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その男、一隻眼につき。11

 「彼」の龍発言という確言に喜ぶ間もなく、逃げ場が無いほど大量の氷柱に降るように見舞われ、深岐はいとも簡単に動きを封じられた。頭部を守るためにクロスした腕にも、咄嗟に力をいれようとした足にも無数の氷が突き刺さり、彼女は大量の血を噴いてその場にダンッと膝を付いた。深岐の顔は苦悶の色に歪んでいるが、その目はしっかりと「彼」を捉えている。それを見た「彼」は満足しない。ひゅっと人差し指を深岐に向けてかざし、「もっときちんと苦しめ」と呟く。すると今まで痛みに耐えていた深岐が声を上げ、露骨に苦しみだした。龍の清浄な気が、深岐の身体を苦しめる。今度こそその様子に満足したのか、「彼」はバキバキと首を鳴らし、先ほどからじっと動かない灰に向き直った。

「何、なんなの?何回同じやりとりを繰り返せば気が済むわけ。とっととかかっておいでよ!」

 「彼」は弾けるように地面を蹴って灰に飛び掛った。ガツンッ!と激しく金属のぶつかるような音がして、鱗に覆われた「彼」の左手が、身体の正面で防御の構えを取った矛を襲う。灰はそのまま矛で「彼」の腕をなぎ払い、ズッと腰を落とし、「彼」の足元をすくうように勢いよく矛を振った。だが「彼」はひゅっとバク転でその攻撃を避け、その勢いを利用し灰の顎目掛けてつま先を叩き付けた。灰も反射的に身を仰け反らせ、その攻撃を避ける。

 両者共に後方へと飛びさり、間合いを取った。すぐに反撃に出たのは「彼」で、ブンッと腕を真一文字に振って氷のツブテを灰に投げつけた。灰は先ほどと同じように矛で払うが、その間に一気に間合いを詰められ、硬く鋭利に変化した拳を腹に叩き込まれた。

「ぐッ…!!!」

 拳の重みで灰は5m程後方へと吹き飛ばされ、地面に落ちる。受身を取ってすぐに重心が低めの体勢に立て直し、ダンッと矛を地に叩き付けてバランスを取ったが、口内には鉄の味が広がっていた。余裕の「彼」はゆっくりと歩を進め、灰に近づく。

「だから言っただろう?そんな武器じゃ無理だ」

 着実に近づいてくる「彼」を睨み、灰は支えにしていた矛をブンッと「彼」に向かって投げつけた。だが「彼」はその程度の攻撃を正直にくらうわけも無く、ひらりと身をかわす。当たる的を失った矛はそのまま「彼」の後方のコンクリートにガインッと突き刺さった。

「もっと激しい戦闘を期待しただけに残念だよ。僕に攻撃してきたのはミズチばっかりで。結局大して強くなってないんじゃないか」

 残念そうな顔をして、「彼」は口元にまとわりつく血をこすりながら灰の目の前で足を止めた。そして両手を合わせ、スッと氷柱を作り出す。

「そろそろ息の根止めてあげるよっ!!」

「っ簡単に死ぬかっ…!!!」

 両の手で持たれた刃がブンッと振り下ろされると同時に、灰は低い体勢のままその攻撃を避け、右方へと身を転がした。そしてすぐに、ズボンのポケットから符を取り出し「彼」に投げつける。氷柱に命中した符は瞬間的に爆発したが、「彼」の前には防御の氷壁が作り出されていて、「彼」に大きなダメージはない。するりと溶けた氷壁の向こうで笑う「彼」に、灰は小さく「チートめっ…!」と吐き捨て、また両ポケットから符を取り出し鮮やかな手つきで投げつけた。しかし「彼」は自分に符が到達する前に符に向かって氷柱を投げつけ、空中で符を打ち落とす。制しきれなかった符に対してはまた氷壁を生じさせ応じ、攻撃を次々に無かったことにしていく。そして灰がまた符を投げつけ、「彼」がそれを打ち落とそうとした時だった。先ほどまで爆発していただけのその符が、爆発すると同時に、強い爆風を生じて「彼」を見舞った。氷壁を打ち割る程の強く大きい爆風にあおられた「彼」は後ろへ吹っ飛ばされた。しかし吹き飛ばされただけで身体的ダメージはなく、シュッと軽やかに着地して灰をにらみつける。

「何かと思えば、進歩がないな。もう時間の無駄じゃない?何か言うことある?」

 飽きたと言わんばかりのその言葉に、灰はグッと眼孔に力を入れ目を細めた。そして口を開く。

「…さっき言っただろ、後ろにも目をつけて置いたほうがいい、ってな」

 灰の意味深な言葉に「彼」が反応するよりも早く、「彼」の足元が眩い閃光を発して「彼」を捕らえた。

「なっ…!?」

 とっさに「彼」はその場を飛び去ろうとするが、身体が地面に縫い付けられたように動かない。バッとその足元を確認すると、大きな光の円の中心に自分が居り、その円に漢字が幾重にも重ねられ、彼の足と地面を縫い合わせていた。

「い、つのまに…!!!」

 ギリリと歯軋りする「彼」を見て、灰はにたりと笑って体勢を立て直した。「彼」を捕らえた光は徐々に強さを増し、「彼」を強く包み始める。「彼」の白い肌が強く照らされ一層白さを増していく。

「お前が深岐とやりあっている間に俺がやらせてもらった。時間をかけて準備してきて、今深岐を犠牲にし、心を痛めてまで作った大傑作だ。簡単には逃がさないぞ」

「く、そ…!お前はずっと立ってただけだったはず…!!!」

「立ってただけさ。媒体を通じて地面に(まじな)いを送りながら、立っていただけだ」

 「彼」はハッと上半身を反転させた。「彼」の後方にあったのは、先ほど「彼」を射抜こうとした矛と、その矛を手に何とか立っている血まみれの深岐。清浄な気にやられて意識は朦朧とし足取りもふらふらとしているが、その矛を握る手だけはしっかりと強く、その矛の先からは「彼」の足元へと繋がる光の文字列が生じていた。

「あれ、か…!!」

「これも言っただろ?あの矛は対妖用だってな。呪い用の見かけ倒しの媒体だ。人の言うことは聞いておいたほうが良かったな?」

 「彼」は身を返し、光る円の中から真正面に立つ灰を睨みつけた。悔しそうに強く噛まれた唇からは、新しい血が垂れている。

「あぁ、直接攻撃あるのみ、ってのは嘘だったな。得体の知れない敵相手に直接攻撃に出ようと考えるのも、妖も畏れる神に近い妖力に対して直接攻撃に出ようとするのも、馬鹿のすることだ。一応俺は馬鹿ではないと自負しているからな」

「彼」の目がぐわっと見開かれる。が、灰は気にしない。足元を覆っていた無数の光の文字が「彼」の身体を登り始め、更に「彼」の身体を縛っていく。

「灰ぃっ…!!!!」

「この程度のだまし討ちでお前を捕縛できるとは、俺の成長率の方が上だったというわけだ。用意した円陣から離れてこっちに来たときはどうなるかと思ったが、素直に吹き飛ばされてくれて助かった」

「灰ッ…!!!!!!!」

 「彼」はなす術もなく、只々灰の名前を叫ぶ。憤怒で身体を奮い立たせ、なんとか動かそうとするが、どう足掻いても「彼」が動かせるのは首から上の部位だけで、灰に反撃することは一切叶わない。

「返してもらうぞ、その目玉。そして消えてもらう。俺は汚点を残しておくほど寛容じゃない」

 その言葉にあわせ、灰がゆっくりと「彼」の右目に手を伸ばす。同時に「彼」の後方で、深岐が輝き始めた矛を振りかぶる。

「今更自らの眼孔に戻すのは不可能だが、一緒に消すにはもったいないだろう」

 人差し指が眼球をなぞると、「彼」の顔に恐怖が露わになる。

「っ…!!こんな簡単にっ、負けるわけ無い!僕は1度君を打ち破った!龍の力を得たんだ!!」

「そうやって他者の力に溺れ、おごり過ぎた。だから2度目で負けるんだ」

「違う!!違うっ!!!!!」

 灰は「彼」越しに深岐に「やれ」とつぶやく。すると深岐の振りかぶった腕がスローモーションのように地面に向かって流れる。灰は「彼」に視線を戻し、ゆるやかに笑んだ。

「簡単に、とは言わないが、短時間で勝たせてくれてありがとう。あんなに心配する必要も無かったな。…お仕舞いだ」

「っ…!!灰っ…!!!灰ぃいいいいいぃいいっ!!!!!!!!!!!!!!」

 深岐が地面に矛を叩きつけると同時に、青年の声は闇に呑まれ、身体は光に呑まれ、自身何1つ残さず消えさった。灰の目玉だけは残して。




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