第二章:タナトスの仕事風景 -「死ねない104歳とタナトスのヒマつぶし」
陽平は、先日の出来事を頭の中で反芻していたが、頭で考えても結論の出ない疑問に疲れ果てていた。
「本物っていうか、実在すら信じられん…あぁぁぁぁ!もう!何だったんだ!」
「…こんな時はっと…。へへへッ。」
陽平はおもむろに一枚のDVDをディスクにセットした。
「さてさてさてさて…と」
再生ボタンを押す。
「おっと、用意しなきゃ」
青いハッピ。頭にハチマキ。手にはサイリウム…。
「ミカたーーーん!」
そのDVDから流れている音楽に合わせて全力ヲタ芸をするのが、陽平の唯一の“生”の瞬間であった。
陽平は絶賛推しアイドルグループ《Venus》のライブDVDを見てテンションMAX。
ダンスが終盤に差し掛かり、サビに合わせて一番の盛り上がり…!
バタン!
突如として部屋のクローゼットが勢いよく――存在感たっぷりに――開く。
「ど~~~~も~~~~!!!よ・う・へ………い…」
見てはいけない瞬間を感じ取ったタナトスは、ゆっくりと、そっとクローゼットの扉を閉めようとした。
「待て待て待て待て!!!!!ちょっ!マジ待って!!!」
「……言うなよ」
「ワカッテマストモ」
「誰にも……言うなよ!」
「ヤダナァ。ボクハクチガトテモカタイヨ~」
「そのカタコトやめてくれよぉ…そもそも!勝手に入ってくるほうが悪いんじゃないの?こういう時ってさ!!!!」
目に本気涙をためながらタナトスに懇願する。
「タナトス様~なんでもいう事聞きますから!」
「ほぉ~なんでもぉ?」
「…はい。私はあなたの下僕です。」
「よし、下僕よ、今から私に付き合いなさい!」
「は?」
「は?じゃねぇよ!今から付き合えって言ってんの!」
「どーゆー事っすか?」
陽平は不貞腐れながらタナトスに突っかかる
「ま、行くぞ!」
その瞬間タナトスは指を≪パチンッ≫と鳴らした。
急に視界が変わり、病院の一室が目の前に広がった。
「これが俺の仕事場」
「病院じゃん」
「そ!で、そこに寝ているのが、俺の客って事」
ベッドに酸素マスクを装着し、苦しそうにしている高齢の男性が寝ている。
「佐藤庄吉さん。104歳。昨日自宅で転びそうになり、ちょっと頭を打っちゃったみたい。年も年だから、緊急入院ね。そんで、まぁ、当たり所もあまりよくなくって、一応昨日の夜にマジで“峠”だったってわけ。でもほら、酸素マスクしてるってことは、生きてるのさ。ほんとは今日は死ぬ予定だったおじいちゃんが、まさかの生存宣言しちゃったって事!だから、超絶ヒマになったから、お前に会いに行ったらあんな頑張っちゃって…ププッ」
「なぁ、ここ病院よ?ハッピにハチマキしてサイリウムってさ、お前TPOってご存知?」
そうだ、急に指をならした瞬間ここにワープしたもんだから、着替える余地もないままだった。
「…!!!おい!お前が急にワープみたいなことすっからだろ!」
「ま、いいんじゃない?誰もお前に気づいてないじゃん?そう、俺と一緒に居るってことは、死者にしか認識されないってこと。だから、そのままでも大丈夫ってことよ」
「ほんとだ…。誰も俺に気づいていないし、気配すら感じてないみたいだ」
「で、庄吉じいちゃんなんだけど、昨日はマジで逝く寸前だったのよ。そん時、担当看護師さんが、「佐藤さ~ん!声が聞こえますか~」ってよく言うじゃない?最後の気力を振り絞って、看護師さん見た瞬間!バッキバキに目を見開いて、看護師さんに一目惚れ。んで“延命モード”突入って事。」
「死ぬ気、失ったってこと……?」
「そう。“あの天使のような看護師さんと、もう一度話がしたい”って言って、体調整えやがった。老衰の極みのクセに、意志だけはティーンエイジャー」
「うわぁ……」
「ってわけで、俺も現場から一時離脱。死亡予定だったんで、スタンバイしてたけど……予約取り消し。てか、再予約待ち」
「死神って予約制なの?」
「うん、ま、ひとえに死神って言っても色々あんだよ基本的に。うちは“お迎え専門”だからね。いわゆる“安らかな死”部門。事故とか事件は別部署。刈り取り系」
「お迎えって……言うよね、確かに……」
「でしょ?それ俺たちが語源だから。ま、うちは地味だよ。だから地上に来ると、つい無駄口多くなっちゃう。趣味、人間観察。」
「ヒマなのはわかったけど、いちいち俺の部屋に来るなよ……」
「陽平の“現実と妄想のギャップ反応”見るの、ちょっとした趣味なんだよね~」
「最悪だ」
「よく見ろよ。庄吉じいちゃん、104歳。見て、あそこ」
看護師・西野真莉愛が「佐藤さん? 声聞こえますか?」と声をかけた瞬間──
・・・カッ!!!
目が開いた。
「ワシは……佐藤庄吉!趣味は囲碁と、美しい俳句を詠む事ですじゃァ!」
「うお、自己紹介しとる……」
「これで二回目だよ。昨日も“自己紹介してなかった!”って目覚めてフルネーム名乗ったから」
真莉愛さんが苦笑いしつつも対応している。
その様子を、タナトスは暇そうに壁に寄りかかって見ている。
「いやぁ、恋の力ってスゴイよね~。このおじいちゃん、心電図よりテンションの波がすごいんだよ。」
「死ぬ気満々じゃなかったの?」
「真莉愛さんに会えなくなるからって“退院したくない”って、ちょいちょい「心臓が~」とか、「胸が~」とか言って、検査ムーブの連続。一応年齢もあって、ちゃんとやらなきゃダメみたいなんだって言ってたよ」
「理由が不純すぎる……」
「いや、逆に純粋なんじゃない?もう全部吹っ切れた境地というか。で、俺はこうして“死亡キャンセル待ち”ってわけ」
陽平はその会話を聞きながら、どこか複雑な気持ちになっていた。
死の間際、想い一つで生き延びる人間。
死神すら手出しできない“生への渇望”。
そして──
「これが、“現実の死”だよ、陽平君」
そうタナトスが言った時。
陽平の中で、“タナトスの化身”を名乗っていた頃の妄想が、一つ、静かに崩れていった。
「真莉愛ちゃ~ん!ワシとデートしてくれんかぁ!」
「えぇ~~?元気になったら良いですよ♡」
「!!!!!」
俺とタナトスは顔を見合わせて“庄吉最後の恋“を見守る決意を固めた。