第九話 お披露目と騒動、そして旅人(前編)
あれから一週間、軍侍、晴はさらに力をつけた。目の前に、突如現れた旅人に感化されたのだろう。彼の魔法は、あらかじめ緻密に計算された奇襲性、それに誘導する手順、そして、捕らえた対象を一網打尽に叩きのめす、確実な殺傷性。奇襲とは、一度ばれると同じ手は使えない。あれは少々派手である上に魔法としての効率も、かなり広範囲に及ぶため、悪い。しかしながらそれを補って余りある確実性は、実のところアルマリアも悔しがるほどにすばらしかった。
アルマリアは剣の腕もさることながら、魔法に置いても超の付く一流だ。その彼女が「あんな燃費の悪すぎる待ち伏せは非常識です! しかも、それをしてなお消耗した様子のない彼は、才の横暴です! とはいえ、あの流れるような手順は……認めたくはありませんが」などなど、愚痴るだけ愚痴ってからは、一応誉めていた。
閑話休題。
つまりそんな魔法使いの彼に追い付き追い越せの勢いで、二人は修練に修練を重ねた。その結果、軍侍は下級魔法なら無詠唱で本来の力を発揮させ、晴は中級魔法までを詠唱省略、上級は長々とした詠唱が要るが、全て扱えるようになった。もちろん闇を除いて、だが。
そんなこんなで、召喚されてから一ヶ月。晴も立派な術師となり、軍侍も、公開されないとは言え立派に勇者として働けるまでになった。 そこでそろそろ魔王討伐に向かうに当たり宣誓でもした方がいいんじゃね? となり、お披露目となった。もちろん、前に立つのは晴。軍侍は、裏で不足の事態に備え待機している。
「私、ハル・ココノエは、王国のため、国民のため、そして勇者として、世の人々を苦しませる魔物と、その頂点に座す魔王を必ず討ち取り、この世界に再び平和を取り戻すことを、ここに誓います」
うぉおおおお!!
晴の宣誓が終わると同時に、王城前広場に集まっていた聴衆が一斉に歓喜の声をあげる。ようやくこの、いつ来るともわからない侵略の恐怖から解放される、そういった期待の歓声だ。
「勇者、ココノエよ。その誓い、このメリフィア王国国王、シュバール・サラマンド・メリフィアがしかと聞き届けた。生憎我が国も勇者のお供を出せるほど人員が豊富ではなく、その旅路は極めて困難を極めようぞ。しかし、この日のために鍛えた己の技を信じ、迷わず突き進むことを我は望む」
「はっ、王の期待、民の期待に添えられるよう、このココノエ、命果てるまで尽力する所存にございます」
晴が言った、その時。
「ぐはぁ!」
ザシュ、という音と共に、広場のステージを守っていた一人の兵士に矢が刺さる。
「敵襲、敵襲だあ!」
誰かが、叫んだ。
「魔物だわ!」
誰かが、恐怖した。
「に、逃げろお!」
その声で、広場が一斉にパニックに陥った。我先に逃げ出す者、物陰に隠れようとする者、もみくちゃにされ、離れた連れを探す者。この広場に集まった、一万を越える国民の統制は、もはや取れなくなっていた。
「落ち着け、落ち着かんか!」
シュバール国王の声も、今の彼らには聞こえない。
「国王、敵の狙いは、この騒ぎに乗じて私を殺すことだと思います。お願いします、特例で、精神干渉を」
精神干渉魔法。相手の真相心理に入り込み、感情を操作し、意のままに操る魔法。その危険性の高さから、ほとんどの国では使用を禁止されている。ここでもそれは同じ。しかし、この騒ぎで場の統制が取れなくなるよりは、落ち着かせる意味でそれを使うのはある意味最善の策だ。そしてこの、シュバールという人間は、それがわからない馬鹿ではなかった。
「くっ、やむを得ん。その申し出、このシュバールの名の下許可しようぞ」
「有り難うございます! 風の精霊よ、光の精霊よ、我の願いを聞き入れたまえ。我が望むは心の安らぎ。爽やかな微風、穏やかな陽光を持って、人々に癒しを与えたまえ。《安らぎの空間》!」
晴が唱えると、この広場を埋め尽くして余りある魔方陣が展開する。それが柔らかな白光を放ち、パニックに陥る人々を優しく包んだ。
「なんだ、これは……?」「心が洗われるようだ」
その効果は、すぐに現れる。精神干渉魔法《安らぎの空間》。人の心に直接干渉し、春の野原に吹く心地よい風と、そこを照らす穏やかで暖かい日差しを受けているような錯覚に陥らせる。そしてぼんやりとしはじめた対象に、効率よく指示を出すという精神干渉魔法だ。これでも一応、聖魔法の類いにはいる。
「皆、よく聞け。各々、混乱を起こすことなく、直ちに自らの家へ帰宅しろ」
頃合いを見計り、シュバール国王が指示を出す。すると聴衆は、まるで操られるかのように帰路に付く。
「収まったか」
「恐らく敵は、強行手段をとるだろう」
シュバール国王の呟きに答えたのは、脇から出てきた軍侍だ。一見真っ黒な道着を来ているようでラフに見えるが、腕にはしっかり小手をはめており、その左手に握られた刀の柄を、右手でしっかり握っている。臨戦態勢を取っているようだ。
「ふむ、安心はできぬな」
「まったくだ。強襲犯は、いざとなれば自爆もする。捨て身ほど怖いものはない」
「さて、どしたものか――」
カン、と彼の言葉を遮り、金属音が響く。気づけば、シュバール国王の後方にいた軍侍がいつの間にか前に出て、その左手を肘を折って挙げている。カランカラン、と乾いた音が、軍侍の足元に響いた。
「これは、吹き矢か。やつらの狙いは――やはり九重か」
普通、国王が狙われたと思うだろう。しかし彼は風の流れがわからないほど鈍感ではない。むしろ、そういうものに敏い。シュバール国王の右ななめ前に、晴がいる。そして軍侍からして、風は左に向いている。僅かな差で、風に流されたのだ。
「九重、すぐに逃げろ!」
「わかったっ」
駆け出す晴。ちょうど、軍侍とすれ違おうとした、その時だ。
サササッ。
小さな足音と共に、軍侍、晴、シュバール国王が十数人の黒づくめに囲まれる。
「要人警護か……。もっとも苦手だな」
まして、これでは晴もおちおち魔法を使えない。晴自身、風と火の下級魔法で身体強化をして戦えるが、恐らく彼らは、その手のプロ。ろくに太刀打ちできそうもない。
「俺がやるしか、ないんだな」
軍侍は決め、刀を抜く。
(できるか? こいつら、俺の隙を付くぞ。否、ネガティブになるな。九重は護身程度できるにせよ、国王はまずい。国王中心に防戦か。骨が折れるな。まあ……)
思いつつ、彼は笑っていた。なんとなく、誰かさんに似た気配を感じ取っていたからかもしれない。