第七話 実質勇者 ぐんじ は まほう を つかえるように なった!
魔法の説明を一通り受けた軍侍は、早速魔法の練習を始めることにした。とは言え彼は剣を主体に戦う上、魔力の保有量は平均よりやや下回っている。そのため、火球や氷塊等と言った下級魔法を重点的に、詠唱を省略して発動できるようにという訓練メニューを組まれた。
「火を司りし精霊たちよ、我の願いを聞き入れたまえ。我が望むは烈火の球。燃えよ、《火球》!」
軍侍が唱え始めると彼の突き出した左手に火の粉が集まり、詠唱が終盤に差し掛かると火の玉を形成する。そして技を唱えると同時に、それが目前10メートル先のダミーに飛び、直撃、爆ぜる。
「ふむ、普通じゃな」
「老師」
軍侍の成果を見、斜め後ろから声をかける老人。それは先日、晴を褒め称えていた彼だ。彼は自分のことをゲンリュウと呼べと言ったが、軍侍は老師、晴はおじいちゃんと呼んでいる。もっとも、ゲンリュウもまんざらではないようだが。
「まあ下級魔法とは言えほんの三十分足らずで習得できるのは、並みよりは早いかのぅ。ま、晴ちゃんには敵わんがな」
ふぉっふぉっふぉ、と笑うこの好好爺は、どうしても憎めない。恐らく、今のは嫌みではなく単なる親バカならぬ弟子バカ発言にすぎないというのもあるからだろう。
「九重は器用ですから。確か彼女、上級魔法も徐々に手をつけてるんでしたっけ?」
「そうじゃよ。それに、中級までであれば黒魔術を除いて全て“使いこなして”おる。あれはもはや、天才というものじゃろ」
「老師の弟子バカぶりと春樹ののろけ、いったいどっちが重いんだか……」
今この場にはいない彼の無二の友を思い出し、眉を潜める。
(春樹か……。そろそろ二週間は経つが、どうしてんだろうな)
どこにいるとも知れない。しかし軍侍は、彼が今でも生きていて、そしてこの世界に適応しているであろう姿をありありと思い浮かべることができていた。
(信頼、か)
「さ、軍侍ちゃんや」
「その「軍侍ちゃん」って、やめてもらえません?」
「修行の続きじゃ」
「訂正できないんすね」
軍侍は、この天真爛漫な好好爺に対し、ため息という些細な抵抗をするより他はなかった。
「「ゴブリン退治?」」
「はい。グンジ様とハルの力試し、といったところでしょうか。国王直々の討伐令です」
ここは中庭。整理された芝生と木々、そして噴水の音が心を落ち着かせる。その側で円卓を囲んで紅茶を飲みながら、アルマリアが二人にそう話した。
「マリア、その、ゴブリンってどんなの?」
「えっと、背丈は大体2メートル、体色は黄緑から深緑、主に棍棒を使った集団戦をするわ。群れはおよそ三百、洞窟や岩場を住み処にするの。そして最大の特徴は、その怪力ね」
「魔法は使うのか?」
「いいえ。彼らは確かに魔力を有していますけど、その使い方はおろか、存在も知りません」
「低知能、というわけか」
「ええ。およそ犬と変わりありません。強いて言うなら、群れを意識する本能が非常に強く、また指導者の命令には絶対服従です」
「捨て駒にされても、か」
「はい。そこが、彼らを倒すときの唯一の恐怖です」
「で、パーティー編成は?」
「はい、不足の事態に備え、私が同行します」
「マリアが?」
そこに疑問を抱いたのは晴だった。実際、彼女はほぼ常に軍侍にベッタリなので、晴が彼女と会い、話すとしてもなんでもない世間話ばかりだ。しかしそこを、軍侍が補足する。
「マリアも剣の腕はある。魔法もほぼ全体的に使えるからな」
「まあ、晴みたいに万能ではないんだけどね」
「けどそれなら、助かるね。いついくの?」
「一週間後ってことになってるわ」
「よし、じゃあ俺はそれまでに魔法を使いこなせるようになっておくか」
「私は今使える魔法、しっかり堅めとくね」
「ではまた一週間後に」
「ああ」「うん」
ズバッ。黄緑をした人に似た巨体が袈裟に斬られ、倒れる。血を払い、刀を鞘に納める。
「流石グンジ様! ゴブリン程度なら、十匹が集団でも引けを取らないですね!」
興奮して配置から足早に近づくアルマリアと、銀の杖を振るって転がるゴブリンたちを土に変える晴。浄化魔法《灯籠流し》。晴のオリジナル魔法にして、昨日編み出したばかりのものだ。本来闇を浄化する光の魔法、その対象を闇から生命を奪われたものに変換したものであり、命を刈り取った者の、せめてもの弔いだ。
「マリア、ここは戦場だ。もう少し気を引き締めてくれ」
「はぁい」
少し落ち込み気味に返すアルマリア。そのやり取りを終えたところに、晴がやって来る。
「この先に生体反応がいっぱいあるよ。多分、ゴブリンの巣窟だと思う」
「探知魔法を使ったの?」
「うん。下級だからあんまり精度はよくないんだけどね」
「えー、私はそもそも使えないから、使える時点で羨ましいよ~」
皮肉のない純粋な称賛。どうにも魔法使いと言うのは、魔法に関しては皮肉を言わないらしい。
(いや、決めつけるにはまだ早計か)
実際軍侍はまだ多くの魔法使いとの関わりはない。そう考えを打ち消し、緊張状態を取り戻す。
「進むぞ」
「はい!」「おっけー」
軍侍、晴、アルマリアは、今苦戦を強いられていた。否、戦力的には、まだ分がある。軍侍とアルマリアが前衛で剣を振るい、晴が魔法でバックアップ。この陣形は崩されない。しかし、そろそろゴブリンの巣窟の前に来てから、百は倒している。それにも関わらず、彼らは一向に退かない。それどころか、仲間が倒されても無関係、この三人をなんとしても倒そうとしていた。そのため軍侍の魔力は残りわずか、アルマリアは元々の体力不足が祟って動きが鈍り、晴も精神的消耗が激しかった。
「九重! 巣窟の奥はどうなってる!? こっちで防ぐから、少し見てくれ!」
「わかった!」
少し怒鳴り口調になっている軍侍に、晴も声を荒げて応える。それだけ、精神的に追い詰められていた。彼女は無詠唱で探知魔法《微風》を使う。風の精霊と視覚を同調して、探りたいところにそよ風と言う形で精霊を送り込む魔法だ。そして、最悪の結果に目を見張った。
「なにこれ……!」
「どうしたの?」
表情を歪めながらも、声だけは一番落ち着いているアルマリアが訊く。
「巣の奥に、禍々しい何かがあって、そこから大量のゴブリンが出てきてる」
「悪魔型ゴブリン!?」
「悪魔型? なにか変わるのかっ」
言いながら、たまたま軍侍と背中を会わせる形になり、彼は目の前に集中しながら尋ねた。
「本来のゴブリンは、魔物型と言って一週間前に説明した特徴を有しています。けれど、悪魔型は魔王の魔力に影響された突然変異種で、ゴブリンの特徴に付け加えてかなりタフ、そして黒魔術を使います」
「もしかしてそいつらが混じったことで、まだ群れは余裕だと勘違いしたのか」
「普通はあり得ませんが、悪魔型なら魔物型をそう操れても不思議はないです」
苦虫を噛み潰したような顔をする軍侍。晴の言葉通りなら、いくらやっても決着がつかないからだ。
(くっそ。どうしたらいい。どうすれば、いい!)
目を忙しなく動かしながら、軍侍は、打開策を編み出そうとして、編み出しきれていなかった。