断章 急き立てられて(帝国サイド)
ハイゼン少佐は、副官からの被害報告を黙って聞いていた。
「先の戦闘により、マムート重戦車3両が全損。歩兵一個小隊がほぼ全滅しました。支援の工兵隊も使い物になりません」
「マムートや歩兵はともかく――問題はアレだ。ヴェータはどこにいったんだ?」
「……まったくわかりません」
「わかりませんですむか! あれは安全装置のない爆弾だぞ!」
怒声とともに、少佐は手にしていたクリップボードを副官へ投げつけた。だが副官は微動だにしない。怒りの矛先を受け止めることにも慣れているのだろう。
「といいましても、兵士の目撃情報も手がかりになりそうなものは……。
ただ、光に包まれて消えたとか、バケモノがあらわれたとか……」
「なんだそれは。完全なパニックで、まともな情報が何一つないじゃないか」
(すぐさま指揮車両の後退を決めたの、自分のくせに……)
「なんだ?」
「いえ、なんでも」
「ベリエに飛んでいったのなら、まだいい。だが、もし帝国に――
あれが本土のどこぞの街に現われていたら、俺たちは終わりだぞ」
「やっぱり、軍法会議とかになりますかね?」
「裁判なしの即決処刑に決まってるだろ! クソが!」
少佐はどん、と装甲車に据え付けられた地図台に拳を叩きつける。
金属の震えが車内に響き、周囲の兵士たちが一瞬だけ息を呑んだ。
「どうするんですか少佐……?」
「……もはや前進するしかない。そしてヴェータを見つけ出すか、もし見つからなくても、作戦目標を達成していれば、首はつながる……はずだ」
「まだアルデナの森のどこかにいますかね?」
「そう祈りたいな」
少佐は装甲車の後部ハッチから外を振り返った。
帝国軍の主力部隊が、森の縁に沿って展開している。アルデナの森は機甲師団の進軍には不向きだ。だが林業と農業のために敷かれた道路網が、わずかながら進路を与えてくれる。不向きではあるが――不可能ではない。
その「わずかな可能性」に、彼らの命運がぶら下がっていた。
「奇襲を仕掛けてきた小部隊は後退した。おそらく次の阻止線で俺たちを待ち受けるだろう。遅滞戦闘をしかけてきた連中の狙いは見え透いている」
「連盟の援軍待ちですかね?」
「間違いなくそうだ。偵察情報によれば、相手は新型の重戦車1両と歩兵2個小隊程度の戦力だ。規模からして実験中隊か何かだろう」
「たまたま現地にいたから、火消しに送られただけの連中、と?」
少佐は落ち着きを取り戻したのか、地図台を指で叩きながら西方――ベリエと連盟の国境線を示した。
「そうだろうな。遅滞戦闘はあくまでも時間稼ぎのためだ。後続の展開、あるいは援軍のあてのない遅滞戦闘などありえない」
「連盟は動きますかね」
「国境に到達すれば動くだろう。しかし情報によれば、国境に控えている連盟軍は、砲兵と歩兵、騎兵からなる連隊だ。師団規模の攻撃を受け止めきれる戦力じゃない」
副官が手元の資料を確認しながら続ける。
「複数の航空偵察の情報を照らし合わせると、砲兵が持っているのは騎兵砲ですね。騎兵はセントールなので、重装歩兵と考えたほうがいいですが……しかし」
「戦車が無いのが不気味か?」
「はい。装甲戦力が皆無というのは気になりますね」
「当たり前だ。戦う気なんて最初からないからな」
「えっ、連盟は援軍として連隊をおいているのでは?」
「違う。あれはアリバイだ。『ベリエを見捨てるつもりはなかった』という言い訳を作るためのな。だが実際には――ベリエを切り捨てるつもりだ」
上官の言葉に、副官が息を呑んだ。
「……最初から撤退を織り込んでいるから、機動力のある騎兵と騎兵砲だけで構成している、と?」
「そうだろうな。そもそもの話、防衛に戦車は不向きだ。撤退しそこねて戦車を失うのを恐れているんだろう。ケツをみせた戦車ほど脆いものはない」
「ということは……前進することが、最適解となるわけですね」
「そうだ。今この時間から、我が方面は前進あるのみだ。国境にたどり着きさえすれば、自ずと勝利が転がり込む。まともに戦う気があるものなど、一人もいない」
ハイゼン少佐は通信兵に合図し、差し出された無線機を受け取った。
「私だ。第4戦車連隊は砲兵の展開を待たず前進しろ。お前たちはただ前進して、塗り絵をするだけでいい。第3戦車連隊は第2大隊が側面を保持。第1は予備待機だ」
無線を切ると、少佐は改めて自軍の戦力を思い描いた。
彼の指揮下には2個戦車連隊――機関砲装備の軽戦車が70両づつ。重戦車8両(うち3両はすでに破壊)。支援戦車8両、指揮戦車5両がある。
数は圧倒的。
それに加えて、敵に戦意がないのなら、十分すぎる戦力といえた。
アルデナの森の向こうに広がる国境線。その先にある政治的勝利。
すべては、前進することで手に入る。
少佐は短く息を吐き、装甲車のハッチを押し開けた。
冷たい風が吹き込み、戦場の匂いが肺を満たす。
「――行くぞ。勝利は、歩みを止めない者が手にする」




