夢の中の少女
「ーー。俺ーーのことーーー」
そこで夢は途切れた。
目を開けた先に見えるのはーー。
見慣れた天井。
木目が顔の様に見えて、幼い頃は怖くて仕方のなかった天井だ。
先ほど見ていたのが夢だと気づくまで、さほど時間はかからなかった。
この夢を見るのは、初めてではない。
誰かが何かを告げようとして、肝心なところで途切れる。
まるで誰かが邪魔をして、その先のフィルムをハサミで切ってしまったかの様だ。
夢なんて己の願望を映し出しただけだ。
そう決めつけるわけにはいかない場所に、僕は住んでいた。
正確には、その家の家系だった。
“糸崎神社では時間が収束している”
過去も現在も未来も。
この場所では、ときどき同じ場所に落ちてくる。
僕はその糸崎神社の一人息子だ。
小さい頃から、見覚えのない景色を何度も見てきた。
まだ来ていない祭りの日。
もう壊されてしまった鳥居。
誰かの泣き顔。
そして厄介なことに、見えるのは僕の時間だけではない。
他人の過去も、現在も、そして未来も。
それらが僕の夢の中に、ひっそりと混ざり込む。
今回の夢も、きっと誰かの記憶か未来だろう。
僕は、そう結論づけて、この夢について考えることをやめた。
ばさっと音を立てて、僕は起き上がる。
4月の朝はまだ少し冷える。
障子の隙間から差し込む冷気が、僕の背中を正す。
枕元のスマートフォンを見る。
6時12分。
あと3分で境内の鈴が鳴る。
糸崎神社の朝は、祖父の鳴らす鈴の音から始まる。
シャランシャランという軽い音は心地よい。
僕はその音を聞きながら、制服を着る。
制服に袖を通しながら、さっきの夢を思い出しかけて、やめた。
どうせ僕のものじゃない。
階段を降りて、台所に向かうと、祖父が味噌汁を用意しているところだった。
「起きたか」
「うん」
「よく寝れたか」
「うん」
「あまり寝れてなさそうだがな」
祖父と短い会話を交わしながら、僕は席に着こうとした。
その時。
「朝飯の前にあの箱を見てこい。今朝は妙に重い。」
「重い?」
「重い」
説明になっていない。
けれども祖父はときどきこの様な言い方をする。
これも糸崎神社ではよくあることだ。
境内に出ると、より寒さが僕を突き刺す。
僕はそそくさと例の箱がある社務所に向かった。
社務所の脇に置いてある、小さな木箱。
ここを訪れる人はそれを「落とし物箱」と呼んでいた。
財布や鍵や学生証など、落とし物が入ることもある。
ときどき、それ以外の落とし“もの”も。
蓋に手をかける。
なぜか胸がざわついた。
開けると、中には白い封筒が、一通だけ入っていた。
なんの変哲もない、どこにでも売っている様な封筒。
けれど表に書かれた文字を見て、僕は固まった。
糸崎浩一様
僕の名前だった。
裏返す。
差出人はない。
嫌な予感がした。
この神社での嫌な予感は、だいたい当たる。
封を切ると、中には便箋が一枚だけ入っていた。
それを取り出してみると、中には丸っこい、けれども読みやすい字が並んでいた。
糸へ。
好きです。
何度やり直したとしても、君を好きになる。
僕は読みながら、手が震えていた。
そこに書いてある字は、紛れもなく僕自身の字だからだ。
便箋の最後には、日付が記されている。
10月16日
今年の、まだ来ていない日付だった。
「‥……は?」
声に出した時、後ろから足音がした。
ばっと振り向くとそこにはーーー。
夢の中で見た、黒髪の少女がいた。




