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第6話 エスコート

 広場に着くと、多くの配信者たちが今か今かと開会を待ちわびていた。ジョンコムのスタッフも数十人集まっており、参加資格の有無をチェックしているようだった。


 俺も群衆の中に混ざろうかと思ったのだが、その前におばちゃんに挨拶することにした。いつもの屋台を見つけて暖簾をくぐると、ちょうど営業に向けて準備しているおばちゃんの姿があった。料理か何か仕込んでいるのか、視線はずっと下を向いたまま。


「おばちゃん!」

「ああ、タローじゃないか。お昼に来るなんてどうかしたのかい?」

『おばちゃん!』

『準備中おばちゃん、レアだ』


 コメント欄もおばちゃんの登場に盛り上がっている。長期のダンジョン攻略になるし、しばらく会えないかもしれないからな。きちんと挨拶しておかないと。


「いやあ、今日が例のコンテストだからさ。挨拶に来たんだ」

「ああ――そういえば、そうだったね」


 おばちゃんはぴたりと作業する手を止め、顔を上げた。表情にいつもの穏やかさがなく、なんだか妙に真剣な目をしている。


「ど、どうしたの?」

「いいかい、タロー。あんたはあのコンテストに勝たないといけないんだ」

「何言ってんのおば――」


 次の瞬間、おばちゃんは俺の左手を両手で掴んできた。そのままがっちりと強く握りしめると、俺の目を見ながら優しく語りかけてきた。


「タローは勝てるよ。あんたにはその力がある」

「えっ、ええ……?」

「じゃ、お行き!」


 おばちゃんは掴んでいた俺の左手を、押し出すようにしてぽーんと離した。その勢いのまま、俺は暖簾の外に出る。


「お、おばちゃん……?」

『おばちゃんどうした??』

『なんか変じゃない?』

『めっちゃ期待されてんじゃん!』


 なんだか妙なおばちゃんの態度に戸惑う。……っと、本当に時間がヤバいな。そろそろ広場に行かないと。小走りで群衆の方へと向かうと、途中でスタッフに呼び止められた。


「すいません、招待状はお持ちで?」

「はい、これ」

「確認します」


 この間おばちゃんからもらった招待状を手渡すと、スタッフはじっくり眺めて確認していた。


「『ぼっちタローちゃんねる』……さんですか?」

「変ですか?」

「いえいえ! どうぞこちらへ」


 一瞬チャンネル名を笑われたのかと思ったが、杞憂だったようだ。それにしても、日本人のスタッフまでいるとは用意周到だな。


 俺は細々と日本語で配信しているが、英語が話せる配信者は世界中の視聴者を集めている。その方がランキングも上がりやすいので、相対的に日本人の上位ランカーは少なくなる。だからわざわざジョンコムが日本人スタッフを用意していることに驚いたというわけだ。


「人多いなあ……」


 スタッフに詰めるよう言われ、ますますぎゅうぎゅう詰めになる配信者たち。そもそも広場に集合って言ったって、コンテストの説明なんかどうするつもりなんだろう。


『頭しか見えない』

『背伸びしてタロー!』

『賞金の説明はよ!!』

『←くどい』


 コメント欄もやきもきしているようだ。他の配信者たちもカメラを回したりマイクに吹き込んでいたりしていて忙しない。っと、ちょうど正午じゃないか――


「みなさん」

「うえっ!?」


 不意に大きな声が響き渡り、驚いて目を見開く。きょろきょろと周囲を見回してみると――俺たちの前方に、特大の立体映像が投影されていた。何かに座った真っ黒な人影で、顔や服装はまるで分からない。


「なんだアレ……!?」

『こええええええ』

『あれが賞金首ちゃんですか』

『もしかしてカイルじゃね?』


 カイルという単語にハッとさせられる。もしやアイツがジョンコムの主なのか?


「普段より我々のサイトをご利用いただきありがとうございます。私、ジョンコムを主宰するカイルでございます」

『英語で分からん』

『タロー翻訳して!』

『カイルって言ったよな今?』


 やはりカイルで間違いないようだ。今まで姿を一度も公衆の面前に晒していないと聞くが、今回もシルエットだけなんだな。なぜ正体を隠すんだろう?


「カイルー!」

「10億ドルくれーっ!」

「コンテストってのはなんなんだよー!」


 いつの間にか、周囲の配信者たちが騒がしくなっていた。黒いシルエットに向かって皆が思いのたけをぶつけている。


「さて、せっかくお集まりいただいたようですので。面倒な挨拶など無しで、さっそく『ゲーム』を開始しようではありませんか」

「「「うおおおおおおおっ!!」」」

「いいぞカイルー!」

「早くしてくれー!」


 皆はカイルのことを煽り散らかしているが、俺はどちらかと言えば困惑していた。ルール説明もなしに「ゲーム」を始めよう……なんて、あまりにも雑だ。10億ドルの賞金がある割に適当すぎる。


「おい、ルールはねえのかよー!!」


 こんな人ごみの中で聞こえているのかは分からないが、俺はありったけの声量で叫んだ。それが届いたのかは知らないが、カイルの人影が僅かに反応した。


「そうですね、ルールくらいは説明しようではありませんか」

『さっきから英語で分からんって!!』

『ゲームするとか言ってるけど』

『何それ??』

『どゆことタロー??』


 俺だって何も分からない。周りは馬鹿騒ぎする配信者ばかりだし頭が痛くなってきた。おいおい、俺は参加賞でも貰って帰るつもりだってのによお。などと不満を垂れ流そうとしていたとき、カイルがやっと口を開いた。


「ではルール説明の前に、皆さまを会場へとエスコートいたします。下にお気をつけください」

「……へっ?」


 爆発音が響き渡り、俺たちを取り囲むように煙が上がる。そして驚く間もなく、鎖が切れたようにして――広場全体が地面に沈み始めた。その異常な加速度に浮遊感すら覚える。


「うわああああああっ!!?」

「なんだよこれっ!?」

「ちょっ、捕まれみんな!!」


 そこら中から次々に悲鳴が上がる。そう、たった今この瞬間から――俺たち全員が、10億ドルを賭けたデスゲームに放り込まれたのである。

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