第一話 勇者なんてお断りだ!
――なんだ、ここは。
……次元と次元の境界線、妾たちは狭間の世界と呼んでおる。
――あいつらはどうなった?
……案ずるでない。あの者たちも今ごろ、妾の仲間と話しておる。ほう、しかし貴殿らは、どうにも強い精霊と巡り会う運命が共通するらしい。
――精霊?
……ああ。まだ名乗っていなかったのぅ。妾は蓮姫。火を司る精霊じゃ。妾の力、貸してやろうぞ、黒瀬軍侍
――まあ、厄介事さえ引き込まねぇなら好きにしやがれ
……ふむ、なんとも豪傑な。ではまた、後程。存分に親睦を深めようではないか。
クスリ、と少女の笑い声が聞こえ、気配が遠ざかる。それと同時に、軍侍は浮わついた意識をしっかりと掴み取り、目を開けた。寝ていると気づき、腹筋だけで体全体を持ち上げて重心を顔の両サイドについた手に移し、さながらバク転するように起き上がった。
まず目に飛び込んできたのは、ひと、ヒト、人の群れ。ざわついた雰囲気が自分一点に浴びせられ、どうにも居心地が悪い。
「春樹」
「おうよ」
彼――柊春樹もまた、手をつくところまでは同じで、そこから腕力と勢いで飛び上がって立ち上がる。
「晴、起きな」
周囲の警戒を軍侍に預け、春樹は未だ寝ている晴を起こしにかかる。
「んぅ~……春樹?」
「ほら、起きなよ。こんなとこで寝てたら体痛めるぞ」
「うん」
そう言って、かなり無警戒にムクッと上体を起こす晴。目を擦りながら前を見ると、ずっとざわついている群衆に目が止まる。
「あれ誰?」
かなりゆっくりした口調で、群衆を指差す晴に、春樹はさぁと首を捻った。
「ようこそお出でくださいまし――」
「「よくもまあいけしゃあしゃあとようこそなんて言えたなぁおい」」
「ひうっ」
軍侍と春樹、二人の殺気のこもった速攻の反論に、落ち着いた笑みを浮かべていた、白いローブを着た少女が縮み上がる。
「俺らは来たくて来たわけじゃないし、」
「できることならすぐにでも帰りてぇ」
「そこをようこそと言うのはな」
「「例え神が許そうとも、俺ら二人が許さねぇ」」
息の合いすぎた、まるでリハでもしたのではないかと言うコンビネーションに、白ローブだけでなく、群衆すらおののく。が、第三者の介入により、二人は、警戒は解かないまでも殺気は抑えることができた。
「まあまあ、皆様。落ち着いてください。急にこちらの世界に召喚してしまったことについては、深くお詫び申し上げます」
言って、これまた白いローブを着た、三十代くらいの大人の色気とでも言わんばかりのナイスプロポーションの女性が、深々と頭を下げる。
「しかし、我々にも事情があっての急な召喚でございます。我々の世界は今、魔王に侵略されつつあります。我々は幾度なく立ち向かいましたが、魔王の配下にすら、辛うじて互角に戦えても、追い返すのがやっとです。そんな折、とある文献から、異世界から呼び込んだものには特別な、聖なる力が宿ると言う記述を発見いたしました」
「つまり、俺たちに勇者をやれと?」
「はい、そのと――」
「「だが断る」」
軍侍が質問したにも関わらず、軍侍、そして春樹の断固拒否に、流石に大人の白ローブも唖然とした。しかし、ほんの一瞬だけ。こほん、と咳払いをし、気を取り直す。
「では、そちらの女性の方は――」
「私勇者とかって柄じゃないんで。てか、自分達のことぐらい自分達で処理してくださいよ」
「あー、晴? それは流石に言い過ぎでない?」
「だってそうじゃん。話の流れからして、ここって異世界でしょ? 異世界の人間がどうなろうと――て言うか、春樹以外どうなっても別にいいし」
立ち上がり、身長的側面で見てやむを得ないが、上目使いにそんなことをさらっと言ってのけた晴を、唐突に春樹が抱き締めた(!?)。
「晴、俺も――」
「はーいストップ。そんな状況じゃないね」
軍侍の冷静な突っ込みに、拗ねながらも体を離す春樹。そして晴に背を向けて白ローブたちを見る頃には、先までの冷めた目線があった。
「けどまあ、軍侍。多分こいつら、俺らが魔王倒すか、俺らが死ぬかで用なしになるまで、使い続けるのは確かだぜ?」
「ああ。だからどうするか決めかねてるのさ。ここにいるのは、全員勇者なんて偽善者にはなれない。かといって、断るのも、できそうにない。さて、どうしたものかな」
そこまで言って隣を見ると、ぷくくと笑う春樹がいた。
「どうした?」
「お前、よくこんな状況楽しめるな。軍侍が饒舌になるときは、決まって楽しんでるときだ」
「は? こんな状況……楽しまずにいれるかよ」
「だな。ま、一つ結論付けるとしたら、」
アイコンタクトをし、頷き合う二人。
「勇者なんてお断りだ!」
一週間単位で一話づつ公開する予定です。
まあ、三週間くらい空いたら作者が樹海へ修行に逝ったんだろうと思ってやってください