第十話 お披露目と騒動、そして旅人(後編)
(骨が折れるな。まあ……)
ニィ、と笑う軍侍。一歩詰め寄る黒づくめ。両者が牽制し合う中、それは突如、降って湧いた
「《風鎧》」
上空から、耳をすませなければ聞こえない声が詠唱する。黒づくめの誰かが、気づいた。軍侍もまた、気づいていた。
バキッ。関節を砕く音に軍侍が振り向くと、突如として現れたマントと仮面の男――ロキが、黒づくめの一人の首を両手で挟んで捻りながら、首だけを後ろに傾かせていた。そして、力なく倒れる黒づくめ。
「よっ」
「よう」
軍侍とロキが、短く挨拶を交わす。
「ここは俺に任せろ。二人を連れて、早く」
「すまん」
言って、軍侍が走り出す。その道を阻むものは、ロキが横合いから蹴り飛ばす。
「すぐ来る!」
「ああ」
短いやり取りで、互いの意思を疎通する。そして、追おうとした集団を、空中で姿勢を変えて迎撃する。
「おっとぉ、お前らの相手は、この俺だぜ?」
不意にトーンの上がる、ロキの声。その愉快犯じみた声に圧倒され、警戒し、黒づくめはロキを囲った。
「早く来いよ、軍侍。俺、集団戦苦手なんだから」
その声には、どこか昔を懐かしむ趣があった。そう、まるで剛腕と柔脚を思い出しているような。
「シュバール王、すぐに避難しましょう」
「彼は味方なのか?」
「現状、こちら側についています。前にも一度助けられました」
「ふむ、今はそれを詮索する時間はない、か。やむを得まい、彼に頼り、ここは退こう、ぞ」
そうやり取りし、走り出す軍侍、晴、シュバール王。城の前の警護を顔パスし、中に入る。と、そこに一人の好々爺が出迎えてくれた。
「老師」「おじいちゃん」
そう、ゲンリュウだ。彼は糸のように細い目を一層細め、ほくそ笑む。
「ロキといったか、彼は面白いのう。自らの魔力を消そうともせん。あれでは、わしのような者に正体をさらけ出しとるようなもんじゃ」
「ロキの、正体?」
そこに食いついたのは、晴だ。
「晴ちゃんは薄々感づいとるようじゃな。彼の魔力、量、質から察するに、きっと――」
「それ以上は、機密事項じゃ」
突如、またしても声が降って湧いた。その女は、スレンダーな体格、小麦色の健康駅な肌、歳は二十代後半に見える。晴のように目は大きいが少し吊り目がち。しかし威圧的な印象は受けない。赤髪をポニーテールでまとめ、顔だちも整っており、一言で言うならマリンスポーツの女王といったところだ。
「歴史を紡ぐ者、マリス・ウェンディ、か」
「その呼び名はやめろと、言わんかったか?」
シュバール王の呟きに、マリスは顔をしかめる。
「そういえば嫌っていたな。ふむ、すまん」
「わかればよいのじゃ。それよりあいつ、ロキのことは詮索せんでやってくれ。本人の強い希望じゃ」
「ロキとは、なにか繋がりが?」
彼のことを詳しく知っていると見て、軍侍が問う。
「なに、師弟の関係と言うだけじゃ。これ以上は、ちと話したくない事情もあるがの」
「なるほど、秘密主義か。まあ事情があるなら、深くは聞かない方がいいか。ところで、あんたはシヴァだろ?」
いくら秘密主義と言えど、これだけは答えてもらおう、という目を向けて軍侍がマリスに訊く。
「そうじゃな。実際、わしは隠そうとせんだしのう。さて、ゲン爺。わしは本来お主に用があってきたのじゃ。ちと場所を移すぞ。それから軍侍、主は早くロキのところへ行ってやれ。あいつは集団戦は基本苦手じゃからな」
「わかった」
言って、軍侍は外へ、晴、マリス、シュバール王、ゲンリュウは城の中へと、それぞれ移動した。
「なんなんだ、こいつら」
ロキは、変わらず低い声で呟く。状況は、芳しくない。そう考える間に横合いからの蹴りが入るが、ロキは少し屈んで避け、そのまま相手の顎を蹴り上げた。そうすることで消える黒づくめ。そう、彼らには実体がないのだ。彼の得意魔法、風の力で作り上げた鎧のお陰で飛び道具は効かない。だから実質的にロキの負うダメージはゼロ。しかし実態がない上に――
「くっ、またか」
黒服の隙間に、蠢く影が侵入する。そして、二度立ち上がる倒したはずの黒づくめ。そう、彼らは倒しても倒してもこうやって再生するため、きりがないのだ。そこに苛立ち、いい加減ロキは精神的な消耗が激しくなってきていた。その時。
「キエエエエ!」
初めて、黒づくめが声を、それも悲鳴――どちらかと言えば断末魔――をあげた。その声にロキが振り向くと、そこには軍事が刀を降りきった状態で構えていた。
「遅いぞ、黒瀬」
「わるい、ちょっと話が立て込んだ」
ニヤリと笑う軍事と、仮面の奥で同じ笑みを浮かべるロキ。
「こいつらどうやっても倒れない。どうやって倒した?」
「胸の中心辺りで手応えがあった。どうやらその辺がコアらしい」
「なるほどな。《鎌鼬》」
軍事の意図を把握し、風の魔法、斬撃系の呪文を足に集中して唱える。主に風を圧縮して不可視の刃を作る魔法だが、それを体に唱えることでナイフ人間を作る使い方だ。
「「さて、反撃開始と行こうか」」
背中合わせになった二人は、覇気と狂気を孕み、笑みを浮かべた。