7,お叱り
「短期間で何度も異形になるな」
水下の言葉が無慈悲に百合葉の心を刺した。
鈍いようで、それなりに鋭い一槍。
「うっ……でも仕方ないじゃん」
「異形との喧嘩がか?」
「それは……えっと……」
必死に言い訳を考えてみる……が、水下は百合葉のそんな姿を見て「はぁ……」と溜息をついた。
その双眸はしっかりと、かつ冷酷に百合葉のことを捉えていて、その視線を向けられた百合葉は目を伏せた。
「だってぇ……」
「いいか。今回は大事に至らなかったからよかったが、もしあれが部外者に見られてたらどうするつもりだったんだ?」
水下の責めるような言葉を受けて、百合葉は黙り込む。
「学校の生徒を捕食したらお前は殺処分なんだぞ」
「……殺せないくせに」
必死に言い返す言葉を考えて口から出たのが、その一言だった。
ギロッと水下の視線が百合葉に向けられる。
怒りだろうか、はたまた憎みだろうか。ただ一つ分かるのは、こいつ生意気だな、という感情は混じっている。
「殺せないなら殺せないなりにやり方がある」
「例えば?」
「溶かした鉄にお前を放り込んだり、永久凍土の中にぶち込んだり……だな」
「熱いか冷たいかの両極端しかできないの!?」
そう叫んでみたが、百合葉は一考をするように視線を下げた。
「一応言っておくが、完全に死ぬわけじゃないぞ」
退路を潰すように水下が言った。
ハッとして、百合葉は顔を上げる。
そこにはいやに同情的な表情があった。
「暗闇の密封された空間の中で、酸欠による死亡と蘇生を繰り返すだけだ。もっとも、凍土の方は常時意識がない分、楽だろうが」
それは嫌だな。
そんな言葉が心から溢れて、聞き取れないほど小さな声として外へ出ていった。
死ぬのなら、生き返りたくない。
苦しんで死ぬとしても、生き返らないのであれば、それでもいい。
「どうやったら、私は死ねるの?」
百合葉の純粋な問いに水下は黙り込む。
答えられる訳が無い。以前にも同じ質問を研究所の職員にしてみたが、そのときも答えてくれなかったのだから。
言葉に出そうか迷っているような薄く開いた口と、曖昧な愛想笑いが、そのときの決まった答えだった。
いつしか、百合葉はその問いを、事情を知っている人間へのいじわるとして使うようになっていた。
「硫酸風呂にでも入ろうかな」
「お前の体が硫酸に適応するのがオチだぞ」
水下に言われて、百合葉はあははと笑った。
そんなことはすでに知っている。
つくづく、自分の無駄に強い力が恨めしい。
「そういやお前、最近はあのガキとどうなんだ?」
ガキ。
おそらくは春阪マヒルのことだろう。
水下はマヒルのことを嫌いではないものの、うざったらしくは思っているようだ。
それもこれも、マヒルの水下に対する舐め腐ったような態度が原因なのだろうが。
「普通だよ。いつもと変わんない」
本当にいつも通り。
放課後に繁華街まで遊びに行って、スイーツを食べて、一緒に帰る。
席が隣同士なので授業中はこそこそと喋り、お昼ご飯は一緒に席をくっつけて食べる。
最初のころは二人をからかう声もあったが、今になってはもう教室の日常の風景の一つと化していた。
いつもの恋心。
自分は持ち合わせていて、彼は持ち合わせていないもの。
傍から見れば、普通の片思いだ。
「アタックはしたのか?」
「できるわけないじゃん」
「なんでだよ。お似合いだと思うぞ? 俺は。お前は可愛げがある」
水下はそう言いながら、ポケットから煙草とライターを取り出した。
「可愛げのある子の前で吸っちゃうんだ」
「悪い、俺は細身が好きなんだ」
「噛み殺すよ?」
笑顔の裏に見える憤慨を眺めながら、呑気に水下は煙を吐いた。
そして少し言い訳を考えるような顔をして、
「あいつは少しふくよかな方が好きだってよ」
と、言った。
「ほんと!?」
「そーそー。だからお前はどストライクだってよー」
「そ、そうなんだ……」
百合葉の体は、実際には水下が言うほどぽっちゃりとした体型ではない。
言うなれば、ザ・健康体。これをぽっちゃりというのであれば、この国にいる半数の人間がぽっちゃり体型になるだろう。
「……でも、私、化け物だしなぁ」
水下はその言葉を聞き流そうとして、やっぱり止めた。
「別にいいだろ。化け物が人間にアタックしても」
前後の文脈を知らなければ好戦的な言葉に聞こえることを水下は言う。
「……駄目だよ」
「どうしてだ?」
「人を食べるんだよ。そんな私が、幸せになるなんて許されない」
水下は何も答えない。
「それに、マヒルくんは私のこと、好きじゃないから……」
「そうなのか?」
「うん。聞いた」
乾いた声が薄れていく。
あれだけ一緒にいて、好意を持っていないことがあるのか? とでも言いたげな目が百合葉に降り注ぐ。
「聞いたって、どうやってだ?」
「クラスメイトの子がマヒルくんに訊いてたの聞いたの。そしたら、わからないって」
「なんだそりゃ」
水下はそんなふうに言いながら、煙草の煙を吸い込んだ。
隣の教室から聞こえてきた、マヒルのあの言葉。思い出すだけでも、百合葉の腹の底がどよめいてくる。
「仮にあいつがお前を好きかわからないとしても、もしかするとお前を好きになるかもしれないぞ?」
「ありえないよ。絶対にありえない」
化け物を好きになる人間は、この世界に何人いるだろうか。
さらに狭めてこの国、この県、この区、この町、ここら一帯に、何人いるのだろうか。
しかも、その化け物が人を食い、暴走する可能性もある。
百合葉は足元に転がっていた石ころを見て、それを遠くの方へと蹴り飛ばした。
「──お前に話してなかったことがあったな」
しばらくの間黙り込んでいた水下が、携帯灰皿に煙草を押し詰めてそう言った。
話題を無理やり替えられたことに気づいたが、百合葉は特に気にすることもなくその話題に乗る。
「話してなかったこと?」
「あぁ」
水下がスマホの画面を百合葉の前に掲げた。
社用携帯。研究所から貸与されたものを社用と言うのかは置いておいて、その画面には一枚の写真が表示されていた。
研究所の薬品倉庫。
それも地下深くにある、厳重に管理された場所だ。
百合葉も何度か抜け出してここを通ったことがあるが、その直後に大量の銃弾が四方八方から浴びせられたのは、記憶に強く刻まれている。
そこが、いや、その入口が吹き飛んでいた。
「──近い内に、大勢の人が死ぬぞ」
画面の日付欄には、四日前の日付が記されている。




