第十三話 VS、モザイク野郎
軍司、晴が目指した最初の村、コルキンは、彼らが着く頃には焼け野原と化していた。闇魔法の名残、人の焼けた臭い、目前の惨状を哀れとみつめる彼らの前に、その男は現れた。
「残念、もう会った」
「貴様が……これを?」
「イエス」
「何のために」
「すべては魔王の思いのままに」
「ここが何をした」
「知りすぎた」
「何を」
「殺すヨ?」
小首を傾ぐその背後から、急に突風が吹いたような気がした。それは、魔法を扱うもの、また魔力に敏感なものだけがわかる、強力な魔力の具現、魔風と呼ばれるものだ。
「殺る気満々だな」
「魔王の敵は、討つのみ」
その声と共に、男の姿が霞む。暴力的な魔力の量とは裏腹に、魔法発動までの時間、展開する魔方陣の小ささ、必要最低限の魔力を使うそれは、繊細で理想的な魔法だと二人はすぐに気づく。ただの肉体強化、それでも、それは高等なテクニックと殺意を持って、一足で晴の喉笛を潰しに来た。
カン、と硬質な音が響く。騎乗したままの晴――ではなく、男に比べ少し雑だが結果としては同じだけの肉体強化をした軍司が、鞘に納めたままの刀を盾に攻撃を防いでいた。
「すばしっこいやつめ」
「そっちもな」
軍司と男の間で、短いやり取り。軍司は風の魔法で空気を圧縮して足場を作り飛び退き、男は浮いたままバク宙で距離を取る。
「九重、距離をとって援護を頼む」
言って、刀を抜く軍司。切っ先に向けてうねる竜が、 夕暮れの朱を反射させる。対する男は、右手を横につき出して虚空をつかむ。すると、そこに禍々しい黒の刀が、闇を集めて現れた。
「闇の具現か、か?」
「正解」
瞬間、各々の作った足場を蹴り、二人は衝突する。そのまま空へかけ上がりつつ、甲高い金属の打ち合う音を響かせる。
「援護って、そんなに接近してたらできないじゃん……」
一人残された晴は、そうぼやくしかできないのだった。
ギン、と打ち合う音が止み、代わりに金属を擦り合う音が鳴る。二人が鍔迫り合いで睨みあっているのだ。
「なぜお前は魔王に付く。こんな実力を持っているのに」
「真実を、教えてくれた」
「それは戯れ言だっ」
気迫と共に、軍司が圧す。
「あのお方こそ全てっ」
今度は、男が圧して優位に立つ。
「魔王など人を苦しめる邪の象徴と言うことが、なぜわからない!」
軍司の、珍しく荒い声が、力となって男を圧す。
「人は傲慢なだけだ! 俺は、あのお方に並び、真の邪たる人を滅ぼす!」
男も声を荒げ、軍司を圧してゆく。
「少しは素直に、なりやがれや!」
言って全力を込めた軍司の圧しに、男の足場は崩れ、矢のごとき速さで落下する。しかし、彼もやられたままではない。地に付く前に体勢を直し、同じ速度で軍司に迫る。
「お前には、わからない!」
「なっ……」
瞬間、轟音が轟くと同時に、軍司は地に叩きつけられていた。
「黒瀬くん!」
軍司が向くりと起き上がる。ダメージがほとんどないのは、空いた左手をついている地面が仄かな光に包まれているお陰で容易にわかった。晴が魔法で受け止めてくれたのだ。
「すまん、九重」
「いいって。それより、さっきの反応遅れたのはなんで?」
駆け寄ってきた晴に軍司は謝罪するが、彼女はそれより気になることがあったようだ。
「いや。一瞬動揺してしまったらしい」
「え、黒瀬くんが?」
「おい、その心底意外といわんばかりの声と顔はやめろ」
「あ、バレた?」
「……今は仮にも戦場の真っ只中だぞ」
ため息を漏らす軍司だが、すぐに持ち直す。
「それよりさっきのことだが……。どうにも、やつはなにかに執着しているらしい。それも、深い憎悪だ。それがほんの一瞬見えかかった気がして、遅れた」
「憎悪って……。けどやっていいことと悪いことが――」
「ずいぶん、余裕」
突如、モザイク声が割って入る。声のほうへ振り向こうとした二人はしかし、その前に強烈な風に煽られてやむ無く顔を庇い、視界を遮ってしまった。その隙に。
「きゃっ」
唐突に響いたのは、晴の悲鳴だった。軍司が焦って守りを解くと、闇色のナイフを晴の首に突きつけ、後ろから拘束しているモザイク声の男がいた。
「九重っ」
「下手に動くな。こいつ、殺すぞ」
「くっ。卑怯な」
「昔から。さあ、お前が死ぬか、こいつが死ぬか、決めろ」
「どういう……意味だ」
「お前が自害をするのなら、こいつ、離す。しないなら、こいつ、殺す」
「だめ、こんな口車に乗らないで!」
「……ちゃんと、離すのか」
「離す」
「信じちゃだめ! 黒瀬くんが死んだら――」
「九重! 俺は、春樹と約束した――託されたんだ。お前の命を」
「だからってっ」
それ以上は、言葉にならない。いや、言葉には、できた。しかし軍司の放つ覇気が晴に一点集中したために、彼女は言葉を失ったのだ。
「――どうせ死ぬなら、友のために――」
言って、手にしていた刀の切っ先を、己の首筋にあてがう軍司。
「どうせなら切腹のほうが、味は出ていたか?」
ニヤリ、と彼は笑う。
ザン、と肉を裂く音が、風も吹かない焼け野原に、虚しく響いた。