断章 モンスターハンター
ベリエ領の森を抜ける街道は、昼なお薄暗かった。
新型戦車ルクスのエンジン音が、湿った空気を震わせながら進んでいく。
砲塔の上で風に吹かれながら、クルツは深いため息をついた。
「……なんでよりにもよって、俺たちなんだよ」
「軍曹、今日三回目ですそれ」
操縦席からフェルディの声が響く。
「三回じゃ足りねぇよ。百回言っても足りねぇよ。なんだよ〝危険物の処理〟って。いつから俺たち爆弾処理班になった?」
「でも、危険物って、爆弾とかじゃないんですよね……?」
ハンスが無線機のダイヤルをいじりながら眉をひそめる。
「らしいな。司令部の説明によると――」
クルツは紙を取り出し、読み上げた。
「えー『中世に魔女が封印した怪物が、ベリエ領の地下で活動を再開した可能性あり。帝国北方軍はこれを危険物と認定し、貴官らに排除を命ずる』」
「……怪物?」
「……封印?」
「……中世?」
三人の声が見事に揃った。
「軍曹、それ絶対、俺たち軍人の仕事じゃないですよね」
「うん。俺たち、戦車兵だよね? モンスターハンターじゃないよね?」
「魔女って、あの魔女ですか? おとぎ話の?」
「知らん。俺だって知らん。でも司令部は危険物って言ってるし。危険物なら戦車で踏めってことなんだろ」
「踏めるかぁぁぁ!!」
フェルディの悲鳴が操縦席から響いた。
その時、砲塔の中から小さな声がした。
「……怪物。楽しみ」
ヴェータ中尉――銀髪の少女が、砲塔の影からひょこっと顔を出した。
「おい、ヴェータ。移動中にウロチョロすると頭ぶつけるぞ」
「……ごめん」
相変わらず表情は薄い。
だが、瞳だけはどこか楽しげに揺れていた。
「……戦うの?」
「いや、戦わねぇよ! できれば帰りたいんだよ俺たちは!」
「軍曹、泣かないでください」
「……怪物。……封印。……魔女」
ヴェータはぽつりぽつりと呟く。
「……大丈夫、得意」
「得意って、何がどうなればそうなるの!?」
「……ヴェータ中尉。愛国連隊所属」
「いや、そういう意味じゃなくてだなぁ!」
ルクスの後方には、歩兵小隊が列をなしてついてきていた。
だが――
「なぁハンス。あいつら、小銃持ってなくね?」
「持ってませんね」
「なんで対戦車小銃と狙撃銃ばっかなんだよ」
クルツが振り返ると、歩兵たちは妙に重そうな銃を抱えていた。
長い銃身、太い銃口、肩当てに補強板。
どう見ても対歩兵用ではない。
「おーい! なんでそんな物騒なの持ってんだ!」
クルツが後ろに向かって叫ぶ。
色違いの甲冑を着込んだ歩兵隊長が、肩をすくめて答えた。
「司令部の命令でして! 通常火器は効果が薄い可能性ありとのことです!」
「通常火器が効かないって……」
「じゃあ何が効くんです?」
「火炎放射器とか、爆薬とか?」
「知らん! 知らんけど嫌な予感しかしねぇ!」
その時だった。
ルクスの前方、森の奥から――
風とは違う、低い唸り声のような音が聞こえた。
「……軍曹」
ハンスが無線機から顔を上げる。
「なんか揺れてますよ……ずん、ずん、ずんって、確実に地震じゃないですよね」
フェルディが操縦席で震えた声を出す。
「軍曹……これ、本当に戦車で行く任務なんですかね……?」
「嫌だけど行くしかねぇんだよ! 俺たちは命令に従うだけだ!」
「軍曹、こういうときだけ妙に軍人っぽいですね」
「黙りたまえフェルディ君!」
森の奥で揺れていた空気が、ついに破裂した。
――ドォン。
地面が跳ね上がるほどの地響き。
ルクスの履帯が浮き、歩兵たちが思わず膝をつく。
「やっべぇ……来たぞ!」
クルツが叫んだ瞬間、森の闇を裂いて《《それ》》が姿を現した。
最初に見えたのは、巨大な影。
次に、うねるような長い胴体。
そして――二対の翼が、闇の中でゆっくりと広がった。
手足のない、巨大な蛇のような体。
だが、背には蝙蝠のような翼が四枚。
鱗は黒鉄色に光り、目は溶けた金属のように輝いている。
歩兵の誰かが、震える声で呟いた。
「……リ、リンドブルム……?」
その名は、古い伝承に語られる〝地竜〟。
地中を泳ぎ、雷を纏い、幾多の王国を滅ぼした災厄として語られる存在。
クルツの吸い込んだ空気が、胸の途中で凍りつく。
「……おいおい。俺たち、なんで伝説の怪物と戦う羽目になってんだ……?」
「軍曹、泣かないでください」
「泣いてねぇよ!」
「歩兵、展開! 散開しろ! 距離を取れ!」
歩兵隊長の怒号が響き、兵たちが左右に散っていく。
「フェルディ、前進はするな! ここで止まれ!」
「了解っすけど軍曹、あれ本当に戦えるんですかね!?」
「とりあえず撃つ! 後は祈れ!」
「ですよねー」
クルツは車長用ハッチから身を乗り出し、キューポラに据え付けられた機関銃を構えた。
「ハンス、歩兵の位置確認!」
「右に狙撃班、左に対戦車小銃班! 後方に予備!」
「よし……撃てぇッ!!」
主砲同軸の機関銃が同時に火を噴いた。
連射の衝撃が砲塔を震わせ、弾丸がリンドブルムの胴体に雨のように降り注ぐ。
しかし――
バチッ!
血しぶきではなく、青白い火花が舞った。
「……跳ね返した!?」
「軍曹、あいつ……体が光ってます!」
リンドブルムの全身が、まるで雷雲の中心のように電撃をまとっていた。
銃弾が触れた瞬間、電撃が弾丸を灼き尽くして火花を散らす。
「おぃ待てぃ!! こいつ、銃が効かねぇのかよ!」
「普通こういうのって、技術の差で圧勝するもんなんじゃないですか?」
「言うとる場合か! 主砲装填! 弾種徹甲!」
「はい!」
「狙撃班、撃て!」
「対戦車小銃、胸部狙え!」
パンッ! パンッ!
ドォンッ!
続いて狙撃銃と対戦車小銃の弾丸が、リンドブルムに殺到する。
機銃弾よりも重い銃弾は雷の膜を抜ける。
だが――
ギィン!
金属を叩いたような音が響き、弾丸は弾かれ、地面に転がった。
「効いてねぇ……!」「鱗が硬すぎる!」
「どうすんだよこれ!」
リンドブルムが、ゆっくりと頭をもたげた。
その口の奥で、青白い光が渦を巻く。
「あ、軍曹……あれ、やばいです」
「見りゃわかる!!」
次の瞬間――バリバリバリバリッ!!
雷撃が地面を這い、歩兵たちの足元を爆ぜさせた。
「うわああああッ!!」
「伏せろ!!」「いや、飛べ!!」
土が跳ね上がり、木々が焼け焦げる。
ルクスの装甲にも電撃が走り、車体がビリッと震えた。
「のおおおぉぉん!!! フェルディ! エンジンは!?」
「生きてますけど、これ以上食らったらヤバいっす!」
「ハンス! 歩兵の損害は!?」
「負傷者がいますが! 半分以上まだ立ってます!」
「いいぞ! お願いだからもうちょっと根性見せて! お願い!」
その時、砲塔の中から小さな声がした。
「……竜。……雷。……エーテルの壁」
「おいヴェータ、何かわかるのか!?」
「……うん。あれは……普通の武器じゃ、倒せない」
「ヴェータ君、それはおじさんも知ってるよ!?」
クルツが叫ぶと、ヴェータは首をかしげた。
「……でも、倒せる方法はある」
「本当か!?」
「……うん。近づけば」
「近づけるかぁぁぁ!!」
リンドブルムが、再び雷を纏いながら身をくねらせた。
その巨体が、ルクスと歩兵たちへ向けて迫ってくる。
「軍曹! 来ます!」
「わかってる! 全員、構えろ!!」
雷鳴が轟き、地竜の影が戦場を覆い尽くす。
リンドブルムが雷をまとい、巨体をくねらせて迫ってくる。
ルクスの装甲に走る電撃が、車内の空気を焦がした。
「軍曹! このままじゃルクスの中がオーブンになっちまいます!」
「わかってる! わかってるけどどうしろってんだよ!」
その時だった。
「……貸して」
砲塔の影から、ヴェータがひょこっと顔を出した。
無表情のまま、装填待ちの徹甲弾に手を伸ばす。
「おい、ヴェータ? 何する気だ?」
少女は答えず、砲弾を両手で包み込むように触れた。
その小さな指先から、淡い青光がじわりと広がる。
――ひゅう、と空気が吸い込まれたような音。
砲弾の表面に、青い光が浮かび上がった。
「……おまじない」
「おまじないって……お前なぁ……!」
クルツは頭を抱えた。
だが、砲弾は確かに光っている。
一見して、ただの光ではないことはわかる。
まるで生き物のようにうねり、拍動していたからだ。
「……これ、本当に大丈夫なんだろうな!?」
クルツが怒鳴ると、ヴェータは無言で親指を立てた。
「……っ!」
だが、もう時間はない。
リンドブルムが次の雷撃を溜め始めている。
クルツは怪しく光る徹甲弾を主砲に押し込むと、主砲側面の操作レバーを倒し、砲尾を閉鎖した。ガコン、と音がして砲に命が吹き込まれる。
「……ハンス!」
「はい軍曹!」
「ぶっぱなせぇぇぇ!!」
「了解ッ!!」
照準器を覗いたハンスが、昇降ハンドルの奥のレバーを引き倒す。
――刹那。
カッ!!
砲塔が震え、青い閃光が一直線に飛び出した。
青光がリンドブルムの胸部へ吸い込まれるように突き刺さる。
次の瞬間。青い爆発が、森を照らし出した。
雷鳴のような轟音。青白い光がリンドブルムの体内から噴き出し、その巨体を包んでいた電撃が――ふっ、と消えた。
「……え、マジ?」
「電撃が……消えた?」
「軍曹、効いてます! 効いてますよこれ!!」
「でも、今のあれって……」
「――!」
リンドブルムが苦悶の声を上げ、地面をのたうつ。
その鱗からは、大小の青い燐光が煙のように立ち上っていた。
ヴェータは砲塔の中で、静かに呟いた。
「……エーテルにはエーテル。」
クルツは振り返り、少女を見た。
「お前……何者なんだよ……」
ヴェータは首をかしげ、いつもの無表情のまま、ぽつりと言った。
「……ヴェータ中尉」
「いや、そうなんだけど、そうじゃなくってぇ!」
だが、文句を言いながらも、クルツの顔には確かな安堵が浮かんでいた。
ルクスの砲塔が再び旋回し、青い光を失ったリンドブルムへ照準を合わせる。
「よし……! 今度こそ、仕留めるぞ!! ファイア!」
2発目の徹甲弾が怪物の胸元を穿つ。
鮮血が鱗の上を流れ、蒸気が上がる。
青い爆発で電撃を剥がされたリンドブルムが、怒り狂ったように咆哮した。
巨体がのたうち、地面をえぐり、木々をなぎ倒す。
「軍曹! 今のうちに距離を――」
「フェルディ、バックだ! このまま遠間から仕留める!」
ルクスが後退を始めた、その瞬間。
「……いってくる」
ヴェータが砲塔からひょこっと顔を出し、次の瞬間には戦車の外へ飛び降りていた。
「あ、ちょっと待てヴェータ!? どこ行く気だ!!」
「ちょ、軍曹まで行かないでくださいよ!」
少女は地面に軽やかに着地すると、両手を胸の前にそっと重ねた。
――空気が震えた。
周囲のエーテルが吸い寄せられるように集まり、少女の手の中で青白い光が凝縮していく。
やがて、光は一本の刃となった。
光の剣――アルマと戦った時と同じ、あの姿。
「……いく」
ヴェータは地面を蹴った。
その動きは、まるで重力を無視したかのように軽い。
リンドブルムの巨体が迫る。
雷を失ったとはいえ、鱗は鋼鉄より硬い。
だが――
ズシャッ!!
光刃が鱗を裂いた。
青い火花が散り、竜の血が蒸発する。
「はいぃぃぃぃぃ……?」
「軍曹、あれ絶対人間じゃないですよね……?」
「俺は何も見てない。お前らも見てない、OK?」
「はーい」
ヴェータは竜の胴体を駆け上がり、翼の付け根を斬り裂き、尾の一撃を紙一重で避け、最後に、竜の頭部へ跳び上がった。
少女の両手に握られた光刃が、真っ逆さまに振り下ろされる。
――ズシャァァッ!!
リンドブルムの咆哮が途切れ、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
土煙が舞い、森が静まり返る。
その中心で、ヴェータはくるりと振り返り――
「……ぶいっ」
無表情のまま、Vサインをした。
「「「…………」」」
歩兵も、クルツ隊も、全員が口を開けたまま固まっていた。
「軍曹。愛国連隊って、アレが普通なんですかね?」
「んなわけあるか。アレが普通だったらもう戦争終わっとるわ」
「ですよね。っていうか俺たち、同じの見ましたよね。エマールで」
「「「………………!!!」」」
「ハンス君。この場の全員に通達だ。見るな、聞くな、考えるな。アレ、真相を知ると『お前たちは知りすぎた』って頭がパァンされるやつだぞ」
「了解です」
後日。
宿営に帰還した彼らは、急ごしらえの戦勝会を開いた。歩兵たちはソーセージを焼き、ジャムの瓶を開け、パンを切り分け、酒を回し、勝利に浮かれていた。
そして――
「……もぐ」
「……もぐもぐ」
「……ん」
ヴェータの前には、ソーセージの山、ジャムの瓶が数本、パンの籠、特別配給の果物とケーキの皿まで置かれていた。まるで王様だ。
「おい……なんであいつだけあんなに食い物集まってんだ?」
「そりゃまぁ、竜を倒した英雄ですし」
「あ、また来た。歩兵の人たち、このまま祭壇でも作りそうな勢いですね」
ヴェータは山のような食料を前に、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「……おいしい。……今日、がんばった」
その姿は、戦場で竜を斬り伏せた怪物ではなく、ただのご褒美をもらった子供にしか見えなかった。
クルツはため息をつきながらも、どこか嬉しそうに笑った。
「ま、いいか。貧乏くじに定評のある我が隊にしては、悪くない一日だったな」
「ところで軍曹、感状と一緒に次の指令が来てます。配置転換だそうです」
「おっ、何々…………捨てて良い?」
「え? わーぉ」
「わーぉじゃねぇよ!! なんだよ〝対神話生物特戦隊〟って! 要するに今日みたいな厄介事のゴミ捨て場じゃねぇか!!!」
「どうなるんですかね、俺たち」
「……知らん。でもまぁ、あいつがいれば、なんとかなるだろ」
焚き火の光が揺れ、ヴェータの銀髪が柔らかく輝いていた。
その夜、クルツ隊は新しい仲間を心から受け入れた。
以後、彼らはベリエのみならず、世界各地を転戦していく羽目になる。
それはまた、別のお話。
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手持ちの弾を打ち尽くしたので、すこしストックします。
しばしお待ちを




