第六話 魔法とは
彼は今、戦っている。その相手は、風を纏いし虎。西方を護りし神。名は――
「白虎!」
「んだよ、っせーな。もうちょい寝かせぇやハゲ!」
「は……俺のどこがハゲじゃ! 見てみろ、この金髪! 俺はまだピチピチの十、六、歳! もうちょいで十七だけど、まだ十代だし!」
「あー、わかったわかった。んで? 話って?」
「力を、貸してほしい」
「あーうん、ちょい待てや」
言って白虎は、この一面真っ白の空間のどこかから紙を取りだし、爪先で何かを書いて彼――春樹に渡した。そこには、でかでかと「力」と書いてある。
「そーこれこれ、これが欲し――いわけあるかアホ! 俺が欲しいのは白虎、お前のその強大な力だって」
「んー、まあ合格なんじゃね? ノリツッコミできるし」
「判定基準変じゃね!?」
「つー話はともかく、三日三晩ずっと、ハルキは自分の精神世界漂ってきたんだろう? どうだった、自分の心ってぇやつ」
そう、春樹は今まで、ずっと彼自信の心の中をさ迷ってきていた。どれだけ歩いたかもわからないほどに。最初に降り立ったのは、陰湿で薄暗い森の中。そこを抜けると、今度氷の世界。歩き進めると氷が溶けて薄くなっていた川の、その氷の膜を破って流され、たどり着いたのは砂漠。そして最後にありついたオアシスの水を飲んだところで、この真っ白な世界に到着と言うわけだ。
「そうだな、一口には言い切れないけど、カオスだった」
「一口に言えるし! とまあ、そうだろうな。お前は、光も知ってりゃ闇も知る。熱血も冷血も知っているし、乾きも潤いも知っている。まあある意味、一度にあれを体験して耐え抜いたってのは、ひとえにお前の精神力だろ。そもそも、あれを越えられないんじゃ俺を御することなぞできないだろうさ」
「じゃあ、ここに着た時点で合格だったと?」
「ああ、そゆこったな」
「今の試験の意味ない!?」
「ああ、そゆこったな」
「なんかあっさり流された!」
「ああ、そゆこったな。やべぇこれイントネーションいい!」
「「ああ、そゆこったな」」
一人と一匹は、互いの目を見合わせる。
「「やべぇキタコレ!」」
ふっ、と意識の戻る感覚が、春樹を襲う。しかし次の瞬間、すぐに体の力が抜ける。が、何か柔らかいものに受け止められる。
「師匠……」
「ご苦労さん。精霊は、なんじゃった?」
「白虎でした」
「ほう、精霊の中でも最上位の神霊、あの白虎か。どうじゃ、かなりのくせ者じゃったろう?」
「ありゃあもう、くせ者って域じゃないっすね」
「それを手中にしたお前もな、ハルキ」
「そこいっちゃいますか?」
「ふっ。まあそれより、明日からは本格的に魔法の習得じゃ。気を引き締めておけよ」
「うぃ……っす」
かくっ、と力をなくして首を横に向ける春樹。三日三晩の荒行が災いしたか、すぐに眠ってしまったようだ。
「白虎も御する、か。あんた、とうとう夢が叶いそうだよ。あんたからもらった玄武は、そのためだからね」
彼女は確信していた。そう遠くない未来、残りの四獣が現れると。そしてそれは、より大きな力を持ってして、この闇に侵食された世界を照らすと。
「さ、まずは魔法がどういうものかについてかの」
「お願いします」
胡座をかいて対面する二人。その部屋は昨日春樹が修行をしていた部屋だ。円形で、少し狭い。蝋燭台を六角形に置き、窓のないその部屋を六つの蝋燭が照らしていた。
「魔法とは、お前の分かりやすいように言えば、主に木火土金水の五行や火、水、土、風の四大属性、いわゆる精霊術のようなもの。それに光、闇を加えた合計八つの属性がある。ここまでの質問は?」
「一個。なんで師匠は俺たちの世界のことを知ってるんすか?」
確かに、これは不可解だった。多少時代の遅れは感じるものの、春樹のいた世界、つまり地球についての知識がある程度ある。しかし彼女は首を小さく横に振った。
「今気にするべきことではなかろう。なに、時が来れば教えてやらんこともない」
「うぃっす」
「では続けるぞ。まず木、火、土、金、水、風は、基礎魔術と呼ばれておる。おおよそ自然に関係するものじゃから、扱いも自然の力を借りれば容易い。そして、光は浄化の役割を多く担うことから聖魔術、闇は暗黒的イメージを持つことから黒魔術と呼ぶのじゃ。まあ、黒魔術は必ずしも悪と言うわけではないがの。ちなみに、春樹にはこの中から、使える魔術の全てを習得してもらう。使えるのなら、灯火程度でも火も使わせるし、大洪水を起こしたとしても水を使わせる。その覚悟で挑めよ」
「うぃっす。異議なし」
「うむ、言い心がけじゃ。次に魔力に関してじゃ。これは魔法の発動には必要不可欠なもので、この世の生けとし生けるもの全てに宿る。人もそうじゃが、動物はもちろん、植物、場合によっては石にも宿る。石に生命が宿るとは思えんが、まあ、それはこの際無視じゃ。そして魔法を使うにはこれの操作が必要で、より高位の魔法を使うにはこれをいかにうまく操るかが要点じゃ。
さらに、この魔力にはそれぞれ絶対値が存在し、それを越えられる者はそうはおらん。千年に一人、とも言われとる。まあ春樹の場合、最初から魔力がその体という器に収まりきらず溢れだしとるからのぅ。心配はいらんかろう」
「んー、それを抑える術も身に付けないとなぁ」
「春樹の目的は、いかに敵の背後をとるか、じゃからな。まあある程度魔法を使えるようになったら、また教えてやらんこともない」
「うぃっす。魔法って、大体そんな感じっすか?」
「じゃな。まあ春樹のことじゃ、今の理屈をある程度納得して聞けたなら習得はすぐじゃろ」
「俺のキーワードは納得、ですからね」
「よし、それでは早速始めるぞ」
「うぃっす!」
気合いを入れて立ち上がる春樹と師匠。しかし彼らは後に後悔することになる。今ここで、すぐに魔力の気配を消す術を習得しなかったことに。