プロローグ
どこを探してもスマホが無かった。
昨夜友達と居酒屋で飲んだ。仕事のストレスを発散するために少し飲み過ぎた。
俺は居酒屋を出てから家に着くまでの間の記憶を思い出そうとした。
でもその記憶は断片的だった。
どこかに落としたかもしれない。
最悪だ。
ロック機能を設定しているから誰かに拾われても
パスワードさえ解析されなければ使われる心配は無い。
心配はないと言っても落としたことに対する気分は悪い。
自業自得だと分かっているからこそ余計にイライラが募った。
さっさと携帯ショップへ行って紛失手続きをしなければならないと思った俺は、適当に身支度をした。家の鍵、財布、念のために印鑑、それと運転免許証を持った。
東京スカイツリーが見える場所で一人暮らしを始めて四年が経った。
黒舟光司、二十二歳。
昨日居酒屋で俺が変なこと言ったら笑われたことを思い出した。
「この人生飽きたな。転生したいよ」
「コウジ、それだったら死なないと無理だぜ」
それなら今すぐ死に――とは口にしなかった。
雲一つない青空の下、自転車に乗った子供達が路地を走り抜けた。次の日が休みじゃないと酒を飲まないことにしている俺は、子供達を見るまで日曜日だということを忘れていた。
路地を抜けて大通りへと出てきた。携帯ショップは道路を渡った反対側にある。ついでに言うといつも利用しているコンビニも反対側だ。こちら側にあればどんなに楽だったかと、信号で待つたびに愚痴った。
今日は幸運にも信号は青だった。俺は心の中でラッキーと呟きながら渡り始めた。
異音を耳にしたのはその時だった。
俺は立ち止まって音の方へ身体を向けた。ワンボックスカーが蛇行運転しながら猛スピードで迫って来ていることを認識するにはそう時間がかからなかった。
前輪のタイヤが本当に蛇の様に唸り、鉄の塊が鱗のように見えた。
俺を喰おうとしているのだろう。間違いなく不味いから食べるのは勘弁してくれと言いたかったが、口を大きく開いた蛇はガブリと噛みついた。
青い空が下に見えた。不思議な光景だが、おそらくもう二度と見ないだろうと思った。
記憶が走馬燈のように蘇ると聞いていたが、まさか一番目に思い出したのが昨夜の居酒屋だとは思わなかった。
「コウジ、またバイト先辞めたのかよ。これで何度目だよ。派閥争いはどこにだってあるんだぜ」
とりあえず親には謝っておこう。後、最期の挨拶だけはきっちりとしておかなければ。
父さん、母さん。
ごめん。そしてさようなら。
車に轢かれて宙に舞った俺の身体は、ほんの数秒で全身をアスファルトに強く打ち付けた。
遠くの方で女性の悲鳴やら、男性が救助を求める声が聞こえるが、何か聞かれても答えることすら出来なかった。
最期に見た空が青かったのが幸いだったかもしれない。
俺はゆっくりと目を閉じた。
ご覧頂きありがとうございます。