その男、一隻眼につき。12
「治るスピードはやはり化け物級だな…」
「化け物違う女の子!!ってそれはいいから早くアイス!!」
「はいはい…」
杯はコンビニの袋からカップアイスとスプーンを取り出し、新居のベッドの住人に差し出した。深岐が喜々としてそのアイスを受け取ると、深岐に代わってすっかり元気になったイタチが「チィ」と鳴いて深岐の膝から降りた。
人間離れして治るスピードが早いとは言え、全身を氷柱に突き刺された深岐には全治2ヶ月の診断が下り、楽しい夏休みをこうしてイタチとだらだらベッドの上ですごしていた。勿論大好きなセーラー服もお預けで1日中寝間着状態だ。
「でもさー」
深岐はベリベリッとアイスのフタを開きながら話を切り出す。
「せっかく取り戻した目玉、眼孔に戻せばよかったのに。その位なら、妖の力を持ってちょちょいのちょい!ってね。お、この案いいねぇ、どう?お安くしときますけど」
スプーンを魔法のステッキのようにくるくると回し、そのままバニラアイスに突き刺す。夏の暑さでアイスは少し溶け始めているが、深岐は気にする風もなく頬張る。
「遠慮しておく。目玉を取り戻したかったのは俺のプライドだ。身体に戻す必要はない」
灰も自分に買ってきたペットボトルのお茶を開け、近くにあるイスに座る。深岐の新しい部屋にはまだベッドと勉強机とイスしかない。
「でもリアルゾンビ健在ってどうよー」
せっかく頑張ったのにさ、と深岐は愚痴る。だがそうかと素直に返す彼でもなく、にっこり笑って、
「何だ深岐、今年の夏はエアコン要らなかったのか、それならそうと早く言えばいいものを。そうかそうか、地球にやさしい深岐の気持ちを汲んで、リモコンは俺の方で預かっておくか」
「うわぁあ私が水中生まれの妖だと知っての仕打ち!?ひどい、ひど過ぎる!謝るからぁエアコンだけはだめぇええっ」
深岐はスプーンを口にくわえたまま灰に縋る。さすがにベッドから出れない怪我人を真夏の室内に放置するという酷なことは灰もしないが、減らず口を叩くとつい意地悪したくなるのも仕方あるまい。
「別に害があるわけじゃないから良いだろう…それに隻眼に十分慣れてしまったしな、今更といった感じだ」
お茶を一口あおり、灰は一瞬眉間に皺をよせたかと思うと、すぐにペットボトルのふたをしめた。どうやら口に合わなかったらしい。金銭感覚は庶民のくせに味覚だけはうるさいようだ。そんな灰の様子を眺めながら、深岐は何の気なしに「そういえば」と話し出す。
「そういえば灰ちゃん、せっかくの『一隻眼』の能力使わず仕舞いだったね、ちょっと勿体ない」
「いや使ったぞ?」
思いもよらない即答に深岐は一瞬で凍りついた。アイスを左手に、スプーンを右手に、口はぽかんと開けたまま固まったその姿はどこからどう見ても滑稽だった。さすがにここで笑ったら怒られると思った灰は黙っていたが。
「…はい?」
やっとのことで聞き返しをしてきた深岐に、灰は質問で返す。
「どうして俺が最初からあんな大きい呪い、神聖な龍の力をも封じ込める呪いを準備してたんだと思う?」
「………はい?」
「汚点を残すのは嫌だと言っただろ、聞いてなかったのか」
そこまで聞いて、深岐はぽろり、と両の手からアイスとスプーンを落とした。幸い中身はすでに空になっていたが、容器やスプーンについたアイスがシミを作ることだろう。だが深岐にそんなことを配慮している余裕はない。わなわなと震えだし、目を極限までかっ開いて灰を凝視する。
「ま、さか。まさか灰ちゃん「彼」が取り込んだもの知ってて…?知っててあたしに内緒で…?…。……はぁあ!?これ何度目!?何ということ!?いつだ!一体いつから知ってた!いや、知ってたというより、いつその能力使ってた!!真実を見抜く『一隻眼』の能力!!!」
灰は、はっはっはと笑ってみせたが、絶対に深岐に視線を合わせようとしない。
「汚点を残す趣味はないと言っている。プライドより存命の為に能力を使ったなんて素晴らしい汚点は早々に消し去らなくてはいかん。いやぁそれにしても、知ってたら絶対逃げ出したお前の為に、秘密にしておいてくれたお前の主は素敵だな!感謝しろよ!」
「意味がわからんわぼけぇええ!!何を感動秘話にしようとしてんだ!教えろ!いつだ!いつ使ったんだ!!」
引き下がらない深岐に対し、棒読みではっはっはと笑いながら、灰はススッと立ち上がり、そのままそそくさと部屋を出ていく。ベッドから出れない深岐にその後を追うすべもなく、むなしい追及の声だけが家中に響いた。
「ちょっ、ちょっと待てこら灰ちゃん!!説明しろこのやろぉぉおおおっ!!!!」
真相は、闇の中。