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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リメイク

彼女の何が嫌だったのか

今になるとよく思い出せない。

だから、結局の所そんなものはなかったのかもしれない。

少なくとも彼女を殺さなきゃならないほどの理由はどこにもなかった。

けど、今更そんなこと言ったって仕方がない。

僕の足元にはかつて僕の恋人であった女性の体がある、ただそれだけが事実だった。

救急車を呼ぶ事はしなかった。

手遅れなのは明白だから

警察も当然このことを知らない。

僕に通報するという、つまりは自首するという現状一番まともな方法は思いつかなかった。

事故みたいなものだったのだし、正直に告白した方がよかったのは分かるけど、その時にはただ自分のした事をなかったことにしなきゃとしか考えられなかった。

僕の願いを叶える最適な方法が頭の片隅にあったのがいけなかったのかもしれない。

__僕の彼女には変わった所があった。

何が変わっているのか、というとこれまた上手く言葉には出来ないんだけど

生きる事に対する意識が高いというのだろうか?

上昇志向とかとはまた違う。

自分と言う生き物がいる事で周囲に与える影響に敏感だった__そうそんな感じだ。

ペットボトルは勿論、調味料のボトルもプラスチックの蓋をねじりとって[ペットボトル][プラスチック]のゴミ袋に分けていたし、発泡トレーはユニクロの紙袋に溜めて遠くのスーパーまで回収に出していた。

生き物が好きだったのだろう。

だから、自分の出した生活廃棄物で彼らの生活に悪影響を与えることを嫌ったに違いない

プラスチックで死んだイルカのニュースに親の仇のようにテレビを睨んでいた。

「私のゴミ処理場」

抜群の笑顔で振り返った彼女は『それ』を僕に紹介した。

彼女の屋敷の庭の一画、木々に囲まれたちょっとした森のようになっているところに『それ』はあった。

「腐葉土でね、中にいる微生物がゴミを分解してくれるの

燃やしたらたくさんCO2がでるけど、これならこの子達のご飯になるんだよ、素敵でしょ」

夕食の野菜くずや油汚れがついたキッチンペーパーなどにスコップで土をかけながら、僕にも向けたことのない眼差しを彼女はその少し他より黒い土塊たちに向けた。

__彼女の事だから、燃やされてCO2を出すよりも大事な微生物達の餌になる方が喜ぶだろう。

僕は彼女のわきひざの裏に手を通しその体を持ち上げた。

一瞬、首が落ちそうになったので慌てて胸の方にうつむかせた。

今思い返すとそのおぞましさに体が震える。

でもその時は感傷というものが霧散していて、僕は目の前のタスクをいかにこなすかに必死だった。

僕はそのまま階段を降り、キッチンの裏口から家の裏手に出る。そして、恐ろしいほどの冷静さと確かな足取りで彼女のゴミ処理場に向かった。

誰かに見られる心配はなかった。

幽霊屋敷と近所から煙たがれているこの荘厳な洋屋敷に真夜中近づく人がいると思えない。

僕はまるで罪のないことをしているように見えたに違いない。

彼女は首に入った一振り以外は生前と変わらぬ綺麗な状態だったから、今のように自分の胸に顔を預けているとまるで居眠りをしているようだった。

彼女をふかふかとした黒土の地面に下ろした時も僕はまだ冷静だった。

土塊が彼女の重さを受けてかすかにたじろくのが手の甲から感じ取れた。

まるで水面に触れているような、一瞬の反発__

それが起きたのは一瞬だった。

それまでただの土だった地面が途端に命を持ったように滑らかになった。

そして滑らかな黒いヘドロのようなものになって彼女の体を覆い、ずぶずぶと地面の下へと飲み込んでいったのだ。

「あ」

確かに僕は一度彼女を取り返そうとその白い肌に手を伸ばしたように思える。

全くの無意識だった。

でも、伸ばした手は空をすかし僕の前には先ほどと寸分違わない平らな地面があるだけだった。

彼女のあれほどまで存在を放っていた肢体は夢物語であったかのように消えていた。

ただ、僕のTシャツに残る血痕だけが彼女の死んだ証拠だった。

急に冷静な思考は消え、恋人の血に僕は恐れ慄く。

自分のした罪に気づく。もう取り返しがつかないことにも。

僕は狂ったように服を脱ぎ体についた血液をゴシゴシと拭い、土塊の上に叩きつけるように投げ捨てた。あっという間にそれも呑み込まれていく。

もう耐えられなかった。

僕は逃げ出した、屋敷に駆け込み、風呂場でひたすら体をこすった。

そのまま疲れ果て座り込み、冷たいセラミックの感触を右半身に感じながら僕はただ、夜が明けて欲しいと願った。

まるで朝になれば全てが解決するのだと言うように。



翌朝、僕は最悪な気分で目覚めた。

体は自分の支配から逃れたかのようにまるで動かせないくせに寒さや強張った痛みだけ神経が繋がれているようだった。

けれど、僕にはしないといけない事があった。

昨日のあれ、彼女の体を飲み込んだあれは何だったのか?

あの生き物のような土塊は__彼女が丹精に世話した結果なのか?活発になった何億という微生物が餌に食らいつく様を僕は見たのだろうか?

僕は服を着た。

裏口を通り、木立の中へ進む。

例の腐葉土は何食わぬ顔でそこにいる。

目を凝らしても微かに膨らんだただの地面にしか見えない。

僕は自分が立っている場所が腐葉土の範囲に無いのを確認して恐る恐るその膨らみに手を伸ばした。

ふわっとした土の感触__その下になにかある。

微かな湿り気と空気を多く含んだ土を払いのけてみる。

彼女の顔があった。

悲鳴が音を持たずに僕の喉から引きるような痛みを持って放たれる。

僕は尻もちをつき、無様な呻き声をだしながら後方へ逃れようともがく。

でも、逃れる必要なんてなかった。

彼女は動かない。

当然だ、既に死んでいるのだから。

しかし、その光景はあまりに(おぞ)ましかった。

黒い土の中から人間の顔の一部だけが覗いている。

生気を失った白い顔がそこにある。

しばらく僕は動けなかった。

それから、僕は払った土を彼女の上に戻してよろよろと立ち上がり屋敷に戻る。

客間のソファに沈み込み、僕は頭を抱えた。

__これでよかったのだろうか?

勿論、よくはない。だが彼女の体を掘り起こす気力など永遠に湧かないだろう。

土が、彼女の体を一刻も早く分解してほしい。それだけがこの出口のない悪夢に灯す光のように思える。

次の日、僕はまた腐葉土の下へ行った。

そうして土の膨らみをよける。

そこにはまだ彼女の顔がある。

僕は土を戻して屋敷に戻った。

次の日も同じような事をした。

その次の日も、その次の次の日も

だが、彼女の顔はいつまでたっても変わらない。

あの夜、あれほどの貪欲さで彼女を飲み込んだくせに、土は彼女を中々食べようとしない。

水分が足りないのかもしれないと思い、ホースを引いて彼女が埋まっているであろう箇所の周囲を囲うように水を掛けてやったりもした。

人間一人を分解するのは重荷だったのかもしれない。

彼女が野菜の皮を包丁で刻んでいた光景が脳裏に浮かぶ。何をしているのかと問う僕に彼女は「この方が微生物が分解しやすいんだよ」と得意げに言っていた。吐きそうになる。到底、野菜の皮にしたことを人間に出来るはずがない。

諦めて僕は屋敷に戻る。

そうして、また土の下へ向かう。

毎日毎日繰り返す。

何日経とうと、何週間、何か月経とうと、僕は同じ結果を観察し続けた。

彼女は変わらなかった。

傷一つ、ほころび一つない、自然と一体になろうという兆しが不気味なほどまるでない。

同様に、腐葉土の一帯にも変化はない。

虫も湧かなければ、異臭もない。コバエ一匹見掛けた覚えがない。

何だかおかしい気がした、でも何がおかしいのかよく分からない。

不自然な感じだ。

ふと一般的に人体は土葬で分解されるのにどのぐらい期間を要するものなのだろうと思った。

しかし、それをどうやって知ればいいのか?

誰かに聞くわけにもいかない。

いろいろな事を僕に教えてくれた彼女はもうここにはいないのだから。

しばらくして、彼女の亡くなった父親の書斎の「死体解剖」という本から答えを得た。

毎日様子を見る事に意味はないのだと悟る。

けれど、もはや習慣になったそれはやめられなかった。

腐葉土の様子を見に行くというタスクが僕にとっての一種の安定剤となっていた。

他に何をすればいいのか分からない。

そうして僕が一人になってから1年ぐらいが経過したある日ある朝、土の下には何もなかった。

彼女は消えた。

腐葉土の地面はこころなしかなだらかになって、いくら払っても彼女の体はない。

前日までには確かにあったそれが。

__僕は屋敷に戻った。

頭が混乱していた。

確かに数年はかかるはずだ。いや、そもそもこんな突然なくなるはずがない。

まるで分解される気配がなかったんだぞ?そんなはずはない。

それをずっと望んでいた。それはそうだ、でも終わりはこんな突然ではないはずだ。

突然、精神が恐慌をきたし僕は自分と言う存在を見失った。

そうして再度意識を取り戻した時にはバルコニーから月光が部屋に差し込んでいた。

僕は疲れ果て、床に座り込んでいる。

僕はぼうとしている。

絨毯の柔らかさだけが現実と僕を繋いでいるように思える。

ふと、視界が薄暗く感じた。

僕は顔を上げる。

暗いのは月光が遮られていたからだった。

バルコニーに彼女がいた。

僕は走った。

部屋のドアを体当たりをして廊下に転げ出た。

心臓が急に息を吹き返したように強く鼓動し始める。

彼女がいた。彼女が立って部屋の中を覗いていた。僕を見ていた。

息が激しくなる。口の中が乾いているせいで切れそうな程だ。

後ろに彼女がいる気がする。立ち止まったら捕まってしまう気がする、だから止まれない。

階段を駆け下りた、習慣で僕は裏口に身を滑り込ませ、外へと出た。

何故か、家の中にいる方が怖かった。

僕は走った。行く当てなどなかった。だから足は自然と毎日通っていた場所へと向かっていた。

木立を抜け、その先、その先にあの黒い地面の一画があるはずだった。

けど、そこにいつもの光景はなかった。

代わりに小さな池のようなものが静かな水面に月を映している。

半日にして出現したそれ__背後で小枝が折れる音がして振り返る。

木々の中に彼女がいる。

僕を真っすぐ目でとらえてゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。

目を逸らすことは出来なかった。僕は池を背にじりじりと下がったが、直ぐにそれ以上下がれなくなる。

彼女が木々を抜け、僕からほんの数メートルの位置に来た時、僕はやっと気づいた。

足の運び方、歩く時の身のこなし、そして何よりその顔に浮かんだ笑み__

これは彼女じゃない。

首を横切る赤い線から彼女の体であることは確かだ、けど、中身が違う。

彼女はそんな風に頭を全く動かさずに歩かない、そんな感情の読み取れない笑みを浮かべたりしない。

彼女はもっとわかりやすかった、体中から言葉を感情を発しているように動いていた。

彼女の皮を被った何かが僕の前に到達し、立ち止まる。

小首をかしげ笑みを浮かべ、僕を見上げる。

その眼球の中を一瞬、黒い粒の集合体のようなものがさっとよぎった。

__微生物だ!

あの腐葉土の中にいた微生物たちが彼女の体の中にいるのだ!

そうして彼女の体を我が物のように動かしているんだ!!

目の前のそれが恐ろしい、これは人間のように見えて人間ではない。こいつは何をかんがえているのか

飼い主であった女性を殺した男に復讐をしようというのか?

彼女の体を借りてその無念を晴らそうと?

いや、そもそも微生物なんぞが人間の体を操るなんてそんなことが現実にあっていいのか、そんな馬鹿げたことが__

目の前のそれがおもむろに口を開いた。

「おにいちゃん」

僕はその時、自分がどうやって生まれたのかを知った。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ホラー企画普通に間に合いませんでした笑

お題の「水」が中々いいのが思いつかなくて、いくつか中途半端に手出しをしたためにこうなった始末です。

まあ、お題の要素が薄いのも、間に合わないのも例年どおりです。

__いつかお蔵入りした奴らをちゃんと書き切りたいなと思う今日この頃


読んでくれた方が、ちょっとでもひやっとしてもらえたら嬉しいです。

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