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僕たちの「矛」


 しばしの沈黙。


 なおもティーゲル号は、アルデナの森林地帯を走り続ける。

 キャタピラが泥土をつかみ、機関が唸る音だけが森に沈んでいった。


「僕と、あれが同じものだって……?」


「左様にございます。人工天使は、御主の力を模して作られました。

そしてそれは――主上の胸に刃を沈めるためだったのです」


「……教えてくれ、マクシムス。

1000年前も魔王が現われたと記録されている。

そのときの僕は――どうやってあれを倒した?」


「エーテルにはエーテルを――でございます」


「エーテルには、エーテル……?」


「はい。主上は人工天使(セラフィム)の作り出した純粋なエーテルに対し、主上御自らのエーテルをぶつけました。それにより『歪み』が正され、彼の者の魂は砕けました」


 カリウスは得心がいったように頷いた。

 だが、アデーレはマクシムスの言葉を噛み砕ききれない様子だった。


「歪み……ですか?」


「アデーレ、それは僕から説明しよう。教授が言ってたことと関係あるかも」


「教授って、兄さんが大学にいたときの?」


「うん。僕はシャルロッテ教授から魔法とエーテルについて、その本質を訊いた」


「――ならば、御主にこれ以上の説明は不要ですな?」


「あぁ。エーテルはこの世界を形作る本質だ。在るという事実そのもの。だからそれを抱えすぎると、その存在そのものの本質に世界が偏る。それが魔法だ」


「やはり御主ですな。《《それ》》です。それが魔導の極意に御座います」


「やるべきことはわかった。あれは……僕たちの力で『倒せる』。」


「……今、なんと?」


 信じられない言葉を聞いたとばかりに、マクシムスの眼窩の炎が揺れ乱れた。


「兄さん」


「うん。ティーゲル号――僕たちが乗っている戦車は、エーテル災害を巻き戻すために純粋なエーテルを放てる。これを使えばセラフィムを止めれるんだろ?」


 マクシムスが浮かべる炎が熾火のように小さくなった。

 そして彼は、法衣の裾をひるがえし、遠い向こうを見るように顔をあげた。


「――運命の悪戯とはこの事を言うのでしょうな」


「どういうことだ?」


「ティーゲル号もまた、御主なくしては存在し得なかったということです」


「僕たちのティーゲルが……?」


「左様。」


「……ティーゲル号も、僕がいなければ存在し得なかったって、どういう意味だ?」


「正確には――御主が千年前に見せたものが、人々に幻想を抱かせたのです」


「僕がみせたものが、幻想に?」


「はい。御主がセラフィムと戦ったあの時、周囲にいた者たちは見たのです。

人が、世界の本質たるエーテルを直接ぶつけ、歪みを正す光景を」


 アデーレが風に髪を押さえながら首を傾げた。


「でも……そんなの、普通の人にはできないよね?」


「できませぬ。だからこそ『幻想』だったのです。

――だが、人は『幻想』を求め、追いかける生き物です」


 マクシムスは、森を駆け抜けるティーゲル号の青色の排気をちらっと見た。


「千年前の戦いを見た者たちは思ったのです。

『あの力を、どうにか自分たちの手で再現できないか』 と」


「……それが、エーテル機関の始まり?」


「いいえ。最初はただの夢物語でした。魔法は選ばれた者だけのもの。人の身でエーテルを操るなど、とても叶わぬ願いだったのです」


 ティーゲル号が段差を越え、車体が大きく揺れた。

 カリウスはハッチの縁を掴みながら、マクシムスの言葉を待つ。


「しかし二百年前――技術復興の時代に、狂気の天才が現れました。彼は考えたのです。『ならば、エーテルそのものを封じ込め、燃やし、制御すればよい』 と」


「……人にできないなら、機械に。エーテル機関の発明者か」


「左様。彼は魔法を“技術”へと落とし込みました。

その結果、青白い炎は街を照らし、工場を回し、船を動かし……


「そして今、ティーゲル号を走らせている」


 アデーレがマクシムスの言葉を継いだ。


「じゃあ……つまるところ、僕たちの戦車の力って――」


「御主が千年前に振るった『力』を、凡人でも扱えるようにしたものです」


「僕の戦いを見た者たちの幻想が、技術となり、形となり――

今こうしてまた、僕の手に戻ってきたってわけか」


 カリウスはしばらく黙り、後ろに流れ続ける森の木々を見つめた。

 やがて、低く呟く。


「歴史が、巡ってきたんだな。僕が千年前にやったことが、誰かの心に残って、それが巡り巡って父さんたちの手に渡って――ティーゲル号になった」


「運命とは、往々にしてそういうものです。御主がかつて示した力は人々に幻想を抱かせ、時を越え、技術となり、今また御主の敵を討つためにここにある」


 古より時代を見つめ続けたリッチは、その骨の手でティーゲルの主砲を叩いた。


「すでに『矛』はあります。ならば振るうだけにございます」


「――あぁ。」


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