希望のうちに人生の旅路を終えたガラハ・ブラックシップ、レイリア・ブラックシップをあなたの御手に委ねます。主よ。約束された復活の希望に支えられあなたの元に召された夫婦とともに、永遠の喜びを分かち合うことができますように)


(ラーセンよ。この悲しみを絶対に忘れるでないぞ。この戦いの真実と悲しみを必ず後世に伝えるのじゃ)


(敵を討つだと!? 血迷ったかラーセン!? もう一度考え直せ! お前の両親の葬儀が終わったばかりじゃぞ!)


(何だ、その黒い炎は!? やめろ。そんな禍々しい炎を詠唱するのは)


(部屋に残されていた剣? あれはガルディバ国王軍鑑識団が回収したぞ。剣の柄の端に描かれていた紋章の絵? 確か女性が左右に両手を広げている絵だったぞ。それ以外はよく見なかったから分からんが)


(本気で敵討ちを考えているならもう止めはしない。だがここには二度と帰ってくるな)



 目が覚めた。


 遠くの方から雀の鳴き声が聞こえる。

 俺はゆっくりと上半身を起こした。やはり野宿をするとあの時の夢を見る。でも今回は飛び起きるほど衝撃的な内容ではなかった。それが幸いだった気がした。




 結局昨夜はバー『ダブルショット』へ向かう道とは逆の方へ歩き、インヴィターレ公園に辿り着いた。深夜だと言うのに人は多かった。その(ほとん)どが旅人だった。


 あちらこちらでシュラフを使っているのが目立った。俺は物陰で休める場所を探し歩いた。昼間は暖かいが夜は肌寒い。ボルスから毛布を借りれば良かったと後悔した。

 探し歩いたおかげで風に当たらない物陰を見つけることが出来た。目を閉じながら考え事をしていたがそのまま眠ってしまったようだ。




 さて、これからどうするか。

 とりあえず朝食を済ませるか。


 城塞都市インヴィターレの関所付近へ向かった。関所の近くに掲示板が二つある。両方とも高さ一メートル五十センチぐらいだ。掲示板の一つは都市内部を記した地図。俺は食堂を探すためその地図を眺めた。

 ダブルショットやグレングラッサ魔法予備校の近くはなるべく避けたかったので、都合の良い場所に食堂がないか探した。一店舗しかない。


 仕方ない。


 俺は地図の隣の掲示板に視線を移した。それは憲兵団から住人に対して事件事故などを通知し、かつ注意喚起する役割を果たしている掲示板だ。


 昨日深夜に不審者の喧嘩を目撃した者がおり、犯人は剣を所持しているので十分に注意すること。不要不急の用事は出来る限り延期するよう書かれていた。

 

 俺達の顔を目撃されなかったのが幸いだと思った。犯人の特徴は男性としか書かれていない。

 

 登校する子供、仕事場へ向かう大人、店の開店準備を行う男女、絶えることのない荷馬車。ついこの間、この都市に到着した時は真剣に都市の様子を眺めなかったことを思い出した。


 あの時は、ただひたすらに、自分の目的を遂行するためだけに世界を見つめていた。誰がどうなろうと知ったことではない。その思いだけを抱き、前を向いて歩いていた。



 リオナ・グレングラッサ。


(ラーセン。お願い、手伝って。父の死の真相を・・・・・・知りたい)


 ふざけるな。俺だって両親を殺した犯人を捜しているんだ。

 そんな暇はない。


 ふと考えた。リオナはカラフェに目を付けられている。

 昨夜ベイリーズがカラフェに立退交渉は辞めろと言ったが、それで『はい、分かりました』と引き下がる輩だろうか。

 だが俺にはもう関係無いことだ。この先どうなろうと、リオナは父から継いだ土地を守るために戦えば良い。単に俺は、リオナに解毒魔法(アンチドーテ)を詠唱して助け、その後カラフェが殴り込みに来た時に割って入っただけ。そう割って入っただけだから、そのまま失礼すれば良い。


 そんなの無責任すぎるわ!


 突如リオナの顔が浮かんだ。

 イライラしてきた。腹が減っているせいだ。早く飯にしよう。


 食堂のドアを開けた。ドアに付いている呼鈴がカランコロンと鳴った。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「一人だ」

「お一人様。ではこちらのカウンター席へどうぞ」

 椅子に座った俺はメニューを開いた。食べたいものは大体決まっている。その食べ物があることを確認し、手を挙げて店員を呼んだ。

「ハムサンドとコーンスープを頼む」

「ハムサンドとコーンスープっと。了解しました!」

 明るい女性店員だ。注文する側も気持ちよくなる。


 注文した品を目の前に置かれた。コーンスープから漂う甘い香りが鼻から脳へと伝わり、心を穏やかにさせてくれた。コーンスープを飲むと二人の母を思い出す。

 この世界の母さんと前世の母さん。前世の母さんの名前はちゃんと覚えている。

 黒舟京子。忘れるわけがない。


 ハムサンドを口に放り込んでいる時、二人の中年男が隣のカウンター席の椅子に勢いよく腰を下ろした。

「あーっ、疲れた。おい姉ちゃん。水割りを頼む」

「俺も同じやつをくれ」

「了解しました!」

 

 朝から酒と思っていたが、話を聞くと夜勤明けのようだ。聞きたくなくても耳に入ってくる野太い声だ。


 時折下品な笑い声が聞こえ、話し声のトーンも上がった。大分酒が回ってきたのだろう。絡んできたらぶっ飛ばしてやろうと思ったが、隣にいる俺には一切目もくれなかった。ちょうど考え事をしたかったので都合が良かった。


 さあどうするか。滞在するにしても寝床がない。資金は心配ないと思うが、出来れば一仕事して稼ぎたい。いつものように回復魔法を求めている客を探すか、どこかで看板を立てて客を募るか色々と考えた。でも大々的に宣伝は出来ない。リオナとボルスに見つかる。


 やっぱりこの都市から出て行くしかないか。

 ため息をついた時、中年男二人組の会話を耳にして、とある単語に俺はハッとした。


 依頼相談管理所(クライアントギルド)


 自分でリオナに提案したのにすっかり忘れていた。あそこなら何かしら仕事があるはずだ。

 俺は急いで食事を平らげ、支払いを済まし、食堂を後にした。



 城塞都市インヴィターレの依頼相談管理所(クライアントギルド)はメインストリート沿いにあった。

 インヴィターレよりも規模が小さい都市や街にある依頼相談管理所(クライアントギルド)でも多くの人が行き来している。その人混みに紛れてしまえば、あの二人に見つかることはない。

 食堂がある通りを歩いてメインストリートに出た瞬間、多くの人間が一つの館の入り口付近に集まっていた。

 軽装の男女、リネンキュラッサを装備している男女、頭から爪先まで鉄製の鎧を装備している性別不明の人間、革製のケースを両手に持っている明らかに商品だと分かる男など、様々な人間が溢れていた。


 あの二人に見つかる心配よりも、仕事が見つけられるかどうかの心配をした方が良さそうだと痛感した。

 俺は人混みの中に潜り込んで、どいてくれと言いながら館内へと入った。


 依頼相談管理所(クライアントギルド)の中は至ってシンプルな造りをしている。ギルドには求職者と求人者以外の人間は来ないし余計な物を備えて客に長居されては困るから、だだっ広い待機所にテーブル席と椅子を設けて、求職者と求人者の情報を管理する事務室と受付を設ければ完成だ。


 テーブル席は三分の一が埋まっている。ギルドの関係者から見れば空いている方だろう。だが受付には行列が出来ている。

 館内の様子を窺っていると次から次へと客が押し寄せて入ってくるのが分かる。テーブル席で行列が空くのを待っていても無駄だ。下手したら閉店まで空かないかもしれない。

 

 複数ある受付で一番空いている列の後ろに並んだ。たまに先頭の方から「もっと好条件の仕事を紹介させろ!」や「この前のクライアントは最悪だったぞ!」などの罵倒が飛び交った。どこの都市や街にもクレーマーはいる。


 目の前の客の受付が終わり、ようやく俺の番が回ってきた。

「ようこそガルーアへ。本日のご用件は?」

 インヴィターレの依頼相談管理所(クライアントギルド)の名称がガル―アなのだろう。館の入り口の上部の看板があったのを思い出した。

「仕事を探している。これからすぐに受けられる仕事を紹介してくれ。出来れば一時間以内に」

「一時間以内をご希望・・・・・・ね。ちょっと待って」

 受付の女性は頬杖をつきながら手元にあるノートを捲り始めた。女性が着ている洋服は首元が大きく開いている上にドレープが施されているので、少し前屈みになっただけでも胸の谷間が見える。まるで娼婦が着るような洋服だ。

 こういうやり方をすれば客が集まるのだろう。女性客には逆効果かもしれないが。


「あるわよ」

「どんな内容だ?」

「低所得者向けの回復診療所よ。お兄さんは何系の魔法が使えるの?」

 おそらくマントについているブローチを見たから俺が魔術師だと分かったのだろう。ここへ集まる人間がどんな輩なのか。案件を数多くこなせば、受付で話している間に相手のステータスを判断することぐらい朝飯前になるだろうと思った。

「回復系だ」

「バッチリじゃん。これにしなよ」

 軽いノリだな。

 それもそうだろう。案件が成約しなければ依頼相談管理所(クライアントギルド)にも金は落ちない。ノリも時には武器になる。


「報酬はいくらだ」

「四時間で五千ガルディバよ」

 安い。安すぎる。最低でも四万ガルディバは頂きたいところだ。

「ご不満かしら」

 受付の女性が前屈みになる。強調された谷間が目に飛び込んでくる。自分の武器を把握しているようだ。

 俺は目を逸らしながら「それにする」と言って承諾した。この際、安価な報酬は目を瞑るしかないと感じた。


「OK! じゃあ、今クライアントがいる地図を渡すわね」

 女性は受付カウンターの下に潜り、地図の束を取り出した。該当箇所にペンで丸印をつけ、そのページをビリッと破った。

「はい、この印の家にクライアントがいるわ」

 受付の女性から地図を受け取った。

「後、あなたの名前を登録するから、エントリーカードと、この案件の氏名欄にも名前を書いてね」

 俺は指定された箇所に署名し終えた後、案件のクライアントがいる場所へと向かった。


 ギルドを出る途中、数人組の会話が耳に入った。

「この間ここのギルドで紹介してくれた魔法予備校は最悪でしたよ。期日になっても約束の報酬を支払ってくれないんですよ! 請求に行けば来週払う、明後日払う、明日払うの繰り返し! 運営している団体の代表はいつも留守で頭にきますよ。何でも本業は不動産屋だとか」

ご覧頂きありがとうございます。


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