初めての歌枠
「あなた、クズナマイを最後まで面倒みる覚悟、ある?」
電波にゅーすアカリの真剣な声が私を射貫く。
ここで、私はなんと言えば良いのだろうか。
確かに私はただの無職で、クズナマイの活動にあれやこれや口を出している。
だが、それは何故?
そして、「いつまで」?
彼女が仮に、チャンネル登録者数何百万のトップVtuberになったとして、私はどうする?
逆に、今すぐVtuberを辞めたいと言ってきたとして、どうすればいい?
私は、一体。
「・・・ふむ」
電波にゅーすアカリは私を見定めるように黙っていたが、口を開いた。
「及第点、かな。」
「は?」
刺々しい雰囲気は鳴りを潜め、一気に和やかになる。
「ごめんなさい、アタリティーンエイジライオットさん。『あなたという人』を見てました。」
何を言いたいのか、全然わからない。
「仮に今すぐ、覚悟あります!とか、ないです!って言ったら、即効関係切ってもらおうと思ってた。だって、そんなの信用出来ない。」
「いや、覚悟なしにいちリスナーがいたら駄目なんじゃないんですか?」
腑に落ちないんですけど、という態度を声にこめる。
「今すぐにパッと言える覚悟が信用出来ないってだけ。それは、これから見せてもらいたい。」
「これから、ねぇ」
「あなたたちにはまだ見えてないかも知れないけど、クズナマイは今、物凄い流れに入ろうとしてる。今は個人勢だけど、とても一人じゃ流れに対応できない。」
実感はないが、何となく彼女の言わんとしている事が分かるような気はする。
「そこで、あなた。アタリティーンエイジライオットさんが鍵になるの。あなたにクズナマイを守り、引っ張っていって欲しい。その覚悟をしてほしい。今すぐじゃなくていい。でもね、」
最後に電波にゅーすアカリは、非常に冷たい声になる。
「あなたがいるにも関わらず、クズナマイが潰れるような事があったら」
「絶対許さないから。」
配信の時の『アツアカリ』とは全く別次元の迫力に、ゴクリと唾を飲み込む。
「ちょっと、ちょっと、アカリちゃん、急にそんなこと言われても」
流石にクズナマイもあたふたし始める。
「二人で頑張ってねってコト!とりあえず、今のところはアタリティーンエイジライオットさんを一旦信用しとこうかなって感じ。」
「アタリショックです。」
何度目かの訂正虚しく、そのまま彼女はバイバーイとweb会議を抜けてしまった。
その直後、電波にゅーすアカリからweb会議用アカウントの登録申請が届いた。
正直な話、全然彼女という人間を掴めない。こんなことは生まれて初めてだった。
さて、激動の初コラボを終えて、クズナマイには嬉しい変化があった。
チャンネル登録者数が激増したのである。
調べてみると二つほど大きな要因があったようだ。
ひとつは、電波にゅーすアカリのファンの動きだ。
呟き配信サイトメックスでエゴサーチをしたところ、
《クズナマイは我らが推しのために怒りの声をあげてくれた。此方も応援せねば・・・無作法というもの》
要するに、電波にゅーすアカリのファンが一緒に応援しようという動きが出てきてくれたらしいのだ。
もうひとつは、切り抜き。
数は少ないのだが、非常にクオリティの高い切り抜きが拡散されている。
魔物村のズビズビ配信が主で、この間の動けず状態の時のものも含めて面白おかしく編集されている。
誰があげてくれたのか分からないが、ありがたい限りだ。
中傷等の内容でない限りは、黙認でいいだろう。
増えてきたらどこかでガイドラインが必要になるだろうな。
さて、切り抜きの件で、実はリスナーからよく言われるようになったことがある。
「歌枠、やってみたいか。」
「はい、アイドル見習い一番星ですし、そろそろどうかなと。」
そのフレーズ気に入ったのか。
語呂もいいしいいのが出来て良かった・・・じゃなくて、歌枠。
「そういえば歌は聞いたこと無かったな。」
「私、歌うのは好きなんですけど、人前で歌ったことがなくて。」
「みょーん。はろーゆーちゅーぶ。」
ここで、配信終わりの電波にゅーすアカリが参加してくる。
あれだけ脅しをかけてきた割に、時間があれば我々の会議に参加してくるようになった。
私としてはかなり気まずいのだが、クズナマイにとっては頼れる先輩が出来たので無下にすることはないだろう。
「今日は何の悪巧み?」
「悪巧みじゃない。配信お疲れさん。」
「ちょうど、歌枠をやりたいって話してたの。」
アカリはなるほどねーと言いながら声が遠くなる。遅い晩飯なのだろう。
「マイちゃん、歌好きなんでしょ?」
「うん、好きだよ。」
「じゃあやっへみなはいよ。(ゴクン)アタリ、あんた難しく考え過ぎよ。」
「ゆっくり食べないと喉詰まらすぞ。そんなもんかなぁ。あと、初歌枠って付加価値が今だと付いてしまうから、尚更な。」
それが一番の問題に思う。
アイドル見習い一番星の割に、ゲームその他でバズり過ぎてしまったのだ。
「ちょっと歌ってみてよ。」
「えぇ!?今!?」
アカリの急な提案に、しどろもどろになるクズナマイ。
「あのねぇ、歌枠なんて、今のマイちゃんの規模なら何百人と見るのよ?こんなとこで歌えなくてどうするの。」
「そ、そうだけど。」
「ほら、サビとかだけでいいから!」
すると、クズナマイは観念したように何度か咳払いをし、
歌い始める。
「♪こーいーしちゃったんだーたぶんー」
「おっ!いいよいいよー!」
「おっさんかよ。」
思わずツッコミを入れる。
クズナマイはそのままサビをワンフレーズ程歌った。
「ど、どうでしょう・・・」
「うーん。」
思わず腕組みして考える。
音程は悪くないが、とにかく声量がない気がする。声が細いのか?
「よし、マイちゃんわかった。ボイトレ行こう!」
「えぇ!?」
「私が紹介してあげる!いいとこ知ってるんだー。」
そのまま、トントン拍子で日取りから何から決まってしまった。
大丈夫なんだろうか。
そもそも、二人でいく話にはなっていたが、
それって、クズナマイと電波にゅーすアカリ、オフで会うことになるのでは?
数日が経った。
夜、クズナマイの生配信を見ていると、web会議のシュポッという通知音が鳴る。
誰かと思い見てみると、
《今、話せない?》
なんと、電波にゅーすアカリからだった。
クズナマイとの会議中に割り込んでくるのが通常で、こうして向こうから二人で話をするのははじめてだった。
「どうした?」
「クズナマイの歌の件なんだけど。」
「そういえば、二人は初対面だったんじゃないか?」
「普通に可愛い女の子だったわいよ。セクハラしてやったわ。ってそれは今はどうでもよくて。」
茶化しているが、声に何となく迷いを感じる。
「マイちゃんね、かなり良くなったの。発声方法教えてもらっただけで、劇的。」
「良かったじゃないか。」
思わずほっとする。しかし、アカリはそうではないようで、
「音程も取れてる。ビブラートやしゃくりとかのテクニックは、今はいいわ。で、ここからが相談なんだけど・・・」
「なんだい?」
誰に聞かれているわけでもないのに、アカリは声量を抑える。
まるで内緒話だ。
「あの娘、歌嫌いなのかしら?」
「そんなことはないだろう。あのとき、歌は好きって答えてたろうに。」
「そう、だから、音楽は好きだけど歌うことは嫌いなのかなって話よ。」
「どうしてそう思うんだ?」
手持ちぶさたの腕を組み、無精髭を触りながら問いかける。
「全然楽しそうじゃないの。」
「えぇ?」
「歌枠に向けて、最近バズってる曲をピックアップして、マイちゃんに選んでもらったわけ。でも、歌ってる時全然楽しそうじゃないの。二人で選んでた時は、すごく楽しそうだったのよ?」
それは確かに変だ。
少なくとも、この間二人の前で歌ったときはそんな印象は持たなかった。
「ボイトレ嫌だったかって聞いても、凄く楽しかったって言ってて・・・事実、二人で発声練習してるときは凄く楽しかったの。」
「私、遠慮されてるのかなぁ?」
クズナマイの人柄上、そんなことはないと思う。
だが、アカリが受けた印象もまた、間違いないのだろう。
「曲が違うんじゃないか?」
「曲?」
「そう。クズナマイは、恐らくオタクではない。だから、最近のバズってる曲もあまり知らないんじゃないか?」
「あー、それは、あるかも。全部聴きながら選んでたしね。」
アカリもその瞬間を思い返す。
「ちょっと、その辺話聞いてみましょうか。この配信終わったら。」
「まてまて、どんな聞き方するつもりだ?」
アカリは鼻息をフンッと鳴らす。
「決まってんじゃない!あんたの好きな曲教えてーってね!」
なんでこいつはいつも突っ込んでいくことしかしないのだろうか。
「好きな曲・・・ですか?」
配信が終わり、そう遅くない内にということですぐにクズナマイを呼び出す。
「そう。どんな傾向の曲が好きなのか気になってね。歌枠の参考になるかなと思ったんだ。」
「配信すぐ後にごめんねなんだけど、ちょっと教えて。ちなみに私はー、夜遊びとーホルモンとー、」
「君には聞いてない。」
そうだなぁー とクズナマイは天を仰ぐように呟く(見えないけど)。
「こんな感じ、かなぁ?」
すると、割りとすぐにシュポッという通知音が続けて流れる。
「どれどれー?なるほどなるほど?」
アカリにも渡したのか、アカリは食い入るように見ているようだ。
私もリストに目を通す。
「ミセスに、絢香。ドリカムにヨルシカに、宇多田ヒカル・・・ん?」
特段、何ら奇妙なことはない、クズナマイの恐らくの年代では、聞いてるだろうなぁーというアーティストが並ぶ。
「ねぇ、アタリ。この、これ、知ってる?」
だが、アカリも見つけたようだ。
私も不思議に思ったアーティストが、いくつか並んでいる。
「渋すぎないか・・・」
思わず本音が漏れる。
「ねぇねぇ、マイちゃん、この、これ歌ってみてよ!」
「いいですよ!では、」
少し咳払いをして、クズナマイは歌う準備に入る。
「♪~♪~♪~」
・・・思わず聞き入ってしまった。
アカリも黙っている。
恐らくは、同じことを考えているだろう。
「じゃ、じゃあ、こっちは?こっちも歌ってみて!」
「ではでは、」
「♪~♪~♪」
「これ知ってる!空耳のやつだ!」
思わずアカリと顔を見合わせる(見えないけど)。
「・・・これだ!!」
「え、何がですか?」
クズナマイは目をぱちくりしているように、あっけに取られている。
「マイちゃん、もういっかいボイトレ行こう!この曲練習しよう!」
「い、一体なんなの!?」
数日後、クズナマイは電波にゅーすアカリに半ば引きずられるような形で、ボイトレに再度連れていかれたらしい。
そんなこんなで、歌枠当日を迎えた。
下馬評もあってか、配信待機画面(急遽こしらえた)の時点で同接数は800人弱。クズナマイの知名度からすれば、なかなかの人数である。『き、緊張するようー。』
「絶対大丈夫!ボイトレの先生の言ったこと思い出して、最後は楽しく、だよ!」
20時からの開始、本来であれば電波にゅーすアカリも配信をしたいゴールデンタイムの筈だが、クズナマイのためにweb会議に駆けつけてくれた。本人曰く、終わってから配信するから問題ないそうだ。
「行っておいで。大丈夫。見ている中の2人は確実に、君の歌声を待ってるんだから。」
「・・・はい!」
クズナマイがweb会議を抜ける。
『行ってきます。』
シュポッ
チャット欄に文字が届くと同時に、配信がスタートする。
《8888888》
《ウラララの人だ!》
《歌枠楽しみー!初!?》
《衣装良っ!!》
「しかし、急造にしちゃやるわね。あんたの差し金?」
「いや、クズナマイの弟さんらしいぞ。」
そう。
実はクズナマイ、今回の歌枠に合わせて、衣装を新丁した。
いつまでも劣化ときのそらでは、歌枠では格好がつかないからな。
《おさげ良っ!》
《感じ変わったねー!》
「あんた、なかなかいい趣味してんじゃない。」
髪も、おさげにしてもらった。
髪型が変われば、大分ときのそら感から脱却出来る。
『こんばんわ、クズナマイ、です。今日は、歌を歌います。』
沸き上がるコメント欄。
期待値は高そうだが、はたして。
『よいしょっと』
クズナマイの立ち絵に、アコースティックギターが追加される。
『今日は、私の好きな歌を歌っていくよ!聞いてくれたら、嬉しいな。』
ちなみに、アコースティックギターのモーションも、今回の歌枠のカラオケの設定も、全部弟さんがやってくれたらしい。
何者なんだクズナマイ弟。
その姿に合わせて、アコースティックギターでのイントロが流れる。
曲名は出ていない。
《なにこれ?フォークソング?》
《ちょwwwww渋すぎるwwwww》
《うそでしょwwwww》
彼女の伸びやかな声が聞こえてくる。
『♪(どれだけ歩いたら、一人前になれるかな)』
『♪(どれだけ歩いたら、休むことが出来るかな)』
《渋すぎる》《いい感じ!》《良さげ》
『♪(どれだけ頑張れば、自由になれるかな)』
『♪(どれだけやったら、見つけてもらえるかな)』
《冗談じゃなく、ほんとに良いな》
『♪(どれだけ探したら、君を見つけられるかな)』
『♪(答えは風の中、答えは風の中にあるよ)』
『♪(答えは風の中、答えは風の中さ)』
気づけば、コメント欄は静かになっていた。
『ありがとう。あれ?みんな?』
曲が終わると、雪崩のようにコメントが流れてきた。
《すげえええ》《マイちゃん、あんたすげえよ!!》
《うまく言えないけど、なにこの感情!》《88888888888888888》
『わぁー、ありがとう!聞いてくれて!』
『この曲は、私が子供の頃から大好きな曲なんだ!聞いてくれて嬉しいよ。』
思った通り、好評を博しているようで一安心だ。
『次の曲、これはみんな知ってる曲じゃないかなーと思います。』
《次の曲が読めない》《つ、次は何が来るんだ一体》
《フォーク系VTuberとかwwww》
エレキギターのイントロがながれる。
世界的なバンドの曲だ。
《あの曲じゃねーか!!》《空耳wwwwww》
『♪(あなたのことが知りたいな)』
『♪(もし私のことを好きになってくれるなら、わかってくれるよね)』
『♪(あなたに触れるだけで、幸せ胸いっぱい)』
《くるぞ》
《くるぞ》
《くるぞwww》
『♪(君と手を繋ぎたいな)』
《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》
《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》《聞いたことある!めっちゃいい!》《アホな抱擁犯》
《アホな抱擁犯》《凄くいい歌声!》《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》
あっはははははははは!!
思わず笑ってしまう
そう、これは世界的なバンドの、しかもサビが『アホな抱擁犯』に聞こえるという、とても楽しい曲なのだ。
とにかくクズナマイの歌声のクオリティが高いのに加え、思わずコメントしたくなる、なかなかにいい選曲だ。歌詞の内容も、クズナマイにぴったりだ。
『♪(君と手を繋ぎたいよ)』
《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》
『♪(君と手を繋がせてよ)』
《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》《アホな抱擁犯》
《アホな抱擁犯って何?》
純粋に歌をいいと思っている層も見てくれている。
そして、一番はクズナマイ自身がとても楽しそうだ。
無理に流行りの歌を歌わせることはなかった。
『ありがとう!』
コメントでも拍手喝采だ。
『じゃあ次はこの曲!』
《オアシスじゃねーか!!》
この後、急に最近の曲を歌ったりもしながら、歌枠は大盛況の内に終了した。
「思ってた以上だ。クズナマイの歌、凄いな。」
自分の語彙力に嫌気がさすものの、それを凌駕するものを体験した気がする。
クズナマイは、圧倒的では全然ないのだが、すぅっといつの間にか横にいて、私の服の袖を離さない。
そんな歌だった。
「お疲れ様、アカリ。これから頑張れよ・・・ってアカリ?」
そういえば、アホな抱擁犯の辺りでワシャシャシャ言ってそうだったアカリの、その声を聞いてない。
「・・・。」
「おーい、アカリ、電波にゅーすアカリ。」
「聞こえてる。」
なんだか不機嫌そうな声だ。
「どうした、良くなかったか?」
「良すぎた。」
「はぁ?」
「時間が足りない。全然足りない。マイちゃん来たら言っておいて。私の配信のあと、時間あったら話そうって!!」
「わ、わかった。」
終止機嫌が悪そう、というか焦りを滲ませたまま、アカリは自分の配信へと戻っていった。
それから数日後のこと。
「あのー、アタリショックさん。」
「うん?どうした?」
いつもの時間よりもやや早い時間帯に、クズナマイか、連絡がある。
「実は見てもらいたい、もとい聞いてもらいたいものがありまして。」
シュポッ
そういってクズナマイが送ってきたのは、1つのmp3ファイルだった。
再生すると、聞いたことのない曲が流れた。
明るく可愛らしい、モダンテクノポップなのだが、どこか影がある感じが妙に耳に残る。
機械的な声で「るららー」と歌うのみで、歌詞は無さそうだ。この声、初音ミクか?
「これは一体?」
「私、歌をもらったみたいなんです。」
「・・・ど、どういうこと?」
クズナマイも、あんまりピンときていないようだった。




