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 廊下にハイヒールの音が響き渡った。無機物としか言いようがない真っ白な廊下は何回行き来しても未だ好きになれない。空母のようなまだ温かみのあるならまだしも、ここの廊下は全くもって冷たい。迎え入れる気がない、そんな気がした。ヴィーナス・フロンティア社の本社に来るのは一か月ぶりだ。ずっと空母に住み込んでいたのだから。

「FN‐01のパイロットのことは聞いています。最低でも二週間とは聞いていますが、それでは全く間に合いませんね。」

 黒いスーツの女、眼鏡を掛けた美女なのだが恋愛には全く興味がない、アイナはそう感じ取った。この廊下を平然と歩く姿は正にエリート。社長の秘書、身体でも売ったのかと少し疑い深くなる。メイリン・リン、そういう名だ。

「機動性は殺してしまいますが、ある程度のコンピュータ制御で一般のパイロットも搭乗可能なのでしょう?なら問題はありませんね。」

「しかしそれでは本来の機動性が…。」

「ただの初公開で戦闘するわけではないのですから、そう心配しなくとも。さ、つきました。」

 扉を開けると一面ガラス張りの部屋が待ち受けていた。部屋の中央に二人掛けのソファが二つ向かい合わせに並んでおり、その奥にはぽつりとデスクワーク用に机が置かれている。パソコンは起動しているようで、冷却ファンが鳴り響いている。その机には人は座っていなかった。

「社長はすでに東京に行っています。私も三日後には向かう予定です。設計者のあなたにも出席して貰いたいのですよ、会社としては。」

「勿論、私は行きますよ。自分の設計した戦闘機を見るのは当たり前でしょ?」

「有難い、たまにいるんですよね。職人気質って言うのか、人前に出たくない人って。助かりますよ、私達に戦闘機について聞かれてもお答えできませんから。」

 コーヒーカップが白いテーブルに置かれた。その女はアイナにどうぞと言わんばかりに微笑み、同時に自分もソファに腰かけた。

「社長も不在のことですし、気を張らずに。」

「はぁ…。」

 くすっと笑い、青い四角いケースから一枚の資料を出した。

「エピオン計画の二号機のことなのですが。これはご存知ですよね?」

「ステルス性能に特化した戦闘機のことですよね?ラプターを上回るような…。とにかく隠密作戦用の。」

「ええ、次世代戦闘機は我が社の売り文句として軍事関係者に知られていますからね。今の戦闘機の発展型じゃ駄目なのです。全く新しいものじゃなくては。その点、一号機は大変優れていると社内でもかなりの評価があります。」

「それは承知です。それだけの性能を誇っていいますから。」

「お好きなのですね、一号機が。それで、二号機のことなのですが。」

 資料を一枚めくった。黒いボディーカラーに図太い胴体。可変翼らしい翼が折り畳まれている写真が記載されている。

「これは…。」

 アイナは戸惑った。エピオン計画の二号機の事は知っていたが既に試作としてでも完成していたとは知らなかったのだ。汗が毛穴と言う毛穴から滲み出た気がした。

「新世代戦闘機、FN‐02です。アラスカで試験飛行しています。まぁ、今回の東京には出品しませんが。ただ、もしこの2号機が完成したならば近い未来に戦闘機の需要は我が社だけで独占できるでしょうね。それと…。」

 もう一枚資料を出した。

「UF‐40Jのことですが、ジェネラル・ウィンドウ社はアメリカ軍にどう売り込んだのか実戦投入はほぼ確実のようです。」

「経営方針は私の専門外です、あなたの方が詳しいのではないでしょうか。」

「経営方針を相談したわけではないのですよ。素人に尋ねても無駄ですからね。」

 柔らかそうな物腰から意外に毒を吐くのだなと、アイナは感心した。

「まぁ、二号機と無人戦闘機の事は頭に入れておいて下さい、それにこれ。」

 懐から一枚チケットを出した。

「航空券です、東京までの。明日一番を予約させていただきました。会社から支給されますのでぜひ。」

 受け取った航空券を懐に入れると、アイナは部屋を後にした。


「もっとも、UF‐40Jは現存する全ての戦闘機を凌駕するために計画されたスーパーファイター計画の中心である。というのがジェネラル・ウィンドウ社の表向きの名目であって、本来の目的である無人戦闘の限界に挑戦するのはあくまで私たちのような反社会的な思想を持ったこの集まりでしか知られていないのですよ。」

 反社会的とは言いすぎだな、と声がちらほらと上がる。

「ふぅ、しかし無人戦闘の会場になる東京は自衛隊の守備範囲内で困難でしょう。それでは面白くない。」

 白く輝くモニターに映しだされるGHOSTの文字。

「全ては、このGHOSTに任せてみてはどうでしょうか。」

「GHOSTに…。いったいどういうことだね。」

 アメリカ軍の制服に身包んだ腹の出た男が大きな声で発言する。この豚が。内心軽蔑しつつ笑顔を向けた。

「横須賀にアメリカ軍の原子力空母が停泊していますよね?」

「それが何か?」

「サーバーに潜らせてみてはどうでしょう?いくら頭が悪くてもその後の展開は予測できるでしょ?それに自衛隊の問題は防衛省に任せたい。」

「だから、それは自衛隊だけの問題じゃなく…。わかりましたよ、自衛隊はこちらが何とかします。その代わり、駐留中のアメリカ軍やハワイ湾などの航空部隊はそちらで頼みますよ?」

「どうです、アメリカ軍大佐?」

 でっぷりとした男は葉巻を咥えながら…。

「勿論だ、しかし何故東京に拘る?太平洋など人のいないところは山ほどあるというのに。」

 蛇の目が輝きを増した。

「観客がいると、ゾクゾクするじゃないですか。」

 この男の素顔が垣間見えた気がしたのか、一同はざわめいた。敵にだけは回したくないなと、誰しもが思ったに違いない。


 結局、パイロットに選ばれたのは同じ艦内にいる現役パイロットで、今晩もまた昨日と同じようにNF‐01の調整を行っていた。エンジン関連の問題は整備班が妥協し、実践決定を期に再び再検討と言う結果でアイナもそれには満足していた。

「しっかし、どんだけ運動性が高いんだよ。これじゃ、戦闘用ってよりアクロバット専用機じゃないか。」

 夜間の格納庫に佇むNF‐01を見上げながらブラットは苦笑いした。

「これこそ、この子に与えられた本来の力なのよ。」

 アイナは満足げだ。その場に偶然居合わしたレオンとダイゴはブラッドと同じく苦笑いだ。

「アクロバット飛行だって戦場では十分に使うでしょ?」

 ダイゴは近くにいた整備班の者に話しかけた。

「やけにテンションが高いな。何かあったのか?」

「スタンフォード技術班長ですか?本店で二号機の完成状況を見て負けてられないって思ったみたいっすよ。何せ、二号機が完成してるんですからね。アラスカの連中、よっぽど無理したんでしょ。」

「なるほどね、男関係じゃないのか。」

 レオンが間に入ってきた。

「アイナに限って男はないだろ。アイナにとって恋人はこの白鳥なんだからな。」

 黙って佇むFN‐01はスポットライトに照らされて白銀に輝いていた。イケメンだなぁ、思わず心で呟いたのはダイゴだけではないだろう。いや、美人だろ。この言葉はダイゴだけが呟いたに違いない。

「あーあ、謹慎じゃなかったら今頃…。」

「何回嘆くんだよ、お前。」

 整備班の連中は続々と片づけを始めている。ブラッドも大きなあくびをしながらその場を後にした。レオンも帰ろうとしたとき…。

「どこ行くんだよ。」

「帰るんだよ。何かあるのか?」

「当たり前だろ。」

 その腕には缶ビールが握られていた。ダイゴの奥でにたりと不気味に笑みを浮かべるアイナに、レオンは拒否する理由を見つけることは出来なかった。

「確かに、悪くはないな。」

「じゃあ決まりだ。おっさん!」

 ブラッドは振り返らずに手を振った。

「もう歳かよ、まったくよ。」

 ダイゴは口をへの字に曲げてその場に座り込んだ。アイナとレオンもそれに続き座り込む。ダイゴは一番に缶を開けると喉へと流し込んだ。

「それにしても、こいつ本当に綺麗だな。」

「確かに、それは同感だ。」

 白鳥のように、細く長く伸びる機首のライン。丸みの帯びた曲線を描くターボファンエンジン。どれをとってもその美しさは過言ではない。それに加えて大気圏内での圧倒的な運動性、これに惚れたのはアイナよりもダイゴの方が強かったのかもしれない。普段、あまり気にしない謹慎をここまで気にしているのは初めて見た。アイナは内心嬉しかったのだ。自ら設計した機体に惚れこんでくれるエースパイロット。まるで父親に褒められているような、そんな感覚。

「展覧会が終わったらこのチームも解体されるはずだよな?」

「そりゃ、そうでしょ。私は本社に籠りっきりになるわ、よっぽど魅力的な話がない限りこの子の余韻に浸ってのんびりと。建物は気に入らないけどね。」

「俺はそうだな、本来の職務を全うするかな。軍人としてのな。ダイゴ、お前はどうする?」

 おいおい、と眉を曲げる。

「前に言ったろ、辞めるかもしれないって。だだNF‐01は頂くけどな。」

「冗談でしょ?」

「本気さ。」

「笑える。」

 すぐに一缶飲み干した。まだまだと、次々にクーラーボックスから取り出す。どこまでも偽りのない笑顔を浮かべる三人。もしかすると今が一番なのかもしれないと、今がすべてなのかもしれないと考え始めるが、すぐに笑いに掻き消されてしまった。

「だとしてもだ、何としても無人戦闘機に俺たちが負けるなんてことにはなりたくない。といっても、一対一で戦うわけじゃないし…。とにかく、チーム解体なんて今の俺たちには関係のない事だろ?」

「お前は前向きだな。謹慎処分も受けているってのに、一体どんな神経をしているんだか。」

「ねぇ、謹慎処分って自虐的に発言してるけど、何で二人はそんなに明るくいれるのかしら?私ならマイナス思考になってしまうのに。」

 ダイゴとレオンはあまり深くは考えていなかったようで、二人とも妙に思案する。

「さぁな、深く考えるのは俺じゃない。今を楽しく生きていればいい、それだけだよ。」

「どおせ、今は行動しても何も起きない。成るがままに成れ、それじゃあ駄目か?」

「レオンもダイゴに似てきたね。」

 目を丸くする二人。レオンは鼻で笑った。

「こんな奴と一緒にされるとはな、だが悪い気はしないな。俺も、俺自身も変わってきたと実感できる。」

 床に缶を置いた。三人を残すほかの乗組員は皆、各々の部屋に帰るか談話室に帰るかで灰色の格納庫には誰もいない。普通に話しているのだが、自然と声が響き思わず小声になる。次第に近づきながら話すことになるのだが、その光景は修学旅行で就寝時間を破ってまで話し込む学生のようだ。アイナはすくっと立ち上がり、腰からデジタルカメラを取り出した。貨物の上にカメラを置くと、何やらセットし二人を無理やり立ち上がらせた。

「何だよ!」

「いいから!」

 FN‐01バックにアイナは二人の間に入った。

「ダイゴとレオンの謹慎処分祝いとFN‐01の完成に伴って、ほらピース!」

 しぶしぶピースをかます。しかしその顔は酷く穏やかで、とても笑顔だった。その顔をフラッシュの光が一瞬で照らした。


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