バスチオン
聖暦1936年4月。
ベリエ王国の東部平原地帯で軍事演習を行っていたゲルマニア帝国は、突如としてベリエに宣戦を布告。侵攻を開始した。
帝国軍陸軍総司令部は、ベリエ遠征軍をラインハルト皇子率いる北方軍集団と、マクシムス大将率いる中央軍集団の2つに分ける。
北方軍集団はベリエを北回りに取り囲むように前進し、大西洋からの連盟からの援軍を遮断するのを目的とした。中央軍集団はその側面を援護して、占領地を確保、ベリエの反撃を防御する役目を担っていた。
ラインハルト皇子は、その独自の軍事思想から、小規模の部隊が全ての兵科を取り揃える装甲突撃大隊を考案。ベリエ東部の重要拠点を次々と陥落せしめる。
侵攻の対象とされた港町エマールもわずか数時間で陥落。
カリウスを始めとする生存者たちは、ベリエ王国の首都ゼレガルドに身を寄せた。
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ゼレガルドの歴史は2000年以上前、魔王軍の野営地から始まった。そこから時代がくだり、中世に入ってベリエ王家がこの地を統べるようになると、ゼレガルドは城塞都市に姿を変えてベリエの文化的、商業的な中心地として栄えた。
街を見下ろすように囲む白亜の長城、ゼレガルド城にはベリエ王国元首、ケルダン王が住まう。
長らくベリエは他国の紛争に関与しない、同盟にも参加しないという、中立主義を国是としてきた。しかし、それは武器を捨てた平和を意味しない。
ベリエでは、国民皆兵制度がとられていた。
この制度では小、中、高と、各教育機関での軍事訓練を必修の単位科目としており、有事の際には一般市民が正規軍とは別の防衛主体の二線級部隊、予備兵団に招集されるのだ。
帝国との戦いの局面が次第に深刻なものになりつつある今、カリウスとアデーレも当然のように、予備兵団に配属される運びとなった。
ゼレガルドの郊外、森を切り開いた平原に広大な兵営が広がっていた。
敷地の大部分を埋め尽くすのは、兵卒用の簡素なテントの群れだ。整然と並ぶそれは工場のベルトコンベアの上に並ぶ商品を思わせる。その脇には木製のカマボコ型宿舎が並び、下士官向けの居住スペースを形成していた。
そして、敷地の端っこには、将校用の優雅な建物が佇んでいた。まるで貴族の別荘を思わせる白壁の邸宅で、周囲の質素さとは対照的に、穏やかな威厳を放っている。
その中の一室、真新しい将校用の個室は私物の少なさからか、まだ無機質な印象を残していた。壁際に置かれたハンガーには、二人分の軍服が静かに掛けられ、部屋の空気を引き締めていた。ベッドは二つ。内装は簡素だが清潔で、窓からは分列行進を行う兵たちの喧騒が遠くに聞こえてくる。
「今日からここが僕とアデーレの部屋かぁ……わ、トイレとお風呂までついてる」
カリウスが目を輝かせて部屋を見回している。広さはそれほどでもないが、戦時下の兵営にしては贅沢な設備だ。一方のアデーレは何か悪いことでもしてしまったかのような顔をして、兄の後ろで俯いていた。
「兄さん、こんなに良い部屋……いただいて良いんでしょうか」
「おっ、これが軍服だな。出頭する前に着替えておかないと」
「もう……」
アデーレが苦笑する中、カリウスはハンガーから濃紺色の軍服を取り、狭い浴室に引っ込んで着替えを始めた。一方、アデーレは広い方の個室で静かに着替える。
着替えの最中、彼女は鏡に映る自分の姿に、ふと目を留める。袖を通した軍服の記章は少尉のもの。それを見て、アデーレの胸に小さな棘が刺さる。
彼女はまだ少尉としての正式な訓練課程を修了していない。にもかかわらず、こんな贅沢な部屋が割り振られるのはどう考えても不自然だ。
ただの親切心から? いや、違う。
英雄、「スタインドルフ将軍の娘」、そうあれかしと期待されているからだ。
この兵営に集まった多くの人たちを戦場に送り込み、その命を使い潰すために、自分の名前が、愛する父の存在が使われる。
エマールで見た光景が脳裏に蘇る。街路に倒れた民警隊の人々。銃弾に貫かれ、炎に焼かれていった彼らは何を信じて逝ったのだろう。
そんな彼らが信じるものの中に自分が入るのか。そんな暗い予感を胸の奥に押し込むように、彼女はジャケットのダブルボタンを留めた。
「――大丈夫。私には兄さんがいるもの」
『アデーレ、もういいかな? まだかかる?』
「あっ……、もう大丈夫です、兄さん。」
着替えを終えて出てきたカリウスは、軍服の落ち着いた紺色に、自身の緋色の髪が鮮やかなアクセントを加えていた。
カリウスが着てる戦車兵用の軍服は、乳幼児用のつなぎ服や、大人用のシャツジャケット型の作業着に近い、上下一体のカバーオールだった。
生地は難燃性のウール素材で、ファスナー付きのポケットが太もも、袖、胸にある。歩兵の軍服と違うのは、お尻のとこにマジックテープがついていることだ。これにより、服のチャックを全部開けなくても用を足せるようになっている。
さらに特筆すべきは、軍服後ろ、襟の下についた大きめのハンガーループだ。この布の輪っかは、着用者が意識を失った際、他のクルーが掴んで、彼を燃えてる戦車から引っ張り出すのに使う。
そのデザインの全てに意味があり、それを形作るために誰かの死が横たわっている。軍服とは、そういうものだ。
「どうかな?」
「格好いいですよ兄さん!」
一方のアデーレの戦車将校用の軍服は、上は裾の短いジャケットタイプ。襟には縁取りのバイピングがついていて、上品さを演出している。護身用拳銃とホルスター、また、小物を入れられる少し大きめのヒップバッグのようなマップケースが付属し、彼女の細やかな印象に良く似合っていた。
同じおろし立ての服でも、カリウスは新入りの自動車整備工のようだが、アデーレは本人の資質もあって貴族のような気品があった。
――と、その時。扉の向こうからノックの音が響く。
個室の扉の向こうから、メリナのどこか弾んだ声が聞こえてきた。
『アデーレちゃん、入ってもいい?』
「どうぞ!」
部屋に入ってきたメリナは、「へぇ」と短く声を漏らし、どこか物珍しそうに将校用の部屋を見回す。
彼女は以前の民警隊の制服から、正規軍制式の軍服に変わっていた。
装甲用のハードポイントが各所についた偵察用装甲服で、実戦的な動きやすさと防御性を兼ね備えている。以前の簡素な装いのそれとは違い、戦いの中で洗練された、機能的な美が揃っていた。
「あ、もう着替えたんだ」
メリナはカリウスが着込んだ軍服を下から上までしげしげと見つめた。
そして。
「うん! 思った通り。全然似合ってない!」
「え、えぇぇ?」
「いかにも貸衣装って感じ! 着こなしがぜんぜんなってないわ」
「そうかなぁ……ちゃんと規定通りだと思うけど」
「だからよ。そんなカチカチの着方じゃ、古参兵に舐められちゃうわよ。――ほら、ばんざーい、手を上げて!」
「……こう?」
メリナがベテラン兵だけが知るこだわりの着方をさせる。袖を揉んで少し捲り、ポケットのフラップを留めていたボタンを外す。
「え、そんなことしていいんですか?」
「ボタンを戦車の中に引っ掛けるほうが問題でしょ」
「それもそうか」
そうして彼女はカリウスの着こなし全体を少しラフに整えた。
まるで古着のように体になじむよう、彼女の指先が軽やかに動く。
「後はもうちょっとダルそうに片足に重心をのせるといいわね。うん、そんな感じ」
「へぇ……アデーレもやってもらう?」
「アデーレちゃんは良いのよ。将校だし、女の子なんだから」
「よくわからないなぁ……」
「なら言う通りにしなさい。軍隊には秘密のルールが有るの! 例えば……」
メリナはぴんっと指を立てると、楽しげに兵営における秘密のルールを説明し始める。食堂では、トレイを左手に持ち、右手を空けて敬礼の準備を怠らないこと。もし敬礼ができなかったら、分隊全員のトレーがひっくり返されること。
寝台では、シーツの折り目をぴったり揃えておくこと。さもないと当番の古参兵にムチャクチャにされる通称「台風」に襲われること。
トイレは暗黙のマナーとして奥から詰めて素早く使うこと。さもなければ上から水をぶっかけられる。そんな軍隊生活の秘密を、彼女は生き生きと語った。
「なるほど。不文律。いや、むしろ言葉にして残してはいけない、決して歴史の書物に乗らない知識だ。参考になるなぁ……」
「なんか、そうクソ真面目に言われると困るわね」
「……あっそうだ! 兄さんに渡すものがあったんだ!」
「?」
机の中から新聞紙の包みを取り出した。
包みを広げると、その中にあったのは二組の※略帽だった。
※パレードに使うフォーマルな帽子とは異なる、装飾のない帽子のこと。
「これ、ミアさんが私と兄さんの為にって、縫ってくれた略帽です」
「ミアさんが?」
「はい。今朝届けてくれたんです」
カリウスは妹が大事そうに持った包みから、そっと両手で略帽を手に取った。
素朴な帽子を通じてミアの温かい想いが伝わってくるようだ。
スタインドルフ家の使用人であり、二人の父、母が亡くなってからは、母親代わりのような大切な存在でもあったミア。
そんな彼女から贈られた略帽を被った二人の姿を、メリナが見つめる。カリウスは少し照れくさそうに、アデーレは穏やかに微笑んでいた。
「うん、二人とも――とっても似合ってるよ!!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
なんか序盤が終わった風を出してますが、実はこれからだったりします。
ついでに作者からのお願いです
「お、ええやんけ」と思われた方はブックマーク、評価をおねがいします。
「はーつっかえ」と思われた方も、面倒でしょうが評価してくれたら嬉しいです。
まぁ、ここまで読めたから☆投げとくか。
みたいなつけかたでもかまいませんので、どうか、どうか、がくっ…




