一
最強の有人戦闘機と最強の無人戦闘機の戦いです。表舞台ではなく、裏舞台での戦いを描いてみました。マ〇ロスとはまた違うドックファイトをと意識しましたが、どうでしょうか(笑)温かく、見守ってください。映画のように短いですが、よろしくお願いします。
大空、雲は眼下に広がり白く眩しい。三機の戦闘機は黒光りする鉄の身体をまるで飛んでいる鴉のように、翼を広げて飛んでいた。
『一二時の方向より急速接近。距離二〇〇〇、未だ減速しません。』
けたたましいアラームがコックピットに鳴り響いた。真っ黒なレーダーに移る緑色の三角形の影は三機の編隊を組む別編隊をレーダー上から消失させたかと思うと、反転しこちらに接近してくる。次々にメーターが数を減らしていく中、ふっとまるで今のことは無かったことのように憎たらしい三角形は消えた。
『アロー機撃墜。続いてジャクソン、イワノフ。中尉、自分たちだけです!』
『ここで撃墜させられたら、自分たちは…。隊長!』
無線からの悲痛な声。今や彼らに励ましの声を掛ける事、余裕すら持ち合わせてなかったのだ。思考が経験という切り札であらゆる状況の打開策を検索している最中、眼下に広がる雲の床の一片が噴き出るように破れた。前進翼を前面に押し出した白い鉄の塊は、白鳥のように長い首の先にあるガラスをこちらに向けていた。
「雲の下かぁぁぁっ!」
白鳥は一直線に通過する。散開と叫んだあと、男は操縦桿をこれでもかというくらい引き上げた。機体の推力可変ノズルがおびただしい煙を放った。空気が爆音となり白い水蒸気が機体を包む。耐Gスーツが身体にぴったり張り付き、骨が軋む。重力の九倍もの力が身体を思い切りシートに縛り付けた。白鳥の後ろに鴉は付いた。誘導ミサイルのサイトがきりきりと白鳥に狙いを定めていく。あと少し。操縦桿のスイッチカバーを外し指を掛けた。
瞬間、白鳥は身を翻した。バレルロールをしたと思ったら、目の前から消えた。頭上を通り過ぎ、反転して背後に付く。何という機動力。いや、パイロットは果たして無事なのかと脳裏を横切った。普通、レッドアウトしてもおかしくはない無理な反転をしたのだ。そもそも機体自体が失速、空中分解しないことに驚きを隠せない。ロックオンアラームが鳴り始めた。
『オーバーシュート、じゃない。何だぁっ!』
「うぅぅぅん!」
フレアが四散し、相手を惑わす。白鳥はゆらゆらと機体を左右に振った。振ったのではなかった。ミサイルも発射せずに何と近距離でフレアをかわし後ろに付いたのだ。バックミラーに白鳥の顔が映った。
『俺様のかぁっちー!』
無線に男の声が混じってきた。口笛を吹きながら悠々と後ろをただ飛行する。これほどまでの屈辱は過去を振り返って、この男には一度もなかった。白鳥はすっとエンジンを切った。機体がぐらりと揺れたかと思うと旋回しながら、落下していく。ただ風に任せるその姿に、後ろ姿に怒りを覚えたのだろうか。男は操縦桿を握りしめた。
「ジャック、レベッカ。模擬戦闘は終了だ、ここからは私とダイゴの時間だ。」
操縦桿を横になぎ倒した。鴉は旋回し、落下する白鳥に頭を向けた。
「お前が誘ったんだ。」
『そ、俺が誘った。』
鴉は唸り声をあげた。推力可変ノズルは大きく広がり、青い焔が輪を描きながら吐き出される。一瞬の加速。白鳥は鴉を挑発するかのようにぐるぐると回転し、爆音をあげた。二機の戦闘機が高速戦闘を開始した。雲が2機から逃げるように吹き逃げる。今度は白鳥にぴったりと鴉が引っ付いた。その距離はわずか十メートル。だがサイトに上手く白鳥は捉えられない。右左・上下と、上下左右に白鳥はその身体を揺らす。
「その挑発的な態度、昔も今も変わらないんだな!」
『そのお堅い頭は、昔も今も変わらないんだな!』
「うるさぁぁぁいっ!」
鴉が牙をむいた。秒速八〇〇メートルの速度で弾は火を放ちながらばら撒かれた。毎秒一〇〇発ほどの速度で放たれた弾丸は空気を切り裂き白い煙を身に纏う。機体が大きく上昇するとわずかに届かない。白鳥はなおも背を向け逃走する。フラップが左右逆に展開した。機体がぐらりと揺れ動く。鴉も負けじと身体を揺らす。二機の高速戦闘機はぴったり親子の鳥のように張り付きながら上昇し、見事にバレルロールをかます。
『そういう怒りっぽいとこが…うっ、まだまだじゃないのか!』
声が詰まって上手く発音できないのか、無線の奥の者は押し殺したような悲鳴を上げている。
「どうだ…やっぱり…限界…じゃないのか!」
男は急激にかかるGに顔を歪めた。しかし、根をあげようとはしない。上昇し続ける機体は白い飛行機雲を吐き出していた。それは二重螺旋を描いていた。伸び続ける螺旋の先で白鳥と鴉の最後の悪あがきが見え隠れする。
急にエンジンを切った白鳥は鴉の横にぴたりと身体を並べる。ぼっと火が噴き並列する二機。ガラスの向こうで男がこちらに合図した。グットラック。決着をつけるときはいつもそうだ。相手に健闘をたたえる、そうしてから撃墜してくるのだ。男の拳に力がこもった。
「舐めるなよぉぉぉぉっ!」
まるで磁石の同じ極が触れ合うように弾け離れる二匹の鳥。大きく弧を描いた後に、二匹は正面から突撃する。機関砲が咆哮した。それは大きな唸り声となって二匹をそれぞれ襲う。機体は、まるで砂利道を走る車のように揺れ動く。機関砲の衝撃か、将又被弾したのか。白鳥と鴉はお互いの身体を掠めながら通り過ぎた。鴉の大きな瞳は、スライムが溶けたように、ピンク色に染まっていた。
「…作戦無視に命令違反、極秘戦闘機の無断使用に回線の切断。ましてその間に口論だと?だだの模擬戦闘で一体何をしているんだ。いいか、お前たちは本来ならば謹慎ではすまないぞ。それをわかってやっているのか!」
唾が顔面に飛び散った。二人の軍服を着た若い男は、中年すら超えた初老の男にありえないほどの苛立ちを与えてしまっているのだ。ヨーロッパ系の端正な顔付の若い男は、俯いた顔をあげ、声を張り上げた。
「私はその状況下におきまして、ついカッとなってしまいこのような行動に出てしまいました。その事については深く反省しています!」
隣のアジア系の男は唇を釣り上げて、いかにも不満らしいそぶりを向ける。
「なんだね、マツイ中尉?」
それに気が付いたらしく、初老の男スティーブ・キングス大佐は眉間にさらに皺を寄せた。時すでに遅し、と心の中で呟いたにちがいない。アジア系の男は頭を深く下げた。
「すいません、自分が悪かったです。自分がローライト中尉を挑発したから始まったことです。」
ヨーロッパ系の男はその光景にムッと顔を歪ませた。
「そうだ、だがローライト中尉も挑発に乗ってしまったのだ。どちらが悪いではない。お前たちを説教するのはもうたくさんだ。まるで小学生のようだな。」
スティーブは、だんと椅子に腰かけた。背後にはあらゆる数の銃火器が並べられている。サブマシンガンやらアサルトラフルやら、趣味のように並べられたそれは埃すらついていない。葉巻を取ろうとして、躊躇いながらまた元にあった引き出しの中へしまう。机の上に広げられた本のように分厚い資料の束の一つを手に取った。溜息をワザとに聞こえるようにか、本当に口から漏れたのか。部屋に嫌な空気となって充満する。
「若いときは私も無茶をした。夜中に戦闘機を借りたくらいはあるさ。しかしお前たちは一度や二度じゃない、度が過ぎる。特にマツイ中尉。」
ダイゴ・マツイ中尉。彼はやっぱりかと顔を顰めた。
「君のテクニックは皆が認める一流だが、何と言っても自己中心的な行動がそれを潰しているとしか思えないんだ。もう少し謙虚にできないのか?君の出身のジャパンは…。」
ぴしゃりと声を張った。
「日本です。ジャパンは英語名ですよ!」
珍しい。ヨーロッパ系の男、レオン・F・ローライト中尉は目を丸くした。彼だけではなくスティーブも同じく目を丸くした。この男、マツイは普段はお調子者で、相手を挑発する事はあっても自らが怒ることはなかったのだ。そんな男が〝ジャパン〟と〝日本〟の違いだけでこうもまで声を張り上げるとは、彼らは勿論、誰一人として想像はしなかった。いや、できなかった。
「んん、あぁ、そうか。悪かった。ただ君の出身の日本では相手を思いやる文化があるのだろ?君もその文化も守ってみようとする気はないのか?」
「文化に溶け込む気はないんでね。そのためにこっちに来たんですから。」
「ダイゴ、貴様上官に向かってその態度はなんだ!」
レオンは胸倉を掴むと、ダイゴに詰め寄った。制止するスティーブ。
「君の生き方までに干渉する気はないが、ここが軍隊である事は忘れるな。それに軍隊だけではなく民間の航空会社のバックアップもあって今この状況はなりたっているんだ。君ひとりの行動でエピオン計画に支障をきたすのなら、ここで首を切っても良いことはわかっているだろう。」
「確かに、今月の給料も貰わないで辞めるのはちょっと。」
「そうだ、やっとわかったのか。現在を持って両中尉の二週間の外出禁止令及び戦闘機の使用不可・三か月の減俸を言い渡す。謹慎ってやつだ。」
スティーブはダイゴの肩を軽く叩くと、部屋を後にした。二人の中尉は溜息を深くすると、同じく部屋を後にした。
原子力空母の格納庫には一羽の白鳥、戦闘機が今か今かと発進を待っている状態でいた。その横には赤いレザージャケットに黒いジーパンという戦闘空母には似つかない何とも不可思議な恰好の女がノートパソコンのディスプレイを、まるで顕微鏡を覗くようにぎっしりと見つめていた。金髪のポニーテールは綺麗に整えられているのではなく、邪魔だからというようながさつに纏められていたものでしかなく、鼻のあたりにはオイルが伸びた黒い跡がある。アンナ・スタンフォード。民間の航空機会社ヴィーナス・フロンティア社の技術者で今回のエピオン計画の中心である新世代戦闘機の設計を担当したのだ。
《NF‐01》
新世代の空間戦闘機の開発に伴い、大気圏内での圧倒的な機動力に観点を置いて設計された試作機である。彼女はその整備をしていたのだ。真っ白なボディーカラーに今時珍しい前進翼を装備し、白鳥のように伸びる機首の先にコックピットがある。コックピットのすぐ横には小さなガナード翼が取り付けられ、重心の下がる機体のバランスを取っているのだ。
「機体の調整は出来ているみたいだな。」
遠くから声が聞こえる。アンナはディスプレイから目を離した。軍服を着崩したダイゴがにやにやとさぞ可笑しそうにこちらに近づいてくる。アンナはそれまで身に着けていた薄汚れた軍手を床に叩きつけ、地響きを立てるかの如く、速足でダイゴに詰め寄った。
「できてるわよ、貴方が謹慎処分なんかにならなければ今頃雲の向こうよ。いったい何を考えているのよ!」
相当な怒りっぷりだ。まあまあとダイゴは宥めるも、アンナの怒りは収まらない。いや、収まるはずがないと言った方が正しいのか。
「エピオン計画はもう最終段階まで来ているの。さっきの模擬戦闘をAランクでクリアしているからこの機体が次期の新世代戦闘機として戦闘に参戦できる。そうなれば現在のドックファイト何か蝶々同志の戯れのようなもの、戦闘機の革命が起きるっていうのに貴方が謹慎してしまったら。一週間後の東京で開催される展覧会に間に合わないじゃないの!」
「おいおい、俺が謹慎にならなくても明日最後の試験をする予定だったんだろ?一週間後の展覧会に間に合うだろ、俺以外を使えばな。」
アンナはキッと睨み付けた後、振り返り一枚の紙を取る。
「あなたしかいないから悩んでるのよ!一週間前に配られたでしょ!NF‐01は展覧会の最後で上空から登場し、一通りアクロバット飛行したあと、会場に着陸って。試験はそのアクロバット飛行の練習、そのデモンストレーションよ。まさか見てないわけじゃないでしょうね?」
苦笑いのダイゴとは対照的に、アンナの顔はまるで悪魔のようだった。
「わかった、わかったよ。俺が悪かったからさ、まったく。」
「まったく?まったく何であなたしかいないのよ、この機体を操ることができるのは。ちょっと難しいからって。」
アンナは湖で眠る白鳥のように静かに佇む戦闘機を見上げた。外装の一部が開き、赤や青などの配線の閉まったコードが幾つも繋がれていた。
「確かに、こいつはちょっとどころか相当なお転婆娘だからな。」
「そこは否定しないわ。機動力を特化しすぎた結果、ピーキーになりすぎることは私も設計の段階では気が付かなかったし。」
そう、NF‐01は単独での編隊の撃墜、及び複数機との戦闘を前提に造られたのだが、それは同時に操縦者の技術を必要としたのだ。ベテランパイロットすら根を上げた操縦の難しさにたった一人適応したものがいたのだ。それがダイゴなのである。
「確か、東京で開催される展覧会にジェネラル・ウィンドウ社も出品するよな?」
アンナの顔が少し曇った。
「ええ、もうすでに完成したはずのUF‐40Jよ。」
「それって例の…。」
「無人戦闘機。まったくやっかいな者を造ったもんよ。プレデターじゃ物足りないのね、そんなにテレビゲームがしたいのかしら。」
「人工AIも備えているらしいな。」
二人の会話に割り込んでくる者がいる。レオンだ。鋭い目つきでダイゴを一瞥した後、白鳥を見上げた。
「それに五機の個体が集団ネットワークを兼ね備えていると聞いたぞ。」
「そう、独立した個々の知能を備えるのと同時に集団として情報を共有できる。一寸の狂いも許されないその状況で最適な判断を全機体が同時に行うことの恐ろしさは、核兵器と変わりないんじゃないかしら?」
レオンはダイゴに目を向けると、フッと鼻で笑ったあとにこう続けた。
「ま、天才ダイゴ様にはそれほど恐怖ではないらしいな。」
「なんだと。」
アンナはダイゴとレオンの間に入った。
「ここでも喧嘩を続ける気?ホント、男ってバカよね。」
「俺は喧嘩をしに来たんじゃない。」
レオンは煙たそうにアンナを払いのけると、近くにあったコンテナに腰かけた。
「お前と俺の喧嘩でこうなるとはおもっていなかった。」
あえて強調するレオン。
「二年も掛けたエピオン計画がここで潰れるのは俺も納得いかん。そこでだ、無人戦闘機より有人戦闘機が優秀だと知らしめる、一泡吹かすのもいい。」
にっと笑みを浮かばせる両者。
「確かに、面白そうだな。辞職するのもその後でいい。」
アイナは慌てて、二人を止めた。
「ちょっと、二人とも何考えてんのよ。そんなことしたら刑務所行きよ。第一に今は謹慎処分中でしょうが。私が許可しても、クルー全員はあなた達を空母に止めておくのが正解だと考えるわ。バカな真似はよしなさい。それに、ダイゴ。あなた今辞職って。」
「ん、ああ。そう言ったな。」
ダイゴは格納庫の開ききった天井を見た。青く遠い空が広がっていた。
「俺は空が好きなんだ。大空でビューンて飛ぶのが好きなんだ。戦争の片棒を担ぐのは好きじゃない。この計画が成功したら軍を辞めるのも悪くはないってこと。」
「そんな。私、聞いてない。辞めてどうするの?日本に帰るの?」
「いいや帰らないさ。それ以外は何にも。」
ダイゴは頭を掻きながら立ち上がると、手を振り後にする。その後ろ姿を見つめながら、アイナはそっとレオンに問いただす。
「あなたは聞いてたの?」
「…。あぁ、二、三日前だったかな。戦闘機の中で。」
アンナは俯いた。
「ねぇ、レオン。なんでダイゴが日本に帰らないか知ってる?」
「いや、知らないな。」
「そう、単なる噂なんだけどね…。」
アイナはゆっくりと話し始めた。