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その男、一隻眼につき。4

「うわぁーん!灰ちゃんの馬鹿鬼畜人でなしー!林の中暗いよー虫が出るよー流石にあいつらもこっちが非人間ってわかってるのか刺さないけど、なんかそれがむかつくよー!」

 話す相手も居ないので、深岐は1人で愚痴りながら、ささやかに整えられた社への道を歩いていた。雑木林の中は外からの光が遮断されていて、思ったより暗くて歩きづらい。勿論こんな林の中に外灯があるわけでもなく、これから暗くなるという時間帯に来るべき場所ではないと分かる。

 15分も歩くと、小さい鳥居があり、そのすぐ後ろに小さい社があった。これは祠と言うべき小ささだ。

「こんにちはー参拝しに来ましたよー」

 祠の前で暢気に深岐が挨拶をするが、誰かが返事をするわけでもない。と、思ったのだが。

「お前、人間じゃ、ない、な」

 予想していなかった第三者の声に吃驚してふり返ると、いつの間にか鳥居の下に小さい男の子がいた。紺色のセーラーカラーに同じ紺色の短パン、黒の短髪。それだけを見るなら、学校帰りのどこかの小学生に見える。だがその目は白目のところまでどろりと黒く滲んでいて、明らかに尋常ではない。顔色も真っ青で、まるで死人だ。

「君もでしょー。人型取るの、へたくそだねー」

 にっこりと笑って、深岐はその少年の方に向き直る。少年は深岐の嫌味を気にする風もなく、ただジッと深岐を睨みつけている。傍から見れば、女子高生と小学生が睨めっこしているようだ。傍というより、限りなく遠くから見れば、だが。

「居なくな、れ。こ、こは僕の縄張、りだ」

「そうは言ってもねー、ここで引き返すと怒られちゃうんだよねー怖いっ!」

 わざと身をブルッと震わせてみせた。ふざけながらも、深岐は少年を観察する。彼の取っている人型は、形は完璧だが、目は真っ黒だし、口の中は異様に真っ赤。言葉はたどたどしいし、人型の喉から発せられている音ではない。人型もまともに取れない妖など、大した敵ではないはずだ。

「…」

 …そういえば自分も初めはろくに取れなかった。恥ずかしい過去を思い出し、深岐は油断大敵だ、と少年を見つめなおす。いつまでも退こうとしない深岐に、少年はついにしびれを切らした。

「かえ、れっ…!!!」

 一層大きく叫んで、ぐわっ!と深岐に飛び掛ってきた。

「うおっと!」

 深岐はひらりと右に身をかわす。少年は勢いづいたまま、祠の前まで走り抜ける。ざっと短い足でブレーキをかけ、少年は振り返ってキッと深岐を睨みつけた。

「突っ込むだけじゃあ、あたしには勝てないと思うんだー」

 にっこり笑って深岐は身構えた。やっぱりこの程度の脳みそなら勝てるんじゃないか。そう油断した時、少年は口が裂けるかと思うほど、にたぁっと笑った。まさか、と思った時には遅かった。

「っあぁあああッ!!!!」

 少女の細い叫び声が林の中に響き渡り、闇に呑まれて消えた。



**



「っ…!あー、油断大敵って…自分で思ったのになー…」

 苦しそうに笑いながら、深岐は右手で血が流れ出した左肩を抑えていた。新品のセーラー服は破れ、胴の白い部分は赤く染まっている。ダクダク血が流れ落ちる傷口は何かに噛み切られたように裂けて開いていた。

 彼女が睨む先には、にたにた笑ったままの少年。そして宙に浮いた、犬の頭部。

 茶色い犬の口元は血でベットリ塗れていて、ダラリと汚れた舌が垂れている。あれがこの雑木林の主人で、怪奇現象の張本人か。弱弱しく見えた少年は相手の油断を誘う囮というわけだ。道理で少年の不自然な部分は首から上だったわけである。頭だけ分離して隙をつくなど、卑怯臭い。

 すると犬の頭部が浮いたまま口を開く。

「馬鹿な娘。人間に同化なんてしてるから、この位の罠に気付かない。このまま食ろうてあげるよ」

 犬の頭部が、その鋭い牙が並んだ口をがばぁっ、と開け、ケタケタと笑う。だが深岐が恐れることはない。それどころか、彼女まで笑い出した。

「な、にを笑っている…!」

 犬が吼えるが、深岐の笑いは止まらない。ついには左手で腹を抱えて笑い出す。いつの間にか、左肩の出血は止まっていた。

「あはははは!!!!確かに油断したよ!まさか後ろから頭部だけ来るなんて予想外だよー!!!でも、それよりも!あたしの身体食いちぎっといて、何も気付かず説教だなんて、そっちのが笑えちゃうさー!!!!」

 あはははと大きく笑いながらも、深岐は笑いを抑えようとする。必死に腹を押さえる腕の傷口も、いつの間にやらすっきり消えていた。

「お、まえ…!」

 犬が目を丸く開いて叫ぶ。その声に深岐は息を落ち着かせ、少年と犬の頭に向き直る。それでもまだくつくつ言っている。

「あー苦しかった!あぁ、うん、ごめんごめん!あたしの事知らない時点で、もうドツボだったんだよー」

 深岐はにっこり笑顔を見せる。その顔には突然鱗がにじみ出し、三十路男の満面の笑みなど到底敵わない恐ろしさをかもし出し始めた。その徐々に変化する顔に、少年はにたにた笑いをピタッと止め、犬も動きを硬直させる。

「見覚えのある顔かなー?それとも聞いたことのある特徴の顔かなー?」

 へらへらと笑うその顔は、ついにはびっしりとした深緑の鱗に覆われ、角が生え、目玉が黄色くぎょろっと変化していた。その顔を凝視しながら、犬が苦しそうに喘ぎだす。

「ほーらほーら、どうしたー?苦しいかなー?そりゃそうだー」

「ぐぁッ…!!あっ…!!ああっ…!!!!!!」

 深岐がピタッと笑いをやめる。すると顔もいつの間にか人間の顔に戻っていた。無表情な顔のまま、深岐が感情もなく喋りだす。

「あたしはミズチだよ。ミズチは毒気で人を害す生き物。その体を構成する全てが毒気。人間だけにきくとでも思っていたのかい」

 バキバキと首を鳴らし深呼吸してから、深岐はスッと両手を胸の前であわせた。

「あぁッ…!あああああ!!!!」

 犬は苦しそうに呻く。その側にいた少年は既に居ない。逃がしたか、消えたか。そんなのどうでもいい。こっちが先だ。

「自分からミズチの身体に接触してくるなんて、馬鹿な生き物。しかも体液をその口内に含むだなんて、愚の骨頂としかいいようがない」

 はーっとため息を吐き、あわせていた手を、スッと横に引く。

「つまらないな。あたしの事も知らない愚図が相手だったんんて、準備運動にもならないじゃないか」

「はっ…はッ…!」

 犬の呼吸が段々切れていく。彼女はそれをつまらなそうに見つめている。

「ばいばいワンちゃん」

 開いていた両手パンッ!と叩くと、目の前にあった犬の頭部は、瞬時に紫色の煙と化して消えた。そこには絶命の叫びも、塵も残らない。ただ生まれた煙が風に流されていくだけ。

 何も無くなった空間を見つめ、深岐ははっきりと話しかける。その声にいつもの軽い調子は無い。

(わたくし)は黒須家当主に仕えるミズチ。この程度の妖では何の役にも立たんぞ。私を、灰を害したいと思うならば、御自ら参られたら如何かえ」

 そうとだけ言うと深岐はくるりと向きをかえ、すぐにいつもの調子に戻り、「灰ちゃん来てくれなかったー!」と涙目に憤慨しながら、雑木林の入り口へと掛けて行った。






 彼女が居なくなったあと、地面がぼこりと音を立て、あの少年がにたぁっと笑いながら生まれ出た。その左目は、透き通るような空色だった。



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