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神の爪先が触れしもの


 青い光が森を裂いた。

 その中心に立つ少女は、まるで天から落ちた災厄の欠片だった。


 一歩、また一歩。

 彼女が進むたび、後退しようとしていた帝国兵の足が止まる。


 そして、パタパタと倒れていく。

 悲鳴もなく、抵抗もなく、ただ糸が切れた人形のように。

 まるで、命そのものを吸い取られたかのように。


「バカな……人間のエーテルを吸ってる……?」


「それって――」


 アデーレの呟きが震えた。

 少女の手に握られた剣身のない柄が、青白い光を帯び始める。

 光は揺らぎ、伸び、やがて一本の刃となった。


 純粋なエーテルを光として凝縮し、剣とした――

 神話に語られるセラフィムの象徴。


 もはや疑う余地もない。

 目の前のあれは――

 人の形をしながら、人の理を踏みにじる存在だ。


「撃ってください!! 目標、前方の敵歩兵!!!」


 アデーレの叫びに、ティーゲル号の車内が一気に動き出す。


「弾種、榴弾! 装填完了!」


「ファイア!!」


 主砲が吠えた。

 爆炎が木々を揺らし、大地に衝撃波の波紋が走る。


 だが――青い光を宿した盾が、爆炎の中に現われた。


「なっ……!?」


「弾種、徹甲!!」


 アデーレが叫んだその瞬間だった。

 煙の中から、二つの黒い影が跳び上がった。


 デスナイト。


 マクシムスの従える不死の騎士たちが、少女へ向けて躍りかかる。

 だが、その後ろから――さらに〝何か〟が姿を現した。


 全身の皮を剥がれたかのような、赤黒い肉体。血のように濡れた筋肉がむき出しで、四本の腕には剣のように長い爪が生えている。


「な、何です、あの怪物!?」


 アーシェが悲鳴を上げる。メリナも息を呑んだ。


「……獣の魔女。中世の伝承(グリモワール)のとおりだ」


「それって――」


 アデーレが言いかけたところで、カリウスが静かに答えた。


「はい。始祖吸血鬼――アルマさんの、本当の姿です」


 エーテルの刃が振るわれ、デスナイトが切り裂かれる。

 まるで雲の間から差した陽光が闇を払うように、いとも容易く。


 続いて、赤黒い怪物が、青い炎をまとった少女と対峙する。

 戦場の空気が、凍りついた。


 赤黒い獣の魔女と、青い光の少女。

 その衝突は、もはや〝戦い〟というより、災厄と災厄の衝突だった。


 アルマの四本の腕が暴風のように襲いかかり、少女の光刃がそれを受け流すたび、

青と赤の火花が森を照らす。だが――その均衡が、ふいに崩れた。


「影より黒く、闇よりの矢庭に放たん――魂穿ち(たまうがち)!!」


 マクシムスの低い詠唱が響いた瞬間、少女の背後に黒い槍が出現し、青い炎の中へと突き刺さった。


 少女の身体がわずかに揺らぐ。

 その一瞬の隙を、アルマが逃さない。


「グルルルルルァァァッ!!」


 四本の腕が同時に振り下ろされ、少女の盾に深い傷を刻んだ。

 だが――それが悪手だった。

 青い炎が、爆ぜた。


「……ッ!?」


 アルマの巨体が弾き飛ばされる。

 少女は傷口から青い光を吸い込み、その瞳がさらに深く、濃く輝いた。


「アルマさんのエーテルを……取り込んで強化している……!」


 アデーレの声が震える。

 少女は光刃を横に払うと、空中に青い紋様を描いた。


 誘導する光の線――そして、爆発する閃光。

 青い光線が蛇のように軌道を変え、アルマの背後へ回り込んで炸裂した。


 ドガァァァンッ!!


 アルマの赤黒い肉体が裂け、黒い霧が噴き出す。


「そんな! アルマさんが、押されてる……!」


「――っ!!」


 カリウスの呼吸が一瞬、行き場を失う。


 少女は光刃を掲げた。

 その刃は、空の色を奪うほどの輝きを放つ。


 まるで――世界に満ちる全ての力を、天より呼び戻すかのように。


 その瞬間。


「開け、うつろぎの門よ。汝の影が知らぬ場所へ、汝の影より先に至れ。

――転移門(ディメンション)


 マクシムスの杖が地面を叩いた。

 少女の足元に、幾重にも重なる魔法陣が展開する。


 青い光と、紫の紋様が絡み合い、空間そのものが歪んだ。


 まだ触れぬ場所の気配が、逆さの風となって頬を撫でる。古い、とても古い力の断片が、静かに円を描いて重なり、その中心で、ひとつの『門』が呼吸を始めた。


 少女が振り返る。

 その瞳に、初めて〝警戒〟の色が宿った。



 

「遅い――()け」




 マクシムスの呟きとともに、魔法陣が一斉に輝いた。

 光が弾け、少女の姿が掻き消える。

 残ったのは、残滓のように揺らめく青い炎だけ。


 戦場に、静寂が落ちた。


 アルマは獣形態のまま、四つの腕で地面を踏みしめ、荒い息を吐いていた。

 震える赤黒い肉体。

 その背中から吹き出す黒い霧がゆっくりと収まり、消えた。


 誰も声を出せなかった。

 ただ、〝災厄は去った〟という実感だけが、戦場を満たしていた。



◆◆◆



 青い光が消え、戦場に静寂が落ちた。荒い息を吐くアルマの獣形態が、ゆっくりと赤黒い霧をまといながら人の姿へ戻っていく。


 マクシムスは杖をつき、肩で息をしながら言った。


「……聞きたいことが山ほどあるのは承知の上。

じゃが、今は拠点に戻ったほうがよかろう。安堵には早いが故に」


 半ば以上獣の特徴を残したアルマも、血を震わせる声で続けた。


『『……あの少女が地脈を通ってどこへ飛ばされたか、誰にもわからない。戻ってくる可能性は……ゼロじゃない』』


 アデーレとカリウスは言葉を失い、ただ頷いた。


 アーシェは震える手でカメラを構え、崩れた岩壁、吹き飛んだマムート、青い光の残滓が残る地面――必要最低限の写真だけを撮影した。


「アーシェ、もういいわ。戻りましょう」


「は、はい……」


 アデーレに寄り添うアーシェの声は恐怖にかすれていた。



 負傷者をトラックの荷台に乗せ、動ける者はティーゲル号の背にしがみつくようにして、ジークフリート隊は来た道を戻り始めた。


 夕暮れの森は、戦闘の余韻を吸い込んだように静かだった。


 ティーゲル号の車上で、メリナたちが乾板写真を比べ見ていた。


「……これが、あの少女の足跡? 丸焦げじゃない」


 メリナが写真を指差す。

 そこには、青い光が焼き付いたような痕跡が残っていた。


 アルマはそれに心当たりがあるようだった。


「これは――ただ焼けているだけじゃない。周囲のエーテルが失われてる。吸収痕といったほうがいいわね」


「吸収……つまり、あの少女は人間のエーテルを……?」


 ロボがそこまで言いかけて、口をつぐんだ。


 運転席のカリウスは、アデーレと並び座り、別の写真を手に取ったままだ。

 少女が掲げた光刃の瞬間を捉えたもの。


「兄さん、やっぱりこれって……」


「うん。この剣、エーテルを〝光〟として凝縮して刃にしている。神話の通りだ」


「神話って、セラフィムの……?」


「でも、ナイトメアだった。角があった」


「帝国が……ナイトメアを兵器に?」


 写真を握りしめたアデーレの声が、不吉な予感に震えた。

 車内に沈黙が落ちる。


「……戻ったら、すぐに報告書をまとめましょう。このままじゃ、次は――もっと大きな被害が出る」


「うん。」



 車外では、マクシムスとアルマが何事かをささやきあっていた。


「……あの少女は明らかに作られた存在じゃったな。参ったことに、《《以前より》》(はる)かに出来が良いときたもんじゃ」


「そうね。私が押されるなんてロムルス以来よ。どうしたもんかしら」


「決まっておろう。備えるまでよ。そのために我らは主上を支えておるのだ」


「従者は間に合うと思う?」


「ワシは従者じゃなーい! ま、やるだけやってみるかのう」


 ティーゲル号は、森の中をゆっくりと進む。

 その振動が、隊員たちの胸のざわめきをさらに深く刻んでいった。



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