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死ねない君のセブンティーン ──人工の命と、ありふれた放課後。  作者: 黒月一


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5,恋

 三限目の終わり、マヒルは数学の教科書を片付けていると、背後から声をかけられた。


「マヒルくん! 今日パフェ……」

「春阪くん、放課後時間あるかしら」


 百合葉の言葉を遮るようにそう言った女子は、長い髪を一つにまとめて垂らし、赤い眼鏡をかけた委員長だった。

 犬居彩芽。

 クラスの中でも一際真面目として知られている人物である。


「今しがた予定ができたかも」


 マヒルは百合葉の方をちらちらと見ながら、彩芽に向かってそう言った。


「そう、断れる?」


 なんともまぁ、感情のない顔で。

 マヒルは顔を傾けてそう言った彩芽にそんなことを思いながら、渋々言葉をひねり出した。


「……本人次第かな」


 マヒルがそう言うと、彩芽は百合葉の方を向いて、目と目を見つめ合わせた。

 二人の間にはただならぬ緊張感が走り始め、今にでも女同士の戦いが始まろうとしている雰囲気を漂わせている。


「放課後、春阪くんを借りたいのだけど」


「委員長が何の用? マヒルくん困ってるけど」


 別に困ってはないんだけど。

 そう思いながらも、口に出したら睨まれることを知っていたマヒルは黙り込んでいた。

 

「そうなの?」


 彩芽のその言葉で、マヒルは冷水をひっかけられたような感覚に陥った。

 もしここでバカ正直に困っていないと言ってしまえば、百合葉から後々文句を言われるだろう。

 とはいえ、困っていると言ってしまっても、それはそれで彩芽から反感を食らうだろうし、嫌な顔をされるのはわかりきっている。


 どう答えようが、良い結果には繋がらないのだ。


 ならば……。


「えっと、今日は百合葉ちゃんと遊びたいなと……」


 マヒルは仲が良い百合葉につくことを決めた。


「は?」


 彩芽から漏れた声で、マヒルの体はビクッと震える。

 いつも真面目な委員長からは出ないであろう声。

 委員長もそんな声を出すんだなと思うのと同時に、恐怖を感じた。


「私の方が先に予約を取ろうとしていたのよ?」


「どっちかって言うと百合葉ちゃんのほうが先だったような……」


「なに? 私が無理やり話を遮ったっていうのかしら?」


 そのとおりである。

 とはいえ、彩芽の迫力に圧倒されていたマヒルは、そのことを到底彼女に伝えることはできなかった。


「……」


「決まりね。放課後、教室に残ってちょうだい。青山さんは残らないでね」


 彩芽は最後の言葉を嫌味のように吐くと、颯爽と、あるいは会話から逃げるように教室の外へと出ていった。

 彩芽を追おうとしていた百合葉の肩を掴んで、マヒルは首を横に振った。


「マヒルくん、離して」


「離したとして、何をする気なの?」


「別に何も……委員長と話すだけだから」


「トカゲの尻尾、見えてる」


 マヒルがそう指摘すると、百合葉はハッとして、いつの間にか出ていた尻尾を体へ収めた。

 百合葉は周囲を伏せ目で確認する。

 誰もこちらを見てはいない。次の授業が移動教室で人が少ないのが幸いした。


「ごめんね……」


「別に謝らなくてもいいよ。あれはまぁ……災害みたいなものだったし。委員長との用事が終わったらそっちに行こうか?」


「……いいの?」


「うん。長引くかもしれないけど」


 マヒルがそう言うと、パッと百合葉の表情が明るくなった。


「全っ然平気! 連絡してくれたらいつでもそっちに向かうから!!」


「んじゃあ、委員長との用事が終わったら連絡するよ。二〇分以上連絡が来なかったら帰ってていいよ」


「んー。わかった!」


 百合葉のあまりわかっていないようなその返事を聞いて、マヒルは頷いた。

 多分二〇分経とうが一時間経とうが待っているんだろうなー。と思いながらも、特に口には出さずにその場を流した。


「よし。つぎ生物だったよね。一緒に生物室行こうか」


 マヒルはそう言って、用意した教科書を持ち上げた。


「よし、誰もいなくなったわね」


 放課後の教室、クラスメイトはおらず、マヒルと彩芽だけがいた。

 教室の外では部活動が行われ、吹奏楽部の楽器の音やサッカー部の練習の掛け声が聞こえてくる。

 百合葉は今頃、学校の近くで時間を潰しているのだろう。


「用件はなに? 委員長」


 マヒルは机で本を読んでいるふりをしながらそう言った。

 右腕で頬杖をつき、左手で本を読みページをめくる。内容はまったく頭に入っていない。

 彼にとってはカッコいい姿だ。


「そうね。まぁ、あなたと、青山さんのことよ」


 彩芽はそう言って、彼の目の前の机の上に座った。

 委員長としてはあまりよろしくない行為だが、彼女にとってはカッコいい姿だ。

 思春期の男女。そういう時期である。


「……百合葉ちゃんが何?」


「ふふ……隠しても無駄よ」


 含み笑いをしながら、委員長はマヒルを見下ろす。

 不敵な笑み。マヒルはそれを冷静かつ冷徹に見つめていた。


 まさか百合葉が異形であることがバレた?

 それとも、クレープの歩き食いが問題だったか?

 

「何の話だ?」


 語気を強くして、マヒルはそう言った。

 今はまだ探りの段階だということを理解して、マヒルは会話をすることにした。


 どんな言葉が出てくるか。

 場合によっては、彼女を拘束する必要だって生じてくる。


 百合葉が異形であるということは、関係者以外には知られてはいけない。

 それもまた一つの決まりなのだ。


 マヒルは警戒をしながら、彩芽の発言に全神経を集中させる。

 彩芽の口が開いた。 


「──あなた達、付き合ってるわよね」


 そういう時期である。


「……は?」


 マヒルは委員長の口から出た言葉をすぐに理解することができなかった。

 言葉の意味はわかるのだが、あまりにも予想外で、あまりにもあり得ない話で、理解が追いつかないのだ。


「ご、ごめん……なんでそう思ったの?」


「だってあなた達、いつも一緒にいるでしょう? あんなの誰が見たって付き合っている男女にしか見えないわよ」


 マヒルはそう言われて、今までの百合葉との日常を思い出した。


 ……確かに、ずっと一緒にいた気がする。

 基本的に放課後は行動を共にすることが多く、百合葉と遊ばない日はバイトがある日ぐらいだ。


 だが、それは百合葉という異形を監視する上で、仕方がないことなのだ。

 仕事として異形と一緒にいる必要がある以上、他人からはそのように見られてしまうこともあるだろう。


 とはいえ、一応マヒルも百合葉と一緒にいたいという気持ちが、無いわけではなかった。


「……俺達は付き合ってないよ」


「そうなの!?」


 委員長が驚いたように体を前のめりにしてそう叫んだ。

 危うくマヒルの頭と彩芽の頭がぶつかりそうになりながら、お互いに顔を見つめ合った。


「う、うん……」


「だってあなた……今日だってパフェを食べに行こうとしたんでしょ!?」


「まぁ、そうだね」


「はぁ? そうだねって……それで何か思うことはないの!?」


「だっていつものことだし……」


 マヒルがそう言うと、彩芽は目を見開いて「ハァァ!?」と叫んだ。

 吹奏楽部の楽器の音が、そのときは彩芽の叫びでかき消された。 


「恋心とか、そういうのはないの!?」


 委員長の言葉を聞いて、マヒルは少し考える。


 百合葉と出会ったのは、今からちょうど二年前ぐらいだっただろうか。


 中学三年の夏休み。雨の降るコンビニ帰りに、死にかけの彼女がいたんだった。

 でも、彼女は死ななくて、彼女は化け物で、彼女の正体を知った俺は、彼女の監視役になるしかなかった。

 だが、そのことで彼女に恨みがあるわけでもない。

 当時は進路のことなど一切考えていなかったし、どこか適当な高校に行ければそれで良いとさえ考えていたのだ。

 いつの間にか研究所の近くにあった高校の願書が提出されていて、無試験で合格したと知らされたときでさえ、受験勉強から解放されたと喜ぶだけだった。

 その点を考えてみれば、ある意味百合葉は恩人にあたるのだろう。


 しかし。

 恋心か。

 あるのだろうか。

 自分にとって、彼女は異形で、彼女にとって、自分は人間である。


 差別をしているわけではない。

 ただ、彼女の恋愛対象に、人間である自分は入るのだろうかという悩みだ。


「どう……だろう」


「どうだろうって……わからないの? 自分の気持ちが?」


 彩芽の言葉を聞いて、マヒルは視線を落とした。

 小説のある一ページ。

 何行何文字という文量の中に、恋はポツリと隠れていた。


『生れてこの時はじめて、われから積極的に、微弱ながら恋の心の動くのを自覚しました。』

『吐きました。』

『前後不覚になりました。』


 恋とは、なんだろう。


「委員長は、恋をしたことは?」 


 ふと、頭で思い浮かんだ言葉が口から流れ出た。


「ないわ。一度も」


「そうなんだ。じゃあ、なんで俺と百合葉ちゃんの関係が気になるの?」


 マヒルが問うと、委員長は口をはっと塞げたあとに、静かに言った。


「知りたいのよ」


「何を?」


「恋をよ。あなたと青山さんの関係って、特別だから。別に、ただの恋を知るなら他のカップルを見てればいくらでも知れるわ。だけど、私はあなた達の恋を見たい……知りたいの」


 彩芽がそう言い終わったあと、マヒルは何かを発するわけでもなく、口を塞いだまま黙っていた。

 何を言っているんだろうか。そんなことを言いたげな目で彩芽を見つめている。


「何よ! 文句ある?」


「えっと……委員長ってだいぶ変な人だなって……」


「うるさいわね!!」


 彩芽が叫んで、マヒルは吹き出した。

 はははと、普通の青年がするような高らかな笑い声。

 彩芽は目を丸くした。


「そんなふうに笑うの、初めて見た……」


「そう、だっけ? 確かに、あんまり、笑ったりしないかも」

「ツボりすぎよ」


 彩芽がそう言ってからも、マヒルはしばらく笑うのを止めなかった。

 止められなかったという方が正しいだろうか。それくらい、彼にとっては彼女の言葉が面白かったのだ。


 普段は真面目な少女が、真面目に人様の恋を知ろうとしている。

 ある意味乙女チックなその言動に、マヒルのツボが刺激されたのだ。


「それで、どうなのよ」


「どうって?」


 マヒルの笑いが収まってきた頃には、二人は大人しく椅子に座っていて、今まで開いていた本も表紙を見せて机の上に横たわっていた。


「あなた、青山さんのこと、好きなの?」


「わからない」


 きっぱりと、比較的早く、そう言った。 

 わからないのだ。

 彼にとって、青山百合葉というものは、監視対象としての面が強い。

 彼女が暴走したときに特課へ通報するのは彼だし、特課が来るまでの間、暴走したユリハを止めるのも彼である。


 普段は仲が良い友人が、時には自分を襲ってくる化け物になる。

 仲の良さで中和しようとしても余りある危険性に、恋心を抱くのは難しい。


 だが、百合葉のことが嫌いなわけでもない。

 好感度だって高いほうだ。

 彼女の容姿は美少女と言っても差し支えないほど整っているし、性格だって明るく愛嬌があり、優しい心を持っている。


 異形であることを除けば、彼女は完璧だと言ってもよい。


 そう、異形であることを除けば。

 結局は、そこだ。

 人間である自分が、百合葉へ恋心を抱くことはあり得るのだろうか。


 仮に自分が百合葉のことを好きであったとしても、彼女は自分のことを好きになることはないのではないか。


 そんな考えが、マヒルの気持ちをわからなくさせているのだ。


「……まぁ、まだ時間はあるものね」


 委員長は時計を見てそう言うと、椅子から立ち上がった。

 彼女はおもむろに自分の机に置いてあったカバンを手に取り、教室の扉へと移動した。


「話はもう終わり?」


「えぇ。約束があるなら、行くといいわ」


 彩芽はそう言うと、ガラガラと教室の扉を開けた。

 マヒルは机の上に出していた本をカバンの中へ入れ、百合葉に今からそっちに向かう旨のメッセージを送ろうとスマホを取り出した。

 どうやら、話し始めてからいつの間にか二〇分も経っていたらしい。


「あぁ、それと」


 扉を開いた委員長が、マヒルの方を振り返った。

 マヒルの目が、驚きに変わる。

 その中には、少しの敵意のようなものが混じっている。おそらく、警戒からくるものだろう。


「青山さんだけが、とは思わないことね」


 そう言って、犬居彩芽はその黒く染まった尾と耳をマヒルへ見せつけ、鋭い牙の生えた笑みを浮かべた。

 ──彼女は、人狼だった。

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