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作業完了!

 中央司令部の中央に鎮座するエーテル機関は、まるでクジラのようにそこに横たわっていた。アデーレとガストンは、手に持ったチェックリストに赤い線を引く。


 全ての項目に線が引かれたことを確認した二人は、こくりと頷きあった。


「では、起動します」


「慎重にな。指を吹き飛ばさんように」


 アデーレがエーテル機関の外側に付いているスターターの小さな丸い蓋を開け、親指ほどの太さをした金属製の筒カートリッジを装填した。


 つぎに彼女はスターターの引き金をひく。「パシン」と、鞭で空気を叩いたような破裂音がして、スターターから伸びる管に青い光が走った。


 光はモーターを通り、冷たい金属板の内側で閃光が走る。直後、エーテル機関の中心部、発火ピストンの列を通り、タービンがたどたどしく音を立てた。


 巨獣が咳をするように不揃いだった音は、次第に早くなり安定してくる。


 これはショットガン・スターターと言われる方式だ。


 工場などで使われる大型のエーテル機関はパワーがあるが、動かすにもそれ相応の力が必要だ。なにせ、どのパーツをとっても死ぬほど重く、大きいのだ。


 ティーゲルのような人力のクランクで動くモーターでは、このサイズのエーテル機関のスターターリングは動かせない。そのため、今アデーレがやったように、圧縮空気やエーテル火薬のガスを機関の開始に利用するのだ。


 この方式に似たものは、現実世界でも使われていた。1930年代から1940年代にかけて、主に航空機や装甲車両の大出力エンジンを始動するために用いられた「コフマン・エンジンスターター」(通称「ショットガン・スターター」)に相当する。


 この方式は、ショットガン弾のようなブランクカートリッジ(コルダイトなどの火薬入り)を使い、その爆発ガスでピストンを押し、エンジンのクランクシャフトを強制的に回してエンジンを始動した。


「出力、圧力ともにバランス正常。火災や爆発の心配はなさそうですね」


「よっしゃ! これで外の連中も作業ができるな!」


 ぬはは、とガストンの石のような(いかめ)しい顔が破顔した。


 カリウスは彼の横で神妙な顔をしていた。この人が初めて笑うところを見たかも知れない。そう思っているのだろう。


「お疲れ様です、お二人とも。えっと、次の予定はなんだったかな……」


 そう言ってヴィクトールからの指示書をめくるカリウス。

 ぺらぺらとページを送って時間割を見るが、作業内容の欄は空白だった。

 書かれているはずの内容が無い。


「あれ、無い。そっか、うちは一番人数が少ないから、主作業はこれで終わりか」


「第一小隊は、他の小隊の応援です。兄さん、外で撮影機材の作業をしている方々と合流しましょう」


「そうだね」


 指揮所の外へ出ると、陽光で温められた温かい風がカリウスの頬をさわった。朝の冷たさは姿を消し、徐々に暖かくなってきていた。


 髪が陽光にさらされて温められると、カリウスは角の根本に軽いかゆみを感じた。


 塹壕からハシゴを伝って外に出ると、耳を澄ます必要もなく、本物の戦場のような喧騒が彼の耳に届いた。


「そっち持ってくれ!」「そーれ!」


 塹壕の外では、撮影用のセットが組まれ始めていた。トラス構造の細い鉄骨に支えられているのは、※書き割りの書かれた仮設の壁。


※書き割り:演劇や映画などで使われる、舞台の背景を描いた大道具のことで、木枠に紙や布を張って建物や風景などを描いたもの。


 撮影用のセットは半分完成しているが、半分はまだ骨組みのままだ。


 順調そうな箇所と、明らかに手こずっているであろう箇所が、まるでまだら模様のように混在していた。


 その中心で、地面にしゃがみ込んで何かを埋めている金髪の青年がいた。


 レオンだ。


 カリウスの大学時代のルームメイトで、史学科の同期。いつも少し不真面目なくせに、非日常感のあるイベント事には、異様に集中する男でもあった。


「よっ、カリウス!」


 レオンが顔を上げ、土まみれの手を軽く振る。足元には細長い金属の筒がいくつも並び、それぞれに赤い導火線のようなものが繋がっていた。


「おつかれ。それは……?」


「特殊効果に使う弾着システムだよ。今テストするから見てみな」


 レオンはそう言って、腰に刺していた紅白の旗を上に向けて振った。


「弾着テストぉー! ぜろぉー番! 3、2、1……イグニッション!」


 彼はそう言うと、懐から小さな点火器を取り出し、親指でスイッチを押した。


 ――ドォンッ!


 地面が跳ね上がり、爆音と共に黒煙と土埃が舞い上がる。


 爆発の振動と爆音に、カリウスは思わず耳をふさいで背中を丸くした。

 余韻が耳に残り、世界が少し遠くなる。


 一方のレオンは、点火器を持った手を腰に当て、誇らしげだ。


「……すごいな! まるで本物だ!」


「エーテル火薬の上にシートと砂を張ったんだ。それっぽいだろ?」


 レオンは満足げにニヤリと笑う。


「なるほど。そのままだとエーテルの青みが強くなりすぎるから……考えたなぁ」


「ゼミの教授が言ってたろ。想像力を使えって。史学ってのは歴史書を読み解くだけの作業じゃない。なぜそうなったのかを考える学問だって」


「教授もこんなことさせるために言ったんじゃないと思うけどね……」


 彼らの横で、次の作業に移る者たちが忙しなく動いていた。


 巨大な照明器具――まるで劇場のサーチライトを何十倍にもしたようなもの――の足元に、エーテル機関から伸びる太い導管が引きずられてくる。


 アデーレが先ほど起動させた機関からの分岐だ。数人の技術者が導管の先端を器具の背面に嵌め込んでレンチで固定する。


 照明装置の背面にはエーテル変圧器が追加されている。

 第2小隊の技術者はその変圧器を改造して更に分岐を作っていた。


「まるでタコですね……。サーキットブレーカーはどうなってます? この構成だと、一箇所でも壊れると、全部道連れにされますよね」


 アデーレが尋ねると、第2小隊の技術者が軍帽を目深に被った顔を上げた。

 明らかに疲れの色が見える。


「変圧器から伸びる各分岐にサーキットブレーカーとヒューズを設定してます」


「バイパスも作りませんか? もし異常が起きても、余剰分をそこで遊ばせておけば冗長性を担保できます」


「ふむ……それもそうだな。ならこれで――」

「そうです……よし――4番を開いてください!」


 作業を終えたアデーレが声を張り上げると、青白い光が管の中を走り、照明がバチッと一瞬眩しく点灯したあと、柔らかく安定した光に変わった。


「よし、光量安定。色温度も問題なしですね」


「アンタ、良い腕だな。これで夜間のシーンもバッチリだ」


 アデーレが見た照明装置の方は上手くいった。

 が、他もそうとは限らなかった。


 一方、広場の端。


 カメラを吊るすクレーンの巨大なアームがそこにあった。

 しかし、その先端は地面にへばりつくように下がり、うなだれている。


 作業に取り掛かっている面々は、トラス構造の柱を不安そうに見上げていた。


「第一小隊から応援に来ました! カリウスです。状況は?」


「クレーンの修理なんだが、油圧がどうにもならなくてなぁ……」


「おい、まだか? こいつを直さんと上空からのアングルが撮れないぞ」


「わかってるよ。っても、どのパーツもバカみたいに重くて……」


 作業にかかっていた隊員は、そう言ってため息を吐いた。


 クレーンは、固定されているボルト一つとっても指2本ぶんの太さがある。

 一本外すだけでも2人がかりで体重をかけないといけなかった。


「……?」


「どけどけ! ()()()()ども!」


 どかどかと足音を踏み鳴らして現れたのは、屈強な体躯のオークたちだ。


 オークだけで編成された、第4小隊の面々だ。


 肩幅は人間の倍近く、緑がかった肌に太い血管が浮いている。彼らは工具箱を片手にクレーンの足元にとりつくと、無言でクレーンの油圧ポンプを分解し始めた。


 ゴリゴリと金属が擦れる音。汗を飛び散らせながら、オークの一人があれだけ重かったボルトを軽々とレンチで回す。もう一人が新しいシールパッキンを嵌め込む。


 人間の隊員が何時間かけても進まなかった修理が、ものの三十分で動き出した。


「……すごいな……」


 カリウスが呆然と呟くと、オークの一人が振り返り、牙を剥き出しにして笑った。


「ったりめぇだ! 人間(インゲン)の力じゃ、こうはならねぇよ」


 昼の鐘が鳴った。

 広場の隅に設営された簡易テントの下で、皆が腰を下ろす。


 オークたちは特に豪快だった。


 一人当たりの食事が、人間用の三倍はありそうな鉄鍋いっぱいのシチュー。


 個々人が持つ飯盒には骨付きの肉が山盛りで、パンも丸ごと一個がそのまま口に放り込まれる。


 スープを豪快にすする音が響き、テント全体が揺れているかのようだった。


「……す、すごい量……」


 カリウスが目を丸くしていると、第四小隊の鬼軍曹――

 「鬼鉄のクラッド」と呼ばれ、皆に一目置かれる巨漢が、どすんと隣に座った。


 彼は他のオークに比べても肩幅が広く、緑灰色の肌に無数の古傷があった。

 特に目立つのは、額から左目の上にかけてある、一本の深い刀傷だ。


 マルクが熊なら、彼は山だ。それほどまでに威圧感のある男だった。


「ひぇ……」


「何だ、ほしいのか? ほれ」


 カリウスが隣のクラッドを見上げていると、物欲しそうに見ていると勘違いしたのか、彼は自分の皿から肉の塊を一つ、ポンとカリウスの前に放り投げてきた。


 受け取った瞬間、その重たさにぐんっと皿が下がり、肘が笑った。


「あ、ありがとうございます……」


「うむうむ。設営も立派な戦だ。たっぷり食わんとな!」


 ――その時だった、鋼鉄が地面を叩くような凄まじい音が響き渡った。


 ガシャン!!!!


 ぶっとスープを吹き込んだカリウスが、音のした方を見る。するとクレーンの先が地面にめり込み、クレーンは根本から琥珀色の霧を吹いていた。


「うわっ、事故だ!!」


 カリウスが慌てて近づこうとするが、横にいたクラッドに肩を掴まれた。

 その力は凄まじいもので、駆け出した彼の動きが有無を言わさず止まった。


「近づくな! 霧に見えるがアレにはすげぇ高圧がかかってる。近くで食らうと身体にズタズタの穴が空くぞ!」


「ひぇ……」


「アチチ! なんだこれ!」


 油の霧を受けた者が悲鳴をあげていた。油圧の中に入っている作動油は強い圧力を受けると摩擦や抵抗で熱を発して高熱になる。そのせいだった。


「みんな近寄るな!! 油が吹き終わるまで待て!」


 クラッドが一喝する。その場の全員が動きを止め、クレーンから吹き出す油の勢いが弱まるのを待った。


 落ち着いてから話を聞くと、人間の隊員がクレーンの稼働をチェックしたらしい。それで油圧ホースが緩み、接合部から勢いよく油が噴き出したのだ。


 幸いなことに負傷者は居なかった。


 しかし、飛び散った作動油のせいで、風向きの下にいた人間の隊員の制服と食事が赤茶色の油でべっとりと汚れてしまった。


「おい、てめぇら……なんて仕事しやがるんだ!」


「んだとぁ……? こっちが悪いって言うのか! 勝手に触りやがって!」


 険悪な空気が一瞬で作業場に広がる。


 そこへ、小隊長のマルクがオロオロと駆け寄ってきた。

 小柄で、いつも肩をすぼめている彼は、声を震わせながら言った。


「う、ウチが悪かっただす……! す、すんませんだす……!」


「あぁ?! この――」


 マルクに向かって、牙を剥いたオークが拳を振り上げる。

 その時、やおらにカリウスの隣にいたクラッドが前に出た。


 すわ喧嘩かとカリウスは思わず身構えたが――クラッドの視線は人間の隊員ではなく、第四小隊の面々、オークたちに向けられていた。


 鬼鉄のクラッドが詰め寄ると、マルクの前のオークが怯む。

 身体の大きさ以上に、迫力がすごい。


「っ……」


「おまえら、整備前にポンプの中身は抜いたか?」


「いや……そのまま……」


「バカ野郎!!!」


「ひっ!!」


「ポンプの中身が古くなって気泡が入ってたんだ。漏れはそれのせいだ。すまん! このとおりだ! ……本当にすまなかった!」


 意外にも、クラッドは人間の隊員に向かって頭を下げて謝った。

 その時の鬼軍曹の声は、意外に穏やかだった。

 オークに詰め寄った人間の隊員も、鬼鉄の言葉にすっかり怒りが抜けている。


「いや、アンタほどのモンが言うなら……」


「かたじけない。すぐに手直しするから、あんたたちは着替えて休んでてくれ」


 吹き出した油の被害を受けた兵士たちは、作業場から兵営に下がった。

 オークたちが再度作業に取り掛かるなか、クラッドはマルクを呼び止めた。


「お前は正しい。クレーンから油が漏れたのは俺らのミスだ。人間どもが触らなくても、そのうち吹き出したのは目に見えてる」


「あ、すまんだす……オイラがもっとちゃんと言えなきゃいけないのに……」


「小隊長。お前は、悪いと思ったことを、ちゃんと口に出せた。俺よりも前にな。

 それだけで十分だ」


「え……?」


 思いもよらなかった鬼軍曹の言葉に、マルクが目を丸くする。


「自信がなさすぎるのが玉に(キズ)だがな。もっと声と胸を張れ、小隊長」


 鬼軍曹はそう言って、ドンとマルクの肩を叩いた。


「は、はいだす……!」


 マルクはよろめきながらも、どこか嬉しそうに返していた。


 やり取りを見守っていたカリウスは、そっと息を吐く。マルクに聞いていた話とは違う彼らの一面、その意外なやり取りに、胸の奥が少し温かくなったようだ。


 そして――午後三時。

 予定より二時間も早く、設営が完了した。


 広場に集まった隊員たちが、顔を見合わせる。

 誰ともなく、パチパチと拍手が始まり、すぐに大きな拍手と歓声に変わった。


 レオンが土埃まみれの顔で笑い、オークたちが牙を剥き出しにして拳を突き上げる。マルクは目を潤ませながら、鬼軍曹に小さく頭を下げていた。


 カリウスはそんな皆を見回しながら、静かに呟いた。


「……これで、ようやく本番だな」


 空にはまだ薄い雲が残って流れていたが、どこか今日は特別に青く見えた。




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