子供の芝居
それから数十分後。作戦室にジークフリート隊の小隊長が集まっていた。作戦室といっても通信室や連絡将校の待機場所があるような本格的な作戦本部ではない。中央に大きな長机のある多目的室を、作戦室と言い張っているだけだった。
「――では、早速作戦を説明する」
どこか張りのないヴィクトールの声が部屋の沈黙を切り裂いた。精彩の欠けた横顔にわずかな決意の光を宿して、彼はテーブルの上に広げた地図を指差した。
「まず、ゼレガルド南にある地方都市、フロレンヌの郊外にあるモデル陣地を使う」
「モデル陣地……ですか?」
「平時からベリエの正規軍が使っていた野外スタジオだ。わが軍はこんなに待遇が良いですよ、兵たちの士気も高いですよ、と、ニュース映画で伝えるためのね」
「え、じゃあそれって……」
「ジークフリート隊ができるずっと前から、同じようなことをやってたってことだよね。そういえばニュースで見たエーテル炊事車とか、野外浴槽とかのハイテク機材、兵営になかったよねー」
「え? たしか、ニュースだと全軍に配備してるって聞いたような……」
「あー、ここは君たちジークフリート隊の拠点でもあり、スタジオとなる場所だ。そこで君たちが帝国兵と戦い、勝利する姿をカメラにおさめる」
勢いで誤魔化したヴィクトールは、地図を指でなぞりながら、淡々と続ける。
「場所はここだ。フロレンヌ郊外の幅広い丘陵。ここに塹壕、砲台、そしてバリケードがある。中央指揮所にエーテル機関を設置、各種撮影機材に供給している」
「つまるところ、戦争映画の撮影所ってわけだ」
レオンの言葉にヴィクトールが短く同意する。
「そうだ。撮影機材は照明装置、撮影用の大型カメラとフィルム、追加で音響機材と特殊効果用の機材をそろえ、記者が常駐することになっている」
「で、そいつらの面倒をわしが見ると。自動車とはまた勝手が違うな」
「やっぱり難しいですか?」
アデーレの不安そうな一言をガストンは鼻で笑った。
「ドワーフを舐めてもらったらこまるな嬢ちゃん。ボタンとレバーを押して動くもんなら、何でもやってやるわい」
「そして、初回となる映像の内容だが……帝国軍の軍服を着た予備兵が『敵役』を演じて模擬戦闘を行う様子を撮影する。銃撃音は実弾ではなく空包を使い、爆発効果はエーテルプリズムを使った特殊効果を用いる」
「帝国兵の格好をする連中には同情するね」
「それなんだが、帝国兵の役はレオンくん、君たちの小隊に頼む」
「えっ?! 確かに『エキストラでも』って言いましたけど、敵役ですかぁ……?」
「君たちじゃないと不自然なんだ」
「て……帝国は、オイラたちみたいな異族を……軍隊に入れない、から?」
「そうだ。そもそもの話、鹵獲した軍服は人間用しか無いんだ」
「ってことは、カリウスはやんなくていいのか。いいなー」
「レオンさん。それと兄さんは……」
「そっか。演技下手なんだっけ。思い出した。文化会の。あれはヒドかったなー」
「あれはセリフと脚本が悪かったんだよ……あんな歴史と違う設定じゃ……」
「私語が多いぞ!」
「「ハッ!!!」」
ヴィクトールが声を張ると、3人はぴしゃりと雷に打たれたように姿勢を正した。
「撮影されたフィルムは全国の映画館で上映し『スタインドルフの娘が帝国軍を撃破する』姿を宣伝する。とはいえ、我々はプロの映画監督ではない。士気を高めるためにできる『演出』を思いついたら、なんでも提言してくれ」
「演出……アデーレちゃんが帝国兵をビシって指さしたら降伏するみたいな?」
「……この優男には任せないほうが良さそうだの」
「えっ! いいアイデアだと思うんだけどなぁ」
「待て待て、アイデアは今出さなくて良い。時間がかかるものだからな。いったんその話はあとにして、フロレンヌまでの移動の打ち合わせをしよう」
「はい」
「それで……カリウスくんには一つお願いしたいことがある」
「なんでしょう、中隊長?」
「カリウス少尉。君は名目上アデーレ君の補佐となるが……彼女は、まだ将校教育を修了していない。小隊の事務作業は兄である君がやってくれ。よろしく頼む」
「了解しました」
カリウスが決意のこもった瞳で敬礼を返した。
その時だった、彼の背後にあった作戦室のドアがノックもなしに開いた。
「ヴィクトールよ、いつまで作戦会議をしているつもりだ?」
部屋の空気が一瞬にして重く淀む。
作戦室に入ってきたのは、ギュスターヴ・ド・ロシュフォール。
中央方面軍王令補佐官という高位かつ内容の無い職につく男だった。
というのも、この男。部下に対しては高圧的かつ見下した態度を崩さず、貴族特有の古臭い優越感を棍棒のように振り回す男だった。
そんな彼だから評判は極めて悪く、周囲はこう囁いていた。
「言い訳の数は100個あるが、謝罪の言葉は1つも持たない」と。
彼にはとても軍を率いる才能はない。
といっても、彼は伯爵という中堅貴族、かつ男性なので、軍のポストを持たないわけにはいかない。ベリエは国民皆兵なのでなおさらだ。
ゆえに彼は王令補佐官――王の命令を読み上げるのが仕事という、中世から続くなんとも微妙なポストを引っ張り出してあてがわれたのだ。
ちなみにこの種のポストとして、王と一緒にトイレに入る係や、扉を開ける係などがある。ベリエ王家の特殊な苦労が忍ばれるところである。
ギュスターヴが高価な将官用の外套を翻すと、その下から胸に輝く勲章が現れた。
しかし、ぶら下がっているメダルはやたらと多いのに、その勲章は文化勲章ばかり。どうも彼には何一つ戦功と呼べるものがないらしい。
彼はヴィクトールの手元の書類とじろりと見据えると、吐き捨てるように言った。
「ふん。脚本もろくに書けんのか」
「も、申し訳ありません!」
「陳腐ならまだよし。無内容とは。まったく……恐れていたとおりだ」
ヴィクトールが慌てて立ち上がり、敬礼をしようとする。
だが、ギュスターヴはそれを片手で制する。高価な外套の下から覗く勲章の山が、部屋の薄暗い照明にきらりと反射した。
「バカめ。謝罪など不要だ。余はただ、王の名代としてこの作戦の様子を見に来ただけだ。しかし……これではな。子供だましにもならん芝居よのう」
彼は懐から麻紐で縛られた原稿用紙の紙束を取り出すと、テーブルの上に放り投げた。地図の上にどん、と乗ったそれは、手書きの脚本らしきものだった。
紙束を投げたことでギュスターヴのマントについた飾緒がじゃらりと音をたて、しんとした部屋の中で響く。カリウスはそれが妙に耳に残った。
「参考にでもするがいい。余が手慰みに書いたものだ。見聞きするものが心震わせ、心を寄せる人物と一幕を加えろ。さもなくば、この作戦は失敗するぞ」
「は、はぁ……」
「何をしておる。早く出発せんか。帝国軍は門前に迫っておるのだ」
「ハッ!」
言うだけ言って、ギュスターヴは作戦室をでていった。
ばたん、と勢い良く扉が閉まる。数泊置いて「はぁ」と、部屋の中にいた全員から、体の中にあった空気が全部抜けたかのようなため息が漏れた。
「なんじゃあいつ。」
「嫌われることにも才能がいると感じさせるね」
「レオンに言われたら終わりかな」
「えっ」
「ま、まあ、皆、閣下のことはあまり気にしないで。我々は我々で、やるべきことをやりましょう」
ヴィクトールがため息をつき、ヴィクトールが置いていった脚本を脇に寄せる。
ガストンが鼻を鳴らし、皆が苦笑を浮かべる中、フロレンヌまでの詳細な行軍予定を決めるための会議が再開された。




