第9話 座して死を待つ
「誰か助けて! 他のメンバーはみんなあのワニに食べられちゃったの! 私は武器も持ってないし、このままじゃ……」
地べたに座りながら、他の参加者の配信をじっと見ている。このチャンネルは複数人で運営されていたようだが、生き残ったのは今映像に出ている黒人の女だけらしい。女は涙ながらに窮状を訴えていた。
「……」
スマホの画面から顔を上げ、周囲を見回す。あの惨劇から三日ほどが経過した。ワニはたくさん人を食べて満足したのか、ほとんど地底湖から姿を見せなくなった。
ジョンコムにはデスゲーム参加者のチャンネルを集めた特設ページが用意されているが、既に半分以上の配信が停止している。どこかに放り出されたカメラからの映像を垂れ流しているチャンネルも複数あって、ファンが必死に安否確認のコメントを書き込んでいるが、それらの配信もぽつぽつと(恐らく充電切れのせいで)止まり始めた。
はっきり言って、八方塞がりだった。幸いにして広場に付随して落ちてきた充電スポットはまだ稼働しているものの、食料や水があるわけではない。俺はリュックサックに蓄えがあるので問題ないのだが、用意のなかった配信者たちは飢えに苦しんでおり、略奪をする者まで現れている。
「バカ、やめろ!」
「うるせえ! どうせこのままじゃ死んじまうんだ!」
地底湖の方で、複数人が言い争いになっているのが聞こえてくる。どうやらワニに突撃を試みようとしているらしい。このままでは飢え死にを待つのみだが、先に進むにはあのデカワニを倒すしかないというわけか。
「みんな、俺はあのワニを倒すぜ! 10億ドルが待ってるんだ!」
『やめて!』
『死んじゃうよ!』
『気が狂ったの!?』
騒いでいる配信者のチャンネルを見ると、ファンが考え直すように説得していた。だが当の本人は聞く耳を持たない。恐らく空腹で判断力が鈍っているのだろう。
「いくぜ、かかってこいよ!!」
『やめてえええ!!』
『戻れ戻れ!!』
『やめろやめろ!!』
その配信者は勇敢にも地底湖に向かって走り出すが、片手に持っているのは恐らくただの果物ナイフ。どう考えてもあの化け物と戦える武装ではない。間も無く水しぶきが上がり――デカワニが姿を現した。
「覚悟しろおおおお――」
次の瞬間、画面が暗転して、そこで配信が終了してしまった。この三日間、こうやって無茶な攻撃を仕掛けて消えていった配信者も多い。それ以外にも仲間割れや略奪のせいで命を落とした者もいる。極限状態の中、俺たちは――他人のみならず、自分のことすらも信用できなくなっていたのだ。
「どうしたもんかねえ……」
思わず、ぽりぽりと頭をかいた。こんな状況では途方に暮れるしかない。干からびて死ぬか、デカワニの餌食となるか。その二択しかないんじゃ賞金もクソもないだろう。ま、とりあえず腹は満たしておいた方がいいな。
俺はリュックサックを漁って乾パンを取り出した。元はただのダンジョン攻略だと思っていたので、いろいろと買い込んでおいたのだ。さて、貴重な昼飯を――
「……ん?」
その時、遠くの方から視線を感じた。そちらの方を向いてみると、そこにいたのはえんじ色の弓道着を身に纏った日本人の女。……カオリか。思わず顔を見合わせると、こちらの方に歩み寄ってきた。
まさか生き残っていたとは思わなかった。たしか、カオリは俺と同じように一人でチャンネルを運営していたはず。うまくあのワニから逃げられたわけだな。カオリは俺の目の前に立つと、凛々しい声で問うてきた。
「失礼ですが、タロー殿ですか?」
「いかにも、俺がタローだ。カオリさん……だよな? この間は助かったよ」
「はい、カオリと申します。タロー殿、単刀直入に申し上げます」
「……なんだ?」
カオリは真剣な表情を見せた。あのデカワニのことか、それともMikeの件か。何の話をされるのかと緊張していると――カオリははっきりと言い放った。
「そ、その乾パンを……分けていただけないだろうか?」
ぐう〜……という間抜けな音が、断崖に反射して響き渡っていた……。