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Sky Nght/前編「聖なる夜の亡霊」

 目が覚めると真っ暗な部屋であった。ガラス張りの壁の向こうからは、眼下にスポットライトで照らされたドームがあった。無数のLEDライトにより派手に電飾されたドームの向こうにある東京湾は黒く闇が溶け込んでいた。ふら付く頭。一体ここは何処なのか、何故自分がここにいるのか。さっぱりとして解らない。壁に持たれながら立ちあがり、ポケットの中を探るが、あるはずのものがない。携帯端末だ。

「ここは…。」

 突如聞きなれた曲が耳に入った。交響曲第九番、ベートベン作曲の交響曲だ。そうか、今日はイブか。東京湾を見晴らせるガラスの壁とは逆のガラスからはクリスマス一色に染まった東京の街並みが見えた。楽しそうに買い物をするカップル。劇場へ手を繋ぎながら向かうカップル。人々は聖なる夜に歓喜している。

「無人戦闘機…GHOSTは。あの男!」

 記憶が徐々に戻ってきた。UF‐40Jの機能停止を提案し、導かれたのだ。あの男に。アイナは扉を探した。暗闇の中でようやく見つけ、ドアノブに手を掛けるが全く動かない。他に道は・・・。部屋の中を探すが出入り口はここしかないようだ。何か扉を破壊できるようなものはないのかと部屋を探すが、やはり何もない。身一つで部屋に入れられたのだ。扉に思い切り体当たりするがびくともしなかった。

「何で、何でよ!」

 脳裏にあの男の顔が浮かんだ。蛇のように鋭い目つき。腹黒さとは裏腹な丁寧な物腰。奴がGHOSTを侵入させたのではと疑い始めた。

すると、鍵が開く音がした。警戒するアイナ。ゆっくりと開いた扉からはあの憎い男ではなく、寝癖の付いた眼鏡の男が現れた。

「あなた…!」

「大声を出さないでください。バレたら僕まで危ない目に合ってしまう。まぁ、あなたを助けに来た時点で相当危ないんですけどね。」


 真っ暗な廊下を突き進んだ。アダムの後を何の疑いもなく付いて着てしまったが大丈夫なのだろうか。心に自然と湧く疑問をぶつけてみた。

「何故、あなたは私を?」

「UF‐40Jは僕の設計した戦闘機です。そのプログラムになにかあったら溜まったもんじゃありませんからね。それに、人の命を見逃すほど、私は弱虫ではないのでね。」

 その微笑みに偽りはないように見える。この建物はどこかのコンサート会場なのか、先程から第九が引っ切り無しに流れ続けていた。それも直接ではなく、壁を伝わった小さな音だ。いくつもの脚立や足場が無造作に並べられている所から、ここは舞台裏なのだと理解した。

「あなたを見つけるのは大変だったんですよ。わざわざこの建物のセキュリティーにアクセスして、監視カメラの映像からどの部屋に入ったのかを割り出して。」

「あなたクラッキングしたの?」

「とうぜんですよ、そうしないとあなたを見つけられませんからね。」

「だったら、GHOSTのクラッキングも阻止できるでしょ?」

「無理ですね。」

 アダムは酷く冷静だった。

「GHOSTのセキュリティーは恐ろしく固くてね、それにクラッキング用のAIですから行動の障害には敏感なんですよ。あのAIを造った人はよほどの頭脳の持ち主ですね。でも何度か侵入しようとはしたのですよ?」

 立ち入り禁止区域を抜け、ようやく一般の廊下に出る。光沢のある大理石でできた床に天井のライトが反射していた。行き交う者は皆、劇場に見合う正装をしている。ただ気になる点が、すれ違う人ごみは皆日本人なのだ。ここは日本なのだ、と改めて実感する。

「さぁ、早く乗って。」

 クリスマスイブの夜の劇場前には似合わない灰色の軽自動車の扉を開ける。

「すいませんね、一番安いレンタカーがこれしかなくて。」

「いえ、かまいません。」

 アダムとアイナは聖夜で賑わう夜の街に消えた。


「何、逃がしたというのか!」

オルコットの声が部屋いっぱいに響き渡った。ワインのグラスを白い四脚テーブルに叩きつけると蛇の目をぎらつかせた。

『すみません、まさか謹慎中の二人が招集されていなかったとは…。』

「しゃべるな、戯言はたくさんだ。」

 携帯端末の通信を乱暴に切ると、眉をひそめた。二機の新世代戦闘機が今まさにこちらに接近してくるのだ。領空侵犯、命令無視に極秘戦闘機の無断使用など。ありとあらゆる違反を犯してまで来る奴が、よりによってあの二名だとは思ってもいなかったのだ。ダイゴ、レオン。その二人の噂は耳にしている。中東の紛争地域で数十機の敵味方関係ない戦闘機同士の戦いを唯一生き残ったエースだ。位は中尉なのだが、彼らの命令違反が重なっての事だ、本来なら…。

「いや待てよ…。」

 ふと浮かぶ名案。無人戦闘機と有人戦闘機、最も優秀な者同士戦うと一体どっちが勝つのだろうか?体中の血がぶるぶると震えた。いいね、いいね、最高だ。思わず笑いを吹き出してしまった。握りしめてある携帯端末を再び耳元へ。笑いをこらえながら放つ言葉。

「私だ、オルコットだ。UF‐40Jを起動させろ。GHOSTの障害対象は、FNシリーズだ。」

 携帯端末を投げ捨てて、大笑い。ひいひいと酸素を吐き出しながら涎を垂らす。嗚咽にも似た気味の悪い笑い。項垂れたその蛇の目には黒く染まる太平洋が映っていた。


 眼下に広がる黒い太平洋。空母から発進してからどれくらいたったのか。未だ陸地は見えない。ぴっちりとついてくる鴉から何か不思議そうに通信が入った。

『おかしいと思はないか?』

「バカな俺でもさすがにわかるよ。領空侵犯をしているというのに警告も何もない。それに海上にイージス艦すらいないってことだろ?」

『レーダーもまったく反応しない。可笑しいな、はめられたのか?』

 レオンは無数の計器の中で異彩を放つ、中央にあるモニターを見た。この機体の目的、敵圏内でレーダーもしくは目視による索敵を逃れ敵の情報を持ち帰る、もしくは敵を掃討する。その為に搭載された360度全方位3Dレーダーだ。今までのレーダーと違い自機を中心に3D表示で敵の位置を確認できる、しかし、ホログラムのような技術ではなく半円状のサブモニターの中に映し出されるのだ。その自慢のレーダーには戦闘機、イージス艦、ましてや小鳥すら映っていない。

「まったく、命かけてこれかよ。」

 ダイゴは頭の後ろで手を組み、座先に埋もれた。GHOSTのクラッキングを恐れ、ネットワークに繋がっていないFN‐01の中では同じ境遇のレオンと話すことしかやることがないのだ。

「待て、何だこいつ!」

 レオンは全方位3Dレーダーに突然として映り込んだ物体に驚きを隠せなかった。正面から接近する四機の未確認物体。日本でもアメリカでもない、レーダーにはUNKNOWNの文字。驚異的な速さで一直線に向かってくるのだ。目視でとらえた瞬間。

「くそ!」

 ダイゴとレオンは操縦桿を思い切り傾けた。左右に分かれる二機の間を音速で通り過ぎる四機の戦闘機。灰色の可変翼らしい主翼。コックピットは…ない。UF‐40Jだ。

「無人戦闘機か!」

 四機の無人戦闘機は左右両方二つの編隊に別れ、弧を描きながら戻ってくるとそれぞれに機関砲を放った。急速に加速する白鳥は機首を上げ、一気に上昇する。その後を追う二機の無人機からは目標を破壊するという目的しか感じ取れない。なおも放ち続ける機関砲。

操縦桿やフットペダルを小刻みに動かし、回避し続ける白鳥。

「何だ、張り付いてきやがる!」

 コンピュータで計算され、無駄のない動きで迫るUF‐40J。最短距離で接近、発砲。作業の様にこなされるドックファイト。ダイゴの額に汗がにじむ。一機のUF‐40Jの底部が開いた。短距離空対空ミサイルが顔を出した。姿勢制御翼と安定翼が展開し、ラムジェットエンジンに火が付いた。本体から切り離されたミサイルが加速して白鳥に迫った。警報が鳴り響くコックピット内。

「ちっきしょうっ!」

 左手でスロットルレバーを押し込む。推力可変ノズルが徐々に広がり青い焔が燃え滾った。シートに沈み込む肉体に顔を歪ませながら操縦桿を傾ける。爆炎を吐き出しながらぐるぐるとロールする白鳥。ミサイルもそれに対応しぐるぐると回る。操縦桿を思い切り引き上げた。急激に方向を転換したNF‐01についていくことが出来ずにミサイルは目標を失った。時限装置が反応し自爆する。コックピット内のバックミラーに映る炎に目もくれず、その奥から出てきた二機のUF‐40Jを警戒した。


 対視覚認識用光学迷彩。NF‐02に搭載されている驚異の戦闘用武装だ。レーダーでの発見を不可能にしたステルスボディーに加え、人やカメラによる外的な視覚による認識を不可能にしたステルス装備である光学迷彩はNF‐02の最も優れた点だと言える。ミサイルのロックオン、目視でのドックファイトを全て無効化するその性能は正に悪魔だ。敵と戦闘に入ってから直ぐに発動した光学迷彩。歪んだ空間だけで対象がそこにいるとはさすがの高性能無人戦闘機でも判断できなかった。

『何だ、張り付いてきやがる!』

 無線の向こうから流れてくるダイゴの独り言。キャノピーの向こう側では驚異の飛行能力でFN‐01が二機の戦闘機とドックファイトを繰り返していた。連続使用時間五分。光学迷彩が使用可能な時間はたったの五分間だけだった。それに加え、消費した電力を補うために八分間の充電時間が必要だった。飛行能力をそぎ取って手に入れたステルス能力はわずか五分しか持たない。その中でできる最適な行動は。ダイゴは操縦桿を傾けた。旋回する機体。こちらに全く気が付かない二機の片方に狙いを定めた。素早く動き回る相手に標準を合わせるのは容易ではない。

「くそ、何て奴だ。」

 直線的だが無駄のない動きでNF‐01に迫るUF‐40J。機敏な動きに鈍足なNF‐02で標準を合わせるのは難しかった。背後に付き、ようやく標準を合わせる。迷わずトリガーをひいた。煙を吐きながらばら撒かれる機関砲の弾丸は空気の繭に包まれながら一直線にUF‐40Jを襲った。乾いた音が直撃を意味した。穴から火が噴きだし、炎に包まれた。高度を下げ墜落していく姿を眺めながら直ぐにもう一気に標準を合わせる。

『レオンか?』

「黙って逃げろ、俺が敵機に狙われない時間は五分しかない。その間に倒せるだけ倒す。」

 異変を感じ取ったのか、NF‐02を見失っていた残りの二機が対象をFN‐01に変更した。さらに接近する二機。NF‐01、UF‐40J、NF‐20、二機のUN‐40Jと並び、飛行する。一旦列から離れたレオンは減速し、再び列の最後尾に並んだ。ミサイルの安全装置を外し、中心の一機に狙いを定めた。

突然、三機が拡散した。

「しまった。」

 光学迷彩が解除されてしまったのだ。こうなってしまってはただの鈍足戦闘機になってしまう。慌てて離脱するも。旋回し戻ってきた三機の戦闘機が背後に付いた。フラップを上下させ機体を左右に振る。コンピュータ制御された三機の戦闘機が機敏にそれに反応した。アラームが鳴り響く。心臓がその鳴り止まない音の間隔を狭めた。死ぬ。

『おらぁぁぁっ!』

 コブラ、いや違う。クルビットでもない。目の前のNF‐01は機首を垂直にあげたかと思うと、そのまま反転した。上下逆さまに向かい合うNF。ダイゴと目があった。ようやくその行動の意味が理解したレオン。機首を思い切り上げる。跳ね上がるNF‐02。NF‐01のバルカンが唸り声を上げた。猫に見つかったように散開する無人戦闘機の内の一機をNF‐01が追っていく。何故空中分解しないのだろうか。圧倒的な機動力を誇るがその運動性能は戦闘機とは思えないほどアクロバティックで、それに不可能に近い。普通、最高速度でのコブラから垂直に、最初の状態から180度回転するなど不可能だ。機体の耐久力が持たなく、すぐに空中分解してしまう。しかし、これは違った。見事に荒業をしてのけたのだ。

「化け物か…あいつは。」


 鼠花火の様に暴れながら逃げ惑う無人戦闘機。直線的に動き回る機体を目で追いながら、四肢を利用し自機を操り敵機の後を追う。残りの二機は散開し、大きく弧を描きながら黒い鴉に目を付けた様だ。

『俺にかまうな、いけダイゴ!』

 トリガーを引く。何度も何度も繰り返される回避運動。弾丸は一向に当たらない。ただ、無駄にばら撒かれる弾丸を無駄と思い忌避すべきだ。トリガーから指を離し、ミサイルを放つ。煙を吐き出しながら目標へ進むミサイル。アルミ箔のようなチャフが拡散し、ミサイルは爆発する。

「やっぱりドックファイトしかないか!」

 操縦桿を握る力がさらに強くなった。立場は先程と逆になろうとその機動性や性能の高さに変わりはなく、同じようにダイゴを苦しめた。早く戻らなければレオンが…。しかし、彼はかまうなと言った。

脳裏にレオンのことがよぎった瞬間、目の前のUF‐40Jが一気に加速した。引き離されるNF‐01。スロットルレバーをさらに押し込んだ。高速戦闘を繰り返す二機の戦闘機はエンジンから煙を吐き出しながら降下していく。海面ぎりぎりを飛行し、水しぶきを上げた。

『くそ、くそ、何だ!』

 レオンの声が心に刺さる。だが、助けにはいかない。それがレオンの覚悟なのだ。爆音をあげ、機関砲が放たれた。バレルロールをしたかと思うと一気に上昇するUF‐40J。ぴったりと張り付き離さない。それが俺の覚悟だと心の中で強く思う。

すると突然、UF‐40Jの側面が開き、ミサイルが姿を現した。それは明らかに前方の機体を狙うものではなく、背後の機体。そう、NF‐01を狙っていた。

「ウソだろ…。」

 左右両方の開閉口から射出される二発のミサイル。無理だ。心がそう呟いた。ゆっくりと迫るミサイル。思わず目をつむった。

人間、死ぬ前に走馬灯が見えるとはよく言う。無数の記憶の写真がばら撒かれ、記憶を辿っていく。高校、中学校、小学校に幼稚園。初めて見た映画。初めて付き合った恋人。初めてのキス。初めての…。あらゆる記憶が噴水のように湧き出てきた。無数の写真が目の前に現れる。溢れだす涙。何故かとても満たされていた。おお、俺はここで死ぬんだ。

《あきらめるのかい、ダイゴ。》

 耳元で囁かれた、拓真の声。

《目を背けじゃ駄目だ。前を、しっかり見ないとね。》

 そうだ、ここであきらめてどうなる?俺を送り出してくれた空母の乗組員の希望、アイナを助けに行こうと励ますレオンの希望、自分自身の前に進もうという希望。無数の希望を背負っているその背中に熱いものを感じ取った。そうだ、ここで倒れてどうなる?再び自分に問いただした。

「さぁ、一緒に戦おう。」

 拓真がそう言ったのだ。フットペダルを左右逆に踏み込み、推力可変ノズルが左右逆に動いた。急速に回転する機体。操縦桿を小刻みに動かし、機体全体を細かく揺さぶった。ミサイルが機首を、主翼を通過していく。背後で爆発した二つのミサイル。白鳥はその翼をはためかせ、目の前にいる鼠に襲い掛かった。ばら撒かれる薬莢。火薬が轟音を轟かせ、放たれる機関砲がUF‐40Jの灰色の装甲に次々と穴を開けて行った。

「だぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 叫び声が目一杯コックピットのなかに響き渡った。炎上するUF‐40J。ふらふらと巨体を揺らしながら降下していった。コックピット内底面のキャノピー越しにその光景を見逃すとすぐに、機首を傾けた。今やるべきことは絶望に浸っていることではない。今やるべきことは、レオンを助ける事だ。

《ほら、早く行きなよ。》

 拓真があの笑顔でそう言った気がした。ダイゴはまたさらに操縦桿を強く握った。もう二度と後ろを振り向かないことを誓って。


 

街ゆく人々の顔は希望で満ち溢れていた。何もかもが上手くいったような、満面の笑顔。聖なる夜に行き交う人々の心には不安などは持ち合わせていないのだろう。アイナの心を察したのか、アダムはバックミラーを気にしながらふと口を開いた。

「浮かない顔ですね。まぁ、誘拐されたのですから無理はないですけど。どうです、フライドチキンでも買って食べますか?」

「お世辞にも上手いと言えないわ、あなたの冗談。」

「ご指摘ありがとうございます。」

 冗談を言いつつも彼の顔に笑顔はなかった。ほんの五分ほど前からしきりにバックミラーを気にしているのだ。

「どうやら、僕たちはつけられているようですね。」

 ぎょっとするアイナ。冷静さを保っているように見えるアダムの額にも汗がべっとりの滲み出ていた。背後を走る黒い乗用車の運転手は街灯が反射して確認することが出来ない。

「たぶん、会社の奴らです。僕の後をつけてきたのでしょうね。」

「それってあなたもまずいんでしょ?」

「言ったでしょ、あなたを助けた時点で危ないって。もう、手遅れなんですよ。」

 アダムはアクセルを思い切り踏み込んだ。一気に加速した軽自動車がイブを祝う街中を駆け抜けた。慌てて追う黒い乗用車。街中で突如として発生したカーチェイスにアイナは度肝を抜いた。

「これくらいの度胸がないと、やっていけませんからね。」

 大通りを高速で駆け抜ける二台の車。急ブレーキをして止まる一般車両の間を抜けていく。

「シートベルトして下さ、振り切りますよ!」

 アクセルをさらに踏み込んだ。エンジンがぶるぶると震えながらマフラーから煙を吐き出す。ハンドルを切り、路地裏に飛び込んだ。真っ暗な細い路地裏にアダムたちが入ると、それを追って黒い乗用車も侵入する。二つのライトだけが前方を照らし出す。がたがたとゆれる車内でアイナは叫んだ。

「ここからどうするの!」

「まぁ、見ていてくださいよ!」

 路地裏を抜けた瞬間、サイドブレーキをかけハンドルを思い切り左に切った。車体が急激に方向転換し、アイナはシートに叩きつけられた。軽やかにドリフトを決めた後のアダムは興奮気味だった。

「見ました、見ました!僕のドリフト!この仕事を失っても、レーサーで稼いでいけますよね!」

「お願い、早く逃げて!」

 空回りする後輪。煙を巻き上げながら急速に発進した。またまたシートの叩きつけられるアイナ。

 大通りを突っ走る、黒い乗用車も後を追い突っ走る。アダムはダッシュボードを開けると一枚の紙きれをだした。それをアイナに投げる。

「あなたに渡しておきます、UF‐40JAIプログラムへのアクセスパスワードです。」

 目の前には巨大な六十階建てビルが姿を現した。急ブレーキをするアダム。ビルの正面玄関に停車した。黒い乗用車も少し離れたところで停車した。

「UF‐40Jは五機製造されています。そのうち既に四機が飛び立ったと聞いています。戦っているんですよ、あなたの発明したNFシリーズとね。しかし、まだ一機は発進していません。UF‐40Jの特徴は自立した知能を持ちながら司令機によって統括されています。司令機には各機体の戦闘成績が送られます。GHOSTが入っているUF‐40Jはおそらくその四機の戦闘で学ぶでしょうね。残りの一機は他の四機より遥かに強いでしょう。屋上にその一機がいます。それを破壊してください。僕にはやるべき事がありそうだ。」

 アダムの懐からは黒く鈍く光る拳銃が見える。ベレッタM92。

「あなた…。」

「レディーに危険な真似はさせませんよ。ま、カーチェイスは勘弁してください。」

 アダムは車のドアを勢いよく開けた。車から降りて、迫りくる二人のスーツ姿の男。サングラスで表情は見えないが、恐ろしく無表情に見える。両手でグリップを握り、アダムはトリガーを引いた。乾いた音が鳴り響き、驚いた二人の男。

「さぁ、僕が長く持つとは限りません。」

「そんな…。」

「あなたは今、前を向くべきですよ。」

 アダムはにっこりと微笑んだ。アイナは紙を握りしめ、そびえ立つ巨大な柱を見上げた。ジェネラル・ウィンドウ社が入った高層ビルだ。屋上は暗く見えない。だがそこにあるものは見えた。禍々しい、邪悪なものだ。

「ありがとう、止めるわ。絶対に。」

 アイナは駆け出した。

 ビルのエレベーターに入るとすぐに60の文字を押した。ゆっくりと扉が閉まり、閉鎖空間となったエレベーター内。ロープが回転し、籠を持ち上げ始めた。

すると徐々にその数を減らしていく階を示す数字が止まった。同時にエレベーターが大きく揺れる。数字は点滅し、25のまま動かない。次々と消えるエレベーター内の照明。誰かが意図的に電力を絶ったのだ。わずかに隙間のある扉の間に指を入れこじ開ける。全体重を掛けて無理やり開けると、アイナは直ぐに階段を探した。

「階段は、どこ!」

 建物の中は外見よりも複雑であった。入り乱れる店舗の数々。無数のショウウィンドウの間を駆け抜け、奔走する。

ようやく見つけた階段を勢いよく上り始めた。現在二五階、残り三五階と屋上への階段。上を向くと果てしなく階段は続いていた。

「上を見ても、絶望するだけ。前を向くのよ。」

 階段を駆け上がるその足に力が湧いた。

《戦っているんですよ、あなた発明したNFシリーズとね。》

 そうだ、ダイゴも戦っている。もしかしたらレオンもかもしれない。そう考えるたびに心が熱くなる。自分も戦わなくてはならない。駆け上がる速さがより一層、増した気がした。



 機関砲という名の閃光は激しくNF‐02を襲った。隠密作戦に特化したこの機体はドックファイトが想定されていない。激しい猛攻を回避するのは限界があった。せめて、光学迷彩が使えれば。レオンはひたすらに数を減らし続けるメーターを見た。残り六分。光学迷彩使用可能までの時間だ。後六分この猛攻を耐えきれば形勢は逆転できる。

「時間が進むのが、こんなに長いなんてな!」

 スロットルレバーを押し込み加速する。二機のUF‐40Jは電光石火の如く迫りくる。急激な反転や回避運動により機体が軋む。同時に耐Gスーツを着込んだ生身の身体が悲鳴を上げる。筋肉の叫び声、骨の叫び声。痛みとなって訴えられるその言葉に顔を思わず歪ませた。だが歯を食いしばった。

「負けてたまるか!」

 ミサイルが発射された。NF‐02の主翼の付け根からチャフがばら撒かれた。アルミ箔の様に輝きながら拡散する白銀のチャフ。ミサイルはそのチャフの群れに突入すると次々に爆発する。なんとか凌ぎ切った。しかし、コックピット内で警告を示すアラームが鳴り響く。

「くそ!」

 爆発を回避したものの、爆散した破片がNF‐02の左エンジンを襲ったのだ。黒煙を纏う左翼。機体が傾き、徐々に降下する。今がチャンスとばかりに迫りくる二機のUF‐40J。足を引きずった小象に迫るライオンのようだ。このままではやられると思い、自然とスロットルを押し込んだ。微かに生きている推力可変ノズルはその太い口をさらに広げた。青白い焔が咆哮をあげながらさらに輝きを増した。上昇するNF‐02。硬く曲ろうとしない操縦桿を渾身の力で引き始めた。機首が徐々に上がり、さらに上昇する。そのまま目の前に立ちはだかる雲に突入した。

 真っ黒な雲を抜けると目の前に真っ黒な中に無数の星が煌めく大空が広がり、眼下には雲が連なった果てしない海広がっていた。満月なのか、黄金に輝く月が漆黒の身体を持つステルス戦闘機をその輝きで照らした。すぐ後ろには感情すら持たない冷酷な狩人が蛇のような目を光らせていた。

「きれいだ。」

 ふと毀れた言葉。電子音が鳴る。光学迷彩のバッテリーの充電が完了したのであった。直ぐにスイッチを押した。電流が機体を包み込み湾曲する空間。機体全体がその姿を消した。困惑する無人戦闘機。勝った。確信があった。操縦桿を傾け、旋回する。大きく弧を描いたNF‐02は、親を見失った子犬のようにうろたえるUF‐40Jの背面に陣取った。瞬間的に解除された光学迷彩。突然背後に姿を現したNF‐02に反応し、散開する二機。だが既に時は遅かった。NF‐02の標準は二機を捉えていた。

「俺の、勝ちだ!」

 FN‐02が鈍足な理由は圧倒的なステルス機能による代償なのだが、それだけではない。360度全方位3Dレーダーが何故搭載されているのか。無論、索敵能力の向上なのだが、「全方位に標準を合わせる」という意味もあるのだ。

 360度全方位ロックオンシステム。その名の通り360度全方位の対象物にロックオンが可能なのだ。UF‐02の上下左右の装甲が複数開いた。そこからは小型の空対空ミサイルが顔を覗かせていた。そう、NF‐02は大量のミサイルを積む分、機体の運動能力が落ちているのだ。

 数十発という通常の戦闘機では考えられない数のミサイルが一斉に煙を吹き出した。触手のように二機のUF‐40Jに襲い掛かった。ターボエンジンを轟かせ鼠花火の如く逃げ惑う無人戦闘機。チャフを拡散させ、次々に誘爆させるがそれ上回る数のミサイルが二機に襲い掛かる。大量のミサイルの猛攻から逃げ切ることは出来なかった。いくつものミサイルが自分たちの目指す獲物に喰らいかかったのだ。爆発が爆発を生み、さらに爆発を大きくする。二つの爆炎の塊が月の光を遮り、雲の海を紅く照らした。

 勝った。確信した直後、レオンに悲劇が襲った。大きく揺れる機体。先程ダメージを受けた左エンジンが限界を迎えたのだった。黒煙が左翼を完全に包み込み、黒煙から炎が顔を覗かせる。いくつもの警告ランプが点滅し、けたたましい警告音がコックピット一杯に満たされる。誘爆する高性能エンジン。爆炎がさらに左半身を包み込んだ。急降下するNF‐02の中でレオンは穏やかな気持ちだった。もう、満足だ。

『レオォォォォンッ!』

 無線から叫び声が聞こえた。ダイゴの声だ。白銀の機体が雲を突き抜け目の前に現れた。あの晩、三人で見上げた美しい白鳥。もう一度、一杯あげたいな。ふと心に浮かんだ。まだ死ぬわけにはいかない。シートの左横に取り付けられた射出座席のレバーに手を掛けた瞬間、真っ赤な爆炎がレオンを襲った。


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