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暖機運転

 

「だから言ったであろう! 貴様ら真面目にやれ!」


 ジョルジュの金切り声に突き動かされ、あわてて男達が散開した。

 が、動揺は抜けきらず、狐に摘まれた顔つきのまま。

 一方レーナは待った無し。無防備なまでに距離を詰め、すかさず近くの一人を射程に捉えた。


「そら、どんどん行くよ!」


 宣言通りに『どどん』と二発。ステップインからの豪快なワンツー。とっさのガード越し、突き刺さる(こぶし)はまさに戦鎚。理不尽な破壊力が男の顔を歪ませる。

 慌てて振るった太い右腕、その内側を白くて細い何かが走る──待ってましたのカウンター。その鋭さは鏃のごとく、男の意識を真っ向射抜いた。


 まだまだレーナは止まらない。鼻息あらい二人目に、挨拶代わりの左ロー。つま先まで疾った鞭さながらの一撃が、男の腿に巻きついた。パァン、と爆竹が弾けたような炸裂音──たったの一発で膝をつく。

 その膝に、とん、と小石のような軽い感触。不用意に視線を下げたその刹那、戦慄の右膝──閃光魔術シャイニング・ウィザードが首ももげよとこめかみに突き刺さる。紙くずのように吹き飛んで、男はそれきり動かない。あっという間に二人が轟沈。早くも合計三人。

 この結果を受け、衛兵たちは遅まきながらに理解した。仲間がやられたのは油断でもまぐれでもない──この女は正真正銘、『暴力』であると。


 衛兵たちの目がすっ……と細まり、次々と腰の物に手を当てた。しゃらり、すらりと音高く、銀の鈍色が鞘走る。

 刃渡り70サントの両刃の剣──ブドゥージョでは最も一般的な、闘士の剣(グラディウス)だ。

 各々がそれを得意なように構え、じわりと歩を詰め圧力をかけ始めた。


(っと、やっぱそう来るよね)


 レーナは独りごちながら、警戒レベルを引き上げた。この期に及んでなんだが、流石に刃物相手は少しだけ怖い。

『冴夏』ならまず傷ひとつつかぬであろうが、残念ながら今は『レーナ』だ。何より年頃のこの身体、傷物にされてはかなわない。そのくせ荒事の度に心が踊る、自分の性根に苦く笑む。

 こんな調子に、『レーナ』は──もう一人の『あたし』は、一体何を思うだろう? 『迷惑』か? それとも『もっとやれ』? 今はどちらでもいい。この瞬間に思うべきは、倒すべき相手のことだけ。せめて後に残る怪我はしないよう、それだけ考えるに留めおく。


(さてさて、こう言う時は──)


 ──引くに限る。


 ふっ、美唇を微笑ませながら、くるりと反転、あっさりと背中を見せた。

 この躊躇いのない転身に、衛兵の反応が一瞬遅れた。レーナは背後でそれを感じつつ、一目散に細い路地へ──我先にと殺到する男たち。が、互いが邪魔で押し包めない。レーナにとっては、狙い通りの展開だ。


 そのまま夜道をジグザグに走り抜け、少しずつ少しずつ、彼らを集団から個人へとバラけさせていく。

 時には平屋の屋根を飛び越え、あるいは柵をくぐって他人様の庭先を拝借し、更にはきゃあきゃあとらしくもない嬌声を上げて挑発した。

 その顔は涼しいもので、悪戯を働く童女のよう。しかしそれを追わされる男たちにはありありと憤怒がにじみ、さながら強盗かような胴間声を張り上げる。


 この奇妙かつ物騒な光景に、人々は慌てて小口に戸を建て息を潜めた。

『巻き込んじゃったなー』と申し訳なく思いつつ、しかし速度は緩めない。長い足はくるくるとよく回り、面白いほどに衛兵たちは千切られていった。


 そうして残った、特にキているらしき3人──とがった顎髭、禿頭の大男、兜を被った小兵が、息を切らし、憤然たる足取りで向かってくる。

 そろそろいいかな……そう考え、唇をひと舐め。反撃の──『狩り』の再開。

 袋小路の行き止まり、反転から一足飛びの跳躍。月光はじく濡れ羽の黒髪、そして颶風さながら逆巻く美脚──目を奪うほどに眩しいそれは、必殺の死神の鎌の如し。

 薄暗がりの中、格好の目印をつけていた顎髭に直撃。先の男に倍する距離を吹き飛んでいった。


 動けば動くほど、レーナの動きは獣の冴えていく。衝撃冷めやらぬ中の男二人の反撃。レーナは流れる髪を後ろ手に抑え、足を使って散々に二人を引っ掻き回す──ワルツのようにくるくると、踊るような軌跡。男二人の無粋なタップは、全くそれを捉えきれない。

 そうして兜の不用意な斬撃を月明かりで見切るや、体を入れ替え大男に突き飛ばす。あわや同胞に斬りかかりかけ、禿頭は慌ててそれを受け止めた。

 ──そこが狙い目、再びの奇襲は地を這うような水面蹴り。無様転げる二人を見下ろし、小娘の高笑い。


「あははっ! 男同士で抱きあうとか! 勘弁してよ、もー」


 驕慢極まるその態度が、いよいよ男二人の顔色を無からしめた。立ち上がり、剣を取りざま憤怒の形相。禿頭は正真の殺意を込めて真っ向唐竹に打ち込みかかる。レーナ、バックステップでこれを回避。しかしてそれは、彼らの予想の範囲内。強振に半拍遅らせ、踏み込んだ兜の男が、レーナの平らかな場所へと渾身の一刀を突きこんだ。

 ようやくの、そして今度こそ必中の予感。兜の唇がニヤリと嗤い、憤怒の刃が女の胸を一息に貫く──手応えが、無い。

 突き込みが当たるその一刹那、レーナの残像残す身のこなし──半身になって躱しざま、伸びきった腕を絡めとる。ひんやりとした、艶かしくすらある感覚。男の顔は愕然としたまま。

 外にひねってヒジ関節を絞り込むと同時、


「ぅしッ!!」


 高く、そして激しく裂帛の飛翔。人体を風車と化しめる、豪快極まるサンボ式の外巻込がギャリギャリと暴風めいた回転を見せる。常識外の滞空時間、実に2秒。

 虚空に渦巻く二人の身体が、唸りを上げて落ちるというより激突した。下敷きの兜は呻きも漏らせず、意識は既に眠りの彼方。



 ◆



 残る一人の禿頭、虎口に立ったを今更ながらに思い知る。

 尻餅をついたまま、背後を振り向く──未だ増援の影すら無い。いつの間にやら月は叢雲に隠れ、色濃い闇が男の世界を悪夢色に演出している。

 臓腑の中にひたひたと恐怖が染みいり、踏み出すはずの蹴り足が後退を選んだ。


 並の男など鼻であしらう武の国の(つわもの)が、たった一人の少女に居竦んでいる……その滑稽な事実に男の意志は抗えない。これほど力の差を見せつけられては無理からぬ事、特に最後のあの投げ技──どう考えても尋常ではない。あんなものを見せつけられて、たった一人で何をどうすればいいというのか。

 少なくとも中堅闘士級が居合わせなければ、まともに勝つ絵が浮かんでこない。そんな男の懊悩を他所に、立ち上がった少女はいとも涼しげに問いを投げる。


「さて……どうする?」 

「は……え?」


 端的なその問いに、男は答えに困窮した。

 何をどうすればどうなるのか──麻痺したしたと頭に変わって、その疑問は表情に溢れていた。


「だーからぁ、もうやめるなら剣を捨てたら? そしたら許してあげるけど」


 許してあげる──その不遜とも言えるその態度が、男の目には恐ろしくも美しかった。

 暗中濃密の最中にあって、伸びやかな手足も怜悧な顔も、白くほの光っているかのような。


「くそっ……!」


 己の不覚に毒づきは見たものの、小刻みな震えは止まらない。このまま挫けてしまいたい。さりとて小娘の言葉に下るなど屈辱にすぎる……散々な逡巡。

 しかし怖気は消え去らず、男の顔に苦悩がありありと浮かんだその時だった。突然の後光が刺した。満天の夜空に掲げた月が、優しげにその頭を照らしだす──負けじと光る男の頭。天地二つの光る玉が、キラキラと眩しく輝きを増す。場の空気をぶち壊す、最高に滑稽なその姿がレーナの笑壺を刺激した。


「ちょっ……! やめてよ馬鹿、面白すぎる……!!」


 とうとうこらえきれず、大爆笑。

 隙だらけのレーナの行為に、男の頭に閃き到来。千載一遇の大チャンス──。


(捨ててやるよ……!)


 ただし。


(お前の身体にな!)


 激情が肉体を突き動かす──がら空きの胴体めがけ、憤怒を込めた一刀が、空を引き裂き唸りを上げる。

 それが当たるも当たらぬもわからぬ内、既に男は動いていた。己の巨躯を槍と化しめて少女へと殺到。必倒必殺の猛チャージはしかし、電撃的な痛みに阻まれた。


 声が、出ない。息も継げない。その一切を苦痛の内に封じ込められ、身も世もなく喘ぐ。

 見れば男の腹には少女の膝が──毒針の如きテンカオが深々と禿頭の鳩尾をさし貫いていた。


「お……ッ!? ……ッ! ッ……!」


 崩れ落ちた禿頭の耳に、何とも楽しそうな女の声。


「いやいや、ゴメンゴメン。シリアスな所に光るもんだからさぁ……」


 ひざまずいて見あげれば、未だにくつくつと楽しげな笑いが張り付いている。なおもひぃひぃと引き笑いながら、目尻に浮かぶ涙を拭う。


「でもこれ(・ ・)じゃあ許せないわ。人の話はよく聞かないと、ね?」


 いたずら小僧にダメ出しをするかのような、他愛もない言い草。手の中には銀鈍色の鉄の塊。それをポイと放り捨て、茶目っ気たっぷりに一歩を踏み出す。しかし裏腹、隠し切れない怒りの色が陽炎のように滲んでいた。


「ひっ……ヒィッ!?」


 ついに男の心が決壊した。本能のまま体が動く。

 跳ね起き、身を翻し、追われるものへと成り果てて、一心不乱の全力疾走。

 何かを叫んでいた──甲高く、必死に。意味など無い。あるとすれば、周囲に恐怖を伝播させる先触れでしか無かった。


 走れ、走れ走れ──がむしゃらに走れ。どこでもいい、とにかく何処かへ。右も左もしれぬままひたすら足を動かし続ける。

 乱雑なフォームに息が乱れ、脇腹も肺も鳩尾も、軋むように痛んでやまない。だがそれでいい、とにかく進め、進まねば──ところで先程から、全く景色が変わらない。視界が高く、そして腰回りが温かい──何故、何がどうして!? 現実に悪夢がにじみ出てきた、そんな妄想が恐慌を加速させる。


 その答えは背後にあった。男が逃げ出したその瞬間、既にレーナはその身を捉えていたのだ。男の腰回りにピタリ身を寄せ、暴れる男をしっかりとクラッチ。幼子をあやすように持ち上げながら、はて一体いつ気づくのかと、しばし男の狂乱を眺めていた。……が、それも飽きた。


「ふんッ──」


 満身の力を集め、そのまま一気に後方へ──男の肉体と意識はさかしまに流れた。鋭く早く、しかし優雅な、宵闇に描く放物線──なんとも豪快なレスラーの代名詞、ジャーマンスープレックス。夜闇に唸る風切り音、そして響き渡る轟音──一帯の大地を揺るがすほどの、鈍く重たい大音響。


 恐ろしげな残響ただよう中、もうもうとした土煙が薄れゆく。そこには一本の杭となった、禿頭の巨躯が突き立っている。それはしばし直立不動のままだったが、やがてぐらりと大きく一つ傾ぎ、先刻よりも随分と軽い地響きを立てて地に伏した。


 レーナは跳ね起き、フッと鋭く息吹を一つ。乱れた髪をふぁさりとかき上げ、余裕綽々。


「──調子出てきた」


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