最終回 愛のテーマ。
11月に入ってすぐに、烈貴は。
母・明美から、おもむろに手の平に載る程の小箱を受け取った。
一瞬、タバコ?まさか………とも思ったが。
地味な色合いの、その箱を眺めて
"12個入り”
との文字を見つけ、思わず呟く。
「………コ……コンドーム!?」
はぁ!?
何考えてんだッ、この母親はァァ!?
思わず叫びたくなったが………
その箱に釘付けのまま、固まる烈貴。
そんな烈貴に構うことなく、説教のような薬剤師の説明のような?
明美の声が頭上に響き渡る。
「………男の子は女の子と違い、自分の意思とは関係無く欲望に走ると言います。
あなたも例外になく、その傾向が見られます。
相手を傷付けることなどは、決してあってなりません!
ただ………双方合意の上の場合もあります。
本来ならば私が飛んで行って引き剥がすのですが、常にそうもいかないので必ずこれを常備なさい。
だからといって、"その行為”を推奨するわけではありませんよッ!?
そこを履き違えないように!!
あくまで、正式に婚約が決まるまでは
"直に” "して”はなりませんッ!!!
向こうの親御さんに顔向け出来ないことを、決してしてはなりませんよッ!?
わかりましたねッッ!?」
アチャー、結局アタマは硬ェままだし、この人は!
烈貴は、実の母親からセックスについて指導を受けるなど想定外であり。
混乱した頭のまま、悪態をつく。
「ん………んなことあるワケねェだろォッ!?
バカ言ってんなよなッ!!」
そう言いながら、母から貰った避妊具の箱をシッカリ握り締める烈貴であった。
ちなみに莉奈との行為の時は、"それ"を用意したのが莉奈の方だった為に烈貴は価格を知らなかったのだが。
この母親の用意したのはコンビニで売っているようなものと違い、いかにも薬局で購入した高価格・高品質のものに見えた。
明美は、更に続けた。
「当然ながら万が一にでも、美葉さん以外の女子と"そのような行為”に及ぶなど、決して許しませんよッ!!
そのような、アバズレな泥棒ネコとの女遊びが発覚した際には。
異性との交際を一切禁じますッ!!」
「ハイハイ」
もとから、美葉以外の女子など眼中に無かった。
てか、オヤジもオフクロと付き合うようになってからは、やっぱオフクロ一筋だったのかな?
もし外で何か"間違い”が起きたとしたら………
さすがのオヤジも、タダじゃ済まなかったろうな………………そう思いながら烈貴は自室のベッドに寝転び、他人事のように笑っていた。
が…………!!
(先輩。
まだ相川先輩のことが忘れられないんでしょ?
昔エッチしたことある女の人と関わりたがる彼氏なんて、許せるわけないでしょ!!)
あの時の………怒りを露わに鬼神の様相の美葉を思い出し。
思わずベッドから飛び起きる烈貴であった。
吹奏楽部の定期演奏会は、◯✕高校文化祭の最中に体育館で行なわれる。
事前に部員達の手により作成され配布された来客向けの演奏プログラムの中の、最後の演奏曲目に"愛のテーマ”が記されていた。
そこには特別出演としてロックバンド H・M・S とあった。
「なんだろうねェ、ロックバンドとコラボ?」
「普通の吹部の曲と違うのかなぁ」
「聴きに行ってみる?」
そうした話題性もあり、その年の吹奏楽部定演は例年よりも客の入りが期待された。
この日に至るまでの準備は、万全が期された。
まず、顧問の渡辺は。
吹奏楽とロックバンドでの譜面上での整合をとることを第一に考えた。
吹奏楽の譜面をそのままH・M・Sメンバーに渡すと、彼らが読みにくかったり(吹奏楽譜はin B♭やin E♭に移調されているため)、譜面通りだと逆にロックバンドらしさが出ないことがある懸念を考え。
顧問の渡辺は、原曲のコード(和音)進行が書かれた"コード譜”や"リードシート”を渡した上で
「原曲の雰囲気でリフやリズムをアレンジして弾いてほしい」
と、打ち合わせの段階で H・M・Sのマッキーへ伝えていた。
それは図らずもマッキーも考えていたことであり、直ちに意気投合。
このことが軸となり、最初の音合わせからスムーズに双方の擦り合わせが可能となったのは大きかった。
また、コラボ練習に至ってからは音………特に音量バランスの調整を入念に行ってきた。
H・M・S側が普段のロックの音量で演奏すると20人程度の管楽器は一瞬でかき消されてしまう為、エレキギターとベースのアンプ音量を管楽器の生音がしっかり聞こえるレベルまで落とし。
吹奏楽部側もメロディラインを担当する木管パート達の前にマイクを立てて全体の音量をPAスピーカーで整える手段を試みる………等。
双方が歩みよるようにして、サウンドが噛み合わさって行った。
ドラムスとパーカッションでは、ミタのドラムスが16ビートの基本リズムを刻み続ける一方で吹奏楽部のパーカッション達は曲のドラマを演出するスパイスとなることに専念するという、"住み分け”を完成させていた。
一ヶ月後には冬を迎える11月の空とは思えない、小春日和。
体育館には斜めから入る穏やかな陽の光りが差していた。
定期演奏会の曲目は、過去のコンクール曲や今年のコンクール曲の披露と。
通常は少人数のアンサンブルも入るのだが、今回は目玉である愛のテーマの準備にエネルギーが取られる為に割愛された。
しかし………会場である体育館は、予想通りの満員に近い聴衆で賑わっていた。
在校生は勿論、多くの保護者、文化祭絡みで入場した他校の生徒達や、毎年楽しみにしている近所の住民の方々等である。
その中には、愛華&陀威也のカップル。
美葉のクラスの一軍女子生徒達。
烈貴のクラスの"非”リア軍団男友達。
美葉の中学同期である私立M高校の牧村朋乃と………牧村の呼びかけで同席した✕✕中学吹奏楽部の後輩達。
そして……烈貴の家族、父・正和、母・明美、妹・茉莉の姿があった。
映えある県大会金賞を受賞した
"ザンパ序曲”を自分達の学校のステージで演奏する時、部員達は感無量となった。
それを舞台袖で聴き入る莉奈の胸にも、様々な思いが去来していた。
莉奈は校内でも知られる女子であり、吹奏楽部に在籍していたことも多くの在校生達に知られていたが。
6月に中途退部していた事実を知る者はほとんど無く、このコンクール曲演奏時まで莉奈の姿をステージに見ないのを訝しげに感じた生徒も居た。
だが………ザンパ序曲の演奏が終了し、最後の演奏曲・愛のテーマの準備が始まりキーボードを抱えた莉奈の姿が現れると、そうしたことも皆の頭の隅から消え去っていた。
機材の配置に多少時間がかかったが、ようやく演奏の準備が出来た。
司会の女子生徒の声が、マイクからこだまする。
「………では、最後の曲目となります。
バリー・ホワイト作曲、愛のテーマ。
ロックバンド、H・M・S様との合同演奏です」
すると、体育館の一部から歓声が上がる。
ライブハウスに出入りする H・M・Sファンの面々も来ていたのだ。
彼らは"いつもの”ノリでコールする。
「リナァーッ!!
ガンバレ〜ッ!!!」
「リーナ!!
リーナ!!」
キーボードを前に、赤面する莉奈。
館内の注目を一斉に浴びるのも意に介さない彼らに向け、ステージから身体を乗りだし人差し指を口にするマッキー!
途端に静かになり、会場にどよめきと笑いが起きる。
後ろを振り返り、それを笑って見ていたスーツ姿の指揮者・渡辺が前へ向き直り、タクトを上げる。
振り降ろされる。
………………原曲ではバイオリンの担当する、まるで航空機の急上昇のように高く上がっていくロングトーンの美しく流れるようなスタートを、木管パート達が渾身の力で演出する。
それを莉奈のキーボード………シンセ・ストリングスの音色が、後ろから一緒に同じ音を重ねてサポートすることにより音が細くならず、安定した厚みを生み出す。
烈貴達トロンボーンやトランペット達は、続くサビや曲の節目でバシッと鋭いアクセントを入れていく。
H・M・S のギター、雄馬とアインの生み出すリズムの上に、この二つの楽器の音が乗り、一気に演奏をダイナミックに作っていく。
ホルン・ユーフォニウムはH・M・Sメンバーが激しくリズムを刻む裏で、曲のコード=和音を豊かに支える"中音域のクッション”となることにより、H・M・Sと吹奏楽の音がバラバラにならず一つの大きなオーケストラとして融合する役割を果たす。
前田のチューバはマッキーのベースと完全にユニゾン=同じ音・同じリズムで演奏=し、ベースのアタック感にチューバの豊かな空気感が加わることで、太くうねるような最強の低音ラインを生み出していた。
ミタのドラムスにベースのサポートを受けたパーカッション達は。
ティンパニが曲のサビ前や展開が変わる瞬間にクレッシェンドでロールを叩き、全体のテンポを盛り上げ。
シンバルはミタのクラッシュシンバルとは別に、曲の大きな節目で、楽曲にクラシカルな広がりと華やかさを与え。
スネアはミタのスネアと音が重なると濁りやすいため、曲の静かな部分でリムショット=フチを叩く音=を入れたり、タムタムやタンバリン、ウインドチャイムなどの小物パーカッションに持ち替えるという離れ技をやってのけ。
限り無くオリジナルのオーケストラに近付ける!
令和の高等学校の体育館に………1970年代のミュージック・ムーブメントが見事に蘇っていた!!
聴衆の中では。
その頃に青春を過ごしたらしき人達が、しきりに瞼を擦っていた。
「懐かしい………………
学校の音楽の授業は嫌いだったし、苦手だったが。
この曲を聴くと、いつも胸が躍ったものだ!」
「航空会社のコマーシャルを思い出すねェ」
「毎晩のようにディスコへ通っていた、ナウいヤングだった頃を思い出すよ!」
「フィーバー!
フィーバー!!」
思わず時折発してしまう死語?を、周りの現役高校生達に笑われるが、知ったことか!
我こそが、この曲の花開いた時代の主役なのだと言わんばかりの"人生の先輩”達!!
"愛のテーマ”は世代を越え、時代を越えて、聴く者と演る者を一つにして行った。
まさに………この曲をCMに使っていた、キャセイ・パシフィック航空の旅客機のように全てを飛び越えていく!!
ステージの上の部員達も、それぞれの胸に思いを込めながら演奏を続ける。
この演奏が終わると同時に、自分達の高校吹奏楽も終わりを告げる三年生部員達。
明日の吹奏楽部を背負う二年生部員達。
そして……そんな先輩達の背中を追いながらも、新たな挑戦へと夢を馳せる一年生部員達!
このロックバンドとのセッションもまた、その新たな挑戦への第一歩なのだ。
キーボードの莉奈と、それとコラボしながら主旋律を奏でる木管パート達の心は全て、完全に一つへと戻っていた。
まさか、莉奈の高校でギターを弾くとは夢にも思わなかった雄馬は。
彼女を音楽へと導いたことは間違いでは無かったと………改めて感慨に浸っていた。
4月には後輩よりもトロンボーンがヘタであり、何事にも情けなかった烈貴も。
今は演奏者としても"男”としても美葉をリードし、そして……部活そのものをリードしている!
「………お母さん。
わたし、志望校変えていいかな?」
演奏を聴きながら茉莉が、隣りに座る母・明美に問いかける。
高校受験を控える中学三年生の茉莉は、美葉の同期・牧村も通う吹奏楽の名門、私立M高校を志望していた。
その推薦入試の間近に迫る、このタイミング。
「どうして?」
尋ねる母に、茉莉は答えた。
「………わたしも。
この先輩達と一緒に、演奏してみたい!
美葉さんや、お兄ちゃん達と!!」
茉莉は、瞳を輝かせながらステージに見入っていた。
明美は、逆隣りに座る夫・正和を見た。
正和は微笑んでいた。
明美は何年か振りに夫と見つめ合い………微笑み合うのであった。
この演奏が、いつまでも続いて欲しい………そこに居る誰もが、そう思っていた。
しかし、フィナーレは訪れる………全ては来たるべき未来、明日の為に!
最期は莉奈のキーボードの内蔵音色の放つ、ハープが幕を引くように奏でられ…………
青春の一曲となり皆の胸に刻まれた"愛のテーマ”の演奏は、終了した。
惜しみなく贈られる拍手と喝采は、絶えることが無さそうだった。
それは、アンコール曲を要求する拍手ではなかった………アンコール曲で"愛のテーマ”の余韻を消したくない気持ちを、演奏者に伝えたいが為であったのである。
舞台を降り、互いに涙で抱き合う部員達。
ハイタッチを交わし、ハグし合うH・M・Sメンバー。
その日を最後に引退する部長、前田は烈貴に駆け寄る。
その顔は………烈貴が入学し、入部して初めて見た、前田の男泣きであった。
「………高橋。
最後の最後まで、サイコーをくれて………ありがとう!!」
自分より一回り大きい、前田の両手の平で握手を受ける。
「自分こそ………ありがとうございました!!」
その一言しか言えなかったが。
その一言以外に気持ちを込められる言葉は何一つ、見つからなかった。
定期演奏会が終了し、聴衆も姿を消した体育館で。
吹奏楽部とH・M・Sは揃って記念撮影に収まった。
偶然並んでいたかのような、美葉と莉奈………そして烈貴と雄馬の笑顔は、まるで兄弟姉妹のようだった。
翌年、新年度。
高橋烈貴を部長とする、県立◯✕高等学校吹奏楽部は。
その妹・高橋茉莉はじめ、✕✕中学校卒業生含む二十数名の新入部員を迎え、B部門からA部門へと変革。
その年の県コンクール金賞及び県代表資格を得、関東コンクール進出。
更に関東代表にも選ばれ、全国コンクールへと進んだ。
高橋家のガレージにあった昭和の原付、スズキRG50Eは。
烈貴が高校を卒業し、普通自動二輪免許取得と同時に父親のスズキRG400ガンマを受け継いだ為、タカキモータースに引き取られ。
店内で、中古車として次の主を待つこととなった。
昭和の魂を。
漢の夢と、愛と、冒険の魂を引き継ぐ為に!!
完




