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二日酔いの頭痛が脳に悲鳴を上げさせるのは誰しもが理解できる。ただその痛みは単に酒によるものだけではなく、朝からけたたましく鳴り響くヘリコプターの機動音によるものも加わっていた。

「朝からなんだ!」

 大型の輸送ヘリCH‐47は戦闘機の滑走路に重い腰を下ろした。風圧で顔を歪める一同を尻目に、CH‐47の乗降ドアが開き、見慣れた人物が顔を出した。

「滑走路に着陸させるなんて大佐も無茶しやがる。月曜の朝から起こされたんじゃ、一週間が持たないぜ。」

 スティーブは降りてくるなり、早々と指令室に向かった。清掃員も整備員も、パイロットですら状況が掴めないまま困惑するしかなかった。がつがつと突き進み、指令室で叫んだ。

「全電子機器のネットワークとの遮断を今すぐに始めろ!」

「は、はいっ!」

 次々にネットワーク回線が遮断され、孤独な要塞と化した原子力空母。稼働しているのは艦内の僅かな電力だけで、いつもとはまた違った雰囲気が漂っていた。乗組員もその異様さを察知したのか、寝ていた者は直ぐに跳ね起き、作業していた者は直ぐに会議室へと向かった。司令官が到着して二〇分と掛からなかった。全ての乗組員は黙って放送に耳を傾ける。無論、ダイゴも例外ではなかった。

『現在、アメリカ軍は危機的状況に晒されている。GHOSTと呼ばれるクラッキング用AIが横須賀に停泊中の原子力空母のサーバーに侵入した。侵入方法は未だ不明だ。国防省はクラッキングによる情報漏洩・テロリストによるテロ活動の危険を防ぐ為、全アメリカ軍のネットワークの遮断を行った。万が一ペンタゴンに侵入されたらという最悪な状況を想定してだ。各班の班長は五分後にブリーフィングルームに集まるように、ダイゴ・レオン両中尉は自室で待機。なお、本土から輸送ヘリの部隊が来る、受け入れの準備をしておけ。以上だ。』

 ざわめき始めた艦内。ダイゴは何者かに腕を引っ張られた。

「レオン…?」

「黙って付いて来い。」

 レオンの自室へと連れ込まれたダイゴ。未だ状況を把握しきれない、ダイゴに真正面から語り始める。

「状況は最悪だ。実に悪い。GHOSTが入ったとなればアメリカ軍のメンツだけじゃない、国すらも危機となりうる。これは全く最悪だぞ。」

 レオンは拳を握りしめながら眉間にしわを寄せた。歯を食いしばりながら壁に拳を打ち付ける姿を、まぁまぁと宥めるもレオンの怒りは収まらない。

「GHOSTはハッカーが何とかしてくれるだろ、だからな落ち着けよ。」

「落ち着け?お前はどこまでもバカか!国に忠誠を誓ったこの身ですら謹慎で何も出来ない、こんなに無様な事があるか?」

 レオンが珍しく冷静さを失い、感情的になっていた。怒り、それが前面に押し出た顔は酷く醜く歪んでいた。

「お前はこの状況がどれだけ最悪なのかわかっていないのか?なら教えてやる。GHOSTの特性は学習能力と増殖性に一番の観点がある。一度、封鎖された手段は学習しその上を上回るんだ。それに増殖する傾向はとても厄介だ。どこかで封じ込めようとしても、末端部からさらに増殖する。横須賀の原子力空母に侵入したが、もしペンタゴンに侵入していたとしたらどうなる?たちまちアメリカ軍はGHOSTに乗っ取られる。核弾頭でも長距離ミサイルでも発射は全てGHOSTに委ねられる事になるんだ。どうだ、これでわかったか!」

 レオンはベットで項垂れた。さっきまでの威勢はすっかりなくなり、生気をなくした廃人と化す。ダイゴもようやく状況の深刻さを理解したのか次第に顔が青ざめ始めた。

「それって…。ロシアにでも撃ったら、核戦争が始まるじゃないか。」

「ロシアじゃなくてもだよ。」

 ダイゴは何か言おうと口を開けたが、言葉が見つからず、あぁ…っと息が漏れた。沈黙が部屋を包み込む。どれくらい沈黙が続いたのか、ダイゴは艦内放送に耳を傾けた。だが、艦内放送は流れることはなかった。すると、ダイゴの携帯端末が振動した。

『ダイゴ、ちょとっ!』

「アイナ!」

 レオンもすぐに顔をあげた。耳元に近づき、必死に声を聞こうとする。

『そっちはどうなってるの?』

「アメリカ軍の全ネットワークが遮断されている。他の部隊とも連絡は取っていない。そっちは?」

『今、展覧会の会場にいるのだけど…。UF‐40Jを機能停止した方が良いって提案してるのに、ジェネラル・ウィンドウ社は全く動かないのよ。』

それがどういうことなのか、ダイゴとレオンは瞬時に理解した。暴走する無人戦闘機。それだけが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

『もしかして、話がいってないの?』

「まだ横須賀の原子力空母がクラッキングされただけ…。いや、謹慎中の俺たちに情報は回ってこないんだ、たぶん…。」

『なに、何でそんなに落ち込んでるの?』

 声のトーンがやたらに低いのか、アイナには簡単に見透かされてしまう。

「アメリカ軍の危機ってのに、バカなことして謹慎になっちまってよ。何にもできないんだ。」

 黙り込むアイナ。再び恐れていた沈黙が生まれた。


 午後になってヴィーナス・フロンティア社のメイリンが原子力空母のもとにやってきた。いつも通りのスーツに身を包んだメイリンはスティーブに連れられ、指令室に向かった。格納庫にあるFN‐01のネットワーククラッキングを心配しのことだろうと、皆口々に話す。

「ヴィーナス・フロンティア社のメイリン・リンです。」

「キングス大佐だ。」

「GHOSTの件についてなのですが、一体どこまで艦内の人間はご存じなのでしょうか?」

「私の知りえる情報は全て。しかし、横須賀の原子力空母がクラッキングされたとしか。上からはGHOSTの浸食を警戒し、外部との連絡を取るなと命令がありまして本艦のみならず、全艦はそれぞれと連絡を取り合えない状況でして。」

「そうですか…。NF‐01はクラッキングされていないのでしょうか?」

「昨日からネットワークには接続していないので問題はないでしょう。」

「そうですか。」

 ひとまず安心したように胸をなで下ろす。メイリンはバインダーから紙を取り出した。

「現地の職員からのモールス信号です。案外、アナログも武器になりかねませんね。それより、これを見てください。信号を文章に変換したのですが、どうやら事はかなり重大のようです。」

 A4用紙一杯に敷き詰められた文字。ただ単に羅列されただけの文字に意味はある。ことこまかくではなく、要約され必要不可欠な事のみ載せられていた。スティーブは一通り読み切ると、掛けていた老眼鏡を外した。

「ご覧の通り、事態は深刻です。いつGHOSTが動き出すかもわかりません。しかし、アメリカ軍がこうも行動を起こさないのは変だと思いませんか?」

「何が言いたい?」

 スティーブはメイリンの言葉に眉をひそめた。耳元に近づきある過程を呟くのだが、それはスティーブの目を丸くさせた。

「おそらく、GHOSTの侵入は内部による犯行だと思われます。」

「なっ…。」

「アメリカ軍を混乱させるには末端の原子力空母に侵入するよりか、ペンタゴンに直接侵入した方が効率が良くはないですか?何故わざわざ数百隻ある装備の中で横須賀の空母に侵入したのか。横須賀の空母に何があるのか。」

「ま、まさか…。」

「横須賀に停泊中の原子力空母にはUF‐40Jのサーバーの拠点が置かれています。」

 最悪だ、それはスティーブだけではなくその状況を知っている者なら誰しもがそう言うだろう。世界トップクラスのセキュリティーを誇るアメリカ軍にクラッキング用AIが侵入したとなると、自動制御の無人戦闘機に侵入されたアメリカの威厳も、世界の安全も危機的状況まで堕ちてしまう。

「何故そんな危機的状況が君からしか知らせられないのだ?民間の航空機会社の役員に。」

「だからですよ。自分達の所属する群れの状況を外部の者からしか知ることができないのなら、それがどういう事なのか少佐ほどのお方なら十分理解できると思いますが?」

「わかった、私は一体何をすればいい?」

「我が社のFN‐02がアラスカから既に飛び立っています。あなた達第303航空部隊にはそのバックアップを頼みたいのですよ。アラスカから飛び立ったFN‐02は単独では大陸間を横断できませんから、中継地点にこの空母が欲しい。そこで燃料の補給を行いたいのですよ。もちろん領収書は《個人的に》お渡しいたします。」

「ちょっとまて。」

 スティーブは駄目だ駄目だと言うように首を、腕を振った。

「君は無断で国境を侵そうとしているのだぞ、それがどいうことなのかわかっているのか!」

「大佐は二号機の能力をお忘れになってしまったのですか?」

 メイリンはくすっと笑ったかと思うと席を立った。

「我がヴィーナス・フロンティア社のエピオン計画二号機、FN‐02は完全なるステルス戦闘機です。レーダー干渉は勿論、光学迷彩の搭載による目視からの確認も不可。見つかることは100%ありえません。」

「君はいったい何者だ?」

 メイリンは天使のような微笑みを浮かべた。

「ただのお節介女ですよ。」


「だから、早くお宅の無人戦闘機を停止させなさいと言っているじゃないの!」

 アイナは夕日に照らされた会議室である男に詰め寄った。眼鏡を掛け寝癖を付けたズボラな男、ジェネラル・ウィンドウ社のアダム・パッカード技術主任だ。彼は詰め寄られずり落ちた眼鏡をあげる。

「しかしですね、上からは何も問題ないと…。」

「問題大有りじゃない、無人戦闘機のサーバーにクラッキング用AIが侵入しているというのに。」

「本社からも何も忠告はありませんし、それにアメリカ軍と自衛隊の幹部クラスの方々も同じことを言っているのですよ?変ないざこざはここではよしましょう。展覧会まで残り少ないのですから。ね?」

 アダムは汗をハンカチで拭った。すると扉が開き一人の男が入ってきた。アイナの声を聞いたのだろう。不審そうに首をひねりながら近づいてきた。

「何事だ、一体。」

「オルコットさん、すいませんこんな姿をお見せして。いえ、そこにおられるお方、ヴィーナス・フロンティア社のアイナ・スタンフォードさんがUF‐40Jをすぐに機能停止にしろと…。」

「何!」

 目がぎらついた。しかし、一瞬にして元に戻る。この男は何者だ、と疑うアイナ。オルコットは何か深く考えながら、名案が浮かんだというようにアイナに話しかけた。

「GHOSTについての見解が少し食い違ったようだ。こちらへどうぞ、UF‐40JのGHOSTへの対策をお見せしますよ、そうすれば納得いただけるかと。」

 レディーを導く王子のような振る舞いで扉へ。嫌な予感はした、しかし何故だか身体はその者の云う事を聞いてしまった。

扉を出た瞬間にアイナの腰に何か固く熱いのもが触れた。ぎょっとする。電流が体中を駆け巡り、頭を抜けた。瞬間、身体は魂が抜け出たように、蝋人形のように崩れ落ちた。(部屋に閉じ込めておけ)という声が遠くから聞こえた気がしたが、ぷっつりとそこでアイナの意思は終わった。


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