無職と底辺の会合
とにかく、誰が通りかかる(?)かわからない場所でする話ではない。
しかし、彼女は今すぐにでも話を続けてしまいそうだ。
そこで私はふと思い立ち、彼女の名前で検索する。
幸い、つぶやき投稿サイトのメックスに公式アカウント(おそらく本人が名乗っているのだろう)が存在したので、
そちらにダイレクトメッセージを送る。
『先程の者です。配信でする話ではありません。お話はこちらでしませんか?』
すると、動画配信サイト上の彼女は下の方を向く動きを見せる。
『あ!今日は用事を思い出しました!皆、それじゃあまたね!』
わざとらしくそう言うと、キャラクターがぶんぶんと横にゆれ、配信は終了した。
私以外誰も見ていないのに、律儀なもんだ。
それからすぐ、メックスにダイレクトメッセージが帰ってくる。
そこでまた私は絶句する。
「そんなアホな・・・・」
彼女は「はじめまして!!クズナマイですー!」という非常に牧歌的な挨拶と共に、web会議アプリのアカウントらしきものを送ってきていた。
壺か、宗教か、普段であれば相手にしないのだが、このときはどうしてだろうか、興味の方が勝ってしまった。
私は恐る恐るweb会議用アプリを立ち上げると、そのアカウントを検索する。
彼女はすぐに出てきた。
名前は『マイ』。
クズナマイ、まさか本名ではあるまいな。
シュポッという小気味良い音がし、彼女からメッセージが届く。
Web会議を開始したいようだ。
仕方なく、私は『会議に参加する』のボタンを押す。
画面には大きく赤い文字で『サウンドオンリー』と書かれている。
なるほど、顔は出さないと言うことだ。
幸いにして、こちらにもカメラはないためお互いに姿は見えない。
「はじめまして、アタリショックさん。クズナマイといいます。」
「えぇ、知っていますよ。それで、一体全体どういうつもりですか?誰かもわからない私を、web会議に招待するなんて普通じゃないですよ。」
私はやや責めるようにする。
「すみません、スパチャも貰ったし、お話聞いて貰えるかなーって、思いまして・・・」
最後の方は小さくて聞こえなくなった尻すぼみの声。
だが、肝だけは座っているようだ。
やれやれと肩を竦め、「まぁ、仕方ない。さっきの話ですけど」
「そう!そうなんです。私、Vtuberを続けたいんですけど、どうにもみんなに見て貰えなくて・・・」
「いつもさっきみたいな感じなんですか?」
「はい・・・いつもあたふたしちゃって、気がつくと誰も居なくなっていて」
そりゃあそうだろうなの言葉を飲み込む。
彼女は続けて、とんでもないことを言い出す。
「そもそも、『Vtuber』って、一体何すればいいんでしょう?」
「えぇ?」
「私、自分の容姿に自信がなくて・・・でも、Vtuberなら、いくらでも見た目を可愛く出来るじゃないですか。」
「それで、始めてみたと?」
「はい。私だって、そりゃ最初から何百人もーなんて、考えてなかったですよ?でも、全くいいねもチャンネル登録もなくて・・・だから今日は凄く嬉しかったんです!」
「いや、私も気まぐれに見てただけなんだが。」
彼女の嬉しそうな声にふと本音が漏れる。
「アタリショックさん、私どうすればいいんでしょう?」
「その前に聞かせて下さい、クズナマイさん。あなた、一体何がしたいの?」
彼女は一瞬黙るが、そこから決意したように話し出す。
「私、好きな人がいるんです。」
彼女の話はこうだ。
彼女には近所に年上の幼なじみの異性、通称『お兄ちゃん』がいるらしい。
そのお兄ちゃんは結構なアイドルオタクで、自分には目もくれない。
何度か告白したこともあったらしいが、全て断られたのだろう。
そこで、彼女はそのお兄ちゃんを振り向かせるため、アイドルになりたかったのだけど、さっきの言葉の通り容姿に自信がなかった。
そこで、たまたま見かけたキズナアイ、ときのそらを見て『これだ!』となったらしい。
「私には、もうこれしかないんです。」
「あほくさっ」
「な、そんなことないです!!」
「仮にそのお兄ちゃんがクズナマイを好きになったとしても、それは『あなた』じゃなく、『クズナマイ』というキャラクターを好きになるということではないんですか?」
図星だったのか、「うぐっ」と言って彼女は押し黙る。
ほら見たことか。
事実、配信者、Vtuberは決して甘くない。
無難なお喋りやゲームだけしていれば、歌っていれだけいればいいものではない。
ましてや彼女のような動機で始めたものなら、全てがうまくいったとして最終的にこの問題にぶつかるのは、火を見るよりも明らかだ。
馬鹿馬鹿しい。時間の無駄だ。
「あなたが思うほど、VTuberは甘くないと思います。」
私は冷たく言い放つ。可哀想だがこういうことは早いに越したことはないんだ。そう、早い方がいい。
「まぁ、人間誰しも得意不得意が」
「っそれでも!!」
彼女は急に大声を出す。
「もう、3回も振られてるんです!私のことなんて眼中にないことなんて、とっくにわかってるんです!それでも、それでも!」
感情の堰をきったように、彼女の口から言葉が漏れだしてくる。
「どうしても、諦められないんです・・・お兄ちゃんを、諦めたくないんです。一度でいい、振り向いて欲しいんです。」
悲壮感さえ感じる慟哭。
いよいよこのクズナマイが何歳なのか分からなくなってくる。
ついに嗚咽まじりに鼻をすする始末。
泣いても何も変わらない。
でも、いつかのように直感がささやく。
『この娘は、はたして。』
いけない。この直感はいけない。
私の悪い癖だ。
色々な考えが巡るが、それが終わる前に口から言葉が出ていた。
「あなたは、そもそもVtuberって何か知っていますか?」
「・・・へ?ええ、なんとなくは」
彼女はきょとんとしたので、捲し立てる。
「では、何人知っていますか?彼ら、彼女らの所属は?どんな事務所があるか、何人在籍しているか、どのぐらいの予算規模か、何人同接が、そもそも同接の意味は、そして彼ら彼女らが何を配信しているか」
捲し立てられるだけ捲し立て、一息ついて豪速球を投げるかの如く問う。
「あなた、知ってますか?」
「え、えぇ、えぇっとぉ・・・」
彼女はしどろもどろになる。
「我々人間というものは、知らないことは出来ません。わからないことは出来ません。ですが、知ることは出来る。あなたは、まず、Vtuberを知らなければならない。」
「で、でも、どうやって?」
私はモニターにビシィと指を指す。
「これから1ヶ月、毎日、起きてる間ずぅーーーっと、Vtuberの配信を見て下さい。大手や個人、トップVtuberから底辺まで、全部見るつもりで!」
「は、は、はい!」
「あなたが何者かになるには、何者になるのかを知りなさい!話はそれからです!!」
ポカーンとしているのか?彼女は黙っているが、
我に返ったように
「わ!わかりました!ありがとうございます!!」
すると、彼女は逃げるようにweb会議を抜けてしまい、私だけが残った。
ふぅと一息、久しぶりにいい汗をかいた等と思ってはみたものの、
ふと我に返ると、とんでもないことをしていたことに気づく。
「何故あんなことを言ってしまったんだぁ」
無職のオッサンが、年齢不詳の異性の配信者にweb会議でお説教とは、なかなかの地獄絵図である。
まぁ、これで彼女がどう動くかについては少しだけ興味がある。
もっとも、動けば、の話だが。
だが、私の予想を覆し、彼女は動いたのだった。




