春の風が吹いたら
昨日の夜の事でした。
「ふぁー、もう今日は寝ようかな。」
配信も終わって一息ついて、もう寝ようと思った時、
久しぶりにメックスを見てみたんです。
そしたら、ダイレクトメッセージが届いてたんです。
そうそう、これです。
《はじめまして。この前の歌枠見ました。素晴らしかったです。
これは歌詞がない半端な作品になりますが、良かったらこの曲を歌ってくれませんか。お気に召さなければ、捨て置いて下さい。
よろしくお願いします。
追伸:魔物村、めっちゃ頑張ってましたね。》
そこには、添付ファイルが4つ。
歌のメロディが入ったもの、オケ、そして音源。
「私、この手のお便りって初めてで、どうしたらいいかなって。」
どちらかと言えば、クズナマイも困ってしまっているようだ。
「ちなみに、差出人に名前はあったの?」
「それが、それらしいものは何も無くてですね。アカウント名だけは分かるんですが。」
送られたURLを見る。
「……は?」
思わず声が漏れる。
「どうしたんですか?」
「いや、これ……」
見間違いじゃない。
「嘘だろ……」
その名前を、私は知っている。
数年前、シーンを席巻していたボカロP。
しかし、既に彼は引退したはずだが
「……まさかな」
しかし、曲のクオリティは一聴して分かった。
「アタリショックさん、私、この歌を歌いたいです。」
「そうだな。君が歌いたいなら、絶対歌うべきだ。あとは、歌詞の問題だが・・・」
「外注したら?」
「おおおお!びっくりした・・・」
シュポッという通知音と共に、急にアカリが現れる。
「ちょっと聞かせてよ、私にも。」
アカリにも音源を聞かせる。
時間的にワンコーラス終わったくらいで、
「うん。マイちゃん歌おう。歌詞の人、いい人紹介出来るけど?」
相変わらずの即決。
「まぁまぁ待て待て。歌詞だってタダじゃないんだし。」
「うちの事務所の経費で落とせるから。」
「・・・ごめん、アカリちゃん。」
ここまで黙っていたクズナマイが口を開く。
「1ヶ月・・・いや、1週間、時間くれないかな?」
「というと?」
「歌詞、書いてみたいんだよ。ごめん、素人のワガママだけど、許してほしい。」
アカリは怒ったように溜め息を吐き出し、押し黙る。
だが、突然目を見開いたように、
「わかった。一週間やっみて。それで駄目なら、作詞さん入れよう。いい?」
「ありがとうアカリちゃん。」
何となく、アカリのピリピリした空気が伝わってくる。
クズナマイも、それが察せれないほど鈍感ではないと思うのだが。
じゃ、配信準備あるから、と、アカリは早々に抜けていく。
「しかし、何故急に自分で書くなんて?」
「何となくです。何となく。この曲なら、伝わる気がして。」
まぁ、期限も決まってるし、いざとなればプロに頼めばいい。
と、思っていたのもつかの間。
久しぶりに趣味の配信を見ていると、アカリからWeb通話がかかってくる。
「配信終わったのか?お疲れ様。」
「あぁーーーー!!もう!!あの娘ったら!!」
「どうしたどうした、さっきの話か?」
「当たり前でしょ!?あの歌枠で、アタリは何も感じなかったワケ!?」
確かに大盛況だったし、クズナマイの底知れなさはひしひしと感じたが、何故、そこまでアカリが怒る必要があるのか?
「怒るよ!!あの娘は、こんな規模で収まる娘じゃない!もっと、色んな人に見てもらって、広がってかなきゃいけないの!こんな、ちんたらやってる場合じゃないの!」
一気に捲し立ててくる。
「そんなに急かさないでやってくれよ。そんなに急かしたらそれこそ潰れちまう。」
「そのためにあんたがいるんでしょーう?」
「買い被るなっ」
アカリは、歯がゆいのだろう。クズナマイのポテンシャルを信じてくれている。
だから、これも本気で怒っているわけではない。
彼女なりの、ストレス解消なのだろう。
「あんた、このことマイちゃんに言ったら、処すからね!?」
「わかってるよ。」
「じゃあね!お休み!」
がちゃん!と、受話器を置く音が聞こえそうな勢いでweb会議を後にする。
やれやれ、
私はとりあえず、待つ男、だな。
町を歩く。
道を歩く。
通学路を歩く。
河原を歩く。
久しぶりの外の空気。
季節はすっかり春になっている。
「やっぱりプロの人に頼めば良かったかなぁー」
自分でおかしくなって、笑う。
でも、頑張ろう。
まだ何にも浮かばないけれど。
この曲を聞いていると、お兄ちゃんと歩いた道を歩きたくなる。
これは偶然じゃない。
これはきっと、恋の歌として作られたんだ。
そして、その恋は・・・
・・・縁起でもない!!
やめよ、やめよ。
・・・はぁー、今日も1日、町を歩いただけだったな。
もうすぐ、桜も咲きそう。
風もちょっと強いけど、冷たいだけじゃない。
春の風が吹いたら、暖かくなるな。
お兄ちゃん、元気かな。
春の風が吹いたら・・・
春の風が吹いたら・・・
あぁ!!これだ!!
どうしよどうしよ、紙、ペン、無いな!
どうしよ、忘れる忘れる忘れる!
あ、スマホだ!
えーっと・・・
春の風が吹いたら・・・
「約束の!一週間!!」
何だか太極拳でもやってそうな(見えないが)声でweb会議にやってくるアカリ。
「マイちゃんの本気、見せてもろて!」
「そう焦るなって。」
クズナマイは、無言でシュポっとテキストファイルを送ってくる。
タイトルは、
『初恋を教えて』
「うん?」
「えっ?」
私はアカリと顔を見合わせる(見えないが)。
「これは、フィクション!フィクションですよ!」
「それならいいんだけど・・・」
多分、私とアカリは同じことを考えている。
歌詞は申し分ない。むしろ、想像以上の出来だ。
ただ、
「これ、失恋の歌になっちゃってない?」
せっかく言わなかったのに!!
アカリはこういうところ飾らないから、話は早くていいのだが。
「いいんです!フィクションなんだから。それに、この曲はきっと、こういう歌詞のために作られたんだよ。」
クズナマイもよほど自信があるのか、全然引かない。
「私はいいと思う。アタリは?」
「私も、その、失恋ぼい以外は何もない。」
「一週間、時間をくれてありがとう。」
クズナマイはやり遂げた顔をする(見えないが恐らく)。
そこから録音までは、トントン拍子に進んだ。
そして、動画も出来上がり、あとはアップロードするのみとなる。
「待て、動画なんてどうやって調達したんた?」
「はい、弟に頼みました!」
今後なんかあったら弟さんに仕事依頼しようかな・・・。
動画は一枚絵に歌詞が浮かんでくる、典型的な歌の動画だった。
アニメーションをつけるなど色んな作り方があるが、聞いてもらうのがメインであればこれがベストだろう。
やはり曲そのもののクオリティは物凄いレベルだ。
動画のチェックで何度も聞いているのだが、全く飽きが来ない。
一発で引き込んでいく力もある。
この曲、一体何者が作ったんだろうか。
「よーし、じゃ、アップロードしちゃって!」
「はい!」
クズナマイのチャンネルに、新しく動画が追加された。
動画は、思ったほどの伸び方はしていない。
あんなにいい曲なのに、世間というのは厳しいものだ。
だが、一方でアカリはあまり気にしていないようで、アップロード前のあの熱量はどうしたんだと言いたくなった。




