断章 愛国連隊(帝国サイド)
――ゲルマニア帝国の首都から少し離れた森の奥。
広大な敷地を持つその邸宅は、かつての狩猟宮殿を改造したものだった。
建物の前には巨大な芝生の庭園が広がっており、邸宅のバルコニーから漏れる柔らかな光が、庭の様子をぼんやりと浮かび上がらせている。
その芝生の上に、奇妙なコレクションが散らばっていた。
さながら小学生が工作の時間に夢中で作ったような、粗末で珍奇な機械の数々。
一番大きなものは、鳥の模型をそのまま大きくしたような機械で、翼は木の枠組みに帆布が張られている。胴体の中心部分にはエーテル機関が据え付けられ、機関から模型の後方に伸びるシャフトには、スクリューが溶接されている。
その横には、人の形をかたどった骨組みに鉄板をくくりつけた巨大な人形様のオブジェがあった。古代ケルトのドルイドが使う祭器、ウィッカーマンを思わせるそれは、そこかしこに焼け焦げた跡が黒く残り、何か爆発でも起こしたかのように周囲の芝を焦がしていた。
芝生に並ぶこれらの発明品は、すべてが子供の無邪気な好奇心から生まれたように見えながらも、何か危険な実験の痕跡を物語っている。
そんな風景を背に、邸宅の一室、執務室の窓から〝狂皇子〟の異名を持つラインハルト皇子が邸宅の外を眺めていた。
窓辺に立ち、「見世物小屋」を見下ろすラインハルト。
彼の長身を包む白色の野戦コートは月光を浴びて銀色に輝く。
だがよく見ると奇妙なものがあった。
コートの首元と彼の両手首にはドレーン――体内の余分な体液や膿などを排出するための医療器具が挿入されている。
ドレーンの管は、静かに脈打つように青い光を放っていた。管は彼の背後にまで周り、エーテル機関によく似た機械に繋がっていた。
金髪が風に揺れ、淡い青の瞳が、眼下のコレクションを冷たく見据える。
彼の唇が、ゆっくりと弧を描く。
愉悦と、底知れぬ飢えを湛えた笑みだった。
彼は振り返り、室内に戻る。重厚な執務机に腰掛けた狂皇子は、ソファに腰掛け、ロウテーブルに山積みになった書類を仕訳している平服姿の参謀を見た。
「農夫に種をもたせれば麦を育てる。音楽家に楽器をもたせれば曲を作る。ときに、百の国に通じる道を持った帝国を持たされた皇帝がやることは何だと思う?」
不意にかかってきた皇子の声に、参謀は、はたと手を止める。
すると、わずかな逡巡の後、彼の口ひげが動いた。
「王道楽土をつくること、でございますか」
「徳をもって民と土地を治めろというのか」
「お父上であらせられる皇帝陛下は、かようにお望みかと」
「違うな。他国を切り取り併呑し、万の国に通じさせることだ」
「こいつは雑談で、昇進に関係したりしませんよね?」
「しないと思うか?」
「いえ」
「なんでこんな話をしたと思う?」
「殿下の腹心として、お心内をお聞かせくだすったものと理解しております」
ラインハルトは立ち上がって執務机の端に腰掛けると、手の甲で机の端に鎮座していた分厚い革表紙の冊子を叩いた。
報告書だ。
革表紙には金糸で「愛国連隊 第16回実験成果報告書」と刺繍がある。が、報告書には赤インクで「失敗率89%」となぐり書きされた付箋が着いていた。
「これだ」
ラインハルトは短く言い、オットーに冊子を放り投げた。ソファに座っていた参謀は無表情でそれを受け止め、すぐにページをめくり始めた。
事も無げにこなす様子から、いつものことらしい。
「……今回は空振りが多いですな。読み上げても?」
「お前のセンスで面白いやつを選んでくれ」
「重要任務ですなぁ。では――」
オットーの声は淡々としている。
彼は報告書をめくると、とあるページで手を止めた。
「貴族ヴィルヘルム・フォン・クラウス家出資。『風船爆弾』。開発動機。風船に爆弾をつけるという、娘が設計したこの案はどうかね? 嫌がらせにしかならんとおもうが、むしろ無作為に攻撃される方が相手も嫌がるのではないかな? とのこと」
「ほう。結果はどうなった?」
「投下高度の不足により自爆。実験中の小隊が全滅。高度の自動調整機能、投下器、ジャイロに問題あり。要するに全部ですな。」
「なぜ実弾でやったんだ……。いいぞ、次は?」
「えー……議員エーリヒ・シュミット個人出資。新型潜水服『サブスマイル』。開発動機。深海に潜る際の恐怖を克服するために、酸素と笑気ガスを併用するのはどうか。深海でも高い作業効率を保てるのでは? とのこと』
「理にかなっているように聞こえるな。で?」
「試験潜航中、着用者が独断で耐圧限界を超えて潜水。圧壊。死亡。回収班の報告では、『遺体が微笑んでいるように見えた』とのこと。失敗は失敗ですが、コンセプト的には微妙に上手くいってますな」
「ふむ。笑気ガスの使い道としては面白そうだ。次は――?」
「伯爵令嬢マルガレーテ提案。小型飛行機「マール号」。鳥の模型に船が使うスクリューをつけて、自分が起こす風で前に進ませれば空を飛ぶんじゃないかしら、とのこと。アイデア選抜により、愛国連隊が出資」
「お、これはできる気がする。結果は?」
「初飛行で12秒浮遊。パイロットは、『こんなもの使うぐらいなら調教されてないペガサスやグリフォンの方が百倍マシです』と。短すぎてただのジャンプですな」
「マルガレーテ嬢が人殺しにならなかったのが一番の成果だな」
「まことに」
オットーは報告書を閉じ、静かに息を吐いた。
「予算のほとんどが、貴族の私的趣味に消えている有り様ですな。成果らしい成果は……。一応〝エーテルフィスト〟がまともな評価を得ています。が、プロジェクト全体の成功率が1割では、まるで割に合いませんなぁ」
ラインハルトは天井を見上げ、くつくつと笑った。
笑い声は低く、どこか楽しげだ。
「貴族に金と地位を与えれば、ろくなものを出さない。面白いものだな。俺は帝国という巨大な玩具を与えられ、毎夜それを広げているというのに。あの連中は小銭を握りしめ、娘の落書きや爺さんの与太話で俺を喜ばせようとする。滑稽だとは思わないか?」
「滑稽ではありますが……同時に、危険でもあります」
オットーは閉じた報告書を執務机の上に戻し、エビのように曲げた指の背でコツコツと叩いた。
「このままでは愛国連隊の存在意義が『皇子のご機嫌取りのための寄付金集め』に堕ちます。陛下の征服戦争を支えるはずのものが、逆に帝国の資源を食い潰す寄生虫になりますな」
ラインハルトは立ち上がり、窓辺に寄った。すると夜空の下、巨大なホビンが車輪部分から炎を吹きながら爆走し、火花を散らしながら転倒していた。
遠くで兵士の悲鳴が聞こえたが、誰も止めようとはしない。
いや、止められないのだろう。
「なら、どうする?」
「提案があります」
ソファに深く座っていたオットーは、立ち上がると一歩進み出た。
「愛国連隊の予算承認権を、殿下直属の審査委員会に移管。貴族の出資は受け入れつつ、兵器案の事前審査を厳格化。通過しなければ即座に却下し、出資者の名を公表して面子を潰す。……それで大半は尻尾を巻いて逃げるでしょう」
ラインハルトは振り返り、目を細めた。
だが、笑ったわけではない。その眼差しは明らかに不興の色を帯びている。
「それでは《《まとも過ぎる》》。俺はあいつらの夢見がちな〝発明〟が嫌いじゃない」
「おや」
「見てみろ、オットー」
椅子から立ち上がったラインハルトは庭の一角にある「門」を指さした。
それは金属製の円環に何かの機械が無数に接続されたものだった。リングの中央には、エーテルの青い輝きをたたえる水の膜が広がって波打っているいる。
「あの〝門〟はベリエの前線と帝国を繋いでいる。まだ人一人通すのがやっとだが、あれがお前の方法で出てくると思うか?」
「ひっくり返っても無理でしょうな」
「だろう? 俺はやつらの狂気じみた幻想を愛しているんだよ。萎縮させて無難なアイデアばかりになるのは本末転倒だ」
「ふむ。でしたら……」
挑戦的なアイデアはそのままで、なおかつ実験兵器の成功率を上げる――
皇子が彼に押し付けたのは、まさに無理難題だった。
オットーは目を伏せ、しばし沈思黙考する。
「では」
さっと目を開いた彼は、淀みなく自らの考えを並べたてた。
「次回より、実験兵器の開発に成功した貴族には大金と領地を、失敗した者には……帝国の財産を横領したとして資産を差し押さえ、愛国戦隊全体の予算として確保する。成功すれば一攫千金。後は適当な勲章を新設して名誉も加えれば、誰もが本気で『非常識なアイデア』を考えるはずです」
一瞬の沈黙。ラインハルトはゆっくりと拍手した。
音は小さく、しかし心底楽しげだ。
「それだ、オットー。それが欲しいんだ。俺は帝国を玩具にしているんじゃない。帝国に俺という玩具を与えているんだよ」
彼は報告書を指さし、にやりと笑った。
「帝国が俺に『そうあれかし』と望むなら、せめて出すものは出してもらう」
「おぉ、こわやこわや……」
「さあ、明日の朝までにその案を形にしろ。俺はもう少しあたりを見回って、この『おべっか連隊』の皆々様方の妄想と絵空事を楽しむことにする」
オットーは深く頭を下げた。表情は変わらないが、僅かに口元が緩む。
「かしこまりました、殿下」
外では、また一つ、何かが爆発する音がした。
帝国の夜は、まだ長い。




