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勇者なんてお断りだ!  作者: 優太
第壱章 召喚されまして、勇者断りまして
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第四話別れ、そして、旅立ち(後編)

 コンコン、と扉をノックされる。春樹はベッドに寝そべってしていた思考を手放し、上体を起こす。

「どうぞ」

 音もなく開けられたドアから現れたのは、淡い紫のメイド服――サラウィスだった。

「ああ、サラウィスさん」

「サラで構いませんよ」

「じゃあ、サラさんで」

 フフフ、と笑いながら音もなくドアを後ろ手に閉める。

「おくつろぎのところ申し訳ありません。緊急のお話がありましたので」

「いや、気にしないでください」

 言いながら、春樹は彼女の腹を探る。が、見えない。それは隠していることすら隠しているものとは別種の、純粋で素直な心と言う意味で。裏がないのだ。ないものを探すことほど、無理な話はない。

「今夜、なのでしょう?」

「聞いていたんですか?」

 なにが、等聞かない。そもそも夜襲に備えた護衛と言う名目の監視役である騎士が部屋の外に立っている状態で、事情を知るもののみがわかる、最低限で誤解を生まない言葉で聞くのだ。少なくとも他意は、ない。それならば、話を進めるより他はない。

「私はただのメイドではありませんよ?」

「それは多分、彼らも気づいてます。で、用件は?」

「ええ、私が直々に、お世話をさせていただこうかと思いまして」

 そして近づきながら、口パクで抜け出す力添えを、と短く伝える。正確に読み取った彼は、どちらにも取れる返答を返す。

「ちょうどどうしようか悩んでたんで、助かります」

「ええ。では、まずこれを」

 言って、サラはベッドの縁に座り紙を取り出す。春樹も一人分の間を空け、その空間に紙を置かせた。

「なるほど」

 それは、城の見取り図。ただし、一階と塀の内側のみ。ただ春樹も空を飛べるわけではない。ここからどう降りるかは別として、当然、城の土を踏みながら外に出る。そしてサラは、指先に小さな光をともす。爪の先程もない、とても小さな光だ。

「こうすれば、楽ですよ」

 言いながら、地図にルートを書く。どうやら光は、紙を焦がして線を引くためのものらしい。スタートとなるのは、やはりここをまっすぐに降りたと想定したところだ。そこから裏門へ、塀づたいに進む。だが彼女は塀の行き止まりに差し掛かる少し前で進路を曲げた。塀を突き破るようにして。

(地下通路があります)

 口パクで伝える。春樹が頷くと、彼女は嬉しそうに顔をほころばせる。

「有り難う御座います、助かりました」

「いえ。では、また後程」

 立ち上がり、礼をする。一瞬の隙もないその華麗な動作は称賛に値する。そして彼女は、無音の内に部屋の外へ出ていった。

 

 晴、そして軍侍。二人は、どうにも眠れずにいた。だからこそ、二人が廊下で、否春樹の部屋の前で出くわしたのは、偶然では片を付けられない。今日がたまたまなのか、いつもそうなのか、深夜になった今、彼らを監視するものがいなかったのもまた、巡り合わせだろう。

「やはり心配か?」

「……うん」

「案外、寝てたりしてな」

「それは、ないと思う」

「……だよな」

 コンコン、と軍侍が扉を打ってみるが、反応がない。本当に眠っているかも、と二人は期待し、二度目、今度は少し強めにノックする。やはり、返事がない。一度寝ると最低六時間は起きない男だ。もしかしたら寝ているかもしれない。しかし、同時に嫌な予感も過る。

――もう、出発しているかもしれない――

 それは二人の共通の発想。だからこそ、軍侍は急いでドアを開けた。途端、吹き荒れる突風。それは扉の対面にある窓が開いていて、風の逃げ道がなかったのを、急に作り出したからだろう。軍侍と晴は腕で顔を庇い、一瞬後に防御姿勢を解く。そこには、窓のわくからこちらを見つめ、しゃがみこむ――というよりうんざんに近い姿勢の――春樹を見た。

「春樹……」

「タイミングが悪いねぇ」

 軍侍と春樹のやり取りは、一瞬で終わる。話すことはなにもないとでも言わんばかりに、彼は窓枠で、平然と(・・・)立ち上がったからだ。

「ねぇ、春樹」

 晴が彼を呼ぶ。一瞬、彼の表情が揺らぐが、すぐに張り付いたようなヘラヘラとした顔に戻る。

「晴……」

「行かないで!」「幸せになれよ」

 晴が叫んだのと、春樹が言ったのは同時。

 晴が追いかけたのと、春樹が体を後ろに倒しのも、同時。

 窓枠にしがみつき、晴は下を見る。くるりと宙で回った彼は、壁を軽く蹴って勢いを殺しながら、着実に降りていく。遅れてやってきた軍侍がそれを見て、驚きと興味の色を見せた。

「なるほど、落下しながら体を壁を蹴って浮かすなど、普通はできん。これがやつの言っていたものか」

「今はそれどころじゃないでしょ!? はやく春樹を!」

「無駄だ。あいつはもう走り出した。止められん。なら残された俺らはどうする? 一緒に、走ればいいだろう。そうしたらいずれ、今は違う道でも、また巡り合う。それが、俺とあいつの縁であり、九重とあいつの縁だ」

「……春樹。うん、私、追いかける。じゃなくて、一緒に走る。見えなくても、ずっと隣にいるから」

 地を蹴ってとうとう進み出した春樹の、小さくなる背中を見つめて、晴は決意する。

 

 影武者じゃ、影勇者じゃダメだ。私も、戦う。そうやって、魔王でも何でも倒しちゃって、また、春樹に会いたい……!

 

 一人は、フライングすれすれのスタートダッシュをした。だがこれは勝負ではない。いずれまた再会()うための、そして日常に戻るための、言わば三人の過酷なランニング。

 魔王に勝つにはまず力。それがなければ犬死にするだけだ。彼らの課題は、一流以上の戦闘技術を、いかに短期間で作り上げるか。それであった。

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