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撮影開始…?

 ――明朝。


 深夜に現地についたフリードリヒ隊は、貨物自動車から荷物だけを降ろし、フロレンヌのモデル陣地で夜を明かしていた。


 そして夜が明け切らない早朝、針金だけのベットから這い出してきた中隊の面々は、背骨の芯まで痛めつけられた背中をさすりながら、朝礼に顔を出した。


 朝礼に並んだのは全部で4小隊。


 カリウスたち種族混合の第一小隊。

 レオンたち人間種族の第二小隊。

 ドワーフたち第三小隊。

 最後にオークたち第四小隊だ。


 当直の号令により、各小隊が素早くヴィクトール中隊長の前に並ぶ。

 白髪の混じった頭を朝日で更に白くした彼は、疲れを感じさせる声で号令した。


「第一、第二、第三、第四、各小隊、人員掌握!」


「番号、始め!」


 アデーレを先頭に、カリウスたちは自身の番号を素早く連呼する。病欠者や体調不良者がいないことを確認し、彼女は兄に教えられたように前へ向かって怒鳴った。


「第一小隊、総員一二名、現在員一二名、異常なし!」


 各小隊の人員が揃っているのを確認したヴィクトールは、列の先頭に立っていた各小隊長に手早く書類の束を配る。本日の予定表のようだ。


「予定通り本日の午前は撮影所の確認、設営となる。午後5時までには撮影を開始するので、そのつもりで。かなりのハードスケジュールだ。各員、手すきになったら班長に確認し、仕事をもらえ。『必要なら何でもしろ』。1秒も無駄にするな!」


「「ハッ!!!」」


 踵を返して駆け足で仮宿舎に戻ったカリウスたちは、早速予定表を広げて本日の予定を確認する。


「表によると、うちの担当はガストンさんの第三小隊と一緒に中央指揮所のエーテル機関、及びその他機器のチェックと配備ですね」


「機械いじりか。表にあったデカブツを見る限り、楽そうには見えんな」


「照明装置やクレーンなんかの大物は第二、第四ですからね。彼らにくらべればウチはまだ楽させてもらっている方ですよ」


 表には小さいものでは撮影用のカメラや音響装置。大きいものではクレーンやレール、投光器といったものがあった。とても1日で触りきれるとは思えない。


「じゃあ早速チェックといくかい、アデーレ?」


「そうですね。陣地をぱっと見た限りだと、かなり嫌な予感がします」


 モデル陣地の周りには、何に使うのか計りかねる機器がカバーもかけられずに塹壕の中で放置されていた。いや、土に埋もれていた、と言った方がいい。


 何時からこうなのかは知らないが、粗末に扱われていた事は疑いようもない。


 アデーレは知っている。機械というものは――相応に《《やり返してくる》》。




「陣地の図面はこれですね。兄さん、急ぎましょう!」


「うん」


 宿舎を駆け出したカリウスたちは、図面を引っ掴んだアデーレを先頭に作業現場に向かった。モデル陣地の中央に当たる「中央指揮所」は陣地全体に指示を飛ばす場所であると同時に、エーテル回路で周囲に動力を送る心臓部でもある。


 言い換えれば、ここが動かなければ、後に予定された作業が全て出来なくなる。


 一番重要で、一番最初に解決しなければならない場所だった。


 指揮所は角の取れた四角いコンクリート製の建物だ。入口近くには機銃を設置するための台形状に奥まった四角い穴とマウントがあるが、今は何も置かれていない。


 開け放たれたままの分厚い鉄板の入口を抜けると、中は狭く、照明も少ない。壁には外部にエーテルを供給するための導管が無数に張り巡らされていた。


 導管を追いかけるように指揮所の中を一行が進むと、エーテル機関の前にガストンがいた。彼はテーブルの上いっぱいに青色の図面を広げていた。


「ガストンさん!」


「お、来たか嬢ちゃん。外を見て手筈(てはず)はわかっとるな?」


「やっぱりそう思いますか」


「うむ。気づくなというのが無理だわな」


「?」


「とりあえずアデーレ、作業の指示をもらえるかい?」


「いえ、まずは――」


「図面の検証からだな。」


「はい。南側はガストンさんにお願いします。北は私が」


「よし、急ぐぞ!」


「え、えぇぇ??? 指示は? 作業しないの……?」


 アデーレとガストンの二人は疑問を浮かべるカリウスを無視して駆け足でコンクリート製の指揮所の南北に走っていった。そして間もなく、中央指揮所はガストンの「なんじゃこりゃぁ!」という怒鳴り声と、アデーレの「酷すぎる……」という悲嘆で満たされることになった。


 二人はそれぞれ顔色を、ガストンは赤、アデーレは青にして帰ってきた。


「ガストンさん。図面のここ、現物は別の規格になってます。この部分は何も書いてませんが、継ぎ手の口径が変わってここから先全部が別物です。兵営から持ってきた配管では、新しく継ぎ手加工しないと接続できません。」


「おう。それとここに照明用のエーテル変圧器が書かれてちょるが、現物では壊れたのか撤去されてるな。照明装置側で対応しとったわ。おかげで持ってきた器具は全部パァ。使いもんにならんわい」


「エーテル機関の排気も図面と違いました。常時開から常時閉になって、別途配管をつなげてます。機関から新しく出力を取ろうとすると、ここが干渉しちゃいますね」


「やってくれるのう……。なんちゅう仕事じゃ」


「……カリウス。あの二人、何言ってるか全然わかんないけど……わかる?」


「要するに間違った地図で作戦に出ちゃった、ということです」


「えっ!! そうなの?!」


 その時、パタパタと急いだ足音を立てて指揮所に誰かが入ってきた。

 アデーレに駆け寄ってきたのは、第二小隊の誰かだった。


「ちょっといいですか? 図面と配線が違うんですが!」


 案の定だった。

 他の現場でも図面と実際が違うことで作業に支障をきたしているらしい。


「これは……どうやら建設時に変更があったみたいですね」


「最新の図面をいただけますか?」


「ありません。これが最新です」


「えぇ……」


「何か大変そーだね」


「こりゃ、作業の指示どころじゃなさそうだな」


 ガルムは眠気を噛み殺すようにあくびをして、メリナはどこか他人事のような様子でぱたぱたと手に持った冊子で風を起こしていた。


「とはいえ、何かしてるフリをしたほうがいい。俺は箱を数えてるフリするか」


「じゃあこのノートの中身をチェックしてるフリするね」


「おう。待機も立派な任務だ。ちゃんと仕事してるフリをするぞ」


「はぁ……前途多難だ」


 カリウスは頭痛を抑えるようにこめかみに手をやった。貴重な人員なのに、割り当てる仕事がなくて、文字通り遊んでしまっている。


(確かに、ヒマと思われて他所の小隊に引っ張られても困るんだけど……)


 軍隊という場所では、ヒマに見える人間は呼びつけられ、大抵ろくでもない面倒事を押し付けられる。経験則でそれを知り尽くしているメリナとガルムは早速、何か作業している風に見える動きを始めた。


 メリナはガルムは指揮所の箱の数を数え、メリナはノートの文字を追いかける。


「あ、これ……ほうほう……」


 ふと、メリナが何かに感心するような声を上げたその時だった。メモを握りしめ、汗で前髪を額にくっつけて頬を染めたアデーレが、カリウスに迫る。


「わっ!」


「兄さん、ひとまずこれだけの資材をフロレンヌで集めましょう! 街に行けば、エーテル機関の整備をしている工房が、一軒くらいはあるはずです!」


「う、うん……!」


「支払いは……軍票しかないですね。中隊長に後で発行して精算してもらいましょう。何してるんですか兄さん! 行きますよ! 今すぐ!!」


「アデーレちゃんはお飾りで、カリウスが実務って話だったけど……」


「ありゃ完全にあべこべだ。やっぱりスタインドルフの血を引いてるな。嬢ちゃんは修羅場になると活躍するタイプだ」


「足はどうするんだい? 貨物自動車はまだ全部荷物を降ろしてないよ」


「ヴィクトール中隊長が車列の先導に使っていた乗用車を借りましょう」


「えっ、それは問題じゃ……」


「他に使える車はありません。一刻を争うんです。エーテル機関を何とかしないと、後のスケジュールは全て崩壊します」


「――よし、わかった。中隊長は『必要なら何でもしろ』と言っていた。それを言質(げんち)として動こう」


「はい、兄さん!」


 メモを握りしめたアデーレとカリウスは、指揮所の出口に向かって駆け出した。


 暗い指揮所の中から見た出入り口は、外から入り込んだ朝の光で真っ白になって、ぽっかりと四角い口を開けていた。


 指揮所から飛び出したアデーレは金髪を振り乱し、左右を見る。


「――あった!」


 アデーレの視線の先に、塹壕の外、叩き固められた土の駐車スペースに、一台の小型軍用車がちょこんと佇んでいた。


 灰色がかったダークグリーンの小ぶりな自動車――「ズワルフ」だ。


 ツバメの名で呼ばれるこの軽車両は、角ばった平板ボディに丸みのある後部となっていて、なかなか愛嬌がある。


 車体の横に飛び出た丸いフェンダーの上には、中隊長の乗車を示す小さな指揮旗が挿され、小さく揺れていた。


 その旗の横で、当番兵がぼんやりと立って巻煙草に火を着けている。


 アデーレはズワルフに一気に駆け寄ると、彼の横をすり抜けてドアを開け、転がり込むように座席に入った。


 乗り込んだ勢いでズワルフが左に傾き、タイヤの溝が噛んでいた土が落ちる。


「こらっ! それは中隊長のズワルフだぞ! 勝手に――」


「緊急事態です!! エーテル機関のパラメトリック空間におけるホモジニアス座標のエラーが原因でジンバルロックを起こしてるんです!」


「……え、えぇ?」


 当番兵の目が点になる。アデーレの放った適当な専門用語の嵐に煙に巻かれた様子で、口に咥えた巻煙草を落としそうになっていた。


「ではそういうことで!」


 アデーレは有無を言わさずキーをひねる。朝の静寂を切り裂くように、ズワルフのエンジンが空冷特有の軽快な唸りを上げた。


 呆然としていた当番兵は、あっと彼女に手を伸ばしかけたが、すでにツバメは土煙を巻き上げて走り出していた。


「ひえっ?!」


 短い悲鳴をを上げる兵士を振り切り、アデーレは追いかけてきた兄に叫ぶ。


「兄さん、乗って!」


「はいはい!」


 アデーレが右の助手席側ドアの根本にあるノブを蹴り、乱暴にドアを開ける。

 直後、座席にもたれかかるようにカリウスがズワルフに乗り込んだ。


「アデーレ、いくらなんでも無茶だよ!!」


「すみません。雑な仕事を見てムカムカしてしまって……」


(わが妹ながら、どこに逆鱗があるかさっぱりだ……)


 カリウスがしがみついたシートからツバメの後方を見ていると、当番兵が人を呼んでいた。彼はカリウスたちの前方を指差す。


 振り返り前を見ると、何かをもって手を伸ばしているレオンがいた。


 朝の風に短い金髪を振り乱した彼の手からは、細い革のベルトが伸び、その先に四角い革のケースがぶら下がっている。


 カリウスはそのケースに見覚えがあった。


「――!」


「どうせ街に行くんだろ! 忘れもんだ!」


「ありがとう!」


 カリウスがレオンの手から紐をひったくる。ルームメイトが渡してくれたのは、彼が大学の寮に残していった、予備のカメラだった。


 ツバメは左右に揺られながら小高い丘を駆け下りる。

 小さくなっていく陣地にカリウスは、両手を口にそえて大声で叫んだ。


「すみませーん! 後で返しますからー!!」



 ズワルフは土煙を巻き上げ、丘を駆け下りる。

 風がアデーレの金髪を乱し、カリウスの頬を切った。


「兄さん。最悪の日ですけど……なんだか、うまくいく気がしませんか?」


「うん。理由はないけど、今日は全部乗り越えられる気がする」


「私もです。さっきまで胸が重かったのに……今は、前に進むのが怖くない」


「きっと――僕らが〝巻き込まれる側〟じゃなくなったからだよ。今日は、僕らの手で状況を動かせる。〝僕らが選んで動く番〟になったんだ」


 アデーレはハンドルを握り直し、少しだけ笑った。


「じゃあ――飛ばしますね!」


「任せたよ、アデーレ!」


 ズワルフは朝の光の中へ吸い込まれるように走り抜けた。


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