たとえせかいがこわれても
私は無職である。
名はあったような気がするが、忘れてしまった。
今日も今日とて、部屋で横になっている。
こうして部屋で寝転んでいると、まるで死ぬのを待っているみたいだ。
何もない人生だ。何もない遁世。
こうして、貯金を食い潰して、惰眠を貪って腐っていくだけ。
拗ねているわけじゃないさ。
老いていくこの身を憂いているだけ
シュポッ
《すぐ通話に出て》
・・・はいはい
「今日、ライブじゃなかったか?」
『今から言う住所にすぐに来て。交通費は、後払いだけど全部出す。いい?東京都港区』
「待て待て待て、一体なんだと言うんだ。」
『クズナマイが、控え室から出てこないの。』
刹那、心臓が握りつぶされるような感覚。
『呼んでも返答がない。もうすぐリハーサルなのに。』
私は、「それ」を知っている。
大した話じゃない。
かつて担当していたアイドルが、大切なライブの直前で歌えなくなった。
「あなたの期待に応えられないよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
踞って泣きじゃくる彼女を、ただ呆然と見ていた。
そして私は仕事を辞めた。
『あんなズルいお願いして、都合がいいのはわかってる!!でも、お願い!!私じゃ駄目なんだよ!!』
「私に今更何が出来るというんだ?」
『わかんないよ!でも、』
『あんたの中に、まだ、何か、伝えなきゃいけなかったことがあるんじゃないの!?』
私は走り出していた。
大きな通りに出てタクシーを止める。
「東京都港区、急いでくれ」
走り出す。
雨粒をルビーに変える赤信号が今はやけに長い。
急げ、急げ。
時刻は午後9時半
ようやくアカリの事務所に着くと、入り口に秘書らしき女性が立っていた。
則されるまま、事務所を進むと、黒いジャージの上下に身を包んだ、小柄な少女が仁王立ちで立っていた。
「アカリさん、アタリショックさんで」
「遅い!!」
会ったこともない少女に、いきなり怒鳴られる。
「君が、電波にゅーすアカリか。」
「んなことどうでもいい!早く来て!」
そのまま腕を引かれ、廊下を走り出す。
すれ違うスタッフ達は、私のような余所者にも祈るような視線を向ける。
そして、たどり着く。
クズナマイ 様と書かれた紙が扉の横に張ってある。
「じゃあ、後は頼んだ。私は、マイちゃんの出番まで繋いでおくから!」
そういうと、電波にゅーすアカリは踵を返し走り去ってしまう。
廊下には私1人。
扉をノックする。返事はない。
「入るぞ」
一声かける。
ドアノブに手をかけると、そのままなんの抵抗もなく開く。
中に入ると目の前にパーティションがあり、クズナマイの姿は見えない。
だが、微かにすすり泣く声が聞こえる。
「私だ、アタリショック、だ。」
「アタリショックさん?そっか、来てくれたんだ。」
少しの驚きを見せたが、それでも根本的に何か変わったわけでは無さそうだった。
「ごめんなさい、アタリショックさん。来てもらって申しわけないんですけど、」
「帰って下さい。」
参ったな、即拒絶されるとは。
「クズナマイ、一体何があったんだ。」
「帰って下さい。」
「今、アカリが場を繋いでる。」
「帰って。」
「まだ、間に合う」
「お願い!!もう帰って!!」
クズナマイの絶叫。
初めて聞くな、こんな剥き出しの感情を。
「親でも、兄弟でも、ない!親戚でもない!貴方に、何がわかるの?」
「違う。親兄弟でも、何でもない、赤の他人だからこそ、分かることがある。」
いや、知ってるぞ。
「・・・」
一番最初に、
「・・・お兄ちゃん、結婚するって」
だから手を貸そうと思った。
「お兄ちゃんから、さっき、連絡があった。」
「分かってた。私じゃ駄目だって分かってた。でも諦めきれなかった。だから、あなたに助けを求めた。」
「楽しかった。無我夢中で走っている間は、現実を見なくていいから。」
「バーチャルの着ぐるみを着ていれば、醜い自分を見なくて済むから。」
「でも、夢の時間はもうおしまい。終わったの、何もかも。お兄ちゃんは私以外の人を選んで、後に残ったのは、着ぐるみだけ。」
「みんな、馬鹿だよねぇ。こーんな、可愛い女の子の着ぐるみに騙されて。中身が入ってない空っぽの着ぐるみにがんばれ、がんばれーって。アハ、アハハハハ。」
クズナマイ、君は
「笑っちゃう。こんな、着ぐるみ着たところで、私は私。空っぽの、クズナマイ。ゴミクズな私。決して変われたりしない。無価値なまんま。だから選ばれなかった。だから、選ばれなかった!!お兄ちゃんは見抜いてた。空っぽの私を。いや、空っぽだから、無価値だったから、眼中にもなかったんだ。」
「まだいたの?もう帰れば?こんな、無価値な私のお世話なんか、時間の無駄だよ、アタリショックさん。」
クズナマイ、君は、
無価値なんかじゃない。
「そうか、わかった。じゃあ帰るとしよう。無価値な君の相手は、時間の無駄だからな。でも最後に、教えてほしい。」
「君が無価値だというなら、今、ライブを見ている2万人は、何故君を待ってる?あの人は、何故曲を君に託した?あの歌枠で何故皆、あんなにも盛り上がった?あの電波にゅーすアカリは、何故あそこまで君とのコラボに全力を尽くした?」
「君が無価値だというなら、何故皆あんなに魔物村を応援した?答えてくれ、クズナマイ。」
「人生は、辛いことの連続だ。理不尽なことばかりだ。悲しいことばかりだ。自分の力では、もうどうしようもなくなるときがある。でも、そんなときに、君の存在が踏みとどまらせてくれる。」
「君がいるから、今日だけ、明日だけ頑張ってみよう。来週まで頑張ってみよう。そうやって、みんな踏ん張ってる。踏ん張ることが出来る。」
「君のその、空っぽだっていう着ぐるみが、皆に意味を与えるんだ。クズナマイは、皆に意味を、価値を与えるんだ。」
あぁ、そうか
「あの歌が辛かったら、歌わなくたっていい。皆の前で雑談しよう。ゲーム配信したっていい。皆、君を待ってる。」
あの時、こう言ってあげれば良かったのか。
「皆に意味を与えてやってくれ、クズナマイ」
ガタン!
スタスタスタスタ
「・・・」
見たことのない少女が私を睨み付ける。
「ヒック・・・ヒック・・・私、歌う!!」
彼女の目から、次々に大粒の涙が溢れる。
こんな小さな体で、ここまで頑張って来たのか。
叶うかわからない願いだけを頼りに、ここまでやってきたのか。
「行ってこい。」
「行ってきます。」
クズナマイの初3Dライブが始まる。




