その男、一隻眼につき。3
(エセ)女子高生生活を謳歌して、ルンルンと帰路についていた深岐は、夕方賑わう商店街で見慣れた男の背中を見つけた。彼はTシャツにスラックスというラフないでたちだった。辺りではイソイソと晩御飯の買出しに出てきた主婦達が、八百屋や魚屋で真剣に品定めをしている。彼もこの商店街の常連で、今更彼のことを吃驚して二度見する人は少ない。ご近所の小さい子がリアルゾンビと呼んでいても、だ。
「お兄さん偶然だねー!」
満面の笑みで深岐が灰の背を叩く。すると灰は吃驚したように後ろをふり返った。そして彼女の姿を確認し、眉を顰めた。
「お前、なんでここの商店街に居る。少しばかり遠回りじゃないか?…まさか、」
「そこのお惣菜屋さんのコロッケが美味しいの!」
「…。やっぱり料理できないんじゃなくてしないだけ…」
「おおっと!そーんな事より。灰ちゃんは?晩御飯の準備?」
上手く、は無いが話を逸らされたので、灰は溜息混じりに深岐の問いかけに答える。
「今日は晩御飯は作らないぞ」
「うえっ!?嘘!お腹すいたよー」
「食わなくても平気だろうが…。これから仕事だから、軽くつまめるものを物色しに来ただけだ」
そういって灰は進んでいた方へと向き直り、何も無かったという風に歩き出す。すると深岐が「え!」と急に声をあげた。
「ちょ!軽くつまめるものー、って言ったらファストフードでしょう?商店街で何買う気なの!きちんとしたご飯じゃないなら、いっそ高カロリーを所望するよ!!どうせならファストフード!!油!肉!!不健康万歳!!」
食わなくても死なない奴の分を買うとは誰も言っていないのに、深岐は五月蝿く高カロリー商品を所望する。彼女が文明の利器同様、今はまっているものがファストフードだ。
しかし、ファストフード店に行くなら、彼女が今来た道を戻って、駅の方にまで歩いていかなくてはいけない。軽く20分ほどかかる。はっきり言って、面倒くさい。これから仕事だというのに、要らない体力を使う気はない。しかも大分商店街の中の方まで歩いてきてしまった。
「今晩は商店街特製コロッケだ。どうだ食いたかったんだろう、良かったな。油に肉、完璧だな。買ったらそのまま行くぞ」
ははは、と笑って灰は辿り着いた惣菜屋に入っていく。
「ちがーうっ!私が言ってる油に肉って言うのはバーガー類の事であって、セットでポテトとかが…、って!お会計早!聞く耳持たずか!一度抱いた希望を打ち砕くのか!!」
ぎゃあぎゃあ抗議する彼女を他所に、彼の手中にはコロッケ20個がしっかりと収められていた。
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白い軽自動車は1時間ほど畑の中を走っていた。辺りには畑の所有者が住んでいるだろう住宅が点在していた。片側1車線の道路に歩道はなく、たまに学校帰りだと思われる学生の自転車に追いつくと、灰はスピードを落として反対車線にはみ出し、慎重に追い越した。まだ日が長くて明るい時間だからいいが、暗くなったら危ないだろう。深岐は頻繁には使っていないが、一応彼女の自転車にも反射板を貼っておいた方がいいかもしれない。
そんな事を考えながらハンドルを握っていると、いつの間にか深岐は1人でコロッケ12個を平らげていた。助手席でばくばくと食べている彼女を傍目に、灰はどこにエネルギーが行っているのか本当に不思議でしょうがなかった。それと自分の分を残す気があるのかどうか。
「深岐、一応言っておくが、俺の分も残しておけよ…?」
「むぐ!」
「せめて日本語で返せ」
どうしようもないやつだと呆れながら、彼は路肩に車を止め、サイドブレーキをパーキングにいれた。そして「あそこ見ろ」と、クイッと顎で深岐に目的地を指す。
「むぐぐ?お、雑木林…?あー、小さい社が見えるね…」
目をぐわっと広げ、深岐は窓越しに反対車線、畑の奥に広がる雑木林を睨みつけた。畑と畑の間に広がっている雑木林のその奥深くに、深岐には小さく赤い鳥居が見えた。
「あそこが今回のお仕事?」
「マイナーなオカルト雑誌で有名になりつつある素敵スポットだ。完全に世に広まる前に潰すぞ。因みに、参拝すると身体の1部を持っていかれるという噂の素敵なお社だ」
「うわーい灰ちゃん行ってきてー」
「ははは、俺は残念ながら1回違うやつに持っていかれて既にお手付きだ。コロッケ12個分、存分に働いて来いよ深岐」
灰が「さあ行け」と言わんばかりににっこり深岐に笑顔を見せる。うわぁ、三十路男の満面の笑み、こわい。
「ちゃんとサポートしに来てよね!」
ぶつぶつ文句を言いながら、深岐はシートベルトを外し、助手席から降りる。スカートの乱れをパンパンと払い、彼女は左右を確認して道路を渡っていった。
灰は彼女が雑木林に足を踏み入れたのを確認し、自分も車から降りて鍵をかけ、雑木林へ向かう。予想を超える妖が出てこないこと云々より、パトカーが来て路上駐車取締りに引っかからないことを祈りながら。