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その男、一隻眼につき。5

「それは大変だったな」

「うはー他人事!!!!あのね、「彼」っぽい子もいたんだよ!!」

 帰りの車の中、助けに来なかった灰を詰る深岐に、灰はふんふんと返すのみだ。深岐は破れたセーラーを着替えるために、後部座席でもごもごしている。

「仕方ないだろう、車を離れた瞬間にあちらからパトカーが来るのが見えてな…」

「灰ちゃんは自分の右目取り戻す事と罰金払わない事、どっちが大事なのー!」

「お前な、罰金だけで何日食えるか知っているのか」

 即答で罰金の方を選んだよこの人!何だこの庶民派当主。仮にも中国地方を治める歴史ある黒須家の当主だぞ。宿敵とも呼べる「彼」の破片があったというのに、それより車か。ただの軽自動車だぞ、フェラーリとかじゃないんだぞ…!

 そう心の中で愚痴りながら、深岐は灰を睨みつつ白いパーカーに袖を通す。パーカーは灰のものなので、大分ブカブカだ。

「あからさまに呆れきった顔をするな。「あいつ」絡みだったのは最初から把握済みだったんだ」

 さらりと言い訳する灰の一言に、パーカーを着終えた深岐がピシリ、と動きを止めた。そしてまるで漫才のように「えええ!?」と身を乗り出してきた。

「こら、危ないだろう。シートベルトしとけ」

「そういう問題ではなくてよ!!!かかか灰ちゃんは、そんな相手だって分かっててあたしを行かせたのですか!」

「身体の一部集めて喜んでる変態は「あいつ」だけだからな」

 ひどい、この男ひどすぎる。深岐と灰では、妖である深岐の方が破壊力が強いのは言うまでもないが、それとこれとは話が別である。灰ちゃんが1回負けているような強い変態に、命を差し出す趣味はない。

「死んだらどうしてくれるー!!!!」

「「あいつ」にしてはやってる規模が小さいから、本人が出てくることはないと思ってな?どうせ俺を誘ってるんだろうと思ったから、代わりにお前をだな…」

「じゃあ最初からそう言えーーー!!!!」

「言ったらやらなそうだったからな」

 深岐が「当たり前じゃー!」と後ろから座席を蹴って抗議してくる。どうせ相手を一瞬にして潰して終わっただろうに、深岐はぷんすか怒っている。

「本人が出てきた時は俺も参戦する予定だったんだ、そう怒るな」

 灰が深岐を宥める。だが深岐はまだブーブー言っている。

「今度からは灰ちゃん狙ってるってわかってても一緒に行こうよ!1人は怖いよ!灰ちゃんが死んだらあたしだけはちゃんと逃げてお墓立ててあげるからさー!」

 急ブレーキを踏んで身を乗り出しているこいつに天誅を与えてやりたい。そんな欲望に駆り立てられながら、灰はやっと着いた自宅の前に車を止める。すると深岐がスッと車から降りて、玄関の前にある柵をガラガラと開ける。灰は完全に柵が開いたのを確認してから、ハンドルを切ってバックの準備をする。もう辺りは暗く、気をつけないと車体をこする。とりあえず車体を入り口に対して真っ直ぐに持って行き、慎重にバックする。

「おー灰ちゃんバック名人!」

 ぱちぱち褒める深岐に「はいはい」と返し、灰は車の中から玄関の鍵を投げ渡す。

「開けとけ」

「りょうかーい」

 深岐がぱたぱたと玄関に走り寄る。灰は完全に車を敷地内に納めたことを確認し、エンジンを止め車を降りた。鍵を掛けて、深岐が先に入ったはずの玄関に向かうと、そこにはまだ深岐が居た。

「何してる、早く入れ」

「あー…灰ちゃん。これ、ちょっと…やばいかも」

 眉間に皺を寄せる深岐に、灰はただならぬものを感じ取る。

「…居るのか」

「居ない。でも、「ある」よ…」

「くっそ…!!!」

 嫌そうに顔をしかめる深岐から家の鍵を奪い取り、灰は勢いよく玄関のドアを開けた。そして中を確認し、「チッ!!」と大きく舌打ちをした。

「久々に尻尾見せたと思ったら、人の家血まみれにしてくれるとは、やってくれるじゃないか…!!!!」

 誰のものともわからぬ血で、壁中が塗りたくられていた。そして玄関には、ぐったり横たわる、長きにわたって苦楽を共にしてきたイタチが居た。



**



「偉いね、ちゃんとお家を守ったんだね」

「ちぃ…」

 ベッドの上、体中に包帯を巻いて弱弱しく啼くイタチの頭を、深岐は優しく撫でた。イタチは一命を取り留めたが、それでも重症だった。「彼」がわざと殺さなかったことが幸いだった。

 その「彼」が汚してくれたおかげであの家にはさすがにもう住めなかったので、今はとりあえずビジネスホテルに避難中だ。

「イタチは大丈夫か」

 本家にあれやこれや連絡を終えた灰が部屋に戻ってくる。主の姿に、イタチが無理に身体を起こそうとするが、深岐はそれを「こらこら」と制止する。

「しばらく安静にさせてなきゃ。骨も沢山折れてるし、内臓もつぶれてる。絶対安静」

「そうか…。しっかり休めよ」

 灰はイタチを優しく撫でる。イタチは慈しみの目を向けてくる主にちぃ、と啼いて、疲れたように身体を横たわらせた。従者がしっかりと横になったのを確認し、灰は深岐に向き直る。

「こうも「あいつ」がはっきりと姿を現した以上、何が何でも叩いてやる。こちらから出向くぞ」

「うん」

 深岐はこくりと頷いた。普段なら確実性を求め、精進する灰が出す選択とは思えない。だがこのような形で「彼」が誘ってくるのなら、出向くしかない、出向かなければ黒須家当主の名が廃る。

 彼女の迷いのない返事を得た後、灰は「もう一度連絡してくる」と言って部屋を後にした。



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