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資本主義のゾンビ

作者: TOMMY
掲載日:2025/11/23

「お前の小説、変わっちまったな」


唐突に言われて、ストローを噛んだまま固まった。


「何が?」


親友はいぶかしげに眉を寄せる。


「昔はもっと、自由で皮肉で、刃物みたいに尖ってた。

今は、丸い。万人受けしそうだけど、お前らしさは薄い」


胸の奥に、図星を刺されたような痛みが走る。


「……わかってるよ。他人の評価と金に、ちょっと目が眩んじまったんだ」


親友は笑って、僕の背中をぽんと叩いた。


「なんだ、自覚はあんのかよ」


「そりゃあるさ。本当は、思いついた言葉をそのままぶん投げるみたいに書きたい。

でもそれじゃ何も手に入らない。だから“受け”に寄せてる。生きるために金が必要なんだよ」


「お前さ、資本主義の鎖に囚われてるぞ」


急に難しい単語を出すから、飲んでいたアイスティーが変なところに入った。


「どういうこと?」


親友は、いつもの“架空の眼鏡”をくいっと上げる癖をつけてから、得意げに語った。


店の奥でエスプレッソマシンがうなる。

その音にまぎれて、親友の声だけがやけに滑らかだった。


「資本主義ってさ……。たとえば、好きで描いた落書きを急に“採点”されるみたいなもんだよ。

点数がついた瞬間、遊びじゃなくなって、売れなくちゃ無意味な価値観に縛られる。すると途端につまらなくなる」


胸のあたりが、じわりと重くなる。


「……確かに。前に好きだったバンドもさ、メジャー行ったら、急に攻めた歌詞やめちゃって、つまらなくなった」


「そういうこと。“売れる”ってのは表向きは幸せに見えるけど、表現者にとっては檻だ」


言葉が途切れた瞬間、二人のあいだにだけ小さな静けさが落ちた。

アイスティーの氷が、遅れてコトンと鳴る。


「……俺さ」

と、急に声が小さくなった。

何度も言いかけて、言葉を飲み込んだあと、

「……バンド辞めようと思ったこと、何度もあるんだ」

親友は指先で紙ナプキンをちぎっていた。

ちいさな白い欠片がテーブルに散る。

「でも、自分のやり方を手放したら終わりなんだよ」


その言葉で、机の奥底に眠っている昔のファイルを思い出した。

印刷もしていない、眠ったままのデータたち。子供の頃に書いた、稚拙で乱暴だけど、自分でも笑うほど自由だった原稿たち。


乱暴な言葉ばかり並んでいるのに、あれだけは確かに生きていた。

あの頃は、文章を書くだけで胸が跳ねて、時間を忘れていた。


「……間違ってたかもな」


僕はストローを一度指で転がした。氷が沈んで、薄くなった甘さが舌に触れる。

妙にそれが、今の自分みたいだと思った。


「でもさ。好きなことだけやって、生きられるわけないだろ?」


言うそばから、自分でもその言葉が“どこかの受け売り”に聞こえた。


親友はため息まじりに笑う。


「その考え自体が、資本主義に洗脳されてると思うぞ。

お前、本当に”最低限の仕事じゃ生きられない”って証拠あんのか?

それにさ……売れた世界のどこに幸福がある?」


胸の奥に、また鋭い光が刺さった。


窓の外では、曇り空の切れ目から光がにじんでいた。

それが、さっきまで気づかなかっただけなのか、今ようやく射してきたのかは分からない。


「ははっ……そうだな。他人と比べると惨めになることもあるけど──」

言葉を続けながら、自分が誰と争っているのか急に分からなくなった。


苦笑していると、親友は肩に軽く拳を当ててきた。

怒っているわけじゃなく、むしろ“気づけよ”という合図みたいに。


僕はその拳を無視して、素直に続けた。


「つまりさ。“周囲に認められたい”とか“売れて金持ちになりたい”って欲望自体が……資本主義の奴隷ってことか。

他人を意識しないで、自由に書いて、勝手に読まれて、売れたほうが……いや、むしろ売れない方が幸福なのかもしれない」


そこでふっと息をつく。

僕はアイスティーを撫でるように回した。

氷がひとつ、沈んだ。

何をどう言えばいいのか分からなくて、ストローの影だけが揺れた。


「好きで書いたものが、誰かに自然と届く。その偶然が一番うれしい。

評価を取りに行った瞬間、なんか自分じゃないものになっちまうんだよな」


親友はにやりと笑って、サンドイッチを皿に置き、僕を指した。


「だろ?お前は“好きにやってる時の文章”が一番強いんだよ。昔のお前の小説な、読んだあと喉がヒリッと痛くなる感じがあったんだよ」

親友がそんなことを言うから、胸の奥が少し温かくなった。


「でも、売れたいよ……」


「……俺もだよ」

その一言のあと、珍しく視線をテーブルに落とした。

「けど、自分を置き去りにしたら、その瞬間から全部ずれる」

親友の笑いは、どこか自分を励ましているようにも見えた。


親友の肩を叩いた瞬間、

胸のどこかで、くすぶっていた小さな火がぱちりと音を立てた気がした。


僕と親友は視線を合わせ、架空の眼鏡を指で持ち上げながら言った。

「他人に目が眩んだ瞬間に、」

「人は、生きてるフリのゾンビになる」

「そんな奴らは撃ち倒せ!バンバンッ!」

二人で声高らかに笑った。


──帰り際、喫茶店の角の席に目が吸い寄せられた。

隅に置かれた古いランプが、ふっと揺れた。

その灯りが胸の奥の火と重なって、指がうずいた。


久しぶりに、何かを書きたくなった。

その気配だけで、胸の底で、眠っていた光が薄く呼吸し始めた。

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