断章 新生クルツ隊?
夕暮れの補給所。
新型戦車「ルクス」の鋼鉄の車体が、赤い光を反射して鈍く光っていた。
その静かな光景の中で――
なぜかフェルディだけが、妙にそわそわしていた。
「……ヒューッ!」
彼はタブロイド判の雑誌の表紙と、目の前の戦車を見比べるようにしている。
表紙には、ルクスの勇ましい写真と共に――
『帝国の未来を切り拓く光! 新型主力戦車ルクス登場!』
という、やや誇張気味なキャッチコピーがデカデカと載っていた。
「フェルディ君。一点減点。」
「クルツ軍曹、まだ何も言ってないすよ!?」
「フェルディさん、どうせいつものアレをやるつもりでしょ?」
クルツとハンスは、温めたスープをかき混ぜながら、完全に聞き流す構えだ。
しかしフェルディは、雑誌を片手に、ルクスの車体を指差した。
「まずですね、装甲! 側面30ミリ、正面は砲塔60ミリ、車体80ミリ! ベグライターの最大30ミリとは比べ物にならない防御力ですよ!」
「操縦席の蓋も含めればそれくらいありますけど、車体全面は平均して50ミリくらいですよ。30ミリだったベグライターよりかマシですけど」
「しかもこの傾斜! 見てください、このすばらしき角度!」
「角度でそんなに興奮できるの、お前くらいだぞ」
「軍曹、角度は大事なんです! 傾斜装甲って知ってます?」
「ソーセージはまっすぐ切るより、斜めに切ったほうが大きくなる。だろ?」
「その通りです! ルクスの正面装甲は角度を取れば100ミリに相当するんです!」
「フェルディさん、雑誌の提灯記事を真に受けないほうが……」
ハンスがため息をつく。だがフェルディは止まらない。
「そして主砲! 見てください、この50ミリ長砲身! 5cm kwk36 L55! 対戦車戦闘を念頭に置いた新設計で、ベグライターの75mm24口径とは初速が段違いなんですよ。この雑誌によるとですね――」
そういってフェルディは、愛しい恋人のように抱いた雑誌のページをめくる。
「硬芯徹甲弾使用時の装甲貫徹力は驚愕の120mm! 『連盟のいかなる重戦車も、ルクスの前では安心できない』……だそうです!」
「いや、それは言いすぎだろ」
「APCRなんて、一両あたり2発しか配備されてないじゃないですか」
「徹甲弾なら、距離500で60から80ミリかなぁ?」
「そんなところでしょう。正面でもギリギリ戦えるだけ進歩ですね」
「でも、かっこいいじゃないですか! 実態はともあれ、帝国の兵器って、ちゃんとこう……〝強いぞ!〟って顔してるんですよね!」
「顔だけじゃ駄目なんだよなぁ……」
「ちゃんと強くないと困るんですけど」
フェルディはルクスの砲塔に手を置き、うっとりとした表情になった。
「それに、この写真……見てくださいよ。夕陽を浴びるルクス……。これ、帝国が中立国向けに撮った宣伝写真なんですけど、マジ格好良くないですか?!」
「なーんか実寸より大きくない?」
「ですね。多分合成ですよ。宣伝部の見栄ですよ、見栄。」
クルツとハンスは冷ややかだ。
「軍曹!」
「なんだよーめんどうくせぇなー」
「ルクスは、俺たちの新しい相棒なんですよ。ベグライターとは違う、新しい時代の戦車です。……だから、ちゃんと知っておきましょう。こいつのこと」
その言葉には、熱っぽさだけでなく、戦車兵としての誇りと愛情が滲んでいた。
クルツは少しだけ目を細めた。
「……まあ、気持ちはわかるよ。俺たちの新しい『家』だからな」
「そういうことです!」
フェルディは嬉しそうに雑誌を抱えた。
「ただなー」
エマールの戦闘で愛車を失い、ようやく受領した新戦車『ルクス』。
だが――
「……四人乗りなんだよねぇ、コイツ」
クルツがぼそりと呟く。
「俺たち三人しかいないのに、どうしろってんだ?」
「まあ、補充兵が来るんでしょう。……たぶん」
その時だった。
――もぐ、もぐ。
三人が振り返る。
ルクスの影。
そこで銀髪の少女が、彼らの食事を無言で平らげていた。
「「「…………」」」
フェルディは雑誌を持ったまま固まった。
少女は、食べ終えると、ゆっくりと三人を見つめた。
その瞳は、まるで彼らを〝観察〟するように静かで――無感動。
沈黙が、戦車より重く落ちた。
少女は最後のパンを飲み込むと、ゆっくりと顔を上げた。
「こら! 何か言うことがあるでしょ!」
「……暖かかった。ありがとう」
「そうだけど、そうなんだけど……ちがーう!」
声は小さく、どこか遠い。
まるで、言葉そのものを久しぶりに使ったかのようなぎこちなさだった。
「ハンス、子供はお前に任せる。妹いたろ、お前」
「んもう…………えーっと、君、どこからきたんだい?」
少女は首をかしげ、三人を順に見つめる。
晴天の空よりも青い瞳が、順繰りに機械油の匂いをさせる戦車兵に注がれる。
それは人を見るというより、構造を確かめるような、そんな目だった。
「……あなたたち、誰?」
「いや、こっちの台詞だよ!」
「君は、どうしてここに?」
しゃがみ込んで目線を合わせたハンスが静かに優しく問う。
少女は瞬きもせず、淡々と続けた。
「……気づいたら、ここにいた。……お腹がすいていた。……だから、食べた」
むう、と頭痛を感じたようにクルツが額を抑える。
そして、小声でハンスに呟いた。
「……なぁ、ハンス。こいつさ……脱走兵じゃね?」
「えぇ? でも帝国って、少年兵部隊を前線に送るような状況じゃ……」
どう見ても一般人ではない。
だが、軍服らしきものを着ている。
胸元の階級章に目をやると――
「……中尉?」
「え、中尉?」「この子が?」
少女はこくりと頷いた。
「……はい。ヴェータ中尉。所属……愛国連隊」
三人は固まった。
「愛国連隊って……あの〝おべっか部隊〟の?」
「貴族の道楽の見世物小屋じゃないですか」
「なんでそんなのが前線に……?」
少女はまた、三人を観察するように見つめた。
「戦えば良い?」
「いや、別にここに敵は居ないからなぁ……って、お前みたいな子供が戦うようなことがあってたまるか! 戦争はな、老い先短いおっさんに任しとけ」
「そういうのは自分で言っちゃ駄目ですよ軍曹」
「うーむ」
クルツは頭をかいた。
少女は、ふとルクスの車体に触れた。
「……四人乗り。……ひとり、足りない?」
「いや、だから補充兵が――」
「……なら、わたしが乗る」
三人は同時にむせた。
「はぁ!?」「なんで!?」「いやいやいや!」
少女は淡々と続ける。
「……あなたたちの食事。……暖かかった。……だから、ここにいたい」
声色は平坦なのに、どこか初めて触れたものを確かめるような響きがあった。
クルツはしばらく頭を抱え、深く息を吐く。
本部に返したらどうなるか。想像するだけで胃が冷たくなる。
――愛国連隊。貴族の思いつきを実行する実験部隊。
成功よりも失敗のほうが多く、実験の死傷者は数しれず。
少なくともいい噂は聞かない。
そして目の前の少女は、帝国で最も下等とされる被差別種族――ナイトメア。
まともな扱いをされる未来など、到底思い描けなかった。
少女は、ただ腹を空かせて迷い込んだだけの子供にしか見えない。
クルツは異種に良い印象はない。
だが、悪い印象も〝手強い敵としての嫌悪〟以上には残っていなかった。
戦場が、人間至上主義の幻想を粉々に砕いてくれたからだ。
……まあ、〝尻尾付き〟は、食堂で隣に座られたら毛が散りそうで嫌だが。
そんな思考がクルツの中でぐるぐると渦巻く。
「……ハンス、フェルディ」
「はい」「なんすか」
「この子、返してもロクなことにならん。……だったら、うちで預かろう」
「軍曹、マジですか」
「正気ですか、ロリコンですか」
「本気だ。あと俺はロリコンじゃない」
少女は、ほんの少しだけ目を見開いた。
「……いていいの?」
「まあ、飯食ったしな。もう家族みたいなもんだ」
「軍曹、それは暴論です」
「フェルディ、お前は黙っとけ」
少女は胸に手を当て、小さく頭を下げた。
「……ありがとう。……がんばる。……役に立つ」
その声は小さく、ぎこちなく、けれど確かに嬉しさが滲んでいた。
夕暮れの風が、四人の間を静かに通り抜ける。
戦場の匂いがまだ残る空気の中で、ほんのわずかに、温かいものが灯った。




