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再臨(2)

 幽霊騎士(ガイストリッター)は中央を開けた形で横陣をとった。

 これは主に弓隊に対して行われる突撃の方法だ。


 角笛が短く3回鳴らされる。

 攻撃に備え、槍を下げろ(ブレース)という攻撃の合図。


 馬の歩速が次第に早まり、旗のついた槍がしっかりと胸甲の横に固定される。

 霧の馬蹄が地面を蹴り、緑の気炎が紅い炎の色を切り裂いた。


 蹄の音もなく、地面を滑るように進む幽霊騎士たち。

 その戦列の左右に、回転するガトリングの銃口が向けられた。


『距離200 ※FTL、|任意のタイミングで制圧射撃ファイア・アト・ウィルを開始しろ』


 ※ファイアチームリーダー。分隊長のこと。この場合は直下で機銃手や火炎放射主などの重火器兵を指揮下に加えている分隊長を指す。


『了解!』


 横並びになったガトリングの銃口が唸り、鋼鉄の連弾が降り注ぐ。

 が、銃弾が届く前に幽霊騎士の姿は、夜霧が風に吹かれたかのように消えた。


『なっ――』


 目の前で目標が消え、暗赤色のレンズの奥で顎を引いて驚愕する猟犬。

 その直後、彼の横を緩く弧を描く緑の軌跡が襲った。


 鋼の巨躯が直立したまま軋み、ズシン、と音を立てて沈む。

 マスクの首の呼吸管の継手、唯一ともいえる開口部からどくどくと鮮血が流れた。


 幽霊騎士の純粋なエーテルの刃でもって、彼は鋼越しに肉を切り開かれた。

 この世のものならざる剣が次々と鋼の巨躯を優しく(ふれ)る。

 そして、鋼の巨躯が膝をつく音が、時をずらして次々と重なった。


『うぅッ!!』


 恐れを知らない紅い瞳に、初めて怯みの色が見えた。

 黒の戦列に激昂した声が響く。


『駄目だ、幽霊(レイス)相手じゃ装甲が役に立たん!』


『エーテル機関の燃調を下げろ。エーテルを漏出させて身を守るんだ!』


 猟犬たちが腰元のバルブをひねる。

 小さな爆音とともに、背中から漏れる青い光が更に大きくなった。


 すると、幽霊騎士の刃が光に弾かれる。

 騎士のそれと、猟犬の持つエーテル同士が反発しているのだ。


 爆音と金属の軋みが混じり合い、街全体が再び戦いの熱気に包まれた。

 銃声、怒号、悲鳴。


 その混乱が、アデーレたちに脱出の時間を与えた。


 幽霊騎士たちの攻撃に、彼女の前の帝国兵は、明らかに動揺を始めた。

 うろたえ、銃口を彼らの影から外す。


「――今だ!」


『チッ!』


 機関砲を持った猟犬が腕を振り、ドン、と短く一発。


 アデーレの頭――その遥か上で、緑色の曳光弾が弧を描く。


 瞳に焼き付く光の線は通りの向こうに消え、パッと弾ける。

 外れた砲弾は陽炎の向こう、屋根の傾いた小屋を粉々に砕いていた。


 射線を避けるように背中を丸くしたガルムが、何かを投げ捨てる。

 煙幕だ。


 ポン、と音を立てて煙を吹く白い缶。巨躯の足元にドライアイスのような霧がたまり、それはたちまちのうちに腰の上まで迫った。


『クソッ……!』


 逸った一人がサーボを唸らせて銃を構え、前に向かってでたらめに撃とうとする。


 が、引き金は引かれない。


 肩に星一つの記章が描かれた猟犬が、腕を払って彼を制止していた。


『やめなさい、このままだと私達も孤立してしまう』


『……はい』


『回収地点を確保するぞ。ヤバイ匂いがプンプンしやがる』


 猟犬は追跡を諦め、踵を返す。


 アデーレは涙を拭い、兄の隠れた場所を振り返た。

 だが、再び立ち上がった炎の壁が、彼女の視界をすっかり遮ってしまった。


「兄さん……絶対に――生きてて!」


 街を脱出する彼らの背後で、剣戟と銃声の音はいつまでも鳴り止まなかった。



 ――いまだ熱を失わない炎と怒号の中。

 古の盟約によりて輝く灯火と、白亜の巨躯が対峙していた。


 幽霊騎士ガイストリッターの中でも特に異彩を放つ一騎――

 豪剣のギルベルトが常人の身の丈程もあるツヴァイヘンダーを構える。


 彼の視線の先には、白亜の巨躯を駆る、狂皇子ラインハルト。

 白亜の仮面の奥で紅の瞳が冷たく燃える。


 死者の英雄と、帝国の梟雄とが、互いの視線を捉え合う。


 ギルベルトの長大な両手剣が、ゆっくりと横に薙ぐように構えられた。


 翼の構え――古の騎士道において、最も攻撃的で、最も美しいとされた型。


 刃が音もなく青白い残光の軌跡を引く。

 次の瞬間、風を残した斬撃が、音速を超えてラインハルトへ殺到した。


 対するラインハルトは、全く動じず。


 背中のエーテル機関が一瞬だけ悲鳴のような高音を上げ、純白のパワーアーマーの全身に青白い脈動が(ほとば)った。


『機関開放、同調開始』


 低い声で呟いた瞬間、右腕が爆発的に振り抜かれた。


 拳を包むのは、凝縮されたエーテルの奔流。

 ただの拳撃ではない。空間そのものを圧縮し、圧壊、爆発させるような衝撃。


 ドゴン!!!!!


 ラインハルトの前の大地が陥没し、そこから放射状に亀裂が走る。


 見えない球体がそこに現われたかのように、猛烈な衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。重力が逆さになったかのように、その場の全てを巻き上げる。


『うわ、うわわっ?!』


 近くにいた帝国兵数名が悲鳴とともに宙を舞った。

 砕け、牙を生やすかのように逆巻く地面が波濤のようにギルベルトに迫る。


「――っ!」


 ギルベルトは真正面から剣を振り抜き、空間を割断する。

 すると、彼の後ろ左右の家屋の壁が、卵の殻のようにひしゃげ、粉砕された。


『――面白い!! これがエーテルフィストというものかッ!!』


 ラインハルトのマスク――牙を噛み締めたかのような吸気口からエーテルが漏れる。形はまるで変わらないのに、獰猛な笑みを浮かべているかのようだった。


『別の使い方を試してみるか……!』


 拳の先のエーテルが収縮し、剣の形になる。

 空間ごと掴んで引きちぎるような、野蛮で猛烈な一撃が横薙ぎに払われた。


 一会、二会、と青の輝剣同士が打ち合わされる。

 が、ギルベルトの青白い剣閃が一方的に弾かれ、刃に細かな亀裂が刻まれた。


『フン……死霊風情が』


 ラインハルトは嘲るように息を吐き、続けて左拳から伸びた刃を叩き込む。


 再び大地が震え、ギルベルトの胸甲に深い亀裂が走った。

 緑の炎が乱れ、幽霊騎士の姿が一瞬だけ透ける。


『散れ、歴史書の染みにもならんカスが、この俺の前に立てると思ったか』


 だが――その刹那。


 ラインハルトの背中から、不規則な火花が散った。

 バックパックの排気管からバチバチと炎が上がり、熱が彼の背中を占めていく。


 エーテル機関の一部が損傷を受けたのだ。

 ギルベルトは圧倒されているように見え、その切っ先を背中の機関に当てていた。


 ラインハルトの背中で、青白い光が明滅し、その光が徐々に失われていく。


 先ほどまで威勢よく吠えていた機関の唸りは喘鳴するかのように途切れ途切れになり、出力が急激に落ちていく。


 腕部のエーテルフィストの輝きは消え、体重を支える脚部のサーボも、その役目を果たさなくなった。


 白亜の猟犬の動きは愚鈍なほどに鈍くなり、そして止まった。


「……チッ」


 舌打ちとともに、ラインハルトは決断した。


 両腕のロックを解除し、パワーアーマーから強制排出機能を使って脱出する。

 脱ぎ捨てられた鋼の巨殻が地面に崩れ落ち、重い金属音を立てた。


 装甲の下から現れたのは、白の軍服に身を包んだ生身。

 ラインハルトは懐剣を抜くと、屈辱と憎悪の混じった視線を古の英雄に向ける。


 だが、相対するギルベルトの姿は、ゆっくりと炎の中に掻き消えていく。

 まるで、自身の役目は果たしたとでもいうように。


「気に食わん。……勝ち逃げされたか」



◆◆◆



 一方、瓦礫の陰で毛布にくるまり、息を潜めていたカリウスの傍らに、何かが倒れ込んだ。無名の幽霊騎士と相打ちとなったパワーアーマー兵。


 幽霊騎士はエーテルフィストの一撃を受け、胴体を貫かれる。


 そして、長剣の突きをまともに受けた鋼の巨体が横倒しになり、焼け跡の瓦礫を押しつぶして、そのまま埋もれた。


 暗赤色のバイザーが、ブン、と小さな囁きを残して最後の光を失う。


 その背中――バックパックの装甲が剥がれ、複雑な機械工学の成果であるエーテル機関とそこに収められた動力源、高純度のエーテル結晶が露出していた。


 静かに拍動する、青の結晶。


 エーテルの青い光が、虚ろなカリウスの瞳に映る。

 その美しい輝きは、魔法の源そのもの。


 カリウスの瞳が、かすかに輝いた。


(はいずっていけば……届くかな)


 背骨を走る激痛を歯で噛み締めながら、彼は肩と手だけで這い、巨体に近づく。


 一歩、また一歩と地面に血の跡を残して彼は進む。

 だが――


(あっ)


 あと半歩、と言うところで肩から力が抜けてしまった。

 動かそうとするが、地面とひとつになったように、びくともしない。


(しまったなぁ)


 たいした悔恨(かいこん)もなく、ただ食事の時にフォークか何かを落としたような。

 カリウスは、そんな息を吐く。


 その時、何かの手が、彼の手に重なった。


 膝を折る、緑色の儚げな光。幽霊騎士。だが、ギルベルトではない。

 穴の空いた胴体に描かれた紋章は……心当たりがない。


 名前も知らない、誰か。


『……私で……足りますか?』


 柔らかい、それでいて優しい女性の声だった。


「…………うん。――ありがとう。」


 優しい光は消え、カリウスの体躯に再び力が戻った。


 あと、一歩。――彼の手が、届いた。


 もはや掠れ切った血の跡を引いて、震える指先で結晶に触れた。


(僕は愉快だ。あらゆる憎しみと苦しみが身を焦がしていくのでさえ愉快だ。)


「我が恩寵のあるところ、なべて生の(いと)わしきものを祓い、清めん」


 カリウスが囁くと、傷口がゆっくりと塞がり、折れた骨が軋みながら元の位置に戻っていく。


 脱力した足がビクンと跳ね、伸びきっていた足の甲に力が戻る。

 彼は地面に血まみれの手をつき、ゆっくりと、確かめるように立ち上がった。


(空っぽで収めるものもなくなった僕の中が、銀色に澄んでいる。)


 ――カリウスは、急に肩の付け根のあたりがむず痒くなってきた。


 そこに、翼が生えていたことを思い出したからだ。


 また見ぬ明日への希望。


 いまにも手から溢れ落ちてしまいそうな大望。


 それを共にしてくれる人と抱いた理想。


 ずっと昔、気が遠くなるほど昔。

 そんな昔に、彼から抜け落ちてしまった羽根たち。


(別に、世の中のあらゆる事に口を出したいってわけじゃないんだ。)


 カリウスは、深く息を吸って、吐く。

 自分がここに居ることを、もう一度確かめるように。


(だけど時折、虫食いだらけの記憶の中に、無造作な悪意が染みてくる。すると、僕の頭の中には決まって白紙が差し出される。でも――)


 カリウスの脳裏に、アデーレの(すがた)が、(ほど)けて、淡くなりながらも浮かんだ。


(アデーレ、出された白紙を塗り固めようとする僕を押し留めたのは君だった。

 この戦争で君が変わってしまうくらいなら。僕が――)


 彼の両手がゆるく、左右に開かれた。

 これから、見えない誰かを抱きしめようとするように


「我が内なる天壌に依りて、天意万象我が意の侭に。我、汝らの功徳もって汝らを讃え、汝らの宿業もって汝らを罰せん!」


 カリウスの身体に濃密なエーテルが集っていく。

 まるで、彼が世界の中心、その力の井戸となったかのように。


 青く輝くエーテルが彼の戦車服の上に層を作る。

 それはまるで、彼が光り輝く氷晶の甲冑を着込んだかのようだった。


 彼の緋色の髪の間から突き出た角が鹿角のように大きく伸びる。

 全体をエーテルで覆われ、その先が動脈となって広がっているのだ。


 彼はゆっくりと歩みを進める。そして、街路で猟犬たちと交わった。


 ガトリング砲を向けて来る帝国兵を前に、手のひらを出し、握る。


 ただそれだけの動きで、鋼の巨躯がスイカほどの大きさに圧縮されてしまった。

 直後にばんっと大きな音をさせて鋼の欠片と赤い液体が迸った。


『……え?』


 戦友が消えたその横で、猟犬は呆けたような声を上げる。


 彼は、パワーアーマー兵にとって最悪の天敵だった。


 エーテルに満ちたその巨体は、言ってみれば歩く爆弾。

 カリウスの「純粋な魔法」が触れれば――彼の意のままになるしか無い。


 雑巾を絞るように黒鉄の巨躯をねじ伏せ、手足をむしり取り、破裂させ、その残骸すら矢に変えて彼の戦友に叩きつける。


『う、うわぁぁぁぁぁっ!?』


 圧倒的かつ、理不尽な力。

 

 カリウスは深く息を吸い、炎の向こうに揺れる帝国兵の影を見据えた。

 拳を握り、声を張り上げる。


「どうした! 自分を殺せる相手とは戦えないのか!」


『ひっ、ひっ、ば、バケモノ……!』


 地面に堕ち、傾いた教会の鐘楼の前を逃げる猟犬。


 小さくなっていくそれを掴むようにカリウスは手を握る。

 バン、と爆発する音とともに、湿った水音が響いた。


(命は、他の命を食いつぶす。僕らの理想はそれを隠す言い訳にすぎない。

 ヴィクトールも僕も同じ。何処にでもいて、どこまでも変わらないクズ同士だ)


 彼は炎の熱で乾いた瞳で、自身の手で捻り潰してひしゃげた猟犬を見る。

 その足元には取り落とされたガトリングガンが落ちていた。


 カリウスが手を払うと、地面に転がっていた猟犬の重火器が空中に浮き上がった。


 彼が指を弾くと、回転式銃身が動力もないのに唸りを上げ、エーテルの弾丸をとめどなく吐き出した。青く輝く濃密な弾幕が洪水となって、廃墟の残骸ごとパワーアーマーの分隊を押し流し、食いちぎった。


(僕らが信じてきた“正しさ”なんて、所詮は燃え残った灰の山だった。

 手で掬えば崩れ、風が吹けば散る。

 その灰の下で、何千年も人間は互いを焼き続けてきた。

 積もった灰の重みで身動きが取れなくなっているだけなのに、

 それを歴史と呼んで誇ってきた。

 救いなんて、最初からどこにもなかったんだ。)


(千年のあいだ、僕は何度もこの光景を見た。

 人が焼け、街が潰れ、どれほど積み上げても一夜で灰になる――

 その度に、胸の奥で何かが静かに死んでいった。)


 カリウスの動きがふと、緩慢になって、肩が落とされた。


(もう終わりにしよう。誰一人望まなかったとしても――

 いや、誰も望まないからこそ、全てを終わらせる。

 それが僕の答えだ。)




だけど……


「――逃げるな帝国の犬ども! 俺の力で、全部ひねり潰してやる!」


――なんで……こんなに心が痛いんだ?


 何でこんなに……悔しいんだ?



 ……ああ、そうか。

 僕は――君だけは違うと思ってしまった。


 だからこそ、今の世界が許せないんだ。





 護衛が見守る脱出用の「門」の手前で、撤退するラインハルトが足を止めた。

 彼の口端がゆっくりと持ち上がり、歪な笑みが広がっていく。


「……あれだ」


 歓喜に打ち震えるような、低い呟き。


「俺は――あれが欲しいんだ」



次の瞬間。カリウスの全身から、黒い霧が噴き出した。


それはエーテルの光すら飲み込み、戦場の色彩を奪う。


世界が歪む。銃声も、怒号も、炎の音さえも、一瞬にして遠ざかる。


静寂が訪れる。


その日、再び大陸に「魔王」が現われた。
















これにて第一部完了となります。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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